審決取消請求事件 » 平成27年(行ケ)第10231号「黒ショウガ成分含有組成物」事件

名称:「黒ショウガ成分含有組成物」事件
審決取消請求事件
知的財産高等裁判所:平成27年(行ケ)第10231号 判決日:平成29年2月22日
判決:審決取消
特許法36条6項1号
キーワード:サポート要件

[概要]
発明特定事項の「表面の一部」の解釈について、「黒ショウガ成分を含有する粒子」の表面の僅かな部分をコート剤で被覆した状態では、主成分の体内吸収性を高めるとの本願発明の課題を解決できると認識することができないため、サポート要件に適合しないと判断された事例。

[事件の経緯]
被告は、特許第5569848号の特許権者である。
原告が、当該特許の請求項1及び2に係る発明についての特許を無効とする無効審判(無効2015-800007号)を請求し、特許庁が、請求不成立(特許維持)の審決をしたため、原告は、その取り消しを求めた。
知財高裁は、原告の請求を認容し、審決を取り消した。

[本件発明1]
【請求項1】
黒ショウガ成分を含有する粒子を芯材として、その表面の一部又は全部を、ナタネ油あるいはパーム油を含むコート剤にて被覆したことを特徴とする組成物。

[審決]
審決では、黒ショウガ成分を含有する粒子を、ナタネ油あるいはパーム油を含むコート剤にて被覆した組成物によって、ショウガ成分に含まれるポリフェノール類の体内への吸収性を高めるという課題が解決できることを本件明細書の発明の詳細な説明の記載(段落【0008】、【0009】、【0011】、【0014】、【0026】、【0045】、【0046】)から当業者は認識できるといえるから、本件発明1は本件明細書の発明の詳細な説明に記載されていると判断された。

[取消事由]
(1) サポート要件に関する判断の誤り(取消事由1)
(他の取消事由は裁判所の判断なし)

[裁判所の判断](筆者にて適宜抜粋)
『1 取消事由1(サポート要件に関する判断の誤り)について
(1) 特許法36条6項1号は、特許請求の範囲の記載は「特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明に記載したものであること」との要件に適合するものでなければならないと定めている。その趣旨は、発明の詳細な説明に記載していない発明を特許請求の範囲に記載すると、公開されていない発明について独占的、排他的な権利を認めることになり、特許制度の趣旨に反するから、そのような特許請求の範囲を許容しないとしたものである。
そうすると、特許請求の範囲の記載がサポート要件に適合するか否かは、特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し、特許請求の範囲に記載された発明が、①発明の詳細な説明に記載された発明で、②発明の詳細な説明の記載又はその示唆により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か、また、その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきものと解するのが相当である。』

『ある効果を発揮し得る物質(成分)があったとしても、その量が僅かであれば、その効果を発揮し得ないと考えるのが通常であることからすれば、当業者は、たとえ、「黒ショウガ成分を含有する粒子」の表面を「油脂を含むコート剤」で被覆することにより、本件発明の課題が解決できると認識し得たとしても、その量や程度が不十分である場合には、本件発明の課題を解決することが困難であろうことも予測するといえる。
(オ) ところが、本件明細書においては、実施例1の「パーム油でコートした黒ショウガ原末」の被覆の量や程度について具体的な記載がなされておらず、実施例2についても同様であるから、これらの実施例によってコート剤による被覆の量や程度が不十分である場合においても本件発明の課題を解決できることが示されているとはいえず、ほかにそのような記載や示唆も見当たらない。すなわち、コート剤による被覆の量や程度が不十分である場合には、本件発明の課題を解決することが困難であろうとの当業者の予測を覆すに足りる十分な記載が本件明細書になされているものとは認められないのであり、また、これを補うだけの技術常識が本件出願当時に存在したことを認めるに足りる証拠もない。
したがって、本件明細書の記載(ないし示唆)はもとより、本件出願当時の技術常識に照らしても、当業者は、「黒ショウガ成分を含有する粒子」の表面の僅かな部分を「油脂を含むコート剤」で被覆した状態が本件発明の課題を解決できると認識することはできないというべきである。
ウ 以上のとおり、本件発明は、黒ショウガ成分を含有する粒子の表面の一部を、ナタネ油あるいはパーム油を含むコート剤にて被覆する態様、すなわち、「黒ショウガ成分を含有する粒子」の表面の僅かな部分を「油脂を含むコート剤」で被覆した態様も包含していると解されるところ、本件明細書の記載(ないし示唆)はもとより、本件出願当時の技術常識に照らしても、当業者は、そのような態様が本件発明の課題を解決できるとまでは認識することはできないというべきである。
そうすると、本件発明の特許請求の範囲の記載は、いずれも、本件明細書の発明の詳細な説明の記載及び本件出願当時の技術常識に照らして、当業者が、本件明細書に記載された本件発明の課題を解決できると認識できる範囲を超えており、サポート要件に適合しないものというべきである。
(4) 被告の主張について
これに対し、被告は、・・・(略)・・・当業者が通常想定しないような極端なケースを挙げてサポート要件違反とすることは、適切な発明の保護が観点からみて不当である旨を主張する。
しかしながら、前記のとおり、サポート要件の趣旨は、要するに、発明の詳細な説明に記載していない発明が特許請求の範囲に記載され、公開されていない発明について独占的、排他的な権利を認めることを許容しないことにあるところ、本件発明には、「黒ショウガ成分を含有する粒子」の表面の僅かな部分を「油脂を含むコート剤」で被覆した態様が包含されているといえるのであるから、このような態様についてのサポート要件を検討することが不当であるとはいえないことはもちろんであって、上記被告の主張は採用することができない。』

[コメント]
裁判所は、サポート要件の判断に際して、「特許請求の範囲の記載がサポート要件に適合するか否かは、特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し、特許請求の範囲に記載された発明が、①発明の詳細な説明に記載された発明で、②発明の詳細な説明の記載又はその示唆により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か、また、その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべき」との、偏光フィルムの製造法に関する平成17年(行ケ)第10042号大合議判決で示された規範に従って判断している。近時の裁判例の多くでは、医薬用途発明などの有用性の予測が困難な分野を除き、上記規範に基づいて判断がなされている。
本件発明1(請求項1)では、黒ショウガ成分を含有する粒子の表面の「一部」をコート剤にて被覆する態様も明確に規定しており、表面の僅かな部分という極端な状態であっても、本件明細書の記載及び技術常識から、本件発明の課題を解決できることが認識できなければサポート要件に適合しないと判断された。
本件明細書では、「一部」を被覆することの定義は明確には示されていなかったが、本件明細書の段落【0033】では、「コート剤の被覆量は、油脂の含有量に応じて適宜調整することができ、特に制限されることはないが、黒ショウガ成分を含有する粒子100重量部に対し、1~50重量部とすることが好ましい。」との記載があった。段落【0033】の記載は、「ナタネ油あるいはパーム油」の上位概念に相当する「油脂」における一般的な記載である。しかしながら、本件発明1の発明特定事項である「ナタネ油あるいはパーム油」をコート剤として用いた場合の被覆量までは具体的な記載がなかった。本件明細書の実施例においても、「パーム油でコートした黒ショウガの根茎の乾燥粉末(黒ショウガ原末)」、「黒ショウガ原末をナタネ油でコートした」等の記載しかなされていないため、どの程度の被覆量であれば本件発明の効果が得られるのかが不明であった。
本判例研究会では、先行文献等に特定成分を含有する旨の記載がない場合、請求項において、含有量を特定することなく特定成分を含有することのみを規定すること(例えば、「A成分を含み」と記載すること)はよく行われることであり、発明の効果が奏される下限値等を要求することは厳しすぎるのではないかとの意見があった。本件発明1の「一部又は全部」との文言は、実質的な限定とはならないにも関わらず、限定しない旨を強調した記載となっているため、このような発明特定事項を規定しない代案(請求項には記載せず、明細書中の記載にとどめる案)や、機能的に表現する代案による影響が議論された。なお、医薬分野においては、特定の成分を規定する場合に「~を有効成分とする」との規定や「~を有効量含有する」との規定により対処することがある。
例えば主成分となる原料を出願人自らが製造していない事案では、原料の構造的な特性が不明であり、サポート要件や実施可能要件を充足させるための明細書の記載に苦心することがあるが、そのような事案であっても請求項の規定にも関わる本件発明の特徴的な点については、明細書における記載の充実や定義、実施例における詳述により、当業者が本件発明の課題を解決できると認識できる程度の記載が必要とされる点に留意すべきである。
原料自体の構造的な特性を分析することができない場合には、例えば、体内吸収性に関わるコート剤の被覆の状態について、多種の先行技術文献を収集し、本件発明の実施例で用いた成分であれば少なくともどの程度の被覆量が必要であるかを出願時の技術常識として検討し、明細書において本件発明の実施例で用いた成分についての被覆量を記載しておくことは一助になる可能性がある。
なお、上記大合議判決でも判示されているように、「本件出願時の当業者の技術常識を参酌しても、特許請求の範囲に記載された発明の範囲まで、発明の詳細な説明に開示された内容を拡張ないし一般化できるとはいえないのに、特許出願後に実験データを提出して発明の詳細な説明の記載内容を記載外で補足することによって、その内容を特許請求の範囲に記載された発明の範囲まで拡張ないし一般化し、明細書のサポート要件に適合させることは、発明の公開を前提に特許を付与するという特許制度の趣旨に反し許されない」ため、実施例や明細書の記載は、サポート要件や実施可能要件の観点から、出願時に十分な検討を要する点を再認識する必要がある。  以上
(担当弁理士:春名 真徳)