審決取消請求事件 » 平成27年(行ケ)10015号「窒化ガリウム系化合物半導体チップの製造方法」事件

名称:「窒化ガリウム系化合物半導体チップの製造方法」事件
審決取消請求事件
知的財産高等裁判所:平成27年(行ケ)10015号  判決日:平成28年3月10日
判決:請求棄却
特許法29条1項3号、特許法29条2項、特許法123条1項2号
キーワード:一致点および相違点の認定、判断の誤り

[概要]
引用発明の認定は、これを対象発明と対比させて、特許発明と引用発明の一致点及び相違点に係る技術的構成を確定させることを目的としてされるものであるから、引用発明の認定に当たっては、対象発明の発明特定事項に相当する事項を過不足のない限度で認定すれば足りるとの判断が示され、審決が認定した相違点に技術的意義が認められた事例。

[事件の経緯]
被告は、特許第2780618号の特許権者である。
原告が、当該特許の請求項1~4に係る発明についての特許を無効とする無効審判(無効2013-800114号)を請求し、被告が訂正を請求したところ、特許庁が、訂正を認めないとした上で、請求不成立(特許維持)の審決をしたため、原告は、その取り消しを求めた。
知財高裁は、原告の請求を棄却した。

[本件発明1]
サファイア基板上に窒化ガリウム系化合物半導体を積層したウエハーから窒化ガリウム系化合物半導体チップを製造する方法において、
前記ウエハーの窒化ガリウム系化合物半導体層側から第一の割り溝を所望のチップ形状で線状にエッチングにより形成すると共に、第一の割り溝の一部に電極が形成できる平面を形成する工程と、
前記ウエハーのサファイア基板側から第一の割り溝の線と合致する位置で、第一の割り溝の線幅(W1)よりも細い線幅(W2)を有する第二の割り溝を形成する工程と、
前記第一の割り溝および前記第二の割り溝に沿って、前記ウエハーをチップ状に分離する工程とを具備することを特徴とする窒化ガリリム系化合物半導体チップの製造方法。

[原告の主張]
『2 取消事由2(甲2発明の認定の誤り、本件発明1と甲2発明の一致点及び相違点の認定の誤り、相違点2に関する判断の誤り)
(1) 甲2発明の認定の誤り
ア・・・(中略)・・・以上によれば、甲2文献には、本件発明1との対比の観点からは、次の構成からなる窒化ガリウム系化合物半導体を具備する半導体発光素子の製造方法(甲2発明)が開示されていることが明らかである。
「サファイア基板1上にn型層2及びp型層3を積層したウエハーから窒化ガリウム系化合物半導体素子を作製する方法において、
前記ウエハーのp型層3側から所望のチップ形状で線状にドライエッチングすると共に、n型層の上部に電極を形成する面を形成し、
前記ウエハーの前記エッチング部の線と合致する位置で、エッチング部の線幅よりも細い線幅で、
前記エッチング部に沿って、ダイシングソーで前記ウエハーをチップ状にカットする
ことを特徴とする窒化ガリウム系化合物半導体素子の製造方法。」
イ 審決は、「図9に示された発光素子の、エッチングにより形成された、p型層3からn型層2に至る凹部の幅と、ダイシングの幅の大小関係は不明である。」などと認定した上で、前記第2、3(3)アのとおり、甲2発明を認定した。
しかし、甲2文献の図9及び段落【0020】のみならず、図1及び図2並びに段落【0010】の記載並びに当時の技術常識からすれば、図9に示された発光素子の、エッチングにより形成されたp型層3からn型層2に至る凹部の幅と、ダイシング幅の大小関係は明らかであって、凹部の幅よりもダイシング幅が狭いことは明らかであるし、また、ダイシングの位置が、ウエハーのエッチング部の線と合致する位置にあることも明らかである。
したがって、甲2発明は、上記アのとおり認定されるべきであり、これと異なる認定をした審決には誤りがある。』

[主な争点]
取消事由2(甲2発明の認定の誤り、本件発明1と甲2発明の一致点及び相違点の認定の誤り、相違点2に関する判断の誤り)について

[裁判所の判断](筆者にて適宜抜粋、下線)
『 ウ 甲2文献の前記記載によれば、甲2文献には、ウエハーをチップ状にカットする方法について、パターニングの施されたSiO2層をマスクとしてp型層3(p型GaN層3)をドライエッチングし(【0019】、図8)、SiO2層を除去した後、p型電極5(線状電極6)とn型電極4を付け、ペレットチェックをウエハー状態で行った後、ダイシングソーでカットする(【0020】、図9)ことが記載されているところ、図9に示される3本の縦の点線が何を意味するのかについて記載はなく、また、ダイシングソーでどの箇所をカットするのかについても記載はない。
しかし、チップ状にカットされた後の窒化ガリウム系化合物半導体素子の構造を示す図1及び図2によれば、p型GaN層3は、ドライエッチングによって、左上隅部の円弧状の切欠部を除き、周囲をn型GaN層2が露出した状態で取り囲むように矩形状に形成されているものと認められ、p型GaN層3の周囲を取り囲むようにn型GaN層2が露出していることに照らせば、p型GaN層3を除去して格子状に形成された溝部は、その幅がダイシングソーの刃の厚さよりも広くなるように形成されており、ダイシングは、ダイイングソーの刃を当該溝部の中央付近であって刃の両側にn型GaN層が露出する位置に当接させて行われたものと認められる。仮に、図9に示される3本の縦の点線の位置で、ダイシングが行われたとすれば、n型GaN層2とp型GaN層3の接合面がダイシングソーの刃によって損傷を受けることとなって素子の動作に支障をきたすおそれがあり、また、ダイシング後の素子の構造が、図1及び図2に示されたp型GaN層3の周囲の全てを取り囲むようにn型GaN層2が露出した構造にもならないから、図9に示される3本の縦の点線をダイシング位置として解釈することは困難であるといえる。
したがって、甲2発明において、ウエハーをチップ状にカットする点について、「前記ウエハーの前記エッチング部の線と合致する位置で、エッチング部の線幅よりも細い線幅で、前記エッチング部に沿って、ダイシングソーで前記ウエハーをチップ状にカットする」と認定する余地はあり、原告の主張する甲2発明の内容自体は直ちに誤りであるということはできない。
エ しかし、一般的に、引用発明の認定は、これを対象発明と対比させて、特許発明と引用発明の一致点及び相違点に係る技術的構成を確定させることを目的としてされるものであるから、引用発明の認定に当たっては、対象発明の発明特定事項に相当する事項を過不足のない限度で認定すれば足りる。
そうすると、審決が、本件発明1の発明特定事項に相当する事項を過不足のない限度で甲2発明を認定したか否かについては、一致点及び相違点に係る技術的構成を確定することができる否かと関連するものであるといえるから、本件発明1と甲2発明の一致点及び相違点の認定と併せて検討することとする。
オ 原告は、審決の甲2発明の認定には誤りがあり、甲2発明の認定に基づく本件発明1と甲2発明の一致点及び相違点の認定には誤りがあるとして、前記ウの甲2発明の内容に基づいて、本件発明1と甲2発明との一致点及び相違点を次のように認定すべきであると主張する。
「本件発明1と甲2発明とは、「サファイア基板上に窒化ガリウム系化合物半導体を積層したウエハーから窒化ガリウム系化合物半導体チップを製造する方法において、前記ウエハーの窒化ガリウム系化合物半導体層側から第一の割り溝を所望のチップ形状で線状にエッチングにより形成すると共に、第一の割り溝の一部に電極が形成できる平面を形成する工程と、第一の割り溝の線と合致する位置で、第一の割り溝の線幅(W1)よりも細い線幅(W2)で、前記第一の割り溝に沿って、前記ウエハーをチップ状に分離する工程とを具備することを特徴とする窒化ガリウム系化合物半導体チップの製造方法。」という点で、明示的に一致し(下線部が審決の一致点の認定に付加すべきと原告が主張する部分である。)、本件発明1では、第二の割り溝をウエハーのサファイア基板側から形成する工程を具備するのに対し、甲2発明では、かかる工程があるか不明である点で相違する。」
前記認定のとおり、本件発明1においては、ウエハーを「割る」ことによってチップ状に分離していることが認められる。そして、前記割り溝の構成とすることにより、その分離の際には、第二の割り溝が切断面(切断線)の起点として、第一の割り溝が切断面(切断線)の終端を受ける切りしろとして、第一の割り溝と第二の割り溝が対となる一体のものとして機能し、また、第一の割り溝の線幅W1を第二の割り溝の線幅W2よりも広くすることにより、仮に切断線が斜めとなってウエハーが切断された場合でも、p-n接合界面まで切断面が入らずチップ不良が出ることがなく、一枚のウエハーから多数のチップを得ることができるという技術的な意義があるものと認められる。
一方、甲2発明においては、ウエハーをチップ状にカットする手段としてダイシングソーが用いられているから、本件発明1とはチップ分離手段が異なる。また、「前記ウエハーの前記エッチング部の線と合致する位置で、エッチング部の線幅よりも細い線幅で、」との構成については、チップ分離手段として、ダイシングソーを用いることにより、p型層3を除去して形成される溝部の幅がダイシングソーの刃の厚さの制約を受けることによるものであって、必然性はなく、本件発明1に対応する技術的な意義があるとはいい難い。
そうすると、本件発明1と甲2発明の技術的意義の相違を看過して、チップ分離手段が異なる本件発明1と甲2発明との一致点を認定するに当たり、形式的に共通する部分として、本件発明1の第一の割り溝の線幅W1と第二の割り溝の線幅W2の大小関係のみを部分的に抽出して甲2発明との一致点とすることは相当であるとはいえない。また、そもそも、甲2発明においては、割ることによってではなく、ダイシングによってチップ化を行っているから、本件発明1と甲2発明がいずれも「第一の割り溝」を有することを一致点として認定することも相当ではない。
したがって、本件発明1と甲2発明の相違点の認定に当たっては、本件発明1と甲2発明におけるチップ分離手段をそれぞれ一体のものとして捉えるべきであり、上記の違いを相違点として認定した審決に誤りはないといえる。そして、上記のように、本件発明1と甲2発明の一致点及び相違点の技術的構成を確定することができるのであるから、審決は、甲2発明について、本件発明1の発明特定事項に相当する事項を過不足のない限度で認定したと認められる。
また、原告の主張するように甲2発明を認定したとしても、その相違点の認定に際しては、それぞれの発明におけるチップ分離手段を一体のものとして捉え、その違いを相違点として認定すべきであるといえるから、原告の主張する甲2発明が内容自体に誤りはないとしても、甲2発明と本件発明1との一致点及び相違点の認定に影響を及ぼすものではなく、一致点及び相違点の技術的構成を確定することができるのであるから、結局、審決の甲2発明の認定に誤りはないことになる。
(2) 相違点2に関する判断
ア 審決の本件発明1と甲2発明の相違点の認定に誤りはないから、審決の相違点2の認定に基づいて、甲2発明のチップ分離手段を本件発明1のチップ分離手段に置き換えることの容易想到性について検討する。』
『 ウ 検討
前記認定の本件発明1の技術的特徴によれば、・・・(略)・・・「前記ウエハーのサファイア基板側から第一の割り溝の線と合致する位置で、第一の割り溝の線幅(W1)よりも細い線幅(W2)を有する第二の割り溝を形成する工程」との相違点2に係る構成は、本件発明1の効果を奏するために必須の構成であるということができる。
他方で、前記のとおり、甲2発明においては、ダイシングソーによりウエハーをチップ状にカットしているところ、「前記ウエハーの前記エッチング部の線と合致する位置で、エッチング部の線幅よりも細い線幅で、」との構成については、チップ分離手段として、ダイシングソーを用いることにより、p型層3を除去して形成される溝部の幅がダイシングソーの刃の厚さの制約を受けることによるものであって、必然性はなく、本件発明1に対応する技術的な意義があると認めることはできない。
したがって、本件発明1と甲2発明との相違点に係る構成が当業者にとって容易想到であったというためには、少なくとも、「第一の割り溝を・・・エッチングにより形成すると共に」、「前記ウエハーのサファイア基板側から第一の割り溝の線と合致する位置で、第一の割り溝の線幅(W1)よりも細い線幅(W2)を有する第二の割り溝を形成する工程」が公知文献に開示又は示唆されており、周知技術であったといえなければならない。・・・(略)・・・
以上によれば、原告の提出する公知文献によっても、半導体素子構造を形成したウエハーについて、半導体素子側からエッチングにより幅広の溝を形成した後、ウエハー側からダイシング等で幅狭の溝を形成し、外力を加えてチップに分離する際に、幅狭の溝が切断面(切断線)の起点として機能し、幅広の溝が切断面(切断線)の終端を受ける切りしろとして機能する技術は、本件特許の出願時における当業者の周知技術であったとは認められない。
したがって、甲2発明において、ウエハーをチップ状にカットする手段として、ダイシングに替えて、p型層3からドライエッチングで線状に形成された溝に対向するウエハー側の位置にダイシング等で溝を形成し、圧力を加えて押し割る方法を採用するとしても、前記のとおり、甲2発明において、チップ分離手段としてダイシングを用いない以上、p型層3からドライエッチングで線状に形成された溝の幅は、もはやダイシングの刃の厚さの制約を受けないこととなって、溝の幅をダイシングの刃の厚さよりも広く形成する必然性はなくなると考えられるところ、ウエハーのp型層3からドライエッチングで線状に形成された溝の幅を対向するウエハー裏面側に設けた溝の幅よりも広くすることについて、指針となる周知技術や技術常識が存在しないことは上記のとおりであるから、甲2発明において、相違点2に係る構成を採用することは、当業者であっても容易に想到し得たということはできない。』

[コメント]
引用発明との一致点、相違点の認定方法について、形式的に共通していても、技術的意義として相違し、必然性もない場合は、一致点とならない可能性があることが示された点は参考になる。次に、進歩性判断に関して、引用発明における、ウエハー表面側の溝と裏面側の溝とのいずれの幅が広いかについては、二者択一であり、一見、設計事項であるとして進歩性が認められにくいとも考えられる。しかしながら、本判決では、本件発明において、このように設計することの技術的意義を認定し、公知文献にはこの設計が周知技術であったと認められないから、容易に想到することができないとの結論に至っている。二者択一的事項であっても、技術的意義を明確に記載しておくことにより、進歩性が肯定的に扱われる場合がある点で参考になる。なお、引用発明と比較した有利な効果(p-n接合界面まで切断面が入らない)も参酌されたものと思われる。
以上
(担当弁理士:奥田 茂樹)