審決取消請求事件 » 平成26年(行ケ)10014号「知識データベース」事件 審決取消請求事件

名称:「知識データベース」事件 審決取消請求事件
知的財産高等裁判所第4部:平成 26 年(行ケ)10014 号 判決日:平成 26 年 9 月 24 日
判決:請求棄却(審決維持)
特許法第29条第1項柱書
キーワード:ソフトウェア関連発明の成立性

[概要]
「自然法則を利用した技術的思想の創作」ではないとして法29条第1項柱書違反となっ
た拒絶査定不服審判について、審査基準にない判断基準を示したと考えられる事例。

[本件補正発明(請求項26)]下線が補正箇所である。
【請求項1】
知識ベースシステムであって,
コンピュータによる論理演算の対象となる知識ベースを記憶している記憶部を備え,
前記知識ベースは,物を識別する物識別子と,前記物がもつ少なくとも一つの属性であっ
て,当該物の物識別子と対応づけられた属性とを含み,
前記属性には,当該属性を識別する属性識別子が1対1に対応づけられ,
前記属性識別子には,属性を表す少なくとも一つのデータである特徴データ,及び属性を
表す言葉に対応付けられたデータである識別データのうちの少なくとも一方が対応づけられ,
前記物識別子は,物を表す言葉ではなく,かつ,それ自体で物の意味を持たない記号で構
成され,
前記属性識別子は,属性を表す言葉ではなく,かつ,それ自体で属性の意味を持たない記
号で構成され,
前記特徴データは,対応する属性の実体であり,
前記識別データは,対応する属性を識別するためのデータである
知識ベースシステム。
【請求項26】
知識ベースシステムのためのコンピュータ読み取り可能な記録媒体であって,
請求項1~23のいずれか1項に記載の知識ベースまたは請求項25記載のプログラムが
記録された記録媒体。

*審決では、請求項26の内容「知識ベースシステムのためのコンピュータ読み取り可能な
記録媒体であって,請求項1に記載の知識ベースが記録された記録媒体。」を本件補正発明と
して判断した。

[裁判所の判断]
2 取消事由1(本件補正発明の発明該当性に係る判断の誤り)について
(1)本件審決は,本件補正発明は(筆者追記;「物」「物識別子」「属性」「属性識別子」「特
徴データ」「識別データ」などの)単なる情報の内容及び対応付けを規定したに止まるもので
あり,また,本件補正発明の「知識ベース」自体は特定の構造を有するデータの単なる集ま
りでしかなく,そもそもコンピュータに対する命令を規定するものではないから,この「知
識ベース」をコンピュータに読み取らせたとしても,これ自体でコンピュータが動作するも
のでないことは技術常識からして明らかであって,本件補正発明は,「知識ベース」がコンピ
ュータに読み込まれることにより,「知識ベース」とハードウェア資源とが協働した具体的手
段によって,使用目的に応じた情報の演算又はその動作方法が構築されるものとはいえず,
特許法2条1項でいう「自然法則を利用した技術的思想の創作」には該当しないと判断した。
これに対して,原告は,本件補正発明は,コンピュータを利用しており,その内容も「香り,
味,熱さ冷たさ,映像,音などの記憶を統合することにより,『意味あるいは概念』が生じ,
この『意味あるいは概念』を識別するものが広義の『言葉』と呼ばれているものである」と
いう自然法則を利用したものであるなどと主張するので,以下検討する。
(2)・・・(略)・・・特許法2条1項は,「発明」とは,「自然法則を利用した技術的思想の
創作のうち高度のもの」をいうと規定し,発明は,一定の技術的課題の設定,その課題を解
決するための技術的手段の採用及びその技術的手段により所期の目的を達成し得るという効
果の確認という段階を経て完成されるものである。
そうすると,請求項に記載された特許を受けようとする発明が,特許法2条1項に規定す
る「発明」といえるか否かは,前提とする技術的課題,その課題を解決するための技術的手
段の構成及びその構成から導かれる効果等の技術的意義に照らし,全体として「自然法則を
利用した」技術的思想の創作に該当するか否かによって判断すべきものである。
そして,上記のとおり「発明」が「自然法則を利用した」技術的思想の創作であることか
らすれば,単なる抽象的な概念や人為的な取決めそれ自体は,自然界の現象や秩序について
成立している科学的法則とはいえず,また,科学的法則を何ら利用するものではないから,
「自然法則を利用した」技術的思想の創作に該当しないことは明らかである。また,現代社
会においては,コンピュータやこれに関連する記録媒体等が広く普及しているが,仮に,こ
れらの抽象的な概念や人為的な取決めについて,単に一般的なコンピュータ等の機能を利用
してデータを記録し,表示するなどの内容を付加するだけにすぎない場合も,「自然法則を利
用した」技術的思想の創作には該当しないというべきである。
(3)ア そこで,まず,本件補正発明が前提としている課題についてみると,・・(略)・・
との記載によれば,従来技術では言語(単語)に依存して知識のデータベース等を構築し,
情報処理をしていたところ,本件補正発明では言語に依存せずに知識のデータベース等を構
築し,情報処理をするという目的を有していることは,一応理解することができる。しかし
ながら,上記記載からは,従来技術において,知識のデータベース等が言語に依存している
ことによって生じている技術的課題は明らかではない。本願明細書の【背景技術】(段落【0
002】ないし【段落0024】)の記載をみても,・・・知識に関するデータベースが言語
に依存していることでどのような課題が生じているかについては,「情報を知識として蓄積す
る方法や,知識として記録された情報をうまく使う方法が開発できていない。」(段落【00
05】)などの抽象的な記載があるにすぎず,・・・うまく使うとはどのような意味であるの
かについては明らかではない。
以上によれば,本件補正発明が前提としている課題は,言語に依存しないデータベース等
の構築であるが,その前提として挙げられた言語に依存したデータベース等に具体的にどの
ような課題があるのか,言語に依存しないデータベース等にどのような技術的意義があって,
従来技術と比較して,本件補正発明がどのような位置付けにあるのかについては,明らかと
はいえない。
イ 次に,本件補正発明の技術的手段の構成についてみると,・・・・本件補正発明は,・・・
その本質は,「物」に関するデータを「属性」を用いて言語以外のデータと言語に関するデー
タに分けて整理して関連づけるという概念の整理,データベース等の構造の定義にあると認
められる。また,本件補正発明は,これを実現するに当たって,コンピュータに読み取り可
能な記録媒体を用い(構成⒜),知識ベースがコンピュータによる論理演算の対象となる(構
成⒞)などの構成を有しているが,これらはいずれも一般的なコンピュータ又は記録媒体の
機能を利用するという内容に止まるものであって,具体的に構築されたデータベース等につ
いてどのような論理演算を行い,それがどのような機能を有するのかなどについては必ずし
も明らかではない。
ウ さらに,本件補正発明の上記構成から導かれる効果についてみると,本願明細書には,
「本願技術を用いることにより,物および物が持つ属性を,物や属性の意味を表わさない識
別子で表わし,保持できる。」(段落【0056】)との記載はあるが,これは本件補正発明の
構成自体を別の表現で表現したに等しいものであって,前記アのとおり,そのような形式で
データを保持する技術的な意義が明らかではなく,それによって,どのような効果が生じる
のかについて明らかになっているとはいえない。
エ 以上を総合して検討すれば,本件補正発明については,そもそも前提としている課題
の位置付けが必ずしも明らかではなく,技術的手段の構成としても,専ら概念の整理,デー
タベース等の構造の定義という抽象的な概念ないしそれに基づく人為的な取決めに止まるも
のであり,導かれる効果についてみても,自ら定義した構造でデータを保持するという本件
補正発明の技術的手段の構成以上の意味は示されていない。また,その構成のうち,コンピ
ュータ等を利用する部分についてみても,単に一般的なコンピュータ等の機能を利用すると
いう程度の内容に止まっている。
そうすると,本件補正発明の技術的意義としては,専ら概念の整理,データベース等の構
造の定義という抽象的な概念ないし人為的な取決めの域を出ないものであって,全体として
みて,「自然法則を利用した」技術的思想の創作に該当するとは認められない。

[コメント]
コンピュータシステム(CS)関連発明に発明の成立性は、審査基準の「第 VII 部」「第 1
章 コンピュータ・ソフトウエア関連発明」「2.2 「発明」であること」「2.2.1 基本的な考え
方」の記載「ソフトウェアとハードウェア資源とが協働した具体的手段によって,使用目的
に応じた情報の演算又は加工を実現することにより,使用目的に応じた特有の情報処理装置
(機械)又はその動作方法が構築されること」が支配的な判断基準(ここでは演算・動作構
築基準とよぶ)であると考える。
データ構造をクレームした場合には、データ構造自体でコンピュータが動作するものでは
ないので、上記演算・動作構築基準に合致せず、その結果、発明に該当しないと判断される
ことが多く、コンピュータの動作をクレームに規定するように求められるようである。
本判決では、「前提となる技術的課題、その課題を解決するための技術的手段の構成及びそ
の構成から導かれる効果等の技術的意義に照らし,全体として自然法則を利用した技術的思
想の創作に該当するか否かによって判断すべき」と示されている。データ構造の発明の成立
について、上記演算・動作構築基準だけが絶対的な判断基準ではないとして、発明が成立す
ると主張するための根拠として本判決を利用できるかもしれない。