審決取消請求事件 » 平成27年(行ケ)10186号「アンカーピン」事件

名称:「アンカーピン」事件
拒絶審決取消請求事件
知的財産高等裁判所:平成27年(行ケ)10186号  判決日:平成28年7月13日
判決:請求棄却
特許法第29条第2項
キーワード:周知技術、証拠、手続違背

[概要]
審判時には証拠に基づかない周知技術が指摘され、審決においても適切な周知資料は示されなかったが、本件訴訟で提出した新証拠は、審決が認定した周知技術に関する技術常識を立証するものであるから、本件訴訟の判断資料とすることが許容されると判断された事例。

[事件の経緯]
原告は、発明の名称を「アンカーピン」とする特許出願(特願2011-91376号)に係る拒絶査定不服審判(不服2014-4595号)を請求したところ、特許庁(被告)が、請求不成立の拒絶審決をしたため、原告は、その取り消しを求めた。
知財高裁は、原告の請求を棄却した。

[本願発明]
【請求項1】
岩盤(10)又は岩塊(5)からなる対象物に穿設された埋設穴(11)に挿入可能なようにアンカーピン軸方向に沿って直線状に延びる棒状の挿入部(13)と、該挿入部(13)の埋設穴(11)への挿入時に対象物から露出して取付具(3)が取付けられる取付部(12)とを一体的に形成し、埋設穴(11)へのグラウト(20)注入によって前記対象物に固定されるアンカーピンであって、前記挿入部(13)は、一端側が取付部(12)側から延設された中間部(14)と、該中間部(14)の他端側から挿入端側に向かって径を次第に拡大させる外周面からなる係止面(16a)を含む係止部(16)とによってくさび型に形成し、中間部(14)の外周面と、係止部(16)の係止面(16a)とを滑らかに連接されて一体の外周面を形成するように、該中間部(14)及び係止部(16)を一体成形し、挿入部(13)全体の表面を滑らかにして前記グラウト(20)との間の摩擦が少なくなるように形成したことで、前記係止面(16a)に対して垂直に作用する楔力(W)を作用させるように構成したアンカーピン。

[審決]
審決では、引用発明1及び引用発明2並びに周知技術に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるとして、本願発明の進歩性を否定した。

審決が認定した本願発明と引用発明1との相違点は、下記の通りである。
相違点1 省略
相違点2 挿入部(13)の成形に関して,本願発明は,「中間部(14)の外周面と,
係止部(16)の係止面(16a)とを滑らかに連接されて一体の外周面を
形成するように,該中間部(14)及び係止部(16)を一体成形」するの
に対し,引用発明1の「アンカーロッド33,43の突起330,430を
備えた部分突起330,430のない部分」は一体的に形成されている点。

[取消事由]
取消事由1.本願発明の容易想到性の判断の誤り
取消事由2.手続違背

[原告の主張]
1.取消事由1(本願発明の容易想到性の判断の誤り)について
『・・・(略)・・・引用発明1のアンカーロッド33、43は、現場に持ち込まれ、モルタル孔31、41に挿入された後、モルタル孔31、41へのモルタル32、42の注入によって施工されるものであり、その場で鉄筋コンクリートを打設して製造される周知例1及び2記載の場所打ち杭とは、製造手段及び施工方法が全く異なり、厳密にいえば異なる技術分野に属するものということもできる。
よって、当業者において、引用発明1に上記周知技術を採用することを容易に想到し得たということはできず、本件審決の上記判断は、誤りである。
イ 乙第4、9及び10号証は、いずれも審判時に提出されていなかったものであり、本件審決の違法性を争う本件訴訟において、このような証拠は許容すべきではない。』

2.取消事由2(手続違背)について
『平成27年2月23日付け拒絶理由通知において、アンカーピン自体を一体成形することは周知技術であることが示された。この点に関し、原告は、審判請求時に提出した手続補正書(甲8)によって、「中間部(14)の外周面と、係止部(16)の係止面(16a)とを滑らかに連結されて一体の外周面を形成するように、該中間部(14)及び係止部(16)を一体成形」する点を限定している。上記補正点は、本願発明の進歩性を主張する重要部分の1つであり、その文献は示されるべきであることは明らかであったから、原告は、同年4月27日付けの意見書において、上記周知技術の根拠の明示を求めたが、これに対する回答はなく、本件審決において、初めて周知例1及び2が示され、これらを根拠とした周知技術が認定されて請求不成立の判断が出された。このような手続は、原告に対して周知例1及び2に関する反論の機会を与えることなく、不意打ちをするものということができ、違法である。』

[裁判所の判断](筆者にて適宜抜粋、下線)
1.取消事由1(本願発明の容易想到性の判断の誤り)について
『(ウ) 周知技術の認定
以上によれば、乙第9及び10号証には、テーパ形状の拡底部を有するアンカーボルトにおいて、同拡底部とそれ以外の部分とを滑らかに連接し、一体の外周面を形成するように一体成形する技術が開示されているものと認められ、同技術は、本願出願日である平成23年4月15日当時において、周知の技術であったということができる。
・・・(略)・・・
以上に鑑みると、当業者は、引用発明1に前記アの周知技術を適用し、相違点2に係る本願発明の構成を容易に想到することができるものと認められる。
ウ 原告の主張について
原告は、乙第9及び10号証は、いずれも審判時に提出されていなかったものであり、本件審決の違法性を争う本件訴訟において、このような証拠は許容すべきではない旨主張する。
審決取消訴訟においては、審判手続において審理判断されていなかった資料に基づく発明と対比して無効理由の存否を認定し、審決の適法、違法を判断することは許されないが(最高裁昭和42年(行ツ)第28号同51年3月10日大法廷判決・民集30巻2号79頁参照)、審判手続において審理判断されていた資料に基づく発明と対比して無効理由の存否を認定し、審決の適法、違法を判断するに当たり、審判手続には現れていなかった資料に基づいて上記発明が属する技術分野の当業者の出願当時における技術常識を認定し、これによって上記発明の有する意義を明らかにした上で無効理由の存否を認定したとしても、審判手続において審理判断されていなかった資料に基づく発明と対比して無効理由の存否を認定し、審決の適法、違法を判断したものということはできない(最高裁昭和54年(行ツ)第2号同55年1月24日第一小法廷判決・民集34巻1号80頁参照)。
本件審決は、審判手続において審理判断されていた引用発明1と対比して、「挿入部(13)」の成形に関する相違点2の容易想到性の判断をするに当たり、審判手続には現れていなかった周知例1及び2に基づいて、当業者の技術常識を認定し、これによって、引用発明1において、上記周知技術を採用して相違点2に係る本願発明の構成とすることは、当業者にとって容易であった旨の判断をした。そして、乙第9及び10号証は、本件審決による上記判断の誤りの有無を判断するに当たり、本願出願日当時の上記周知技術に関する技術常識としてテーパ形状の拡底部を有するアンカーボルトにおける一体成形に関する技術を立証するものであるから、本件訴訟の判断資料とすることは、許容されるものということができる。』

2.取消事由2(手続違背)について
『(3) 前記(1)のとおり、平成27年2月23日付け拒絶理由通知において、アンカーピン自体を一体成形とすることは、本願の出願日前において既に周知の技術であった旨が明記されている。
そして、原告は、同年4月27日付け意見書において、上記拒絶理由通知記載の周知の技術に関し、平成25年11月25日付け手続補正書による補正事項について、当業者が別紙1の【図4】及び【図5】を見れば中間部14と係止部16とが一体成形されていることが自明であり、これをもって、アンカーピン自体を一体成形とすることが周知の技術であるわけではない旨主張しているが、同主張のとおり、当業者が上記図面を見て上記一体成形を自明のこととして理解するのは、まさに、アンカーピン自体を一体成形することが、当業者に周知の技術であったからにほかならない。
以上によれば、本件審決が周知技術として認定した「テーパ形状の拡底部を有する杭において、テーパ形状の拡底部と拡底部以外の部分とを滑らかに連接し、一体の外周面を形成するように一体成形すること」の主要な内容である一体成形の技術については、周知技術であることが平成27年2月23日付けの拒絶理由通知に示されており、しかも、これに関する原告の意見書の内容自体から、一体成形の技術が当業者に周知されていたということができる。このような経過に鑑みると、本件審決が、それまで審判手続において示されていなかった周知例1及び2を根拠とする周知技術を認定したことは、原告に対する不意打ちということはできず、手続違背には当たらないというべきである。』

[コメント]
本判決では、審判手続で発行された拒絶理由通知書や、審査手続で提出された意見書の内容に鑑み、審決において、審判手続で示されていなかった周知例(周知例1及び2)を根拠とする周知技術を認定したことが手続違背には当たらないと判断された。
また、本件訴訟において被告が提出した新たな証拠(乙第9及び10号証)については、審決による判断の誤りの有無を判断するに当たり、その審決が認定した周知技術に関する出願当時の技術常識を立証するものであるから、本件訴訟の判断資料とすることが許容されると判断された。
容易想到性の判断における周知技術の扱い方は、しばしば争点になりがちである。容易想到性を否定する立場の出願人としては、出願当時の技術常識を認定するために、取消訴訟において新たな証拠の提出が許容されうることを念頭に置くことが肝要であろう。

以上
(担当弁理士:椚田 泰司)