審決取消請求事件 » 平成27年(行ケ)第10144号「美顔器」事件

名称:「美顔器」事件
審決取消請求事件
知的財産高等裁判所:平成27年(行ケ)第10144号 判決日:平成28年9月28日
判決:審決取消
特許法29条2項
キーワード:作用効果

[概要]
本件発明において、その作用効果を十分奏するほどの炭酸ガス濃度がどの程度であるか規定されていないにもかかわらず、審決では、「甲2発明が本件発明のような作用効果を十分奏するほどの炭酸ガス濃度の炭酸混合化粧水が得られるか不明であるから、本件発明で得られる炭酸混合化粧水の炭酸ガス濃度と、甲2発明で得られる炭酸混合化粧水の炭酸ガス濃度が、本件発明のような作用効果を十分奏するほどであるか否かという観点から相違する」という判断がされており、かかる判断は誤りであるとされた事例。

[事件の経緯]
被告は、特許第4277306号の特許権者である。
原告が、当該特許の請求項1に係る発明についての特許を無効とする無効審判(無効2014-800132号)を請求したところ、特許庁が、請求不成立(特許維持)の審決をしたため、原告は、その取消しを求めた。
知財高裁は、原告の請求を認容し、審決を取り消した。

[本件発明]
【請求項1】
所定量の化粧水を収納する化粧水収納カップと、該化粧水収納カップを装備すると共に、前記化粧水収納カップから滴下された化粧水が引き込まれる導管を内蔵し、且つ該導管の先端に設けられた噴出ノズルを有するスプレー本体と、更にこの導管内において前記滴下化粧水と混合して炭酸混合化粧水を噴出ノズルから霧状に噴出させる炭酸ガス供給用ボンベと、この炭酸ガス供給用ボンベと前記スプレー本体内の導管とを接続する炭酸ガス供給用パイプと、而も前記スプレー本体に備えられた炭酸混合化粧水の噴出調整用摘子とで成したことを特徴とする美顔器。

[取消事由]
1.本件発明の認定の誤り
2.甲2発明の認定の誤り
3.相違点2の認定の誤り
4.相違点2についての判断の誤り
※以下、取消事由1及び4についてのみ記載する。

[審決]
1.本件発明と甲2発明との対比
(一致点) 所定量の化粧水を収納する化粧水収納カップと、化粧水収納カップから供給された化粧水が流入する導管を内蔵し、且つ該導管の先端に設けられた噴出ノズルを有するスプレー本体と、化粧水を霧状に噴出させる炭酸ガス供給用ボンベと、この炭酸ガス供給用ボンベとスプレー本体内の導管とを接続する手段と、スプレー本体に備えられた調整用摘子とで成した美顔器。
(相違点2) 本件発明は、スプレー本体が、化粧水収納カップから滴下された化粧水が引き込まれる導管を内蔵し、この導管内において滴下化粧水と炭酸ガスを混合して炭酸混合化粧水を噴出ノズルから霧状に噴出させるのに対し、甲2発明は、吹付器1は、化粧料容器18から皮膚用の基礎化粧料が流入する化粧料通路3と炭酸ガスが流れる気体通路10とを内蔵し、化粧料通路3と気体通路10とは独立しており、気体通路10の先端に設けられた気体噴射口11から炭酸ガスを噴射することにより、化粧料通路3の先端の設けられた化粧料噴射口4から基礎化粧料を吸い出して噴霧させる点。
※相違点1、3、及び4は、省略する。

2.相違点2についての判断(筆者にて適宜抜粋)
『本件発明は、・・・(略)・・・化粧水を収納するカップを装備するとともに、滴下された化粧水が引き込まれる導管をスプレー本体に内蔵し、この導管内に炭酸ガスを供給して炭酸混合化粧水をスプレー本体先端の噴出ノズルから霧状に噴出させることとした・・・(略)・・・。ここでいう「炭酸成分の混合化粧水」とは、単なる炭酸ガスと化粧水水滴との混合物ではなく、化粧水に炭酸ガス、すなわち、二酸化炭素が溶けて炭酸イオンが生成された、炭酸イオンを含有する化粧水である。その炭酸イオンが本件明細書に記載された効果を奏する程度の濃度が必要なことも、本件発明の目的及び効果から明らかであり、そのために本件発明は、請求項1に特定された「化粧水収納カップから滴下された化粧水が引き込まれる導管」及び「導管内において前記滴下化粧水と混合して炭酸混合化粧水を噴出ノズルから霧状に噴出させる炭酸ガス供給用ボンベ」を有している。』
『これに対し、甲2発明は、化粧料通路3と炭酸ガスが流れる気体通路10とは独立しており、気体通路10の先端に設けられた気体噴射口11から炭酸ガスを噴射することにより、化粧料通路3の先端に設けられた化粧料噴射口4から基礎化粧料を吸い出して噴霧させるものであるから、甲2発明では、ノズルから噴射されるのは、炭酸ガスと基礎化粧料であって、ノズルから噴射された後に両者が混合されることになる。そして、基礎化粧料には化粧水が含まれるから、その噴霧の過程で、化粧水中に一部の炭酸ガスが溶け、多少の炭酸イオンを含有した炭酸化粧水が生成され得ることは想定できる。しかし、甲2発明では、本件発明のような作用効果を十分奏するほどの炭酸ガス濃度の炭酸混合化粧水が得られるかは不明である。』
『一方、甲3発明~甲5発明は、いずれも、噴霧する液体と液体を噴霧するガスとをノズルからの噴霧前に混合するものではあるが、その混合は単に液体を霧化し噴出するためのものであって、噴霧する液体に気体を溶解させることについては記載も示唆もない。・・・(略)・・・引用文献には、炭酸ガスを基礎化粧料と混合することは開示されているが、その目的は、あくまで噴霧ガスとして炭酸ガスを採用する程度の技術が開示されるにすぎず、本件発明のように、炭酸ガスと化粧水とを混合して炭酸混合化粧水を積極的に調製することについては記載も示唆もされていない。』
『してみると、引用文献及び甲3~5に接した当業者といえども、甲2発明において炭酸混合化粧水を調製するため、甲2発明に甲3~5に記載された構成を適用する動機付けがあるとはいえず、上記相違点2に係る本件発明の構成を甲2発明~甲5発明から想到することが容易になし得たとはいえない。』

[原告の主張](筆者にて適宜抜粋)
1.取消事由1
『本件発明の特許請求の範囲には、審決で認定されたような、含有される炭酸イオン濃度を限定する発明特定事項の記載はない。そして、本件発明の「炭酸混合化粧水」が「炭酸を混合した化粧水」の意味であることは、その文言から一義的にまた明確に理解することができる。したがって、審決は、本件発明の「炭酸混合化粧水」について、特許請求の範囲の記載に基づかない認定をしたものである。』
『本件明細書には、審決の判断に係る「本件明細書の効果を奏する程度の「炭酸イオン濃度」の化粧水を得るため、本件発明が「化粧水収納カップから滴下された化粧水が引き込まれる導管」及び「導管内において前記滴下化粧水と混合して炭酸混合化粧水を噴出ノズルから霧状に噴出させる」構成(内部混合方式)を採用した、などという記載はない。』
『すなわち、審決の上記判断は、発明の詳細な説明の記載等にすら基づかない判断である。』

4.取消事由4
『液体を気体で噴霧する技術として、代表的なものには、外部混合方式(甲2発明)と内部混合方式(本件発明、甲3~甲5発明)が存在し、いずれも周知技術であるため、甲2発明を内部混合方式とすることに何ら困難性はない。』
『これら技術分野の共通性、作用及び機能の共通性から、「内部混合方式」と「外部混合方式」は相互に置換可能な技術であること、さらに、本件発明自体、審決認定の特定の炭酸ガス濃度を得るために内部混合にしたという発明ではなく、単に炭酸ガスと化粧水を混ぜて噴霧する発明であり、噴霧する場所は問題とならない発明であることに鑑みれば、甲2発明の「外部混合方式」を甲3発明~甲5発明の「内部混合方式」に置き換える程度のことは、当業者における設計事項にすぎない。したがって、当業者において、同置き換えを試みる動機付けが存在することは明らかである。』

[裁判所の判断](筆者にて適宜抜粋)
1.取消事由1について
『本件発明の特許請求の範囲・・・(略)・・・の記載から、「化粧水」と「炭酸ガス」とが混合されて「炭酸混合化粧水」が生成され噴出されることは理解できるものの、その混合の状態に関して具体的に規定するものではない。したがって、「炭酸ガス」が「化粧水」にどの程度溶解しているのか、溶解していないのか、及び、化粧水に溶解した場合の炭酸ガスの濃度、すなわち、「遊離炭酸」の生成割合は、いずれも特定されていない。』
『この点に関して、本件明細書には、・・・(略)・・・と記載されているから、毛細血管が拡張し得る量の炭酸成分(遊離炭酸)が肌に供給されることが、本件発明の課題解決の必須の前提となるものと理解される。また、実施例【0009】には、・・・(略)・・・と記載されているから、本件発明の「炭酸混合化粧水」は、炭酸ガスの一部が化粧水に溶けて、一定程度の遊離炭酸が生じる、すなわち、一定程度の炭酸ガス濃度を有することにより、毛細血管を拡張させるとともに、皮脂や汚れ等の残骸物を顔肌から遊離させるという、本件発明の効果を奏すると認めるのが相当である。』
『これに対し、原告は、本件発明の特許請求の範囲は、含有される遊離炭酸の濃度を限定する発明特定事項の記載はないし、本件明細書の発明の詳細の説明にも記載がない、と主張する。確かに、本件発明の特許請求の範囲には、遊離炭酸の生成の有無やその濃度を限定する記載はなく、本件明細書にも、これに関する具体的な数値等を示されてはいない。しかし、審決は、上記(4)のとおり、相違点2の判断において、本件発明の構成を限定したわけではなく、当該構成により、本件発明所定の効果が生ずることを述べたものと解すべきものである。』

2.取消事由4について
『すなわち、審決は、相違点2の判断において、本件発明が内部混合方式をとるから本件明細書に記載された効果を奏する程度の炭酸ガス濃度を有する炭酸混合化粧水が得られ、甲2発明は外部混合方式をとるから本件明細書に記載された効果を奏する程度の炭酸ガス濃度を有する炭酸混合化粧水を得られるかは不明であり、甲2発明について、相違点2に係る構成を採用することは容易になし得ないと判断したものと解される。』
『これに対して、原告は、内部混合方式と外部混合方式とはいずれも周知技術であるから、甲2発明を内部混合方式とすることは容易であるし、本件発明は、特定の炭酸ガス濃度を得るために内部混合方式を採用したという発明ではなく、噴霧する場所は問題にならない発明であるから、甲2発明について相違点2に係る構成を採用することは容易である、と主張する。』
『そこで検討するに、上記1(4)のとおり、本件発明の特許請求の範囲の記載には、「炭酸ガス」が「化粧水」にどの程度溶解しているのか、溶解していないのか、及び、化粧水に溶解した場合の炭酸ガスの濃度は、いずれも特定されておらず、また、本件明細書を参照しても、本件発明の「炭酸混合化粧水」は、炭酸ガスの一部が化粧水に溶けて、一定程度の遊離炭酸が生じる、すなわち、一定程度の炭酸ガス濃度を有することにより、毛細血管を拡張させるとともに、残骸物を顔肌から遊離させるという、本件発明の効果を奏することが理解できるものの、本件発明の効果を奏る程度の炭酸ガス濃度がどれほどであるかは、全く記載されておらず、具体的な数値も示されていない。さらに、本件明細書には、本件発明の構成(内部混合方式)を採用したことによる効果は特段記載されておらず、格別のものともいえない。一方、内部混合方式ではなく、甲2発明のような外部混合方式をとり、使用する気体として炭酸ガスを選択した場合であっても、化粧水と炭酸ガスとを共に噴出させてから使用者に到達するまでの間に、炭酸ガスの一部が化粧水に溶けた炭酸混合化粧水が得られることは明らかである。』
『そうすると、本件発明において、その作用効果を十分奏するほどの炭酸ガス濃度がどの程度であるか規定されていない以上、そのような濃度の炭酸混合化粧水を、甲2発明のような外部混合方式によって得られるか否かを判断することは困難である。にもかかわらず、審決が、甲2発明では、本件発明のような作用効果を十分奏するほどの炭酸ガス濃度の炭酸混合化粧水が得られるか不明であると判断したことは、誤りというべきである。すなわち、化粧水と炭酸ガスの混合における本件発明の構成(内部混合方式)と、甲2発明の構成(外部混合方式)とで、本件発明の作用効果を生ずるか否かに相違があると判断する合理的根拠はない。よって、本件発明で得られる炭酸混合化粧水の炭酸ガス濃度と、甲2発明で得られる炭酸混合化粧水の炭酸ガス濃度が、本件発明のような作用効果を十分奏するほどであるか否かという観点から相違する、という審決の判断は、誤りである。』
『よって取消事由4には、理由がある。』

[コメント]
審判では、明細書には直接的な記載がないものの、構成から想定される作用効果が認定された上で、挙げられた文献では当該認定された効果を奏しないため前記文献に対して進歩性があるという判断がなされたが、知財高裁ではこの認定が取り消された。そもそも明細書内において、美顔器としての作用効果を発揮するためには、外部混合方式と対比して内部混合方式が好ましいことやその理由についての説明がなかったことが、このような判断につながったものと考えられる。
出願時の明細書に十分な作用効果を記載しておくことで、拒絶の対応時の主張へとつながることは往々に存在する。今回の事例では、仮に作用効果を記載していたからといって進歩性が維持できたかどうかは不明ではあるが、特に日本出願においては作用効果の記載が重要であることを再確認できる事案である。
なお、本件特許は、別件にて侵害訴訟が争われており(平成27年(ネ)第10067号 損害賠償請求控訴事件(原審・東京地方裁判所:平成26年(ワ)第11110号)、均等の第4要件を充足しないため、均等侵害には当たらないとの判断がされている。
以上
(担当弁理士:佐伯 直人)