IP case studies判例研究

平成27年(行ケ)10263号「全体に継ぎ目がない構造の卓球ボール」事件

名称:「全体に継ぎ目がない構造の卓球ボール」事件
審決取消請求事件
知的財産高等裁判所:平成27年(行ケ)10263号 判決日:平成28年10月12日
判決:請求棄却
特許法29条2項
キーワード:進歩性、設計事項、技術的意義、臨界的意義
[概要]
本件発明1と引用発明1との相違点(用途、数値範囲)について、本件明細書中に実施例がないため臨界的意義等が認められず、容易想到であるとして進歩性を否定した審決の判断に誤りはないとされた事例。
[事件の経緯]
原告は特願2011-548522号の特許出願人である。
原告は拒絶査定不服審判を請求したところ、特許庁は請求不成立の審決をしたため、原告はその取消を求めた。
知財高裁は、原告の請求を棄却した。
[本件発明]
[請求項1]
卓球ボールの製造原料を卓球ボールの大きさと一致する球形型に加えて型を閉じ、この球形型を回転成形機に装着し、回転成形機の二つの回転軸の軸線もこの型の球形キャビティの球心を通り、且つ二つの回転軸の軸線が互いに垂直となるようにし、
球形型を同時に上述の二つの回転軸の周りを回転させ、回転速度の範囲を20rpm-3000rpmに制御することによって、型に流動可能な原料が遠心力と自身重力の作用で型のキャビティ内壁に付着され、球殻になり、
球形型が回転状態を維持する状態では、原料が固化してから球殻になり、型を開き、離型して球殻を取り出す工程を包含し、
前記卓球ボールは、一次成形の中空密封球殻であって、且つ連続的な内表面を有しており、
前記卓球ボールの球殻の殻体に如何なる再加工の接合継ぎ目も有しなく、球殻の内表面に見える接合継ぎ目がなく、
前記卓球ボールの球殻が基本的に統一的な肉厚を有し、且つ球殻の肉厚の誤差が0.04mm以下であることを特徴とする卓球ボールの製造方法。
[審決]
本件発明と引用発明1とを対比すると、下記相違点1~3が存在するところ、引用発明1において、引用発明2~4を適用することにより、各相違点に係る本願発明の発明特定事項とすることは容易想到と言える。
(相違点1)
本願発明は「卓球ボール」の製造方法であるのに対し、引用発明1は「ボール」の製造方法である点。
(相違点2)
本願発明では(球形型の)「回転速度の範囲を20rpm-3000rpmに制御する」のに対し、引用発明1は回転速度について明らかでない点。
(相違点3)
本願発明は「球殻が基本的に統一的な肉厚を有し、且つ球殻の肉厚の誤差が0.04mm以下」とするのに対し、引用発明1は肉厚の態様と誤差について明確な言及をしていない点。
[裁判所の判断](筆者にて適宜抜粋)
(取消事由1)相違点1の判断の誤り
『(1)本願発明と引用発明1の対比について
前記認定によれば、本願発明と引用発明1とは、審決が正しく認定するとおり、前記第2の3(1)イの点で一致し、同ウの相違点1ないし3において相違する。
・・・(略)・・・
(3)引用発明1と引用発明2の組合せについて
引用発明2は、前記(2)のとおり、回転成形により製造された「卓球ボール」の製造方法であるから、相違点1(本願発明は「卓球ボール」の製造方法であるのに対し、引用発明1は「ボール」の製造方法である点。)に係る本願発明の構成は、引用発明2に示されている。
そして、引用発明1と引用発明2とは、ボールの製造方法という共通の技術分野に属するものであり、回転成形による一次成形という具体的な製造方法も共通する上、引用発明2の「卓球ボール」は、引用発明1の「ボール」に包含されるものである。また、引用発明2の原料である「セルロイドを含まない熱可塑性プラスチック」は、引用発明1の原料である「合成樹脂」に包含されるものであり、引用例1には、前記2(1)エのとおり、「球状体を製造する合成樹脂材料としては、例えば、ウレタン樹脂とか、それに炭素繊維やセラミック粉末を混入したものなど各種の材料が適用できる。」として、「各種の材料」が使用できることが示唆されている。
そうすると、引用発明1に引用発明2を適用して、引用発明1の「ボール」の原料を「セルロイドを含まない熱可塑性プラスチック」とし、「ボール」を「卓球ボール」とすることは、当業者の通常の創作能力の発揮の範囲内のことということができる。
したがって、相違点1に係る本願発明の構成は、当業者が引用発明1に引用発明2を適用することによって容易に想到し得たものであると認められる。』
(取消事由2)相違点2の判断の誤り
『(1)相違点2に係る本願発明の構成が容易想到であること
引用発明1においては、金型の内壁に製造原料が一様に分布し、ボールの外表面が全体にわたって滑らかになる必要があるが、一般的に、回転成形時の回転速度が遅ければ、原料が金型の内壁に沿って流れ落ち、原料を一様に分布させるに当たり自重の作用が大きくなり、回転速度が速ければ、原料が金型の内壁に沿って貼り付き、原料を一様に分布させるに当たり遠心力の作用が大きくなるということができる。そうすると、引用発明1において、回転速度をどの程度とするかは、当業者がこれを実施する際に、ボールの継ぎ目のない状態で外表面が全体にわたって滑らかになるように適宜定めるべき事項である。
また、相違点2(本願発明では(球形型の)「回転速度の範囲を20rpm-3000rpmに制御する」のに対し、引用発明1は回転速度について明らかでない点。)に係る本願発明の構成は、球形型の「回転速度の範囲を20rpm-3000rpmに制御する」ことであるが、その技術的意義について検討すると、本願明細書には、回転速度の下限値20rpmやその上限値3000rpmについて、その技術的意義や臨界的意義を端的に示す記載はない。・・・(略)・・・
そうすると、甲1発明において、相違点2に係る本願発明の構成である「回転速度の範囲を20rpm-3000rpmに制御する」ことは、必要に応じて適宜行うべきものであって、当業者が容易に想到し得たものであると認められる。』
(取消事由3)相違点3の判断の誤り
『相違点3(本願発明は「球殻が基本的に統一的な肉厚を有し、且つ球殻の肉厚の誤差が0.04mm以下」とするのに対し、引用発明1は肉厚の態様と誤差について明確な言及をしていない点。)に係る本願発明の構成は、「球殻が基本的に統一的な肉厚を有し、且つ球殻の肉厚の誤差が0.04mm以下」であることであるが、その技術的意義について検討すると、本願明細書には、球殻の肉厚の誤差が0.04mmを超えると、国際卓球連盟の定めるT3規格の偏心、硬度、バウンドの要求を達成することが困難である旨の記載(【0023】)があるものの、球殻の肉厚の誤差と、偏心、硬度、バウンドとの定量的な関連は記載されていないから、「球殻の肉厚の誤差が0.04mm以下」という数値に格別の臨界的意義や技術的意義を認めることはできない。
さらに、前示のとおり、本願発明では、「具体的な回転速度が選択される材料の物性によって確定され、原料を内壁に均一に付着させることは制御基準である」というのであるから、使用原料や成形条件にかかわらず、回転速度を「20rpm-3000rpm」の範囲に制御すれば、必ず「球殻の肉厚の誤差が0.04mm以下」となるというものではなく、「球殻の肉厚の誤差が0.04mm以下」という数値は、回転速度の「20rpm-3000rpm」という数値範囲との関係においても格別の意義が認められるものではない。
そうすると、引用発明1において、球殻の肉厚の誤差をできるだけ小さくし、相違点3に係る本願発明の構成である「球殻が基本的に統一的な肉厚を有し、且つ球殻の肉厚の誤差が0.04mm以下」となるようにすることは、当業者が容易に想到し得たものであると認められる。』
(結論)
『以上によれば、本願発明は、引用発明1及び2並びに引用例4に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法29条2項の規定により特許を受けることができない。
よって、原告の請求は、取消事由4を判断するまでもなく理由がないから、これを棄却することとして、主文のとおり判決する。』
[コメント]
本願発明については結局、進歩性違反により拒絶審決が維持されているが、製造方法の各要素(回転速度および材料)を種々変更した、具体的な実施例がない以上、回転速度や球殻の肉厚の誤差の数値範囲に関して臨界的意義など認められる余地はないと考えられる。今回の判決では判断されなかったが、本願は実施可能要件を満たしていない、不完全な開示しかない発明と思われ、実施可能要件を十分に満たす実施例が無ければ、進歩性が認められる余地はそもそもなかったものと思われる。このような実施例不十分な出願は、外国から日本への出願に多いように思われるが、例えばパリルート出願であれば、出願書類を受領した段階で、実施例の補充などアドバイスができれば好ましいと思われる。
以上
(担当弁理士:山下 篤)

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