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平成 26 年(行ケ)第 10182 号「うつ症状の改善作用を有する組成物」事件

名称:「うつ症状の改善作用を有する組成物」事件
審決取消請求事件
知的財産高等裁判所: 平成 26 年(行ケ)第 10182 号 判決日:平成 27 年 8 月 20 日
判決:請求認容(審決取消)
特許法29条2項
キーワード:進歩性、医薬発明、用途限定
[概要]
うつ症状の改善のための医薬組成物である補正後の発明について、引用文献にはその用途
に係る構成が記載又は示唆されておらず、これを採用する動機付けがないとして、拒絶審決
が取り消された事案。
[請求項4](補正後の本願補正発明)
構成脂肪酸の一部又は全部がアラキドン酸であるトリグリセリドを含んで成る、うつ症状
の改善のための医薬組成物。
[拒絶審決の理由]
本願補正発明は、引用例1又は引用例2に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明
をすることができたものである。
引用発明1との相違点
相違点A:構成脂肪酸の一部又は全部がアラキドン酸である「誘導体」について、本願補
正発明では、「トリグリセリド」と特定しているのに対し、引用発明1では「任意の適切な誘
導体」とされている点
相違点B:引用発明1では、「エイコサペンタエン酸(EPA)または任意の適切な誘導体」
を組み合わせることが特定されているのに対し、本願補正発明ではそのような特定はされて
いない点
相違点C:「精神医学的疾患の症状」について、本願補正発明では、「うつ症状」と特定して
いるのに対し、引用発明1では「うつ症状」とは表現されていない点
引用発明2との相違点
相違点α:「脳機能の低下に起因する症状の改善のための」について、本願補正発明では、
「うつ症状の改善のための」と特定しているのに対し、引用発明2ではそのような表現では
特定されていない点
[争点]
(取消事由1)本願補正発明についての引用発明1に基づく進歩性判断の誤り
(取消事由2)本願補正発明についての引用発明2に基づく進歩性判断の誤り
[裁判所の判断]
(1) 本願補正発明と引用発明1’との相違点は、次のとおりである。
相違点A’:適切な誘導体が、本願補正発明は「トリグリセリド」であるのに対し、引用発
明1’は、具体的に特定していない点。
相違点B’:構成脂肪酸が、本願補正発明は「一部がアラキドン酸である」のに対し、引用
発明1’は「エイコサペンタエン酸及びアラキドン酸を組み合わせた」ものである点。
相違点C’:医薬組成物が、本願補正発明はうつ症状の改善のためのものであるのに対し、引
用発明1’は精神分裂病の治療のためのものである点。
しかし、相違点A’について、引用例1には、適切な誘導体としてトリグリセリドが例示
されていることから、引用発明1’の「適切な誘導体」としてトリグリセリドを選択するこ
とは、当業者が適宜なし得ることである。
また、本願補正発明の「構成脂肪酸の一部がアラキドン酸である」ことに関して、アラキ
ドン酸以外の脂肪酸については、その種類や含有比率等については何らの特定もされていな
いことから、引用発明1’の「エイコサペンタエン酸及びアラキドン酸を組み合わせた」も
のを包含しているといわざるを得ず、相違点B’は実質的な相違点であるということはでき
ない。
相違点C’について、引用例1の実施例において、患者2名の陽性・陰性症状評価尺度(P
ANSS)の数値が改善したとの記載からだけでは、PANSSの評価尺度のうち、陽性症
状尺度、陰性症状尺度及び総合精神病理評価尺度の中のどの項目において改善が認められた
のかが不明であるから、統合失調症の陰性症状のうち、うつ症状と似た症状が改善したかど
うかを確認することはできない。そうすると、引用例1には、構成脂肪酸がEPA又は任意
の適切な誘導体を、AA又は任意の適切な誘導体と組み合わせることにより調製された医薬
組成物を投与することによって、統合失調症における陰性症状のうち、うつ症状と似た症状
が改善することについては、記載も示唆もないというほかない。
そうすると、引用発明1’には、うつ症状が改善されることについての記載も示唆もない
から、本願補正発明と引用発明1’との相違点C’は、実質的な相違点というべきであり、
この相違点C’に係る本願補正発明の構成に至ることが容易であると認めるに足りない。し
たがって、本件審決は、相違点についての判断を誤るものである。
(2) 本願補正発明と引用発明2’との相違点は、次のとおりである。
相違点α’:本願補正発明は、「うつ症状の改善のため」のものであるのに対し、引用発明
2’は、「記憶・学習能力の予防又は改善作用を有する」ものである点。
しかし、引用例2に接した当業者は、引用例2の実施例3の老齢ラットのモリス型水迷路
試験の結果に基づいて、「構成脂肪酸の一部又は全部がアラキドン酸であるトリグリセリド」
を用いることにより、「記憶・学習能力の低下」が改善されることは認識できるものの、さら
に「うつ病」が改善されることまでは認識できないというべきである。
そうすると、引用例2に基づいて、相違点α’に係る本願補正発明の構成に至ることが容
易であるということはできず、本件審決のこの点に関する判断には誤りがあるというべきで
ある。
[コメント]
審決では、「精神医学的疾患の症状」について、本願補正発明では、「うつ症状の改善のた
めの」と特定しているのに対し、引用発明1又は2では、そのような表現では特定されてい
ない点と、認定していた。
これに対して、裁判所では、医薬組成物が、本願補正発明はうつ症状の改善のためのもの
であるのに対し、引用発明1’は精神分裂病の治療のためのものである点、又は引用発明2’
は、「記憶・学習能力の予防又は改善作用を有する」ものである点と認定した。
このような引用発明の認定の違いによって、実質的な用途の相違が生じた結果、裁判所の
判断では、その用途への動機付けがないため、進歩性のありとの判断がなされたと考えられ
る。用途が類似する場合、それらの用途間での転用の容易想到性が、技術常識等によって判
断されるケースがある。しかし、本件では、用途の認定の際に、技術常識等が用いられてい
るものの、転用の容易想到性の判断の際に、技術常識等が用いられていない。このため、取
消後の審理において、その辺りが審理される可能性が残されているだろう。

平成 26 年(行ケ)第 10182 号「うつ症状の改善作用を有する組成物」事件

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