審決取消請求事件 » 平成27年(行ケ)第10014号「ビタミンD誘導体等の製造方法」事件

名称:「ビタミンD誘導体等の製造方法」事件
審決取消請求事件
知的財産高等裁判所: 平成27年(行ケ)第10014号  判決日:平成28年3月25日
判決:請求棄却
特許法29条2項
キーワード:相違点の判断、動機付け

[概要]
本発明の製造方法の目的物と同じマキサカルシトールを得る公知の一連の工程が、目的物の前駆体であるエポキシド化合物を経由するという点で本発明の製造方法と一致したとしても、そのエポキシド化合物を得るまでの他の工程を、前記一連の工程とは全く違う工程(本発明の工程)に変更することは、容易に着想することができたとはいえないとされた事例。

[事件の経緯]
被告らは、特許第3310301号の特許権者である。
原告らが、無効審判(無効2013-800222号)を請求し、被告らが訂正を請求したところ、特許庁が、請求不成立(特許維持)の審決をしたため、原告らは、その取り消しを求めた。
知財高裁は、原告らの請求を棄却した。

[本件発明]
【請求項1】(訂正後):下線部は訂正事項
下記構造を有する化合物の製造方法であって:

(式中、nは1であり;R1およびR2はメチルであり;WおよびXは各々独立に水素またはメチルであり;YはOであり;そしてZは、式:
のステロイド環構造、または式:
のビタミンD構造であり、Zの構造の各々は、1以上の保護または未保護の置換基および/または1以上の保護基を所望により有していてもよく、Zの構造の環はいずれも1以上の不飽和結合を所望により有していてもよい)
(a)下記構造:

(式中、W、X、YおよびZは上記定義の通りである)を有する化合物を塩基の存在下で下記構造:
または
(式中、n、R1およびR2は上記定義の通りであり、そしてEは脱離基である)を有する化合物と反応させて化合物を製造すること;並びに
(b)かくして製造された化合物を回収すること、を含む方法。

[審決]
『④本件発明は、甲4(有機合成化学協会誌第54巻第2号第139-145頁(第73-79頁)、1996年登載の論文。以下「甲第4号証」という。)及び甲第1号証に記載された発明並びに本件優先日前の周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものとはいえないから、本件発明についての特許が特許法29条2項に違反してされたものということはできない。したがって、原告らが主張する無効理由によって本件発明の特許を無効とすることはできない』というものである。

[取消事由]
上記④についての相違点の判断の誤り
(相違点3-i)「R1およびR2」が、本件発明1では、ともに「メチル」であるのに対して、 甲4発明1では、「メチルとヒドロキシメチル」である点
(相違点3-ii)「E-B」の「B」に対応する部分構造が、本件発明1では、「2,3-エポキシ-3-メチル-ブチル基」または、「2-脱離基-3-メチル-3-ヒドロキシ-ブチル基」であるのに対して、甲4発明1では、「

(式中、THPはテトラヒドロピラニルである。)」(以下「3-メチル-4-テトラヒドロピラニルオキシ-2-ブテニル基」という。)である点
(相違点3-iii)工程(a)が、 本件発明1では、「E-B」と反応させて化合物を得ているのに対して、 甲4発明1では、「E-B」と反応させた後、「得られたエーテル化合物(化学式は省略)をピリジニウムp-トルエンスルホネートで処理して、アリルアルコール化合物(化学式は省略)を生成し、引き続き、tert-ブチルハイドロパーオキシドによりアリルアルコール化合物をエポキシ化して」化合物を得ている点

[裁判所の判断](筆者にて適宜抜粋、下線)
2 取消事由(相違点についての判断の誤り)について
『原告らは、甲4発明1に甲第1号証記載の発明(本件試薬)を組み合わせることにより、本件発明1に係る構成に容易に想到することができる旨を主張している。
しかし、甲4発明1の試薬は本件発明1の試薬とは異なるから、甲4発明1から本件発明1に想到するには、本件発明1の試薬を甲4発明1の試薬に代えて使用する動機付けが必要となる。この点、本件試薬の構造自体は公知であった(甲1)が、前記(1)アの記載によれば、そもそも甲第4号証の図9記載の工程は、マキサカルシトールとは異なり、二種類の立体配置が存在する側鎖末端構造を有するマキサカルシトールの予想代謝物(12)、(13)を選択的に合成するための製造方法であって、甲4発明1はその一連の工程の一部である。そして、甲4発明1においては、上記二種類のマキサカルシトールの予想代謝物の合成のため、二種類のエポキシド化合物(18)又は(19)(両者は、側鎖末端の立体配置〔R体とS体〕が異なる異性体である。)を選択的に作り分けることを目的として、香月-シャープレス反応を用いており、その香月-シャープレス反応に必要な二重結合を出発物質の側鎖に導入するための試薬として、二重結合を側鎖に有する特定の試薬(4-ブロモ-2-メチル-テトラヒドロピラニルオキシ-2-ブテン)を選択しているものであって、当該試薬に代えて本件試薬を用いることについては、甲第4号証にも、甲第1号証にも記載されておらず、その示唆もない。
そうすると、当業者において、本件試薬を甲4発明1と組み合わせる動機付けがあるとはいえないから、相違点3-ii(試薬の相違)に係る本件発明1の構成は、当業者において容易に想到することができたものとはいえない。
イ 以上に対し、原告らは、①甲第4号証記載のマキサカルシトールの効率的な製造方法を検討する当業者は、甲第4号証の図9に接すれば、同図のマキサカルシトールの予想代謝物及びその前駆体となるステロイド化合物の側鎖と、マキサカルシトールの側鎖の構造が酷似していること、及び同図の側鎖構築法が甲第8号証のカルシトリオールの側鎖構築法に酷似していることに着目して、マキサカルシトールの合成をするために、エポキシド化合物(18)及び(19)のヒドロキシメチル基をメチル基に置き換えることを着想し、動機付けられる(以下「主張①」という。)、・・・(略)・・・旨主張する。
・・・(略)・・・
この点、甲第4号証には、図9の一連の工程が、特にエポキシド化合物を経由する点に着目したものであることを示唆する記載はなく、むしろエポキシド化合物は、26位が水酸化された側鎖末端の立体配置構造が異なる2種類のマキサカルシトールの予想代謝物(12)又は(13)を選択的に製造するという目的のために、香月-シャープレス反応を採用した結果、工程中において生成されることとなったものにすぎないものと理解される。また、甲第4号証には、図9の合成方法によってマキサカルシトールの予想代謝物が高収率で得られたことが記載されているのみで、問題点の記載もなく、甲4発明1の一連の工程の改良(変更)をする際に、どの点は変更する必要がなく、どの点を改良すべきかを示唆する記載もない・・・(略)・・・。
そうすると、当業者が、仮に甲第4号証の図9のマキサカルシトールの予想代謝物(又はその前駆体となるステロイド化合物)とマキサカルシトールの側鎖の類似性から、甲4発明1をマキサカルシトールの合成に応用することを想到し得たとしても、その際に、一連の工程のうち、特にエポキシド化合物を経由するという点に着目して、最終工程であるエポキシド化合物のエポキシ基を開環する工程の方を変更せずに、その前段階である側鎖導入工程とエポキシ化工程は変更することを前提として、マキサカルシトールの前駆体となるエポキシド化合物を製造しようとすることを、当業者が容易に着想することができたとは認められない。
・・・(略)・・・
その上、甲第8号証に記載されている製造方法は、上記のとおり、まず出発物質の側鎖の二重結合を酸化することにより、側鎖にエポキシ基を導入した上、エポキシド化合物のエポキシ基を還元剤で開環して、目的物質の側鎖を生成するという一連の工程であり、同工程のうち中間体としてエポキシド化合物を経由するという点のみに着目することを示唆する記載があるとは認められない。
そうすると、甲第8号証のような技術的知見を有する当業者であっても、甲第4号証の図9の一連の工程から、エポキシド化合物を前駆体とする点のみに着目し、その前段階である側鎖導入工程とエポキシ化工程は変更することを前提として、マキサカルシトールの前駆体となるエポキシド化合物を製造しようとすることを、容易に着想することができたとはいえない。
・・・(略)・・・
(ウ) 原告らは、(a) 甲第4号証の図9に接した当業者は、香月-シャープレス反応は二種類の異なる立体配置が存在するために用いられているものであり、マキサカルシトールでは立体配置の問題が生じないことを理解するから、図9において二種類の異性体が存在することは、原告らの主張する着想の容易想到性の妨げにならない、(b) 工程数の多い迂遠な合成方法を当業者がわざわざ採用するはずがないから、甲4発明1をマキサカルシトールの合成に応用する際に臭化プレニルに代えるという方法を採用することはない、とも主張する。
しかし、上記(a)の主張については、そもそも原告らが着想の容易想到性の根拠として主張する側鎖構造の類似性及び甲第8号証によっては、甲第4号証の図9記載の一連の工程のうち中間体(前駆体)としてエポキシド化合物を経由するという点のみを取り出して、そのエポキシド化合物を得るまでの工程は、甲4発明1とは全く違うものに変更するということを着想させるとは認められないことは前記(ア)、(イ)判示のとおりであり、・・・(略)・・・
また、上記(b)の主張についても、前記判示(ア)のとおり、仮に甲4発明1をマキサカルシトールの合成に応用しようとすれば、最終目的物質の側鎖構造の違いに伴い、その限度で試薬の側鎖構造の変更を想到することは自然であるといえても、それ以上に、工程数の改良をしようとして、一連の工程のうちエポキシ基を経由する部分のみを維持し、その前段階の合成工程をまったく別のものに変更する動機付けがあるとは認められない・・・(略)・・・
(エ) 以上によれば、原告らの主張は、そもそも主張①が認められないから、その余の主張②について検討するまでもなく、甲4発明1から、相違点3-ii に係る本件発明1の構成を当業者が容易に想到することができたとは認められない。』

[コメント]
甲4発明は、二種類の立体配置が存在する側鎖末端構造を有するマキサカルシトールの予想代謝物(12)、(13)を選択的に合成するための製造方法であるため、一連の工程から、エポキシド化合物を前駆体とする点のみに着目し、その前段階の工程は変更することを前提として、エポキシド化合物を製造することを、容易に着想するとはいえないとの判断は妥当であると考える。また、ジェネリックメーカー4社を被告とする本件に関連する侵害訴訟(平成27年(ネ)第10014号:控訴棄却)における無効の抗弁でも、本件と同様に判断された。なお、侵害訴訟の被告は最高裁判所に平成28年4月7日付で上告している。
さらに、本件とは当事者が異なるが関連する審決取消訴訟(平成26年(行ケ)第10263号、中外製薬社ら(特許権者)とセルビオス社(原薬メーカー)との訴訟)では、本件と同じ相違点に至る動機付けに関し、逆合成解析の手法について述べられ、エポキシド化合物を目的化合物の前駆物質とすることを机上において想定できたとしても、甲3記載の反応式からエポキシ環を有する試薬とそれと反応する出発化合物との組合せを容易に想起できたとはいえないと判断されている。
このように本件を含む3件の関連訴訟全てで進歩性を否定しない旨の判断がなされている。
以上
(担当弁理士:堺 恭子)