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平成27年(行ケ)10070号「バックライト光源用発光装置」事件

名称:「バックライト光源用発光装置」事件
拒絶審決取消請求事件
知的財産高等裁判所:平成 27 年(行ケ)10070 号 判決日:平成 28 年 2 月 3 日
判決:請求棄却
特許法29条2項
キーワード:引用発明の認定、進歩性、実験成績証明
[概要]
進歩性の検討に当たり、具体的な物質を別な物質に置換する場合と、あらかじめ指定され
た物質群から同等の特性を有する物質を選択する場合とでは、容易想到か否かの判断過程が
異なることが示されて、審決における相違点2a(引用発明1の物質の認定)には誤りがあ
るとされたが、相違点2aは引用発明1の開示(化合物を代替物可能)に基づいて引用発明
2(前記物質を開示)から容易であるとの審決の結論に影響を及ぼさないとされた事例。
[事件の経緯]
原告が、特許出願(特願 2010-501831 号)に係る拒絶査定不服審判(不服 2013-18710 号)
を請求したところ、特許庁(被告)が、請求不成立の拒絶審決をしたため、原告は、その取
消しを求めた。
知財高裁は、原告の請求を棄却した。
[本願発明](補正後:下線部が補正事項:出願時からの相違を示す)
【請求項1】(<A><B>の符号は裁判所が付した。)
ピーク波長430~480nmの一次光を発する窒化ガリウム系半導体である発光素子と、
発光素子から発せられた一次光の一部を吸収して、一次光の波長よりも長い波長を有する二
次光を発する波長変換部とを備える白色発光装置であって、上記波長変換部は、緑色系発光
蛍光体および赤色発光蛍光体を含み、
上記緑色系発光蛍光体が、
<A> 一般式(A):Eu a Si b Al c OdN e
(上記一般式(A)中、0.005≦a≦0.4、b+c=12、d+e=16である。)
で実質的に表されるβ型SiAlONである2価のユーロピウム付活酸窒化物蛍光体、
からなり、
上記赤色系発光蛍光体が、
<B> 一般式(C):MII 2 (MIII 1-h Mn h )F 6
ここにおいて、Mnの組成比(濃度)を示すhの値は0.001≦h≦0.1である、
(上記一般式(C)中、MIIはLi、Na、K、RbおよびCsから選ばれる少な
くとも1種のアルカリ金属元素、MIIIはGe、Si、Sn、TiおよびZrから選
ばれる少なくとも1種の4価の金属元素を示す。)
で実質的に表される4価のマンガン付活フッ化4価金属塩蛍光体からなり、
前記赤色系発光蛍光体に対し、前記緑色系発光蛍光体が重量比で15~45%の範囲内の
混合比率で混合されてなることを特徴とする、バックライト光源用発光装置。」
[審決]
本願発明と引用発明1とは、下記相違点1、2を有する。
相違点1: 本願発明は、「Mnの組成比(濃度)を示すhの値は0.001≦h≦0.1である」
のに対して、引用発明1は、Mnの組成比がこのように特定されるものではない点。
相違点2:本願発明と引用発明1とは「緑色系発光蛍光体」が相違(相違点2a)し、引用発
明1には、赤色系発光蛍光体に対する、前記緑色系発光蛍光体が重量比で15~45%の範囲内
の混合比率が開示されていない点(相違点2b)。
上記相違点1に記載の範囲は格別の困難はないとされ、上記相違点2は引用発明1に「緑
色放出蛍光体」の代替を示唆する記載があり、引用発明2に記載の「緑色の蛍光体」(本願発
明を満足)を用いこと、さらには相対量を定めることは、当業者が必要に応じて適宜になし
得ることであるとされた。
審決において、本願発明の進歩性は否定された。
[取消事由]
1.取消事由1(引用発明2の認定の誤り)
2.取消事由2(相違点1の判断の誤り)
3.取消事由3(相違点2の認定判断の誤り)
(取消事由3-1)(相違点2aの認定判断の誤り)
(取消事由3-2)(相違点2bの判断の誤り)
4.取消事由4(顕著な効果の看過)
[裁判所の判断](筆者にて適宜抜粋、下線)
2.取消事由1(引用発明2の認定の誤り)について
『原告は、引用文献2(甲3)の実施例2~4の緑色蛍光体を用いた白色LEDを引用発明2
中に含めた審決の引用発明2の認定には、誤りがあると主張する。
しかしながら、引用文献の実施例1の緑色蛍光体を用いた白色LEDが引用発明2に含まれる
ことは当事者間に争いのないところ、審決は、引用発明2を、β型サイアロンの組成が実施例1
~4の「いずれか」である白色LEDと認定し、実施例1の「β型サイアロン」は、波長520
nmから550nmの範囲にピーク波長を持ち、その半値幅が55nm以下の発光スペクトルを
有し、このような特性を有するβ型サイアロンを引用発明1に適用して本願発明の相違点2に係
る構成とすることが当業者にとって容易であるか否かを検討している。したがって、仮に、原告
の主張する上記の点について審決に誤りがあるとしても、審決の進歩性に関する認定判断には影
響はない。
・・・(略)・・・、引用文献2において、白色LEDに用いた緑色蛍光体として明示されてい
るのは、実施例1の緑色蛍光体のみではあるが、それは単なる一例として記載されたものにすぎ
ず、同等の性質を有する実施例2~4の緑色蛍光体も白色LEDに用いることができることを当
然の前提としているものと認められる。』
3.取消事由2(相違点1の判断の誤り)について
『原告は、Mnの組成比を示すhの値を0.001≦h≦0.1の範囲とすることは、容易
に想到できるものではないと主張する。
・・・(略)・・・、そうすると、引用文献1に記載のMn 4+ の数値範囲は、「Mn(Mn 4+ )
の組成比(濃度)を示すhの値は、望ましくは0.001≦h≦0.3、より望ましくは、0.
02≦h≦0.15である。」と言い換えられ、本願発明のMnの数値範囲は、引用文献1の、
望ましいMn 4+ の数値範囲に包含されている。
そこで、本願明細書をみると、・・・(略)・・・、との記載があるのみである。蛍光体にお
いて必要な明るさを確保することは当業者であれば当然に考慮する事項であるから、本願明
細書を参酌しても、本願発明のMnの数値範囲の臨界的意義は不明である。
そうすると、本願発明のMnの数値範囲は、技術の具体的適用に伴う数値範囲の好適化と
いった程度のものと認められる。』
4.取消事由3-1(相違点2aの認定判断の誤り)
『原告は、BOSを緑色蛍光体と認定した審決の認定には、誤りがある旨を主張する。
審決は、引用発明1の緑色放出蛍光体を「510~550nmのピーク放出波長を有する
緑色放出蛍光体」としか認定しておらず、BOSと認定しているものではないから、本願発
明と引用発明1との相違点2aに相当する部分は、「本願発明の緑色系発光蛍光体が<A>で
あるのに対し、引用発明1の緑色放出蛍光体は『510~550nmのピーク放出波長を有
する緑色放出蛍光体』である点。」と認定するべきものであって、「本願発明の緑色系発光蛍
光体が<A>であるのに対し、引用発明1の緑色放出蛍光体がBOSである点。」とすること
は、整合性を欠くものである。すなわち、進歩性の検討に当たり、具体的な物質を別な物質
に置換する場合と、あらかじめ指定された物質群から同等の特性を有する物質を選択する場
合とでは、容易想到か否かの判断過程が異なるから、引用発明1において「緑色放出蛍光体」
と発明の構成要素を特性で認定したにもかかわらず、本願発明との相違点をその特性を有す
るとする具体的な物質である「BOS」と認定することは(ただし、BOSが緑色放出蛍光
体であるか否かは、当事者間に争いがある。)、適正な進歩性判断の手法とはいい難い。
そうすると、審決の相違点2aの認定には、誤りがある。
・・・(略)・・・審決は、実質的には、相違点2aに相当する部分を「本願発明の緑色系
発光蛍光体が<A>であるのに対し、引用発明1の緑色放出蛍光体は『510~550nm
のピーク放出波長を有する緑色放出蛍光体』である点。」と認定した上で判断しているものと
解され、「引用発明1の緑色放出蛍光体がBOSである」との点は、全く問題とされてない。
したがって、上記相違点の認定の誤りは、審決の結論に影響を与えるものとはいえない。
・・・(略)・・・
そうであれば、色再現性の更なる改善のために、引用発明1の緑色放出蛍光体として、そ
の開示された条件に従うものであり、かつ、上記の特性からみて色再現性の改善を期待する
ことのできる引用発明2のβ型サイアロンを選択することは、公知材料からの単なる最適材
料の選択にすぎず、当業者であれば当然に試みるところであって、容易になし得たこととい
える。』
5.取消事由3-2(相違点2bの判断の誤り)について
『原告は、本願発明は、蛍光体の混合比率に着目した点に公知発明にはない特徴があると
主張する。
しかしながら、本願明細書には、・・・(略)・・・との記載があるのみであり、重量比に着
目した点についての技術的意義は明らかではない。・・・(略)・・・、そして、各蛍光体の混
合比率を蛍光体材料の割合を重量比で表記することは、一般的に行われているものと認めら
れる・・・(略)・・・。そうであれば、蛍光体の混合比率を、各蛍光体のスペクトル質量(重
み)における寄与割合で示すか、蛍光体材料の割合を重量比で示すかは、当業者において適
宜なすことといえる。』
6.取消事由4(顕著な効果の看過)について
『原告は、引用発明2のβ型サイアロンは、緑色発光の内部量子効率及び青色光の吸収効
率が低いものと予測されるから、本願発明の効果は、当業者には予測しない格別顕著な効果
があるものと主張する。
しかしながら、・・・(略)・・・、緑色光の内部量子効率及び青色光の吸収効率のみが、引
用発明2のβ型サイアロンの効果の有無を決するものではない。
[コメント]
引用発明2の認定、相違点2a(引用発明1の物質の認定)に関して審決には誤りがあると
されたが、いずれの誤りも審決の結論に影響を与えないとして拒絶審決が維持された。審決
における認定の誤りの指摘に際しては、進歩性の論理付けに影響を及ぼす論理展開までを見
通した反論が必要であることが分かる。
相違点1(組成比の数値限定)、相違点2b(重量比の数値限定)は本願発明と引用発明1
とを差別化するために行った数値限定に係る補正事項(既存数値内での限定)に係るが、明
細書の記載から臨界的な意義が見出だせないと判断された。妥当な判断と思われる。引用発
明と全く重ならない範囲に数値範囲を補正する場合に比べて、既存範囲内での補正の場合の
技術的、臨界的意義を示す明細書の記載の重要性が窺われる。
また、相違点2bの数値限定の臨界的意義を実験成績証明(出願後の実験結果の提出で補
うことが許されるとしても)により主張したが、他の条件を同一にして専ら重量比に従った
場合の実験の結果を示すものではないこと;重量比を本願発明の数値限定の範囲内にしても
効果を示さない場合が記載されており重量比の臨界的意義が明らかにはならないと判断され
た。この指摘も妥当な判断と思われる。実験成績証明の提出にあたっては、相違点に係る具
体的な効果を適切に示す見解す実験データの提出が必要であることが分かる。
以上
(担当弁理士:光吉 利之)

平成27年(行ケ)10070号「バックライト光源用発光装置」事件

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