審決取消請求事件 » 平成27年(行ケ)10166号「ベンゾチオフェン類を含有する医薬製剤」事件

名称:「ベンゾチオフェン類を含有する医薬製剤」事件
審決取消請求事件
知的財産高等裁判所:平成27年(行ケ)10166号 判決日:平成28年11月16日
判決:請求棄却
特許法29条2項
キーワード:進歩性、検査。検定、検証方法

[概要]
引用文献には、ケオキシフェン(ラロキシフェン)が卵巣切除によって生じる灰密度の低下を有意に遅延したとの記載があり、引用文献の当該記載(本件記載)は、技術的な裏付けを欠くものではない、という理由により、審決における引用発明の認定に誤りはないとされ、また、引用文献記載の実験系は適切であり有効成分の化合物をヒトに適用した場合の骨粗鬆症の薬効の合理的予測も可能であるという理由により、本件発明の進歩性を否定した審決を維持した事例。

[事件の経緯]
原告は、特許第2749247号(本件特許)の特許権者である。
被告が、当該特許の請求項1~6に係る発明についての特許を無効とする無効審判(無効2013-800139号)を請求し、原告が訂正を請求したところ、特許庁が、訂正を認めた上で請求成立(特許無効)の審決をしたため、原告は、その取り消しを求めた。
知財高裁は、原告の請求を棄却した。

[本件発明]
(1)本件訂正発明1
ラロキシフェンまたはその薬学上許容し得る塩を活性成分として含む、ヒトの骨粗鬆症の治療または予防用医薬製剤であって、タモキシフェンより子宮癌のリスクの低い医薬製剤。

[審決](筆者にて適宜抜粋)
一致点:「ラロキシフェンまたはその薬学上許容し得る塩を活性成分として含む医薬製剤。」である点
相違点1:本件訂正発明1は、「ヒトの骨粗鬆症の治療又は予防用」であるのに対し、引用発明は、「高齢の卵巣切除ラットの骨密度への作用を確認することを目的として、卵巣切除術を実施した9月齢の退役した経産雌ラットにラロキシフェン100μgを4か月間毎日経口処置した際に、卵巣切除による灰密度の低下を有意に遅らせた」点。
相違点2:本件訂正発明1は、「タモキシフェンより子宮癌のリスクの低い」のに対し、引用発明は、この点についての記載がない点。

[取消事由]
(1)引用発明の認定の誤り(取消事由1)
(2)相違点1についての判断の誤り(甲1実験系が不適切であるか、ヒトの骨粗鬆への適用ができるものか否か)(取消事由2)
(3)相違点1についての判断の誤り(化合物の医薬用途を合理的に予測できるか否か)(取消事由3)
(4)相違点2についての判断の誤り(取消事由4)

[裁判所の判断](筆者にて適宜抜粋)
1.引用発明の認定の誤りについて
『2.取消事由1(引用発明の認定の誤り)について
・・・(略)・・・
前記(1)の記載によれば、甲1について、次のとおり認めることができる。
・・・(略)・・・
イ そうすると、甲1には、抗エストロゲン薬及び卵巣切除が高齢ラットの骨密度に及ぼす影響を確認するために計画された研究において、9月齢の退役した経産雌ラットは卵巣切除により骨粗鬆症の変化を示したこと、及び、当該卵巣切除ラットに抗エストロゲン薬であるケオキシフェン100μgを4か月間、毎日経口処置すると、卵巣切除による灰密度の低下を有意に遅延したことが記載されているといえるから、甲1には、審決が正しく認定したとおり(前記第2の3(2))、次の引用発明が記載されているものと認められる。
「 高齢の卵巣切除ラットの骨密度への作用を確認することを目的として、卵巣切除術を実施した9月齢の退役した経産雌ラットにケオキシフェン100μgを4か月間毎日経口処置した際に、卵巣切除による灰密度の低下を有意に遅らせた、抗エストロゲン薬であるケオキシフェン。」
(3) 原告の主張について
ア 原告は、前記(1)オのとおり、甲1には「ケオキシフェンも・・・卵巣切除によって生じる灰密度の低下を有意に遅延し」たとの記載(以下「本件記載」という。)があるものの、本件優先日当時の当業者は、本件記載は、灰密度の測定結果の比較についての統計解析に明らかな誤りがあるから、技術的な裏付けを欠くものであり、甲1に本件記載が開示されているとは認識しない旨主張する。
しかしながら、以下のとおり、甲1に接した当業者が、「ケオキシフェンは卵巣切除によって生じる灰密度の低下を有意に遅らせた」という実験結果は技術的な裏付けを欠き、何の意味もなさないと理解するとはいえないから、原告の主張を採用することはできない。
(ア)甲25・・・(略)・・・、によれば、多重比較法の一種であるDunnett法を用いて統計学的検定をした論文があることが認められる(甲92ないし甲94)。
しかし、他方で、乙18・・・t検定を用いている論文も、医薬系雑誌に審査を受けた上で少なからず掲載されていたことが認められる。
・・・(略)・・・
(イ) 以上によれば、医薬の分野においては、本件優先日当時、3群以上の多群間で同時に検定を行う際にt検定を用いていたとしても、これにより得られた分析結果を直ちに否定すべきほどに信用性を欠くものとは認識されていなかったと認められる。
そうすると、甲1の「ケオキシフェンも・・・卵巣切除によって生じる灰密度の低下を有意に遅延し」との本件記載に接した当業者は、t検定を行っていることを理由として、その結論である本件記載には技術的な裏付けがなく、何の意味もなさないと認識するものとはいえない。・・・(略)・・・
(4) 小括
以上によれば、審決の引用発明の認定に誤りはなく、取消事由1(引用発明の認定の誤り)は理由がない。』
2.相違点1についての判断の誤りについて
『3 取消事由2(相違点1及び3についての判断の誤り)について
・・・(略)・・・
(2)ヒトの骨粗鬆症について
甲17・・・(略)・・・によれば、ヒトの骨粗鬆症について、次のとおり、認められる。
・・・(略)・・・
(6) 検討
前記(3)ないし(5)によれば、本件優先日当時、①ヒトの閉経後骨粗鬆症の動物モデルとして、卵巣切除した高齢の(退役)経産ラットを用いること、②卵巣切除ラットにおいて、実際に骨粗鬆症の症状が生じたことを、偽手術ラットに比べて骨量や骨密度が減少したことによって確認すること、③当該骨量や骨密度の数値として、アルキメデス法を利用して測定した大腿骨全体の灰密度を用いることは、いずれも適切な実験手法として認識されていたものと認められる。
他方、④骨粗鬆症の動物モデルとして、バージンラットを用いるべきこと、⑤骨粗鬆症の症状の確認のために、実験開始時のベースライン群よりも骨量が減少していることを確認する必要があること、⑥アルキメデス法を用いて測定した灰密度に加えて、他の方法により測定した数値も用いるべきことについては、いずれも本件優先日当時の技術常識であったものとは認められない。
そうすると、甲1実験系は、「9月齢の退役した経産雌ラット」を「卵巣切除」し、4か月後に「アルキメデス法を用いて測定した大腿骨全体の灰密度」を、同月齢の「無傷ラット(偽手術ラット)」と比較したところ、灰密度が減少したことを確認したものであるから、甲1実験系には、ヒトの閉経後骨粗鬆症動物モデルを用いた実験として、不適切な点は見出せず、甲1実験系によって得られた「ラロキシフェンは卵巣切除による灰密度の低下を有意に遅らせた」との知見を、ヒトの骨粗鬆症にも応用できるとする十分な根拠があるということができる。』
3.相違点1についての判断の誤りについて
『4 取消事由3(相違点1及び3についての判断の誤り)について
(1) ラロキシフェンのバイオアベイラビリティについて
ア 甲13・・・(略)・・・によれば、ラロキシフェンのバイオアベイラビリティについて、次のとおり認められる。
・・・(略)・・・
イ 前記アによれば、ラロキシフェンのサルにおけるバイオアベイラビリティが5%であったことが知られていたものの、薬物代謝は、サルとヒトでも異なることが知られていたから、当業者が、ラロキシフェンのヒトにおけるバイオアベイラビリティがサルと同様に5%程度の低いものであると直ちに理解するものではないと認められる。
また、仮に、当業者がラロキシフェンのヒトにおけるバイオアベイラビリティが5%程度の低いものであると理解したとしても、前記ア(ウ)のような薬効を発揮させるための周知の手段を採用すれば、ヒトにおいてラロキシフェンの薬効を発揮させることができると認識したものと認められる。現に、甲64・乙40は、ラロキシフェンについて、「短い血清半減期を有するようであり、それは急速な生体内変化の結果である可能性がある」との認識を示した上で、ラロキシフェンのような「抗エストロゲン薬が代替的な治療アプローチになるだろうということを示唆している」と結論付けており、当業者は、ラロキシフェンの短い血清半減期をもって、ヒトの治療薬への適用を断念する根拠とするものではないことが示されている。
(2) ラロキシフェンの乳癌の治療薬としての開発の断念について
ア 甲4(審判甲4)・甲4の2・甲4の3(Oncology Vol.45,pp344-345,1988)には、ラロキシフェン(LY156758)について、タモキシフェンよりもエストロゲン受容体との親和性が大きかったことから、過去にタモキシフェン治療をした乳癌患者に対しフェーズⅡの臨床試験を開始したが、抗腫瘍活性を示さなかったことから、更なる評価は勧められない旨が記載されている。他方、抗腫瘍活性を示さなかった理由については、記載も示唆もない。
イ 甲4の著者らがラロキシフェンについてフェーズⅡの臨床試験を行ったのは、既に知られていたラロキシフェンのバイオアベイラビリティの低さ及び血清半減期の短さを踏まえても、ラロキシフェンのヒトへの適用について成功の合理的な予測があったからであると考えるのが相当であり、このようなフェーズⅡの臨床試験が行われたこと自体が、ラロキシフェンのバイオアベイラビリティの低さや血清半減期の短さが、ヒトの治療薬への適用を断念する根拠となるものではないことを示しているということができる。
(3) 小括
以上によれば、当業者は、ラロキシフェンが甲1実験系において卵巣切除ラットの灰密度低下を有意に遅らせたことから、このラロキシフェンをヒトに適用した場合、骨粗鬆症の治療薬又は予防薬として所望の薬効を奏することを合理的に予測できたということができる。相違点1及び相違点3について容易想到であると判断した審決に誤りはなく、取消事由3(相違点1及び3についての判断の誤り)は理由がない。』
4.相違点2についての判断の誤りについて
『5.取消事由4(相違点2および4についての判断の誤り)について
(1)エストロゲン、タモキシフェンと子宮癌に係る技術常識について
甲3・・・(略)・・・によれば、本件優先日当時、エストロゲン、タモキシフェン及び子宮癌について、以下の事項が技術常識となっていたと認められる
・・・(略)・・・
(3) 相違点2の容易想到性について
前記(1)によれば、エストロゲンの子宮に対する作用(エストロゲン作用)が子宮癌(具体的には子宮内膜癌)の発生に影響しているところ、タモキシフェンは、子宮に対してエストロゲン作用を示し、子宮成長を引き起こし、子宮内膜を増殖させて、子宮内膜癌の発生頻度を増加させることが技術常識となっていた。
他方、前記(2)によれば、ラロキシフェンは、子宮に対してタモキシフェンよりも弱いエストロゲン作用を示すことは周知であり、子宮湿重量増加作用だけでなく、子宮上皮細胞成長作用も弱いことが知られていたと認められる。そうすると、ラロキシフェンは、子宮癌の発生に関係する子宮に対するエストロゲン作用がタモキシフェンよりも弱いことが周知であり、特に、子宮上皮細胞成長作用がタモキシフェンよりも弱いことも知られていた以上、当業者であれば、ラロキシフェンは、タモキシフェンよりも子宮癌のリスクが低いことを容易に予測し得たということができる。
したがって、引用発明の「9月齢の退役した経産雌ラットにおいて卵巣切除による灰密度の低下を有意に遅らせたケオキシフェン」を、ヒトの骨粗鬆症の治療又は予防用医薬製剤として適用した場合に、タモキシフェンより子宮癌のリスクが低い製剤となることは、当業者が容易に想到することができたものと認められる。・・・(略)・・・
(6) 小括
以上によれば、相違点2及び相違点4に係る審決の判断は結論において正当であり、取消事由4(相違点2及び4についての判断の誤り)は理由がない。』

[コメント]
原告は、引用文献の記載が技術的な裏付けを欠き、当該記載(本件記載)が開示されているとは認識しないとして引用発明の認定を誤りであるとしている他、引用文献の記載に技術的な不備点があり、これによって本件訂正発明に容易に想到し得ないと主張している。一方、裁判所は、他の多数の医薬系文献等を参照しながら、文献の原告の主張に対する丁寧な検証を行い、進歩性欠如の結論を導きだしている。引用文献の医薬の用途の開示について、それが信用性のある記載であるかどうかを他文献を参照して検証している点は参考になると考える。
本判決に関連して、係争中の侵害訴訟の結論にも影響があり得る。
相違点2に関して、医薬製剤として本来備えている性質であるとするか、実質的な相違点とみるかについては、特許庁と裁判所とで判断が分かれている他の例も散見される(平成14年(行ケ)342号、平成16年(行ケ)259号など)。  以上
(担当弁理士:高山 周子)