IP case studies判例研究

平成27年(行ケ)10052号「ナルメフェン及びそれの類似体を使用する疾患の処置」事件

名称:「ナルメフェン及びそれの類似体を使用する疾患の処置」事件
審決取消請求事件
知的財産高等裁判所:平成27年(行ケ)10052号  判決日:平成28年3月31日
判決:請求棄却
特許法36条6項2号、36条4項1号
キーワード:サポート要件、実施可能要件、データの後出し
[概要]
特定の医薬を投与するという用途の作用効果について客観的な裏付けや技術常識もない場合には、実際に有用性を有するかを予測することは困難であると判示した上で、本願発明が、実際にB型肝炎ウィルスの感染の予防又は治療に関して有用性があることを客観的に記載しているものではないとされた事例。
[事件の経緯]
原告が、特許出願(特願2007-531272号)に係る拒絶査定不服審判(不服2012-20646号)を請求して補正したところ、特許庁(被告)が、補正却下とともに請求不成立の拒絶審決をしたため、原告は、その取消しを求めた。
知財高裁は、原告の請求を棄却した。
[本件発明]
【請求項1】
B型肝炎より選択された、ウィルス性の感染、器官の損傷が肝臓の損傷、肺の損傷、及び腎臓の損傷であるところの器官の損傷、並びに、クローン病、潰瘍性大腸炎、及び肺繊維症からなる群より選択された、スーパーオキサイドアニオンラジカル、TNF-α、又はiNOS、の過剰生産と関連させられた疾患より選択された健康状態を予防する又は治療するための医薬において、
それは、式R-A-Xの化合物の治療的な量をそれを必要とするヒト又は動物へ投与することを具備する
・・・(略)・・・
医薬。
[審決]
『本願明細書の発明の詳細な説明の記載によって,本願発明,すなわち「B型肝炎より選択された,ウィルス性の感染を予防する又は治療するための医薬において」,ナルメフェンを含む「式R-A-Xの化合物の治療的な量をそれを必要とするヒト又は動物へ投与することを具備する医薬」が記載されたものとはいえないから,特許請求の範囲の請求項1の記載が特許法36条6項1号に規定する要件を満たしておらず,また,本願明細書の発明の詳細な説明の記載は当業者が本願発明の実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものとはいえないから,発明の詳細な説明の記載が同条4項1号の規定を満たしておらず,したがって,特許を受けることができない』
[取消事由]
記載要件についての審決の判断手法及び判断の誤り
[原告の主張]
審決は、本願が特許法36条6項1号及び同条4項1号に規定する要件を満たしていないと判断する際に、審判請求書に添付の薬理試験結果及び本願のパリ優先権主張の基礎出願の試験結果についての認定、判断をしなかった。しかし、審決は、これらの各試験結果の記載が、本願の出願当初の明細書等の開示範囲を超えたものである否か、又は本願発明の効果の範囲内での補充にすぎないものであるかの判断を行うべきであり、当該判断を怠って、特許法36条6項1号及び同条4項1号に規定する要件を満たさないと判断した審決には、判断手法の誤りがある。
審判請求書添付の試験結果及び基礎出願の試験結果を参酌して審査すれば、当業者は、本願発明の「B型肝炎より選択された、ウィルス性の感染」に対する本願発明の「式R-A-Xの化合物」の医薬としての有用性を十分に推定することができるといえるので、本願は、特許法36条6項1号及び同条4項1号に規定する要件を満たす。
[裁判所の判断](筆者にて適宜抜粋、下線)
『1 取消事由2(記載要件についての審決の判断手法及び判断の誤り)について
・・・(略)・・・
特許請求の範囲が,明細書のサポート要件に適合するか否かは,特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し,特許請求の範囲に記載された発明が,発明の詳細な説明に記載された発明で,発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か,また,その記載や示唆がなくても,当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきものである(知財高裁平成17年11月11日大合議判決)。
・・・(略)・・・,本願発明は,・・・(略)・・・ナルメフェンを含む6-メチレンモルヒナン類(式R-A-Xの化合物)の新しい医学的な用途として,「B型肝炎より選択された,ウィルス性の感染を予防又は治療するための医薬」という用途を提供することを課題とするものである。上記課題が解決できることを当業者において認識するためには,「式R-A-Xの化合物」が,「B型肝炎より選択された,ウィルス性の感染を予防又は治療するための医薬」としての有用性を有すること,すなわちヒト又は動物の生体内におけるB型肝炎ウィルスの増殖抑制作用を有することを理解できる必要がある。
しかし,本願明細書において,B型肝炎ウィルスの感染に関する記載がされているのは,【0034】,【0035】,【0054】及び【0072】のみであり(甲4,7),前記(1)のとおり,これらの記載はいずれも,本願発明が,予防又は治療すべき状態の一つとしてウィルス感染を挙げているものにすぎず,実際にB型肝炎ウィルスの感染の予防又は治療に関して有用性があることを客観的に記載しているものではない。そして,本願明細書には,他に,「式R-A-Xの化合物」が,生体内におけるB型肝炎ウィルスに対して増殖抑制作用等の医薬的に有用な作用効果を有することを技術的に裏付ける薬理試験の結果や実施例等の客観的な事実の記載は一切ない。また,本願出願時,「式R-A-Xの化合物」がそのような作
用効果を有することについての技術常識が存在したことを証する証拠はなく,そのような作用効果が,当業者が出願時の技術常識に照らして認識できる範囲のものであるとも認められない。
一般に本願発明のような医薬用途発明においては,一定の予防又は治療すべき状態に対して,特定の医薬を投与するという用途を記載するのみで,その作用効果について何ら客観的な裏付けとなる記載を伴わず,そのような技術常識もない場合には,当業者において,実際に有用性を有するか,すなわち,課題を解決できるかどうかを予測することは困難である。
そうすると,本願明細書の発明の詳細な説明には,式R-A-Xの化合物が,「B型肝炎より選択された,ウィルス性の感染を予防又は治療するための医薬」という医薬用途において使用できること,すなわちヒト又は動物の生体内におけるB型肝炎ウィルスの増殖抑制作用を有することを当業者が理解できるように記載されているとはいえない。』
『(4) 特許法36条4項1号(実施可能要件)について
発明の詳細な説明の記載は,「経済産業省令で定めるところにより,その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものであること」を要する(特許法36条4項1号)。前記(3)で判示したところによれば,本願明細書の発明の詳細な説明には,式R-A-Xの化合物を「B型肝炎より選択された,ウィルス性の感染を予防又は治療するための医薬」として使用できることが,当業者が理解できるように記載されているとはいえない。』
『(5) 原告の主張について
ア 審決の判断手法の誤りについて
原告は,審決が,審判請求書添付の試験結果及び基礎出願の試験結果について,これらの各試験結果の記載が,本願の出願当初の明細書等の開示範囲を超えたものであるか,又は本願発明の効果の範囲内での補充にすぎないものであるかの判断を行うべきであ・・・(略)・・・ると主張する。
しかし,一般に明細書に薬理試験結果等が記載されており,その補充等のために,出願後に意見書や薬理試験結果等を提出することが許される場合はあるとしても,前記(3)のとおり,本願明細書の発明の詳細な説明には,式R-A-Xの化合物を,B型肝炎ウィルスの感染を予防又は治療するために用いるという用途が記載されているのみで,当該用途における化合物の有用性について客観的な裏付けとなる記載が全くないのであり,このような場合にまで,出願後に提出した薬理試験結果や基礎出願の試験結果を考慮することは,前記(3)アで述べた特許制度の趣旨から許されないというべきである。
そうすると、・・・(略)・・・(その上,後記イのとおり,これらの試験結果を考慮したとしても,式R-A-Xの化合物のB型肝炎ウィルスの感染の予防又は治療に対する有用性を裏付けるものとは認められない。),これらの資料を考慮しないで,サポート要件及び実施可能要件を満たさないとの判断をした審決の判断手法が違法であるということはできない。また,その点が審決の判断を左右するものとは認められないから,審決の取消事由には当たらない。
・・・(略)・・・
イ 審決の判断の誤りについて
上記アで判示したところによれば,審判請求書添付の試験結果及び基礎出願の試験結果を参酌すべきであったとは認められないから,その余の点について判断するまでもなく,審決の判断の誤りをいう原告の主張は理由がない。
また,事案に鑑み,審判請求書添付の試験結果及び基礎出願の試験結果について念のため検討しても,・・・(略)・・・審判請求書添付の試験結果及び基礎出願の試験結果は,いずれも本願発明の式R-A-Xの化合物と,生体内におけるB型肝炎ウィルスの増殖を抑制することとの関係を示すものではなく,そのような関係を示す技術常識があるとも認められず,同化合物が,B型肝炎ウィルスの感染の予防又は治療という医薬用途において有用であることを当業者が理解することができるものではないから,仮に,これらの試験結果を考慮したとしても,審決の結論に誤りはない。』
[コメント]
医薬発明に係る有用性(特定疾患の予防・治癒等)を裏付けるデータが当初明細書に記載されていない場合は、裏付けデータを出願後に示してもそれらを参酌することはできないとして、サポート要件不備及び実施可能要件不備の理由により拒絶審決が維持された。記載要件の瑕疵は後出しデータによっては治癒しないとする従前の運用に従った判決であり、妥当と考える。
一方で、当初明細書に薬理試験結果等が記載されている場合は、その補充を目的とする限度において出願後の試験結果等の提出が許されるケースもあるとしている。出願当初から十分な数の実験データを揃えておくことが望ましいのは変わらないものの、出願時のデータ点数が少なくても、それらを記載しておけば後から補充する機会を与えられることもあるので、できる限り出願時に盛り込んでおくことがよいといえるであろう。
なお、進歩性主張の段階では、作用効果についての記載に基づいて、実験データの後出しを認めた判決(「日焼け止め剤組成物」事件:平成21年(行ケ)10238号、平成22年(行ケ)10203号)がある。
以上
(担当弁理士:藤井 康輔)

平成27年(行ケ)10052号「ナルメフェン及びそれの類似体を使用する疾患の処置」事件

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