IP case studies判例研究

平成28年(行ケ)10080号「繊維ベールおよびその製造方法」事件

名称:「繊維ベールおよびその製造方法」事件
審決取消請求事件
知的財産高等裁判所:平成28年(行ケ)10080号 判決日:平成29年1月24日
判決:請求棄却
特許法36条4項1号、6項1号、6項2号
キーワード:明確性要件、サポート要件、実施可能要件、効果
判決文:http://www.ip.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/466/086466_hanrei.pdf
[概要]
請求項に記載の0という数値に関する明確性要件に対し、明細書の記載を参酌して0を含まないと解釈した審決は誤りであると判断されたが0を含む数値に違法性はないとされた事例。
ある構成要件を変更し他の条件を変更しないときに効果を奏しない場合があるからといって請求項に記載の発明がサポート要件や実施可能要件を欠くと見るべき理由はないと判断された事例。
[事件の経緯]
被告は、特許第5662387号の特許権者である。
原告が、本件特許を無効とする無効審判(無効2015-800113号)を請求し、被告が訂正を請求したところ、特許庁が請求不成立(特許維持)の審決をしたため、原告は、その取り消しを求めた。
知財高裁は、原告の請求を棄却した。
[本件発明1](訂正発明1:下線部は訂正事項)
A 上部ベールプラテンおよび底部ベールプラテンを備えたベールプレスを供給する工程であって、前記各プラテンは凸型表面を有し、前記凸型表面は最高点および底部を有し、前記最高点と前記底部との間の距離は1~10cmの範囲である工程、
B 前記ベールプレスにセルロースアセテートの繊維材料を供給する工程、
C 前記ベールプレスにより482.6~4826.3kPa(70~700psi)の範囲の総圧力をかけて、前記セルロースアセテートの繊維材料を1秒~数分間圧縮する工程、
D これによって高圧縮されたセルロースアセテートの繊維材料を形成する工程、
E 高圧縮されたセルロースアセテートの繊維材料を高さにして0~25%広げるように圧力を除去する工程であって、これにより広がった高圧縮されたセルロースアセテートの繊維材料を形成する工程、
F 前記広がった高圧縮されたセルロースアセテートの繊維材料を包装材料で包装する工程、
G および前記包装材料を締める工程、
H を含むセルロースアセテートの繊維ベールの製造方法であって、前記ベールプレスから出て48時間後の前記高圧縮された繊維ベールの湾曲の高さが、平坦プラテンによって圧縮されたベールの湾曲の高さの50%以下である、方法。
[取消事由]
(1)明確性要件
(2)サポート要件
(3)進歩性
(4)分割要件違反
[無効審判の内容]
(1)明確性要件
①原告主張の無効理由1
本件発明1及びこれを引用する本件発明2~本件発明9は、数値範囲の限定に0を含む記載があるから(構成要件E)、特許請求の範囲が不明確である。
②審決の内容
本件発明1の構成要件Eの「高圧縮されたセルロースアセテートの繊維材料を高さにして0~25%広げるように圧力を除去する工程」に関して、本件明細書に「約0」とある記載は、おおよそ0であることを意味し、高圧縮繊維材料12が「広がる」としていることに鑑みれば、広がらない場合、すなわち、0は含まないと理解するのが合理的である。
そうすると、構成要件Eの「0~25%広げる」との記載は、「広がる」ことを前提としていると理解できるものであって、本件明細書の記載と同様に「0%」を含まないと解釈できるものであり、請求項の記載に矛盾が存在するものとはいえない。
(2)サポート要件及び実施可能要件
①原告主張の無効理由2
本件明細書には、本件発明1及びこれを引用する本件発明2~9の構成を全て備えた実施例がなく、各構成要件の関係も不明であるから、発明を実施することができず、また、これらの発明は、発明の詳細な説明に記載されたものではない。
②審決の内容
構成要件Aで特定される、上部ベールプラテン及び底部ベールプラテンを共に「凸型表面」を採用したか否かは、実施例では説明されていない。
しかしながら、より平坦に近い凸型プラテンを用いれば繊維ベールの湾曲の高さは余り抑えられず、湾曲がより大きい凸型プラテンを用いれば繊維ベールの湾曲の高さはより抑えられるであろうことは、定性的に理解できるところであるから、繊維ベールのサイズ及びプラテンの形状を適宜設定することで、繊維ベールの上部表面及び底部表面において、構成要件Hを達成できる程度に湾曲を抑えるよう本件発明1を実施することは可能であり、また、「湾曲を実質的に形成しない」という本件発明の課題を解決できると当業者が認識できる範囲のものである。
[原告の主張]
(1)明確性要件
構成要件Eは、「0~25%」と0を含めて記載されているのであるから、その記載に従えば、0は含まれると理解される。本件明細書には、「約0」と記載されているが、その場合でも、それは特定の値(0)とその近傍値(0<)の双方を含むものであるから、0が含まれることに変わりはない。そうすると、高圧縮繊維材料12を圧縮した後に高圧縮繊維材料12を高さにて広げることが任意であるということになるが、審決によれば、高圧縮繊維材料12を圧縮した後には高圧縮繊維材料12を高さにて広げることが本件明細書においては必須であるとしているから、用語が互いに矛盾し、多義的であり、発明の範囲が不明確である。
(2)サポート要件及び実施可能要件
構成要件A、かつ構成要件Hを満たす内容は、本件明細書で裏付けられていない。また、上部プラテンのみならず底部プラテンにも凸型ベールプラテンを適用した場合に、ベールの底部表面にどのような成長が得られるのか明らかでないのにもかかわらず、本件明細書の記載ではその設定条件が不明であるから、本件発明1を実施することができる程度の明確かつ十分な記載はない。
[裁判所の判断](筆者にて適宜抜粋、下線)
『2 取消事由1(明確性要件に関する判断の誤り)について
本件発明の構成要件Eは、・・・(略)・・・と規定するものであるが、この文言は、高圧縮されたセルロースアセテートの繊維材料を、高さにして、「0~25%」の範囲で「広げるように圧力を除去する工程」であって、これにより「0~25%」の範囲に「広がった高圧縮されたセルロースアセテートの繊維材料を形成する工程」との意義と解されるところ、「0~25%」が「0%」を含むことは、特許請求の範囲の記載から一義的に明らかである。この特許請求の範囲の記載の趣旨は、前記1(1)の認定事実によれば、高圧縮されたセルロースアセテートの繊維材料の高さを、圧力除去した工程(繊維材料形成工程)において、圧縮前の「0~25%」の範囲に広げるということであって、要するに、圧力の除去後、広がらない場合も含まれるが広がる場合には25%以下とすることを規定した点に技術的意義があるものと解される。もっとも、高圧縮された繊維材料が、その圧力の除去後に広がることは技術的に当然といえるが、圧力除去後短時間であれば広がらない状態も想定され、現に、本件発明の実施例において、「プレスから出た直後」の高さが「0cm」であることは、このような状態を示しているものと認められる。したがって、本件発明の上記記載に不明瞭な点はなく、当業者は、構成要件Eについて、「0%広げる」というような矛盾した記載と理解するものではない。・・・(略)・・・
以上のとおりであり、構成要件Eが「0%」を含まないとした審決の明確性要件に関する判断の過程には、誤りがあるが、明確性要件を充足するとした結論においては正当であるから、この誤りに基づき審決を取り消すべきものではない。』
『3 取消事由2(サポート要件及び実施可能要件に関する判断の誤り)について
(1) サポート要件について
・・・(略)・・・
ところで、構成要件Hは、平坦プラテンと対比した場合の湾曲の高さをいうものであって、平坦プラテンと凸型表面を有するプラテンとが等しく影響を受けるもの(重力など)によっては、その効果は左右されないといえる。そして、高密度の繊維ベールは、圧縮に際して繊維密度が全体にほぼ均一になると想定されるから、圧縮、除圧後の挙動が、上部表面と底部表面とで定性的に異なることはないと理解できる。したがって、当業者は、底部プラテンを凸型とした場合の湾曲の高さが実施例などで具体的に示されていなくとも、上部プラテンを凸型とした場合と同様の挙動を示すものと容易に理解できる。
・・・(略)・・・
以上からすると 当業者であれば、上部プラテン及び底部プラテンの両方を凸型とし、上部プラテン及び底部プラテンで繊維ベールを挟み込んで等しく圧縮し、除圧した場合であっても、本件明細書の記載及び技術常識に従って、本件発明1の規定する数値限定の範囲内で凸部の高さやベールプレスによる総圧力等を適宜調整すれば、上部プラテンのみを凸型とした場合の効果と同程度の効果が、上部表面及び下部表面のそれぞれの面について得られると理解できる。
そうすると、構成要件Aと構成要件Hとを組み合わせた構成は、湾曲を実質的に有しないという効果が得られると当業者において認識できる範囲内のものと認められ、本件明細書の記載により裏付けられているといえ、本件発明1はサポート要件を満たす。したがって、本件発明2~本件発明9も、上記同様に、サポート要件を満たすものと認められる。
(2)実施可能要件について
原告は、上部プラテンのみならず底部プラテンにも凸型ベールプラテンを適用した場合に、ベールの底部表面にどのような成長が得られるのか明らかでないにもかかわらず、本件明細書の記載ではその設定条件が不明であるから、本件発明1は実施することができないと主張する。
しかしながら、上記(1)のとおり、当業者は、底部プラテンを凸型とした場合の湾曲の高さは、上部プラテンを凸型とした場合と同様の挙動を示すものと理解するから、上部プラテン及び底部プラテンの両方を凸型としたことが、本件発明1の実施を困難にするとはいえない。
当業者は、上部プラテン及び底部プラテンの両方を凸型とした場合においても、上部プラテンを凸型とした場合の条件を参酌して、凸部の高さやベールプレスによる総圧力等の構成要件A~構成要件Gに規定する数値限定の範囲内でこれらを適宜調整し、構成要件Hに定める効果を奏するように本件発明1を実施することができるといえ、これに過度の試行錯誤を要するとはいえない。
以上から、本件発明1は実施可能要件を満たす。したがって、本件発明2~本件発明9も、上記同様に、実施可能要件を満たすものと認められる。』
『(3)原告の主張について
・・・(略)・・・また、原告は、凸部プラテンの凸部の高さが約5cmのときの48時間後の繊維ベールの湾曲の高さが3cmであるならば、凸部プラテンの高さが1cmのときのそれは3cmを超えるから、平坦プラテンによって圧縮されたときの48時間後の繊維ベールの湾曲の高さ6cmの50%以下になっておらず、構成要件Aを充足する場合で構成要件Hを充足する場合が本件明細書に示されていないと主張する
しかしながら、本件発明1は、構成要件A~構成要件Gの各構成を適宜調整することにより構成要件Hの効果を奏するとする発明であるから、構成要件Aで限定する数値を変更すれば、それに伴い、構成要件B~Gの各構成もその規定する範囲内で適宜変更する必要が生じ得る。したがって、仮に、構成要件Aの規定する凸部プラテンの凸部の高さを変更し、他の条件をそのままにした場合に構成要件Hの効果を奏しない事例が生じたからといって、本件発明1がサポート要件や実施可能要件を欠くと見るべき理由はない。
[コメント]
(1)明確性要件
審決では明細書の記載を参酌してクレームの「0~25%広げる」の0は0を含まないと解釈したが、裁判所の判断では0は含むとされた。審決では「広げる」の文言に重きをおいて判断したのに対し、裁判所は0という数値に重きをおいたために異なった判断になったと考えられる。
(2)サポート要件及び実施可能要件
本事例では上記裁判所の判断中の下線部のような判断がなされたが、仮に効果が構成要件として請求項に記載されていなかった場合はどのような判断がなされたか興味深い。なお、本件発明は構成から効果が比較的推測しやすい内容なので上記のような判断がなされたと考えられる。構成から効果が推測しにくい技術分野(化学・バイオ等)では請求項に効果を記載していたとしても同様の判断がなされる可能性は低いと考えられる。
以上
(担当弁理士:赤間 賢一郎)

平成28年(行ケ)10080号「繊維ベールおよびその製造方法」事件

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