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平成26年(行ケ)10202号「フルオレン誘導体の結晶多形体およびその製造方法」事件

名称:「フルオレン誘導体の結晶多形体およびその製造方法」事件
審決取消請求事件
知的財産高等裁判所:平成26年(行ケ)10202号  判決日:平成28年1月27日
判決:審決取消
関連条文:特許法36条6項1号、特許法36条4項1号、特許法29条1、2項
キーワード:サポート要件、進歩性、公然実施
[概要]
結晶多形体の析出条件では、溶媒の種類及び結晶開始温度の影響が大きいとの技術常識が認定され、明細書に記載のない溶媒及び温度の数値範囲についてはサポート要件違反であると判断された事例。
[事件の経緯]
被告は、本件特許(特許第4140975号)の特許権者である。
原告が、本件特許の無効審判請求をしたところ、特許庁が請求不成立の審決をしたため、原告は、その取消しを求めた。知財高裁は、原告の請求を認容し、審決を取り消した。
[本件発明]
【請求項1】
ヘテロポリ酸の存在下、フルオレノンと2-フェノキシエタノールとを反応させた後、得られた反応混合物から50℃未満で9,9-ビス(4-(2-ヒドロキシエトキシ)フェニル)フルオレンの析出を開始させることにより9,9-ビス(4-(2-ヒドロキシエトキシ)フェニル)フルオレンの粗精製物を得、次いで、純度が85%以上の該粗精製物を芳香族炭化水素溶媒、ケトン溶媒およびエステル溶媒からなる群から選ばれる少なくとも1つの溶媒に溶解させた後に50℃以上で9,9-ビス(4-(2-ヒドロキシエトキシ)フェニル)フルオレンの析出を開始させる9,9-ビス(4-(2-ヒドロキシエトキシ)フェニル)フルオレンの結晶多形体の製造方法。
【請求項7】
示差走査熱分析による融解吸熱最大が160~166℃である9,9-ビス(4-(2-ヒドロキシエトキシ)フェニル)フルオレンの結晶多形体。
【請求項8】
Cu-Kα線による粉末X線回折パターンにおける回折角2θが12.3°、13.5°、16.1°、17.9°、18.4°、20.4°、21.0°、23.4°及び24.1°にピークを有する9,9-ビス(4-(2-ヒドロキシエトキシ)フェニル)フルオレンの結晶多形体。
[争点]
(1)サポート要件違反(特許法36条6項1号)についての判断の当否
(2)実施可能要件違反(特許法36条4項1号)についての判断の当否
(3)進歩性(特許法29条2項)判断の当否
(4)新規性(特許法29条1項、公然実施及び公知の有無)判断の当否
[審決]
(1)無効理由1(サポート要件違反)について
『(エ)多形体Bが製造できる範囲について本件発明1の解決しようとする課題は、本件明細書の段落【0008】~【0009】の記載からみて、BPEFの結晶多形体の製造方法を提供することにあるものと認められる。そして、本件明細書には、特定の結晶多形体(本件発明7の多形体B)を得るための諸因子として、多形体を得やすい特定の触媒(【0013】)、粗精製物の純度(【0027】)、結晶溶媒の種類及び使用量(【0030】)、再結晶化のための溶解温度や析出開始温度の条件(【0031】)の諸条件が詳細に説明されており、この中でも、触媒の種類(ヘテロポリ酸)、粗精製物の純度(85%以上)、結晶溶媒の種類(トルエンなど)、再結晶時の析出開始温度(50℃以上)などが特に重要な因子として位置付けられ、請求項1の記載において発明特定事項とされている。また、本件明細書には、析出開始温度を「50℃以上」にした再結晶工程を踏んでいない実施例1、3及び4の3つの具体例において多形体Bが得られず、請求項1に記載された要件をすべて満たす実施例2、5及び6の3つの具体例において本件発明7の多形体Bが得られたことが記載されている。してみると、本件発明1が、発明の詳細な説明に記載された発明で、当該記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲にあることは明らかである。
(2)無効理由3(進歩性)について
『ク 本件発明7及び8は、独立形式で記載された発明であり、本件発明9は本件発明8の従属形式で記載された発明である。・・・しかし、前記のとおり、本件発明1を当業者が容易に想到し得たとはいえないから、本件発明7~本件発明9は、引用発明及び周知技術によって当業者が容易に想到できるものであるとはいえない。』
(3)無効理由4(公然実施及び公知)について
『平成14年10月に、ロット420513、520706のBPEFを原告からε社に譲渡した取引(第12取引)及び⑬平成15年3月に、ロット630212のBPEFを原告からε社に譲渡した取引(第13取引)は、存在したと認めることができず、また、取引されたBPEF製品は、本件発明7の多形体Bに相当するものであったと認めることができず、さらに、本件発明7の多形体Bに関する技術情報及び/又は取引に供された特定ロットのBPEF製品の技術情報については、各取引の関係者に守秘義務が存在していたと認められる。以上のとおり、上記第1取引~第13取引によっては、本件発明7が、本件優先日前に日本国内又は外国において公然実施をされた発明であって、特許法29条1項2号に該当するということはできない。』
[裁判所の判断](筆者にて適宜抜粋、下線)
『1 取消事由1(サポート要件に関する判断の誤り)について
…(略)…
イ 多形体Bの製造方法として、上記(2)に引用した本件明細書には、実験No.1(【実施例1】【0035】及び【実施例2】【0036】に記載された製造方法)、実験No.2(【実施例4】【0038】及び【実施例5】【0039】に記載された製造方法)、実験No.3(【実施例3】【0037】及び【実施例6】【0040】に記載された製造方法)並びに【0041】(比較例1)及び【実施例7】【0042】に記載された製造方法(実験No.4)が記載されている。そして、実験No.1の製造方法は、「BPEF(多形体B)0.4gを結晶種として添加」する工程を有する【0036】から、多形体Bを製造するために、該多形体Bそのものを要する、つまり、多形体Bが既に製造されていることを要するものである。そうすると、実験No.1の製造方法は、多形体Bを製造する他の方法の存在を前提とすることになるから、実験No.1の記載のみから、本件明細書に、多形体Bを製造することが記載されているとはいえないことになる。実験No.4についても、「BPEF(多形体B)0.4gを結晶種として添加」する工程を有する【0042】から、同様である。一方、実験No.2及び実験No.3の製造方法は、多形体Bを製造するに当たって該多形体Bを要するものではないから、実験No.2及び実験No.3に係る本件明細書には、多形体Bを製造することが記載されているといえる。
ウ 以上のとおり、実験No.2及び実験No.3の製造方法が記載された、本件明細書の実施例4(【0038】)及び実施例5(【0039】)、並びに実施例3(【0037】)及び実施例6(【0040】)の記載に基づいて、当業者は、多形体Bを選択的に得る製造方法として、本件発明の課題を解決できるものと認識することができ、また、この製造方法により多形体Bを製造すれば、多形体Bを提供するという本件発明の課題も解決できると認識することができる。…(略)…したがって、当業者は、BPEFの粗精製物からBPEFの多形体Bを選択的に析出させる際に用いる溶媒として、トルエン、キシレンなどの「芳香族炭化水素溶媒」に代えて、それとは化学構造も性質も異なる、アセトンなどの「ケトン溶媒」又は酢酸エチルなどの「エステル溶媒」を用いても、多形体Bを選択的に製造できるとは認識できないし、また、析出開始温度を65℃ではなく、50℃以上65℃未満としても、多形体Bを選択的に製造できるとは認識できないというべきである。
オ よって、本件明細書の記載及び本件出願時の技術常識からみて、多形体Bを選択的に得る製造方法について、本件発明の課題を解決できると当業者が認識できるのは、BPEFの粗精製物からBPEFの多形体Bを選択的に析出させる際に用いる溶媒として、トルエン、キシレンなどの「芳香族炭化水素溶媒」を用い、析出開始温度として65℃以上とした場合である。
(6)本件発明のサポート要件の適合性について
ア 本件発明1~本件発明6及び本件発明10には、BPEFの粗精製物からBPEFの多形体Bを選択的に析出させる際の析出開始温度として、「50℃以上65℃未満」が包含され、また、それに加えて、本件発明1~本件発明4及び本件発明10には、BPEFの粗精製物からBPEFの多形体Bを選択的に析出させる際に用いる溶媒として、「ケトン溶媒」及び「エステル溶媒」が包含されている。しかし、上記(5)オのとおり、本件明細書の記載及び本件出願時の技術常識に照らして、当業者が本件発明の課題を解決できると認識できるのは、BPEFの粗精製物からBPEFの多形体Bを選択的に析出させる際に用いる溶媒として、トルエン、キシレンなどの「芳香族炭化水素溶媒」を用い、析出開始温度として65℃以上とした場合である。したがって、本件発明1~本件発明6及び本件発明10は、本件明細書の記載及び本件出願時の技術常識に照らして、当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲を超えており、サポート要件に適合しない。…(略)…しかし、上記(5)ウに記載のとおり、本件明細書の実施例4及び実施例5並びに実施例3及び実施例6の記載は、多形体Bを選択的に得る製造方法として、本件発明の課題を解決できるものと当業者は認識することができ、また、この製造方法により多形体Bを製造すれば、多形体Bを提供するという本件発明の課題も解決できると当業者は認識することができるから、本件発明1がサポート要件に適合しないものであるからといって、直ちに、本件発明7~本件発明9がサポート要件に適合しないものであるとはいえない。』
『3 取消事由3(進歩性判断の誤り)について
…(略)…そうすると、進歩性の検討において、引用されていない物の製造方法の発明である本件発明1を当業者が容易に想到し得たとはいえないことのみを理由として、直ちに、本件発明7~本件発明9も当業者が容易に想到し得たとはいえないと判断することは許されない。』
『4 取消事由4(公然実施及び公知)について
…(略)…審決は、証拠の採否を誤ったものである。…(略)…
(3) 秘密保持義務の有無について
…(略)…方、上記各取引の対象となったBPEFは、上記(1)ウ及びエ認定のとおり、共同開発とは別に、Y社が開発した製造方法によって製造されたのであるから、その物性情報は、本件3社会議において開示された情報と同じであるといえない限り、本件覚書に基づく秘密保持義務の対象とはならない。…(略)…α社、β社、γ社、δ社及びε社が、原告が被告に対して守秘義務を負担していることを理由として、原告を経由して被告に対して取引対象物の示差走査熱分析による融解吸熱最大の情報の守秘義務を負担していたということもできない。』
[コメント]
サポート要件に関して、本件請求項1において規定されている、粗精製物作製時の析出温度、粗精製物の純度、再結晶時の溶媒及び析出温度は、結晶析出において重要な因子であることに鑑みると、これらについて実施例で十分な検証がなされておらず、サポート要件を満足しないとする、本判決は妥当と思われる。 以上
(担当弁理士:千葉 美奈子)

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