審決取消請求事件 » 平成28年(行ケ)第10047号「空気の電子化装置」事件

名称:「空気の電子化装置」事件
審決取消請求事件
知的財産高等裁判所:平成28年(行ケ)第10047号 判決日:平成28年10月31日
判決:審決取消
実用新案法3条1項3号項
キーワード:引用発明の認定

[概要]
引例に、文言上、①回転電界及び磁界を用いること、②回転電界のみ用いること、③磁界のみ用いることが示されているが、③について、実施例を含む具体的な記載がなく、また、③が①及び②と同程度の能力が確保できるか明らかでなくその能力を推定し得る技術常識を認めるに足りる証拠はないとして、引用発明が③を含まない構成として認定された事例。

[事件の経緯]
原告は、実用新案登録第3133388号の実用新案権者である。
被告が、当該考案の請求項1及び2に係る考案についての実用新案登録を無効とする無効審判(無効2014-400004号)を請求し、特許庁が、当該実用新案登録を無効とする審決をしたため、原告は、その取り消しを求めた。
知財高裁は、原告の請求を認容し、審決を取り消した。

[本件考案]
【請求項1】
高電圧を流した放電針から電子を発生させる放電管の先端に電磁コイルを巻きつけ、その中心部に空気を流し込むことで空気中の酸素分子を励起させることによって一重項酸素などの活性酸素種を生成させることができる空気の電子化装置。

[審決]
1.甲1考案の認定
高電圧を流した針電極28から電子を発生させるイオン化室23の先端に『コイル18が巻かれたイオン回転室24』を設け、イオン化室23の中に酸素ガスを流し込むことで酸素分子を励起させることによって『O2+、O2(W)、O(1D)、O、O2(b1Σg+)、O-、O2(a1Δg)、O2-』を生成させてオゾンを生成することができる酸素ガスのオゾン発生装置。

2.相違点の認定
本件考案1は、放電管の先端に電磁コイルを巻きつけ、「その中心部に」「空気」を流し込むことで「空気」中の酸素分子を励起させることによって一重項酸素などの活性酸素種を生成させることができる「空気」の電子化装置であるのに対して、甲1考案は、イオン化室23の先端に「コイル18が巻かれたイオン回転室24」を設け、イオン化室23の中に酸素ガスを流し込むことで酸素分子を励起させることによって「O2+、O2(W)、O(1D)、O、O2(b1Σg+)、O-、O2(a1Δg)、O2-」を生成させてオゾンを生成することができる酸素ガスのオゾン発生装置、つまり、放電管の先端に電磁コイルを巻きつけ、「その中に」「酸素ガス」を流し込むことで「酸素ガス」中の酸素分子を励起させることによって一重項酸素などの活性酸素種を生成させることができる「酸素ガス」の電子化装置である点。

3.相違点の判断
本件考案1の「空気」は、電子化される対象物であり、「中心部」は、空気が流し込まれる場所であって、本件考案1に係る「物品の形状、構造又は組合せ」に該当するものではないから、「中心部」及び「空気」は、本件考案1の考案特定事項であるということはできない。
したがって、前記(イ)の相違点は、実質的な相違点であるとはいえず、本件考案1は、甲1考案であるから、実用新案法3条1項3号に該当し、実用新案登録を受けることができない。

[取消事由]
1.甲1考案の認定
2.相違点の認定
3.相違点の判断
4.被告の反論に対する主張

[裁判所の判断](筆者にて適宜抜粋)
1.甲1考案の認定について
『イ なお、甲1には、「回転電界もしくは磁界、あるいは回転電界および磁界」(【請求項1】、【請求項2】、【0014】)、「回転電界もしくは磁界を用いて」(【0022】)との記載があり、文言上、O-を、電界及び磁界により回転させることのほか、電界のみ又は磁界のみによって回転させることが示されている。
しかしながら、甲1には、上記記載以外に、O-に、電界をかけず、磁界のみをかけることにつき、実施例を含む具体的な記載はない。むしろ、磁界を利用するオゾン発生装置を示す図である図9は、オゾン発生装置の模式図である図6に、コイルと、コイルに接続された直流電源を加えたものであることを考え併せると、甲1考案において、O-に、3重電極により発生する電界をかけず、コイルにより発生する磁界のみをかけることは、想定されていないと解される。
そして、甲1には、図6に示した装置のオゾン生成結果についての記載はある(【0020】、【0021】)ものの、O-に磁界のみをかけた装置によるオゾン生成結果についての記載はなく、O-に磁界のみをかけた場合にも、現実的な装置設計の範囲内で、3重電極により発生する電界をかけた場合と同程度のオゾンの収率が確保できるのかは明らかではなく、他にこの場合のオゾンの収率を推定し得る技術常識を認めるに足りる証拠はない。
ウ 以上によれば、甲1考案は、以下のとおり、認定すべきである。
「高電圧を流した針電極28から電子を発生させるイオン化室23の先端に、内部に3重電極33が配設され、コイル18が巻かれたイオン回転室24を設け、イオン化室23の中に流し込まれた酸素ガスを励起して、O2+、O2(W)、O(1D)、O、O2(b1Σg+)、O-、O2(a1Δg)、O2-を生成し、イオン回転室24において、生成したO-に対し、3重電極33及びコイル18によって発生した回転電界及び磁界をかけて回転運動を与え、酸素分子と衝突させてオゾンを生成する酸素ガスのオゾン発生装置。」
エ したがって、審決の甲1考案の認定には、誤りがある。』

2.本件考案1と甲1考案の対比
『(3) 以上によれば、本件考案と甲1考案の一致点及び相違点は、以下のとおりであると認められる。
【一致点】
高電圧を流した放電針から電子を発生させる放電管を有し、活性酸素種を生成させることができる装置。
【相違点】
本件考案は、空気中の酸素分子を励起させることによって一重項酸素などの活性酸素種を生成させることができる空気の電子化装置であって、励起の手段が電磁コイルであるのに対して、
甲1考案は、イオン化室23に流し込まれた酸素ガスを励起して生成したO-に対し、イオン回転室24において、3重電極33及びコイル18によって発生した回転電界及び磁界をかけて回転運動を与え、酸素分子と衝突させてオゾンを生成する酸素ガスのオゾン発生装置である点。』

3.新規性について
『本件考案と甲1考案は、励起の対象として流し込まれるガスが空気(本件考案)か酸素ガス(甲1考案)か、回転運動をさせる対象となる荷電粒子が電子(本件考案)かO-(甲1考案)か、課題解決手段が磁界(本件考案)か回転電界及び磁界(甲1考案)かという点で相違するのであって、これらの相違点は、いずれも実質的なものと認められるから、本件考案が新規性を欠くとは認められない。』

4.容易想到性について
『イ 前記アのとおり、甲2及び甲3(甲45)のいずれにも、空気又は酸素ガスに電界と磁界を同時に印加してオゾン等を発生させる装置が記載されていることが認められるものの、磁界のみを単独で印加することは記載されていない。
(2)ア 前記(1)イによれば、甲2又は甲3(甲45)に基づき、磁界のみを単独で印加してオゾン等を発生させるという周知技術は認められない。
そうすると、甲1考案と甲2及び3から認められる周知技術を組み合わせても、「回転電界及び磁界をかけて回転運動を与え」るという構成が、磁界のみをかけて回転運動を与えるという構成になるとは認められない。
イ また、前記2(2)イのとおり、甲1の記載から、O-に磁界のみをかけた場合にも、現実的な装置設計の範囲内で、3重電極により発生する電界をかけた場合と同程度のオゾンの収率が確保できるのかは明らかではなく、他にこの場合のオゾンの収率を推定し得る技術常識を認めるに足りる証拠はないことを考え併せれば、甲1考案の3重電極33を省略する動機付けは認められない。
ウ さらに、回転させる対象を、O-から電子に替える場合には、それに伴い、甲1考案の3重電極33を省略する動機付けがあるかにつき、別途検討する必要があると解されるので、この点につき検討するに、前記2(2)ア(イ)のとおり、甲1考案は、オゾン生成エネルギーを有する酸素原子O-に着目し、これを回転電界により強制的に回転させ、ガスの自然拡散の方向と異なる螺旋軌道を描かせることにより、酸素分子との衝突確率を増加させ、オゾン収率の向上を図る(【0006】)ことを課題解決手段とするものであって、甲1の記載中に、回転運動の対象となる荷電粒子を、O-から電子に変更することにつき、示唆があると認めることはできず、他に前記変更についての動機付けの存在を認める足りる事実はない。
エ 以上のとおりであって、甲1考案において、励起の対象が「酸素ガス」であり、その励起手段が「3重電極」及び「コイル」であるという構成に替えて、励起の対象が「空気中の酸素分子」であり、その励起手段が「電磁コイル」であるという構成を適用することは、動機付けを欠き、本件考案1は、甲1考案並びに甲2及び3に記載された周知技術に基づいて当業者がきわめて容易に考案をすることができたとはいえない。』

5.まとめ
『以上のとおり、審決の認定した甲1考案の認定には誤りがあり、本件考案1は、甲1考案と同一ではなく、また、甲1考案並びに甲2及び3に記載された周知技術に基づいて当業者がきわめて容易に考案をすることができたとはいえない。』

[コメント]
甲1には、「(回転)電界もしくは磁界、あるいは(回転)電界および磁界」という記載と、「回転電界もしくは磁界」という記載がある。斯かる記載によれば、通常、「回転電界及び磁界」、「回転電界のみ」、「磁界のみ」の三つの構成が開示されていると言える。
しかしながら、判決においては、甲1には、「磁界のみ」に係る実施例を含む具体的な記載がなく、また、甲1の実施例に基づいて、甲1考案においては、「磁界のみ」に係る構成が想定されていないと判断した。さらに、「磁界のみ」に係る構成が「回転電界及び磁界」に係る構成や「回転電界のみ」に係る構成に対して、同程度の能力を確保するかについて推定し得る技術常識を認めるに足りる証拠もないことも考慮し、甲1考案は、「磁界のみ」に係る構成を含まないと認定された。
権利範囲を広くするために、明細書に、変形例を記載するのは一般的である。しかしながら、単に記載されているだけで、具体的な記載(構成、作用、効果など)が無い場合に、当該記載の構成が引用発明として認定されなかったことが参考になる。
引用発明の認定においては、単に表面上の記載だけでなく、実質的な記載に基づいて行わなければならないことを示した事例である。
以上
(担当弁理士:鶴亀 史泰)