IP case studies判例研究

平成25年(行ケ)10275号「加硫ゴム組成物、空気入りタイヤおよびこれらの製造方法」事件

名称:「加硫ゴム組成物、空気入りタイヤおよびこれらの製造方法」事件
無効審決取消請求事件
知的財産高等裁判所:平成 25 年(行ケ)10275 号 判決日:平成 26 年 9 月 11 日
判決:一部請求認容
特許法第 29 条第 2 項
キーワード:進歩性
[概要]
原告が被告の特許について請求した無効審判の請求不成立審決について,当該審決には,
請求項の一部に係る発明に関して,引用発明との相違点に係る構成の容易想到性の判断に誤
りがあるとして,審決を一部取り消した事案。
[本件特許請求項 1]
天然ゴム、変性天然ゴム、アクリロニトリルブタジエンゴムおよびポリブタジエンゴムの
少なくともいずれかからなるゴム成分と、化学変性ミクロフィブリルセルロースと、を含有
する加硫ゴム組成物。
[甲3発明 A の内容]
スチレン-ブタジエンコポリマー(SBR Buna VSL 5525-1/Baye
r)73.5重量%,クロロジメチルイソプロピルシラン変性セルロースミクロフィブリル
18.4重量%を含むエラストマー組成物を加硫して得られる加硫エラストマー
[一致点]
「ゴム成分と,化学変性ミクロフィブリルセルロースと,を含有する加硫ゴム組成物。」で
ある点。
[相違点]
ゴム成分について,本件発明1は「天然ゴム,変性天然ゴム,アクリロニトリルブタジエ
ンゴムおよびポリブタジエンゴムの少なくともいずれかからなるゴム成分」であるのに対し,
甲3発明Aは「スチレン-ブタジエンコポリマー(SBR Buna VSL 5525-
1/Bayer)」である点。
[審決の内容]
(ア)(中略)また,スチレンブタジエンゴムとともに,天然ゴム,変性天然ゴム,アクリ
ロニトリルブタジエンゴム及びポリブタジエンゴムは,ゴム成分としてはいずれも周知であ
る。
(イ)しかし,だからといって,これら公知ないし周知の技術を甲3発明Aに適用するこ
とは,当業者であったとしても容易とはいえない。
すなわち,上述のとおり,甲3発明Aは,甲3の実施例8の記載に基づいて認定した加硫
エラストマーであって,エラストマー組成物を構成するゴム成分として特定のゴムであるス
チレン-ブタジエンコポリマー(中略)を選択し,これをエラストマー組成物中73.5重
量%含むとしたものである。
そして,技術思想というよりは,むしろ単なる一実施形態にすぎないような甲3発明Aに
おいて,そこで用いられている特定のゴム成分(中略)に特に着目し,これを他のゴム成分
に代えようとする動機は見あたらない。
よって,甲1~2に接した当業者が,甲3発明Aの「スチレン-ブタジエンコポリマー(中
略)」について,これを天然ゴムやポリブタジエンゴムなどとすることは,想到容易であると
はいえない。
(ウ)請求人は,甲5(実験成績証明書)を提出し,甲3発明Aについて,SBRに代え
て天然ゴムを用いたとしても,予測できない効果を奏しない,すなわち,本件発明1の作用
効果は甲3の記載から予測しうる範囲のものである旨主張する。
そこで検討するに,(中略)進歩性有無の判断は,主たる引用発明に,従たる引用発明など
を組み合わせ,相違点に係る構成を補完ないし代替させることによって特許発明に到達する
ことが容易か否かを基準として行われるものである。顕著な作用効果の有無は進歩性有無の
判断の要素となり得るが,特許発明と主たる引用発明との間に効果の点で格別の差異が認め
られないからといって,ただちに主たる引用発明からの特許発明の進歩性が否定されるとい
うものではない。
[裁判所の判断]
イ 甲3発明Aの認定の基礎とされた実施例8は,実施例3で得られたクロロジメチルイソ
プロピルシランによる変性ミクロフィブリルの強化充填剤としての効果を確認するために,
疎水性媒体の一種であるスチレン-ブタジエンコポリマーと混合し,加硫して得られた加硫
エラストマー(組成B)について,弾性率等の機械的特性を,変性ミクロフィブリルを含ま
ない加硫エラストマー(組成A)と比較検討したものである。
そして,比較検討の結果は実施例8の表ⅠⅠ(【0174】)に記載されたとおりであり,
組成Bは組成Aと比較して,弾性率,伸び率,引張り強さ及び硬度の点で改善していること
が示され,「この実施例は,変性表面を持つミクロフィブリルが,エラストマー中で均質に分
散されたことを明確に示す。この理由により,それらは,基準に比較して,機械的特性の面
で著しい改善をもたらす。」(【0178】)とされている。
ウ 以上によれば,実施例8は,甲3文献の開示する技術思想を,疎水性媒体にスチレン-
ブタジエンコポリマーを用いて具体化したものであると認められる。そして,セルロースミ
クロフィブリル表面を疎水性化して疎水性媒体との親和性を高めることにより,セルロース
ミクロフィブリルの疎水性媒体中での分散性を改善するという,上記技術思想の作用機序に
照らすと,かかる作用機序は疎水性媒体一般に対して妥当するものであると理解することが
できる。
したがって,甲3文献に接した当業者であれば,変性セルロースミクロフィブリルを強化
充填剤として用いるべき疎水性媒体として,実施例8で用いられたスチレン-ブタジエンコ
ポリマーに限らず,甲3文献に列挙された様々な製品の材料として慣用される様々なポリマ
ー等の疎水性媒体を用いることができることを,ごく自然に認識するはずである。
そして,天然ゴム,変性天然ゴム,アクリロニトリルブタジエンゴム及びポリブタジエン
ゴムは,スチレン-ブタジエンコポリマーと並んで周知のゴム成分,つまり疎水性媒体であ
って,各種成形品の材料として慣用されるものである。(中略)
よって,甲3発明Aにおけるスチレン-ブタジエンコポリマーに代えて,天然ゴム,変性
天然ゴム,アクリロニトリルブタジエンゴム又はポリブタジエンゴムを用いることは,当業
者が容易に想到し得ることであると認められる。
(4)被告の主張について
イ 被告は,甲1文献ないし甲3文献には,化学変性ミクロフィブリルセルロースを含有す
る加硫ゴム組成物における転がり抵抗特性,操縦安定性及び耐久性の性能バランスの改善と
いう本件発明1の課題は開示されておらず,かかる課題の解決のために天然ゴム等のゴム成
分を用いることの示唆等もない以上,当業者が本件発明1の構成を容易に想到し得たとはい
えない旨主張する。
しかしながら,前記(ウ)のとおり,甲3文献の記載によれば,変性ミクロフィブリルセ
ルロースを用いることによる分散性の改善という課題の解決は,各種製品の材料として慣用
される様々なポリマー等の疎水性媒体一般に妥当するものと理解することができるから,甲
3発明Aのスチレン-ブタジエンコポリマーを天然ゴム等の周知のゴム成分に置換すること
の動機付けが存在するということができる。なお,本件発明1の容易想到性を判断するに当
たっては,甲3発明Aから本件発明1の構成に至ることを合理的に説明することができれば
足り,本件発明1の課題を認識するなど,実際に本件発明1に至ったのと同様の思考過程を
経る必要はないというべきである。
[コメント]
審決では動機付けの有無に重きを置いて判断がなされたが、当該判断において発明の技術
思想は捨象されている。判決では発明の技術思想を踏まえた上で判断がなされており、妥当
と思われる。

平成25年(行ケ)10275号「加硫ゴム組成物、空気入りタイヤおよびこれらの製造方法」事件

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