審決取消請求事件 » 平成26年(行ケ)10096号「香気成分の制御方法及び散逸防止方法」事件

名称:「香気成分の制御方法及び散逸防止方法」事件
拒絶審決取消請求事件
知的財産高等裁判所:平成 26 年(行ケ)10096 号 判決日:平成 27 年 3 月 25 日
判決:請求棄却
特許法36条
キーワード:実施可能要件、サポート要件

[概要]
拒絶審決を受けた原告がその取消を求めたのに対し、請求棄却判決がなされた事案。

[本願発明1](以下、筆者にて適宜下線付加ないし修正を行っている。)
【請求項1】
液状食品の気相と接する表面積で当該液状食品の体積を除した数値が1mm~120mm
の範囲内で所定の値になるようにした液状食品の厚さを制御して真空脱気処理することによ
り,アルデヒド類及びケトン類の揮発性の香気成分の前記液状食品からの散逸量を制御する
ことを特徴とする液状食品の香気成分の制御方法。

[本願発明2]
【請求項2】
液状食品の気相と接する表面積で当該液状食品の体積を除した数値が1mm~120mm
の範囲内で所定の値になるようにした液状食品の粒径の大きさを制御して真空脱気処理する
ことにより,アルデヒド類及びケトン類の揮発性の香気成分の前記液状食品からの散逸量を
制御することを特徴とする液状食品の香気成分の制御方法。

[争点]
取消事由1の1(本願発明2に関する特許法36条4項1号に関する判断の誤り)
取消事由1の2(本願発明2に関する特許法36条6項1号に関する判断の誤り)

[裁判所の判断]
1 取消事由1の1(本願発明2に関する特許法36条4項1号〔実施可能要件〕に関する判
断の誤り)について

(1) 特許法36条4項1号は,発明の詳細な説明の記載は,「その発明の属する技術の分野に
おける通常の知識を有する者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載した
ものであること」と規定している。したがって,同号に適合するためには,本願明細書中の
「発明の詳細な説明」の記載が,これを見た本願発明の技術分野の当業者によって,本願出
願(優先日。以下同じ。)当時に通常有する技術常識に基づき本願発明2の実施をすることが
できる程度の記載であることが必要となる。

(3) ・・・本願発明2は,液状食品の真空脱気処理をする際に,気相と接する表面積で液状食
品の体積を除した数値が1㎜ないし120㎜の範囲内で所定の値となるように液状食品の粒
径の大きさを「制御」(調節)することにより,溶存酸素を低下させながら,粒径が小さいと
きには香気成分の散逸を促進させ,粒径が大きいときには香気成分の散逸を防止することが
できるというものである。そして,気相と接する表面積で,体積を除した数値が1㎜ないし
120㎜の範囲内である場合の粒径の大きさとは,仮に「粒径」が球体の場合であっても,
直径は6㎜ないし最大で720㎜(72㎝)となるから(球体以外の球状の場合には,さら
に最大径は増大する。),本願発明2を実施することができる程度の記載があるというために
は,本願明細書中の「発明の詳細な説明」の記載を見た本願発明の技術分野の当業者が,出
願時に通常有する技術常識に基づき,液状食品を直径72㎝という非常に大きい液滴にして,
これを真空脱気処理する方法を理解する程度の記載があることが必要となる。

しかし,・・・本願明細書中の実施例としては,液状食品をタンクに充填して所定の液厚(液
状食品の厚さ)を生成し,ポンプでタンクを真空状態にして,液状食品を静置して真空脱気
処理をする実施方法(本願発明1)が記載されているのみであり,液状食品を大きな粒径の
ものとして真空脱気処理を行う実施方法については,何ら説明は記載されていない。

そうすると,①本願明細書の記載及び本願出願当時の当業者の技術常識によっても,従来
技術(甲2)における平均粒子径0.05~1㎜の微粒子よりも,遙かに大きい72㎝の粒
径の液滴を生成してその真空脱気処理を行うために,どのような手段を採用すればよいかは
不明である上,②仮に,当業者の技術常識から72㎝程度の粒径の液滴を製造すること自体
は可能であるとしても,そのような大きい液滴を,従来技術の知見(平均粒子径が1㎜を越
えると効率よく溶存酸素を除去できない。)に反し,どのような真空脱気処理条件を設定すれ
ば,溶存酸素濃度を低下させることができるのかも不明である。

したがって,本願明細書の発明の詳細な説明は,当業者が本願発明2を実施することが可
能な程度に明確かつ十分に記載されているとは認められない。

2 取消事由1-2(本願発明2に関する特許法36条6項1号〔サポート要件〕に関する判
断の誤り)について

本願発明は,各実施例のとおりの実験を行った結果をもとにして見出した知見に基づき,
さらに一定の数値範囲を限定したことを技術的特徴とするものであるところ,本願発明2は,
原告が主張するような実施形態を想定するとしても,各実施例のような静的な状態での真空
脱気処理とは大きく物理的な処理状態が異なり,真空脱気処理の工程中の気相接触表面が一
定ではないものであり,これが香気成分の散逸量にも大きな影響を与える(具体的には香気
成分の散逸量が増加する。)と理解されるものである。そうすると,液滴と液膜に共通する影
響因子であるからといって,当業者が,各実施例の静的な状態での真空脱気処理における「気
相接触表面積で体積を除した数値」が,その臨界的意義を保持したまま,本願発明2にも当
てはまると理解するものとは認められない。

したがって,発明の詳細な説明の記載及び本願出願時の技術常識に照らし,本願発明2は,
その発明の課題を解決できると当業者が認識し得るものではないとした審決の判断に誤りは
なく,原告の主張する取消事由1-2は理由がない。

[コメント]
本件の問題点として、本願明細書における本願発明2についての実施例が記載されていな
いこともさることながら、本願発明についての技術的理解が不足していると考えられること
も挙げられる。

本願発明では、「液状食品の気相と接する表面積で当該液状食品の体積を除した数値」を制
御して、香気成分の散逸防止と溶存酸素の低減を図っているところ、真空脱気処理時の液状
食品の形態が円柱を想定する本願発明1と粒子を想定する本願発明2とで当該数値パラメー
タを同一範囲(1~120mm)としている。確かに円柱の場合、上記演算式で求められる
数値は液状食品の厚さtに相当するものの(tπr 2 /πr 2 =t)、粒子の場合は、当該数値
が直ちに粒径に相当するとはいえないにもかかわらず((4πr 3 /3)/4πr 2 =1~12
0⇒粒径2r=6~720mm)、本願発明1と同様に本願発明2においても同一の数値範囲
としており、この点で本願発明2についての技術的理解に齟齬をきたしていると考えられる。
実務上においても、本願発明の技術的意義の本質的な理解が求められる。