審決取消請求事件 » 平成25年(行ケ)第10209号 「動脈硬化予防剤、血管内膜の肥厚抑制剤及び血管内皮機能改善剤」事件

名称:「動脈硬化予防剤、血管内膜の肥厚抑制剤及び血管内皮機能改善剤」事件
審決取消請求事件
知的財産高等裁判所:平成25年(行ケ)第10209号
判決日:平成26年9月10日
判決:請求認容(審決取消)
特許法29条2項
キーワード:医薬用途発明における進歩性の判断

[概要]
本願発明における作用機序的な医薬用途「血管内皮の収縮・拡張機能改善及び血管内膜の肥厚
抑制の少なくとも一方の作用」と、引例に記載の同有効成分の作用機序「ACE阻害」との関連
性が進歩性の論点となったが、ACE阻害と本願発明の用途との関連性が示された引用例におけ
るACE阻害剤と、本願発明の有効成分とはACE阻害活性の強度及び構造上の差異などで種々
の相異があるため、本願発明の用途を期待して本願発明の有効成分を用いることは容易に想到し
得ないとして、進歩性を肯定した事例。

[特許請求の範囲](本願補正発明)
Ile Pro Pro 及び/又は Val Pro Pro を有効成分として含有し、血管内皮の収縮・拡張機能改
善及び血管内膜の肥厚抑制の少なくとも一方の作用を有する剤。

[本件発明と引用例1の発明との相違点]
薬剤の用途が、補正発明においては「血管内皮の収縮・拡張機能改善及び血管内膜の肥厚抑制
の少なくとも一方の作用を有する剤」であるのに対し、引用発明においては「ACE阻害活性を
示す、抗高血圧剤」である点。

[裁判所の判断](筆者にて適宜要約、適宜下線)
本願優先日当時に公刊されていた文献には、ACE阻害剤につき、血管内皮の収縮・拡張機能
改善作用、血管内膜の肥厚抑制作用を有すること、又は、これらの作用を有する可能性があるこ
とを肯定する内容のものが複数存在する反面、そのような作用は確認されなかったという実験結
果を報告するものも複数存在し、当業者に対する影響力、すなわち、当業者の認識形成に寄与す
る程度においていずれが優勢であったともいい難い。・・・ACE阻害剤の種類によって血管に及
ぼす作用に差がある原因についても、本願優先日当時においては定説が存在しなかったことが認
められる。

加えて、上記の状況に鑑みれば、本願優先日当時、血管内皮の収縮・拡張機能改善作用、血管
内膜の肥厚抑制作用の機序やACE阻害活性との関係は解明されておらず、確立された見解はな
かったものと推認できる。

以上によれば、本願優先日当時においては、ACE阻害剤が血管内皮の収縮・拡張機能改善作
用、血管内膜の肥厚抑制作用を示した実例はあるものの、ACE阻害剤であれば原則として上記
作用のうち少なくともいずれか一方を有するとまではいえず、個々のACE阻害剤が実際にこれ
らの作用を有するか否かは、各別の実験によって確認しなければ分からないというのが、当業者
の一般的な認識であったものと認められる。

・・・しかも、IPP及びVPPと、引用例2から引用例5に記載されたシラザプリル等のA
CE阻害剤との間には、以下のとおり、性質、構造において大きな差異が存在する。他方、IP
P及びVPPと上記ACE阻害剤との間に、ACE阻害活性を有すること以外に特徴的な共通点
は見当たらない。

すなわち、シラザプリル等はいずれも典型的なACE阻害剤であるのに対し、IPP及びVP
Pは確かにACE阻害活性を有しているものの、下記の比較によれば、その強度は上記ACE阻
害剤よりもかなり弱いものにとどまるといえる。現に、本件に証拠として提出されている公刊物
中には、IPP及びVPPをACE阻害剤として紹介する記載は見当たらない。

・・・前述した本願優先日当時の当業者の一般的な認識に鑑みれば、当業者が、ACE阻害活
性の有無に焦点を絞り、引用発明においてIPP及びVPPがACE阻害活性を示したことのみ
をもって、引用例2から引用例5に記載されたACE阻害剤との間には、前述したとおりACE
阻害活性の強度及び構造上の差異など種々の相違があることを捨象し、IPP及びVPPも上記
ACE阻害剤と同様に、血管内皮の機能改善作用、血管内膜の肥厚抑制作用を示すことを期待し
て、IPP及び/又はVPPを用いることを容易に想到したとは考え難い。

また、仮に、当業者において、引用例2から引用例5に接し、前記一般的な認識によれば必ず
しも奏功するとは限らないとはいえ、ACE阻害活性を備えた物質が上記作用を示すか否か試行
することを想起したとしても、前述したとおり、IPP及びVPPは、性質、構造において上記
ACE阻害剤と大きく異なり、特にIPP及びVPPのACE阻害活性は上記ACE阻害剤より
もかなり低いものといえるから、試行の対象としてIPP及び/又はVPPを選択することは、
容易に想到するものではないというべきである。

以上によれば、引用発明と引用例2から引用例5とを組み合わせて補正発明を想到することは
容易とはいえず、本件審決が、「相当程度の確立した知見」を前提として、引用発明と引用例2か
ら引用例5とを組み合わせ、これらを併せ見た当業者であれば、引用発明においてACE阻害活
性を有することが確認されたIPP及び/又はVPPを、血管内皮の収縮・拡張機能改善及び血
管内膜の肥厚抑制の少なくとも一方の作用を有する剤として用いることに、格別の創意を要した
ものとはいえないと判断した点は誤りである。

[コメント]
一般に医薬用途は、特定の疾病への適用が特定されていることを意味する(特許審査基準 第Ⅶ
部 第3章 医薬発明)。本願補正発明では、「血管内皮の収縮・拡張機能改善及び血管内膜の肥厚
抑制の少なくとも一方の作用を有する」との規定により用途を特定しているが、これは厳密な意
味では疾病への適用が特定されているものではなく、作用機序により用途を特定している。この
点は、拒絶査定において審査官から「本願の請求項1~12には、有効成分の有する血管内皮機
能改善および血管内膜の機構抑制作用が記載されるのみであり、その具体的な医薬用途さえ特定
されていない」と指摘されている。

同審査基準では、医薬用途の新規性の判断に関し、「請求項に係る医薬発明の医薬用途が、引用
発明の医薬用途を新たに発見した作用機序で表現したに過ぎないものであり、両医薬用途が実質
的に区別できないときは、請求項に係る医薬発明の新規性は否定される。」との記載がある。本件
では、本願補正発明における用途的に記載した作用機序「血管内皮の収縮・拡張機能改善及び血
管内膜の肥厚抑制の少なくとも一方の作用」が、引用例1に記載の「ACE阻害活性を示す、抗
高血圧剤」とは実質的に区別できるとの判断がなされたものと考えられる。

医薬用途の進歩性の判断においては、同審査基準では、「請求項に係る医薬発明の医薬用途が、
引用発明の医薬用途と異なっていても、出願時の技術水準から両者間の作用機序の関連性が導き
出せる場合は、有利な効果等、他に進歩性を推認できる根拠がない限り、通常、請求項に係る医
薬発明の進歩性は否定される。」と記載されている。

本件では、引用例1に本願発明と同一の有効成分の記載があり、ACE阻害活性による抗高血
圧用途が記載されていた。特許庁では、ACE阻害活性を有する他の薬剤(シラザプリル等)と
血管内皮の機能改善作用、血管内膜の肥厚抑制作用との関連性から進歩性を否定した。

これに対して、裁判所では、ACE阻害活性を有する他の薬剤と本願発明の有効成分とは、A
CE阻害活性の強度及び構造上の差異などで種々の相異があり、両者作用の関連性を認めなかっ
た。作用機序を用途的に規定した発明の進歩性の考え方として参考になる事例である。