審決取消請求事件 » 平成27年(行ケ)10228号「質量分析器」事件

名称:「質量分析器」事件
審決取消請求事件
知財高裁:平成 27 年(行ケ)10228 号 判決日:平成 27 年 11 月 25 日
判決:請求棄却
条文:特許法29条2項
キーワード:引用発明の認定、学術文献

[事案の概要]
本件は、学術文献の組合せに基づき発明の進歩性を否定した審決が維持された事例である。

[事件の経緯]
原告は、特許第5128814号の特許権者である。
被告が、当該特許の請求項1~3に係る発明についての特許を無効とする無効審判(無効20
13-800031号)を請求し、原告が訂正を請求したところ、特許庁が、当該特許を無効と
する審決をしたため、原告は、その取り消しを求めた。
知財高裁は、原告の請求を棄却した。

[請求項1](下線は訂正請求で変更した箇所)
二次イオン及び後からイオン化された中性の二次粒子を分析するための質量分析器であっ
て,固体試料を照射することで二次粒子を発生させるための一次イオンビームを作り出すイ
オン源と,二次粒子の質量分析のための分析ユニットとを有しており,前記イオン源は,加
熱可能なイオンエミッタを有しており,…(略)…,
前記液体金属層は純粋な金属ビスマスまたは低融点のビスマス含有合金からなり,その際
電場の影響下でイオンエミッタを用いてビスマスイオン混合ビームを放射可能であり,該ビ
スマスイオン混合ビームから,それらの質量が単原子の1重または多重に電荷されたビスマ
スイオンBi 1
P+ の複数倍となる複数のビスマスイオン種のうちの1種が,フィルタ手段に
より,質量の純粋なイオンビームとしてろ過可能であり,該イオンビームは1種類のBi n

+ イオンのみから成っており,その際n≧2およびp≧1であり,かつnとpはそれぞれ自然
数であることを特徴とする質量分析器。

[争点]
(1)相違点1に関する判断の誤り(取消事由1)
(2)相違点2に関する判断の誤り(取消事由2)

[特許庁の判断(審決)]
(1)相違点1
本件発明1では,イオン源が「加熱可能なイオンエミッタを有しており,該イオンエミッ
タの場にさらされる領域が液体金属層で被覆されており」,「前記液体金属層は純粋な金属ビ
スマスまたは低融点のビスマス含有合金からなり,その際電場の影響下でイオンエミッタを
用いてビスマスイオン混合ビームを放射可能であり」,用いるイオンビームが「n≧2」であ
るのに対して,引用発明では,「一次イオンビームはGa,In,Sn,Au又はBiの液体
金属イオンカラム中に生成された金属イオン」であるものの,イオン源の具体的構成が不明
で,用いるイオンビームが「n≧1」である点。
(2)相違点2
本件発明1の試料が「固体試料」であるのに対し,引用発明のそれは「グリセリン」であ
って,甲1文献の全体の記載を参酌すれば「液体試料」である点。

[裁判所の判断](筆者にて、適宜下線。)
1.取消事由1について
『イ 甲1発明の目的は,甲1文献の記載によれば,スパイク確率モデルに基づく計算結果
をkeVイオンの有機液滴スパッタリングから得られたデータと比較することによって,ス
パイク確率モデルの有効性を検証することにあるのに対し,本件発明1の目的は,二次イオ
ン質量分析器の操作において,クラスターイオンに関し,改善された二次イオン生成量を有
するイオン源を提供することにあるから,本件発明1と甲1発明では,その目的を共通にす
るものとはいえない。
しかし,TOF-SIMS(飛行時間型質量分析器)は,パルス状の一次イオンビームを
試料表面に照射し(甲3の2),試料表面から放出される二次イオンを検出して,試料表面の
質量分析を行うものであるから,当業者が甲1文献に接すれば,効率のよい測定を行うため
に,パルス状のイオンビームとしてどのような一次イオンビームを選択すれば,二次イオン
の生成量を多くできるのかということについて着想するものと認められる。
…(略)…
そうすると,相違点1を解消して本件発明1の当該構成に想到することができるかについ
ては,甲1文献に列挙された一次イオンビームの中から,Biのクラスターイオンを選択す
ることが可能であるか否かという問題であるといえる。
…(略)…
以上によれば,甲1文献に接した当業者は,一次イオンビームとして単原子イオンビーム
を用いた場合には,Ga,InよりもAu,Biが二次イオン生成量の点で優れており,さ
らに,一次イオンビームとして,Au,Biの単原子イオンビームよりも,Au,Biのク
ラスターイオンビームを用いた場合の方が,二次イオン生成量の点で優れていることを理解
する。』

『エ 液体金属イオン源について,多くの応用に向けた開発が行われてきたことなど甲2文
献の上記記載によれば,甲2文献に開示された技術内容は,液体金属イオン源の特性に関す
るものであるといえ,甲1発明と同一の液体金属イオン源を用いる技術分野に関するもので
あると認められる。
そうすると,甲2文献の上記記載に接した当業者であれば,Auイオンに比べてBiイオ
ンの方がクラスターイオンの含まれる割合が高いことから,Biのクラスターイオンビーム
が二次イオン生成量の点で優れていることを理解するのであって,甲1文献に列挙された一
次イオンビームの中から,Biのクラスターイオンを選択することは容易になし得ることで
あるといえる。
また,甲2文献に開示された実験結果は,およそ液体金属イオン源を用いる技術分野に関
するものであれば,特定の分野に限定されることはないものと考えられるから,原告の指摘
するように甲2文献が学術論文であったとしても,このことが,液体イオン源を飛行時間型
二次イオン質量分析器(TOF-SIMS)用の一次イオンビーム源として用いることを内
容とする甲1発明に,甲2文献に開示された実験結果を組み合わせることについての阻害要
因になるとは認められない。』

2.取消事由2について
『ウ 甲5文献の上記記載によれば,一次イオンとして,金の単原子イオン(Au + )及びク
ラスターイオン(Au 2
+ ,Au 3
+ ,Au 4
+ ,Au 5
+ )を,脂質EG(Lipid EG),
ポリアニオン化合物(R 4 SiW 12 O 40 )及び金のターゲットに衝突させたときに生成され
る二次イオンの生成量が,クラスターサイズが大きくなるほど増大する傾向にあることが認
められる。
そうすると,甲1文献及び甲5文献の各記載から,Auを一次イオンとした場合には,試
料(ターゲット)が液体,固体のいずれであっても,クラスターイオンの方が単原子イオン
よりも二次イオンの生成率が高いということができ,スパッタリングの機序が主として物理
的な現象によるものであることも考慮すれば,Biを一次イオンとした場合についても同様
の結果が得られるものと推認することができる。
以上に加えて,甲1発明において,固体試料を分析することが通常想定できないものであ
るなどの特段の事情も認められないことを併せて考慮すれば,甲1発明において,試料を「液
体試料」から「固体試料」と置き換えることは,当業者であれば,格別の困難なく容易にな
し得ることであると認められる。』

[コメント]
本事件では、引用文献たる学術論文の組合せに基づき進歩性が否定されている。
特許権者たる原告側からは選択発明的な主張がなされていたが、本判決では、本発明の特
定の構成を選択しうるかにつき、当業者であれば、各絞込み段階や過程それぞれにおいて合
理的に着想(選択)しうるとされている。
以上
(担当弁理士:東田 進弘)