審決取消請求事件 » 平成26年(行ケ)第10201号「熱間プレス用鋼板」事件

名称:「熱間プレス用鋼板」事件
審決取消請求事件
知的財産高等裁判所第 4 部:平成26年(行ケ)第10201号 判決日:平成27年9月3日
判決:請求棄却(審決維持)
特許法126条5項、特許法29条の2、特許法36条4項
キーワード:訂正要件(新規事項)、同一性判断、実施可能要件

[概要]
本件は,原告が発明の名称を「熱間プレス用鋼板」とする被告の特許について無効審判を請求
したところ、特許庁が訂正を認め請求不成立の審決をしたことから、その取消しを求めた事案。

[訂正前後での発明]
【請求項1】:本件発明(訂正前)
表層に加熱時の亜鉛の蒸発を防止する酸化皮膜を備えた亜鉛または亜鉛系合金のめっき層を鋼
板表面に有することを特徴とする700~1000℃に加熱されてプレスされる熱間プレス用鋼
板。
【請求項1】:本件訂正発明
表層に加熱時の亜鉛の蒸発を防止する酸化皮膜を備えた亜鉛-ニッケル合金めっき層,亜鉛-
コバルト合金めっき層,亜鉛-クロム合金めっき層,亜鉛-アルミニウム-マグネシウム合金め
っき層,スズ-亜鉛合金めっき層または亜鉛-マンガン合金めっき層を鋼板表面に有することを
特徴とする700~1000℃に加熱されてプレスされ焼き入れされる熱間プレス用鋼板。

[本件審決の理由の要旨]
①本件訂正はいずれも適法であるから,本件特許に係る発明は,本件訂正明細書の特許請求の
範囲の請求項1ないし7に記載された事項により特定される本件訂正発明である,②本件訂正発
明に係る特許請求の範囲の記載には、サポート要件及び明確性要件違反はなく,本件訂正明細書
の記載には実施可能要件違反はない,③本件訂正発明は,先願明細書に記載された発明と同一で
はないから,特許法29条の2の規定に違反して特許されたものではない。
[争点]
(1) 訂正要件違反の看過(取消事由1)
(2) 実施可能要件等の判断の誤り(取消事由2)
(3) 本件訂正発明と先願発明の同一性判断の誤り(取消事由3)
[裁判所の判断]
(争点1) 訂正要件について
ア 本件訂正により,本件明細書の【表5】の実施例8例が,…そのうち5例が参考例へと訂正
されているが,訂正請求書(乙6)によれば,上記は,本件訂正1及び17によって,本件訂正
前の特許請求の範囲請求項1及び7に含まれていた純亜鉛のめっき層を除外し,更に亜鉛系合金
のめっき層について,亜鉛系合金に含まれる元素を特定することにより,特許請求の範囲を減縮
することに伴って,本件発明においては実施例であったものが,本件訂正発明においては参考例
となることから,必然的に行われた明細書の記載の訂正であることが認められるから,この訂正
がされたからといって,本件訂正1及び17が新規事項を導入する訂正となるものではない。
イ 原告は,本件明細書において,8例の実施例は,いずれも単に,「亜鉛または亜鉛系合金の
めっき層」の例示にすぎず,特定のめっき層の奏する作用効果についての記載はないから,参考
例に対応する構成(亜鉛めっき層,亜鉛-鉄めっき層,亜鉛-アルミニウムめっき層)を特許請
求の範囲から除外して,本件訂正発明の特許請求の範囲に列挙された合金めっき層に限定する理
由も,かかる限定を示唆する技術的事項も,本件明細書には全く記載されていない旨主張する。
しかし,明細書に記載された複数の発明の中から,どの発明部分を特許請求の範囲として特許
出願するかは出願人が自由に選択できる事項であり,特許請求の範囲を当該選択した発明部分に
限定した理由等が明細書に記載されていないからといって,それだけでは,新規事項を導入する
訂正として許されないこととなるものではない。
ウ さらに,原告は,列挙された元素から任意の元素を選択することが特許請求の範囲の減縮に
当たるとしても,当該元素を選択するという技術思想が本件明細書に記載されていない以上,本
件訂正によって除外された部分を除いた発明が独立した発明として本件明細書に記載されていた
とはいえないことからすれば,本件訂正1及び17は新たな技術思想を持ち込むものとして,特
許法126条5項の規定に違反する旨主張する。
しかし,列挙された元素から任意の元素を選択するという技術思想が本件明細書に記載されて
いないからといって,これが訂正要件違反となるものではないことは,前記イのとおりである。
(争点2) 実施可能要件について
甲10は,本件特許の出願人である住友金属工業が,本件特許の出願日…の2か月後…に出願
し,…そもそも甲10は,本件特許の出願日当時の公知文献とはいえない。よって,本件訂正明
細書の発明の詳細な説明の記載が実施可能要件を充足するか否かの判断において,甲10を公知
技術として斟酌することはできない。
…本件審決が,鋼種Eの焼き入れ温度について,Ac3点の計算式に基づき,これを544℃
と算定した判断には誤りがあるといわなければならない。しかしながら,当業者であれば,…鋼
種Eについては,上記Ac1点の計算式に従い,…949℃となり,…本件訂正発明の温度条件
である700~1000℃の範囲内にあるから,…本件訂正発明を実施することが可能である。
(争点3) 同一性判断について
本件訂正発明1では,「亜鉛-ニッケル合金めっき層,…または亜鉛-マンガン合金めっき
層」であるのに対し,先願発明’では,「亜鉛又は亜鉛-アルミニウム被膜」である点(以下
「相違点A’」という。)。
…先願発明’の「亜鉛又は亜鉛-アルミニウム被膜」を形成する合金めっき層としては,先願
明細書の【請求項3】,【0007】,【0014】に「亜鉛又は亜鉛ベース合金」として,亜鉛を
ベースとして含む合金一般を広く意味する記載があるが,先願明細書において,「亜鉛ベース合
金」として具体的に亜鉛以外の組成を含む合金として開示されているのは,「亜鉛-鉄」,「亜鉛
-アルミニウム」及び「亜鉛-鉄-アルミニウム」の3種類であって,本件訂正発明1記載の上
記合金に係る記載はない。
ところで,合金は,その構成(成分及び組成範囲等)から,どのような特性を有するか予測す
ることは困難であり,また,ある成分の含有量を増減したり,その他の成分を更に添加したりす
ると,その特性が大きく変わるものであって,合金の成分及び組成範囲が異なれば,同じ製造方
法により製造したとしても,その特性は異なることが通常である(弁論の全趣旨)。そうする
と,先願明細書には,本件訂正発明1において特定されている上記のめっき合金が具体的に開示
されていない以上,先願明細書に,先願発明’の「亜鉛又は亜鉛-アルミニウム被膜」を形成す
る合金として,本件訂正発明1において特定されている上記のめっき合金が記載されている又は
記載されているに等しいということはできない。
したがって,相違点A’は,実質的な相違点であって,先願明細書に開示された発明は本件訂
正発明1と同一ではないとした本件審決の判断に誤りはない。
原告主張の取消事由はいずれも理由がなく,本件審決にこれを取り消すべき違法は認められな
い。
[コメント]
本判決でも、原告の請求が棄却された。先願発明を避けるために一部の実施例をピックアップ
するような訂正について、出願人が自由に選択できる事項であり,特許請求の範囲を当該選択し
た発明部分に限定した理由等が明細書に記載されていないからといって,それだけでは,新規事
項を導入にあたらないと判断したことは、実務上参考になると考える。