審決取消請求事件 » 平成28年(行ケ)10107号「乳癌再発の予防用ワクチン」事件

名称:「乳癌再発の予防用ワクチン」事件
審決取消請求事件
知的財産高等裁判所:平成28年(行ケ)10107号 判決日:平成29年2月28日
判決:審決取消
特許法29条1項3号
キーワード:引用発明の認定、新規性の判断
判決文:http://www.ip.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/567/086567_hanrei.pdf

[概要]
ペプチド特異的CTLを誘導したことを示したにとどまる引用発明は、「ワクチン」で特定された本願発明と同一であるとはいえない、として新規性が認められた事例。

[事件の経緯]
原告が、特許出願(特願2011-540853号)に係る拒絶査定不服審判(不服2014-19365号)を請求したところ、特許庁(被告)が、請求不成立の拒絶審決をしたため、原告は、その取消しを求めた。
知財高裁は、原告の請求を認容し、審決を取り消した。

[本願発明]
製薬上許容される担体、配列番号2のアミノ酸配列を有するペプチドの有効量及び顆粒球マクロファージコロニー刺激因子を含み、配列番号3のアミノ酸配列を有するE75ペプチドを含まないワクチン組成物。

[審決]
引用発明は「GP2とGM-CSFを含有するワクチン」である。本願発明と引用発明との両者の発明を特定するための事項に差異はない。

[取消事由]
(1)引用発明の認定の誤り―引用発明はCTL誘導剤であってワクチンではないこと
(2)引用発明の認定の誤り―引用発明はE75と組み合わせて使用されること

[裁判所の判断](筆者にて適宜抜粋)
『 (2)以上から、引用発明は、以下のとおりのものと認められる。
標準的治療後のHLA-A2型のリンパ節転移陰性乳癌患者について、臨床試験フェーズⅠの用量漸増安全性試験で、GP2ペプチドとアジュバントのGM-CSFを6か月接種したところ(③)、全ての患者においてGP2特異的CD8+T細胞のレベルが増加した(⑤)。』

『3 取消事由1(引用発明の認定の誤り―引用発明はCTL誘導剤であってワクチンではないこと)について
(1)「ワクチン」とは、「免疫をもたらし、それによって疾患から身体を保護する製品」を意味する(甲9)ところ、本願優先日前の公知文献には、「癌ワクチン」について、以下の記載がある。』

『(2)以上により、本願優先日当時、「癌ワクチン」について、以下の技術常識が存在したものと認められる。
ペプチドが「ワクチン」として有効であるというためには、①当該ペプチドが多数のペプチド特異的CTLを誘導し、②ペプチド特異的CTLが癌細胞へ誘導され、③誘導されたCTLが癌細胞を認識して破壊すること、が必要である(上記(1)エ)。あるペプチドにより、多数のペプチド特異的CTLが誘導されたとしても、誘導されたCTLが癌細胞を認識することができない(上記(1)ア、ウ、オ、カ)、誘導されたCTLが癌細胞を確実に破壊するとは限らない(上記(1)カ)などの理由により、当該ペプチドに必ずしもワクチンとしての臨床効果があるということはできない。
(3)引用発明は、上記2のとおり、標準治療後のHLA-A2型のリンパ節転移陰性乳癌患者について、GP2ペプチドとアジュバントのGM-CSFを6か月接種したところ、全ての患者においてGP2特異的CTL細胞のレベルが増加したというものであり、GP2ペプチドがワクチンとして有効であるというために必要な、当該ペプチドが多数のペプチド特異的CTLを誘導したことを示したものである。これに対し、本願発明は、上記1のとおり、GP2ペプチドとGM-CSFを投与した無病の高リスク乳癌患者に、GP2特異的CTLが増大したのみならず、再発率が低減した、すなわち、誘導されたCTLが腫瘍細胞を認識し、これを破壊することによって、臨床効果があることを示したものである。
上記(2)のとおり、本願優先日当時、あるペプチドにより多数のペプチド特異的CTLが誘導されたとしても、当該ペプチドに必ずしもワクチンとしての臨床効果があるとはいえない、という技術常識に鑑みると、ペプチド特異的CTLを誘導したことを示したにとどまる引用発明は、本願発明と同一であるとはいえない。』

『 イ また、被告は、引用文献の組成物は、フェーズIの臨床試験の結果を開示するものである上、「ワクチン」と表記されていると主張する。引用文献(甲1)は、フェーズIの臨床試験の結果の概要を示すものであるが、引用発明は、上記2のとおり、標準的治療後のHLA-A2型のリンパ節転移陰性乳癌患者について、GP2ペプチドとアジュバントのGM-CSFを6か月接種したところ、全ての患者においてGP2特異的CTL細胞のレベルが増加したというものであって、ペプチド特異的CTLを誘導したことを示したにとどまるものであるし、また、引用文献には「ワクチン」と表記されている箇所があるものの、「ワクチン」としての使用の可能性があることから、そのように述べたものと解されるから、引用発明が本願発明と同一であるということはできない。』

[コメント]
本願発明における「ワクチン組成物」の「ワクチン」という事項は、作用、機能、性質または特性を指すと思われ、審査ハンドブックの「医薬用途」(※1)には当てはまらないと私は考えている。「ワクチン」は、疾病を特定するものではなく、疾病審査ハンドブックの(i)に該当しないと思われ、用法の典型例(投与時間・投与手順・投与量・投与部位)を特定するものでもなく、(ii)にも該当しないと思われるからである。
しかしながら、本事件では、「ワクチン」の認定が、審査ハンドブックにおける医薬用途の認定基準(※2)と同じような基準で判断されたということができる。これは、『引用文献には「ワクチン」と表記されている箇所があるものの、「ワクチン」としての使用の可能性があることから、そのように述べたものと解されるから、引用発明が本願発明と同一であるということはできない。』という判断から読み取ることができる。
さらに、本事件では、「ワクチン」の認定に必要なレベル(以下、「認定必要レベル」という。)が技術常識によって位置づけられ、その認定必要レベルを満たす試験結果が引用文献に記載されていなかったため、引用文献から「ワクチン」が認定されなかったといえる。これは、裁判所の判断から読み取ることができる。この判断(「/」は、原文改行箇所を示す。)は、『以下の技術常識が存在したものと認められる。/ ペプチドが「ワクチン」として有効であるというためには、①当該ペプチドが多数のペプチド特異的CTLを誘導し、②ペプチド特異的CTLが癌細胞へ誘導され、③誘導されたCTLが癌細胞を認識して破壊すること、が必要である』、『あるペプチドにより多数のペプチド特異的CTLが誘導されたとしても、当該ペプチドに必ずしもワクチンとしての臨床効果があるとはいえない、という技術常識に鑑みると、ペプチド特異的CTLを誘導したことを示したにとどまる引用発明は、本願発明と同一であるとはいえない。』というものである。
「ワクチン」のような、作用、機能、性質または特性だと考えられるような事項が、審査・審判段階では、医薬用途に当たらないとして、審査ハンドブックにおける医薬用途の認定基準より緩やかな基準で引用された文献から認定されることがあり得る。このような認定がなされた場合、出願人は、まず、その事項が単に列挙されているだけかどうかを確認すべきである。一方、その事項が、単に列挙されているだけでなく、引用された文献において試験結果をもとに言及されている場合には、その事項の認定必要レベルの位置づけが技術常識からみて妥当かどうかと、その認定必要レベルを、その文献の試験結果が満たしているかどうかとを検討すべきである。
以上
(担当弁理士:森本 宜延)

※1 『「医薬用途」とは、以下の(i)又は(ii)を意味する。/(i)特定の疾病への適用/(ii)投与時間・投与手順・投与量・投与部位等の用法又は用量(・・・(略)・・・)が特定された、特定の疾病への適用』(特許・実用新案審査ハンドブック 附属書B 第3章 医薬発明 1頁)
※2 『当該刊行物等に何ら裏付けされることなく医薬用途が単に列挙されている場合は、当業者がその化合物等を医薬用途に使用できることが明らかであるように当該刊行物等に記載されているとは認められない。したがって、当該刊行物等に医薬発明が記載されているとすることはできない。』(特許・実用新案審査ハンドブック 附属書B 第3章 医薬発明 2.2.2)