IP case studies判例研究

平成 26 年(行ケ)10240 号「農作業機の整地装置」事件

名称:「農作業機の整地装置」事件
審決取消請求事件
知的財産高等裁判所:平成 26 年(行ケ)10240 号 判決日:平成 27 年 9 月 30 日
判決:請求棄却
特許法29条2項
キーワード:引用発明の認定、動機付け
[概要]
引用発明の認定は、引用文献が公開実用新案公報の場合には,実用新案登録請求の範囲に
記載された技術的思想に限定しなければならない理由はなく、当該公報全体に記載された内
容に基づいてされるべきであり、本件発明との対比に必要な技術的構成について過不足なく
されなければならないとされた事例。
容易想到性の判断において、相違点における技術が周知技術であったとしても、引用発明
に相違点の構成を適用すると、引用発明の技術的意義が失われるだけで、何らかの有利な効
果がもたらされるものでないとして、引用発明に、敢えて当該周知技術を適用する動機付け
が当業者にあると認めることはできないとされた事例。
[事件の経緯]
被告は、特許第 3009807 号の特許権者である。
原告が、当該特許の請求項1に係る発明についての特許を無効とする無効審判(無効
2013-800213 号)を請求し、被告が訂正を請求したところ、特許庁が、請求不成立(特許維
持)の審決をしたため、原告は、その取り消しを求めた。
知財高裁は、原告の請求を棄却した。
[本件訂正発明]
【請求項1】(下線は訂正部分)
ロータリー作業体を回転自在に設けた機枠と,この機枠に設けられ前記ロータリー作業体
の上方部を被覆したカバー体と,前記ロータリー作業体の後方部に位置して前記カバー体に
上下動自在に取着され前記ロータリー作業体にて耕耘された耕耘土を整地する整地体と,こ
の整地体を支持するとともに先端部に係止突部を有する支持ロッドと,前記機枠に設けられ
前記支持ロッドを介して前記整地体を整地作業位置及び土寄せ作業位置に設定する整地体操
作手段と,この整地体操作手段を駆動操作する正逆転用モータと,このモータを制御する遠
隔操作用のスイッチと,を具備し,前記機枠は,トラクタに連結される連結マストを有し,
前記正逆転用モータは,前記連結マストに固着されたブラケットに固定されていることを特
徴とする農作業機の整地装置。
[取消事由]
1.取消事由1:甲1発明の認定の誤り
2.取消事由2:甲1発明と本件発明との相違点の認定の誤り
3.取消事由3:相違点の容易想到性に関する判断の誤り
[審決]
1.甲1発明と本件発明との相違点について
本件発明は,①駆動源が正逆転モータであって,②連結マストに固着されたブラケットに
固定され,③このモータを制御する遠隔操作用のスイッチを具備しているのに対し,甲1発
明は,①駆動源がシリンダー装置であって,②連結マストに固着されたブラケットに固定す
るかどうか不明であり,③遠隔操作用のスイッチを具備しているかどうか不明な点。
2.本件発明の容易想到性について
「甲1発明の左右両側部に配設された作業機26は、回動変位することによってその位置
を変えるものである」として、上記②の相違点の構成が本願出願前に周知な技術であったと
しても、それによってさらなる改良を加えることが必要であるため、甲1発明に当該周知技
術を適用することが、当業者が格別困難なくなし得たこととは言えないとされ、本件発明の
進歩性は肯定された。
[原告の主張]
1.甲1発明の認定について
甲1発明の認定に当たっては,従来の課題を解決するための解決手段である「整地板の位
置の設定を駆動操作により行うこと」を特定した「実用新案登録請求の範囲」に記載された
発明をもってすれば十分である。
審決において、甲1発明に関して認定した構成は,いずれも甲1文献に記載された一実施
例における構成にすぎず,甲1発明の本質的特徴とは関係がなく,必須な構成とはいえない。
[裁判所の判断](筆者にて適宜抜粋、下線)
1.甲1発明の認定について
『進歩性の有無を判断する基礎となる引用発明が「刊行物に記載された発明」の場合,当該
発明は,当該刊行物に接した当業者が把握し得る先行公知技術としての技術的思想である。
そうすると,当該刊行物が甲1文献のような公開実用新案公報の場合には,考案の詳細な説
明なども含め,当該公報全体に記載された内容に基づいて引用発明が認定されるべきであっ
て,実用新案登録請求の範囲に記載された技術的思想に限定しなければならない理由はない。
そして,引用発明の認定は,これを本件発明と対比させて,本件発明と引用発明との相違
点に係る技術的構成を確定させることを目的としてされるものであるから,本件発明との対
比に必要な技術的構成について過不足なくされなければならない。その際,刊行物に記載さ
れた技術的思想ないし技術的構成を不必要に抽象化,一般化すると,恣意的な認定,判断に
陥るおそれがあることに鑑みれば,当該刊行物に記載されている事項の意味を,当該技術分
野における技術常識を参酌して明らかにするとか,当該刊行物には明記されていないが,当
業者からみると当然に記載されていると解される事項を補ったりすることは許容され得ると
しても,引用発明の認定は,当該刊行物の記載を基礎として,客観的,具体的にされるべき
である。
上記アにおいて認定した甲1文献の記載内容によれば,審決における甲1発明の認定は,
本件発明との対比に必要な技術的構成について過不足なくされているし,甲1文献の記載を
基礎として,客観的,具体的にされたものといえるから,この認定に誤りがあるということ
はできない。』
原告の主張に対しては、以下のように採用することができないとされた。
『甲1文献に記載されている実施例は,「本考案の一実施例」(【0010】)として掲げ
られているものの,甲1文献においては,他の実施例や,これを抽象化,一般化した構成に
関し,特段の記載も示唆もない。そして,原告が指摘する上記各構成が,甲1文献に記載さ
れていることは明らかであるから,甲1発明,すなわち甲1文献に接した当業者が把握し得
る技術的思想を認定するに当たり,当該各構成をその内容に含めることが不当であるとはい
えない。』
2.甲1発明と本件発明との相違点の認定について
審決の相違点の認定について、以下のように誤りがあるとされた。下線部分が審決と異な
る部分である。
『本件発明は,駆動源が正逆転モータであって,連結マストに固着されたブラケットに固定
され,このモータを制御する遠隔操作用のスイッチを具備しているのに対し,甲1発明は,
駆動源がシリンダー装置であって,機枠の後側上部に設けられ,さらに遠隔操作用のスイッ
チを具備しているかどうかも不明な点。』
なお、上記相違点の認定は、原告の主張する相違点の認定と、結果的に同じである。
3.相違点の容易想到性に関する判断
『本件発明と甲1発明との相違点に係る構成が当業者にとって容易想到であったというため
には,シリンダー装置に替わる正逆転モータを,機枠の後側上部ではなくトップマスト(本
件発明における連結マストに相当する。)に設けることについても,当業者にとって容易想
到でなければならないことになる。
・・・(略)・・・整地体に駆動力を伝達する部材が農作業機の後側に位置することから
すると,シリンダー装置63も農作業機の後側に設ければ,駆動源であるシリン
ダー装置63と被駆動部材であるカム板62等とが近接することとなり,シリンダー装置で
生み出された駆動力を簡易な手段で確実に伝達できる。・・・(略)・・・
そうすると,正逆転モータをトップマスト8に設けようとすると,甲1発明では必要がな
かった新たな駆動力伝達機構を導入しなければならず,駆動源と被駆動部材とを近接させ,
駆動源で生み出された駆動力を簡易な手段で確実に伝達できるという技術的意義が失われて
しまうことになる。その一方で,甲1発明において,シリンダー装置63に替わる駆動源で
ある正逆転モータを,機枠の後側上部ではなくトップマスト8に設けることにより,何らか
の有利な効果がもたらされることをうかがわせる証拠は見当たらない。
・・・(略)・・・トラクタに連結される農作業機の技術分野において,シリンダー装置を
連結マストに固着されたブラケットに設けること(甲7,8)や,正逆転モータを連結マス
トに固着されたブラケットに設けること(甲3,29,30),正逆転モータを連結マスト
の周辺に設けること(甲31ないし33)が,いずれも本件特許の出願時において周知技術
であったとしても,シリンダー装置63に替わる駆動源である正逆転モータを,機枠の後側
上部からトップマスト8に敢えて移設する動機付けが当業者にあると認めることはできない。
したがって,本件発明と甲1発明との相違点に係る構成が当業者にとって容易想到であっ
たということはできない。』
4.結論
『審決における本件発明と甲1発明との相違点に係る容易想到性に関する判断は,その結
論において相当である。そうすると,審決の相違点の認定に誤りがあるものの,当該誤りは
審決の結論を左右するものではな』く、取消事由1~3はいずれも理由がないとして、原告
の請求は棄却された。
[補足]
1.甲1発明の認定について被告の反論と裁判所の判断
被告は、「甲1文献には、左右の作業機を有する折り畳み可能な農作業機しか記載されてお
らず、また、甲1文献が分割出願であり、その原出願は、左右の作業機を有する折り畳み可
能な農作業機を前提とするものであるため、甲1発明においても、左右の作業機を有する折
り畳み可能なものに限定される」旨を主張した。
それに対して、知財高裁は、『左右の作業機が折畳み可能であることは,甲1発明が解決し
ようとした課題や作用効果とは何ら関係がない構成である。・・・(略)・・・かかる折畳
み不可能な作業機を有する農作業機に甲1発明を適用することを排除するとか,それを示唆
するような記載は甲1文献にされていないし,他に提出されている証拠からもそのような事
情はうかがわれない。・・・(略)・・・刊行物の記載に基づいて進歩性判断の基礎となる
引用発明を認定する際に問題とすべきなのは,当該刊行物そのものに接した当業者が把握し
得る技術的思想が何であるかということである。そうすると,甲1発明に係る実用新案登録
出願が分割出願であるからといって,その原出願の記載内容を当然に考慮しなければならな
いとはいえないところ,甲1文献には,記載されている技術的思想を把握するに際し当該原
出願の記載内容も参酌すべきである旨の明示の記載もその示唆もされていない。』として、
甲1発明が、左右の作業機を折畳み可能とする構成に限定されないとした。
2.審決の矛盾の指摘
知財高裁は、審決に対して、「甲1発明の認定においては、左右の作業機が折り畳み可能な
ものに限定していないのに対して、相違点の容易想到性に関する判断においては、甲1発明
を、左右の作業機が折り畳み可能なものに限定して判断している」旨を指摘した。
[コメント]
進歩性を肯定する場合には、引用発明を抽象化・一般化して認定したり、上位概念化して
認定したりするよりも、具体的に認定したり、下位概念化して認定したりした方が、容易想
到性(動機付け、適用阻害)の判断において、有利に働くことが多い。
特に、拒絶理由通知書においては、審査官は、引用発明を抽象化・一般化して認定したり、
上位概念化して認定したりする傾向が強いため、審査官の認定を鵜呑みにすることなく、詳
細に検討し、本件発明と対比して、過不足なく、引用発明を認定する必要がある。
但し、引用発明の認定の際には、恣意的な認定ではなく、客観的な認定を行うことにも注
意が必要である。
また、容易想到性の判断において、引用発明に、相違点に係る構成を適用することで、特
に有利な効果をもたらさない場合でも、その適用により、引用発明の技術的意義が失われて
しまうことになる場合には、その適用に動機付けがなく、容易に想到できないとされたこと
が参考となる。特に、判決文を見る限り、その引用発明の技術的意義は、被告が主張してい
る効果でもなく、引用文献に明確に記載されていないものと思われる。
相違点に係る構成に、特に有効な作用効果がない場合、設計事項と判断される傾向にある
ため、通常、相違点に係る構成に、何か有効な作用効果がないか検討することに尽力しがち
である。しかしながら、本判決のように、引用発明の構成に有利な効果があり、引用発明に、
相違点に係る構成を適用することで、引用発明の技術的意義が失われないか、という観点で
も検討するべきである。そして、その技術的意義は、引用文献に明確に記載されていないも
のでも、引用発明から導き出せる場合は、引用発明に、相違点に係る構成を適用するという
動機付けを否定する有効な手段になり得る。
以上
(担当弁理士:鶴亀 史泰)

平成 26 年(行ケ)10240 号「農作業機の整地装置」事件

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