審決取消請求事件 » 平成28年(行ケ)第10100号「ゴルフボール」事件

名称:「ゴルフボール」事件
審決取消請求事件
知的財産高等裁判所:平成28年(行ケ)第10100号 判決日:平成29年2月8日
判決:審決取消
特許法29条2項
キーワード:阻害要因
判決文:http://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/501/086501_hanrei.pdf

[概要]
特許請求の範囲に記載された語句の記載内容が、当該特許請求の範囲の記載自体から一義的に明らかでない場合に、明細書の記載や技術的意義に鑑みて解釈された事例。
複数の文献を組み合わせることに阻害要因があるとして、進歩性がないとする主張を退けた事例。

[事件の経緯]
被告は、特許第3924467号(以下、「本件特許」)の特許権者である。
原告が、本件特許を無効とする無効審判(無効2010-800200号)を請求し、被告が訂正を請求したところ、特許庁が、訂正を認めず本件特許を無効とする審決をした。
被告は、上記審決の取り消しを求める訴訟(知財高裁平成24年(行ケ)第10034号)を提起するとともに、本件特許についての訂正審判請求(訂正2012-390047号)をしたため、知財高裁は上記審決を取り消す決定をした。
被告は、その後本件特許についての訂正を請求し、特許庁は本件訂正を認めた上で無効審判請求を不成立とする審決をし、同審決は確定した。
原告は、本件特許の請求項1~8に記載された発明を無効とする無効審判(無効2014-800007号)を請求したところ、特許庁は、同無効審判請求を不成立とする審決をしたため、原告は、その取り消しを求める訴訟(知財高裁平成26年(行ケ)第10219号)を提起した。知財高裁は、上記審決を取り消す旨の判決をした。その後、特許庁は更に審理を行った結果、上記無効審判を不成立とする審決をしたため、原告は、その取り消しを求める訴訟(本件)を提起した。
知財高裁は、原告の請求を棄却した。

[本件発明]
【請求項1】
表面を有し、4.06cm~4.32cm(1.60in~1.70in)の範囲の直径を有する内側球体と、
前記内側球体の表面から延びる格子構造であって、該格子構造は複数の相互に連結した格子部材からなり、各格子部材は、第1の凹部分と第2の凹部分と、前記第1の凹部分と第2の凹部分の間に設けられた凸部分を有する曲線の断面を持ち、前記凸部分は頂部を有し、前記格子部材の底部から前記頂部までの距離が0.0127cm~0.0254cm(0.005in~0.010in)の範囲であり、
前記第1の凹部分と第2の凹部分は0.38cm~0.51cm(0.150in~0.200in)の範囲の曲率半径を持ち、前記凸部分は0.07cm(0.0275in)~0.0889cm(0.0350in)の曲率半径を持ち、
前記相互に連結された格子部材の頂部はゴルフボールの最外部であり、
前記複数の格子部材は互いに辺を共有して連結された複数の6角形状の領域と、複数の5角形状の領域とを形成し、前記複数の5角形状の領域は前記複数の6角形状の領域の一部と互いに辺を共有して連結されている、
ディンプルを伴わないゴルフボール。

[審決の要旨]
本件発明1は、米国特許第4991852号明細書(甲1)記載の発明(以下「甲1発明」という。)と特開昭58-25180号公報(甲2)記載の事項及び周知事項に基づいて当業者が容易に想到し得たものとはいえない。
本件発明1は、特開平7-289662号公報(甲10)記載の発明と甲2公報記載の事項及び周知事項に基づいて当業者が容易に想到し得たものとはいえない。
本件発明2ないし8は、本件発明1を引用するものであるから、本件発明1と同様に当業者が容易に発明することができたものとはいえない。
本件請求項1ないし8の記載は明確であるから、本件特許に明確性要件違反はない。

[取消事由]
1.本件発明1について、甲1発明に基づく進歩性判断(相違点2に係る容易想到性判断)の誤り(取消事由1)
2.本件発明1について、甲10発明に基づく進歩性判断(相違点ロに係る容易想到性判断)の誤り(取消事由2)
3.本件発明2ないし8について、甲1発明又は甲10発明に基づく進歩性判断の誤り(取消事由3)
※以下、取消事由1についてのみ記載する。

[原告の主張]
1.本件発明1の上記構成は、「凸部分は0.07cm(0.0275in)~0.0889cm(0.0350in)の曲率半径を持ち」というものであって、「凸部分の曲率半径は0.07cm(0.0275in)~0.0889cm(0.0350in)の範囲にある」というものではない。「…の範囲にある」との文言であれば、…の範囲を外れる部分があるものを含まないと解釈するのが自然であるが、「…を持ち」との文言は、…を持ち、かつ…以外も持つものを含むと解釈するのが自然である。したがって、本件発明1の「凸部分は0.07cm(0.0275in)~0.0889cm(0.0350in)の曲率半径を持ち」との構成は、凸部分の頂部に相当する部分に限らず、凸部分のうちのいずれかの部分における曲率半径が上記数値範囲を満たせば足りるものである。

2.仮に、本件発明1の「凸部分は0.07cm(0.0275in)~0.0889cm(0.0350in)の曲率半径を持ち」との構成について、凸部分の頂部における曲率半径が上記数値範囲にあることを意味するとの解釈を採ったとしても、当該構成は、甲3、4、8及び9の記載事項に加え、甲10、16及び17の記載事項を適用することにより、当業者が容易に想到し得たものである。

[裁判所の判断](筆者にて適宜抜粋)
1.『ア 本件発明1の「凸部分は0.07cm(0.0275in)~0.0889cm(0.0350in)の曲率半径を持ち」の意義について
(ア) 本件請求項1の記載によれば、本件発明1の「凸部分は0.07cm(0.0275in)~0.0889cm(0.0350in)の曲率半径を持ち」との構成は、ゴルフボールの「表面から延びる格子構造」を成す「格子部材」について、「第1の凹部分と第2の凹部分の間に設けられた」「頂部を有」する部分である「凸部分」の「曲線の断面」が、上記数値範囲の曲率半径を有することを特定するものといえるところ、その断面が上記数値範囲の曲率半径を有すべき「凸部分」の範囲(頂部に相当する部分か、頂部を含まない部分でも足りるか。)については、本件請求項1の記載自体から一義的に明らかであるとはいえない。
そこで、この点については、本件明細書の記載を考慮して解釈する必要がある。』
『(イ) まず、本件明細書において、凸部分に求められる曲率半径の数値について述べた記載としては、段落【0052】に、・・・(略)・・・との記載があり、他にこの点に言及する記載はない。しかるところ、段落【0052】の上記記載及び同記載に係る図8によれば、凸面部56の頂部を含む湾曲面について、本件請求項1と同一の「0.0275から0.0350インチの範囲」の曲率半径とするものとされている。』
『(ウ) また、以下に述べるような本件明細書の記載を総合すれば、本件発明1において凸部分の曲率半径を上記数値範囲と特定することには、次のような技術的意義があることが理解できる。・・・(略)・・・』
『以上のような本件発明1の技術的意義に係る理解及び本件明細書の前記(イ)の記載を前提とすれば、本件発明1において、その断面が上記数値範囲の曲率半径を有すべき「凸部分」とは、ゴルフボールの外側球体のランド領域を画定する頂部に相当する部分であると解するのが相当である。』
『しかし、甲8及び9記載のゴルフボールにおいて、本件発明1の「第1の凹部分と第2の凹部分の間に設けられた凸部分」に相当する部位は、上記丸みづけられた上縁部(上縁辺部)から周縁(周辺)14を経て隣接するディンプル(凹み)20の上縁部(上縁辺部)に至る部位であり、このうち、本件発明1における「ゴルフボールの最外部」である「頂部」に相当する部位は、上記上縁部(上縁辺部)ではなく、ゴルフボールの周縁(周辺)14上にあるものといえる(甲8の第2図及び第3図、甲9の第2図及び第3図参照)。そして、当該周縁(周辺)14の曲率半径がゴルフボールの半径に等しいものであることは明らかである。』
『そうすると、前記ア(オ)のとおりの解釈を前提とする限り、甲8及び9には、本件発明1の「凸部分は0.07cm(0.0275in)~0.0889cm(0.0350in)の曲率半径を持ち」との構成についての記載はないものというほかない。』

2.『しかしながら、甲3、4、8及び9に開示された「上縁辺部に丸みをつける技術」(更に、甲8及び9に開示された「丸みづけられた上縁辺部の曲率半径を約0.020~0.080インチ(0.508~2.032mm)の範囲とする技術」)は、いずれもゴルフボールの表面にディンプルとランドが存在し、ランドの両端にディンプルに続く端縁である上縁辺部がそれぞれ存在することを前提に、これらの上縁辺部に丸みをつけるという技術であるのに対し、甲10、16及び17に開示された「ランドの幅をゼロにする技術」は、ゴルフボール表面のランドの領域をゼロにする技術であり、必然的にランドの両端の上縁辺部をなくすこととなるものであるから、甲10、16及び17に開示された技術は、ランドの両端に上縁辺部が存在することを前提とする甲3、4、8及び9に開示の技術とは相容れないものというほかない。』
『してみると、甲1発明に、甲3、4、8及び9に開示された「上縁辺部に丸みをつける技術」等を適用することまでは可能であるとしても、これに対して更に甲10、16及び17に開示された「ランドの幅をゼロにする技術」まで適用することには阻害要因があるというべきであって、当業者が容易に想到し得たこととはいえないから、原告の上記主張には理由がない。』

[コメント]
請求項に記載の「…の曲率半径を持ち」という用語の記載を、明細書の記載を参酌して発明の目的や技術的意義を認定した上で解釈している点、及び、引用文献の組み合わせに際して阻害要因があることから容易に想到し得ないと判断した点につき、裁判所の判断は妥当である。
原告の主張にはやや強引な点が否めない。
以上
(担当弁理士:佐伯 直人)