審決取消請求事件 » 平成25年(行ケ)10199号「高分子化合物含有フォトレジスト組成物」事件

名称:「高分子化合物含有フォトレジスト組成物」事件
拒絶審決取消請求事件
知財高裁:平成25年(行ケ)10199号 判決日:平成26年2月25日
判決:請求棄却(審決維持)
条文:特許法29の2
キーワード:化学物質の開示の程度

[事案の概要]
本件は、発明の名称を「高分子化合物、該高分子化合物を含有する含有フォトレジスト組
成物、およびレジストパターン形成方法」とする特許出願に対してなされた、特許法29条
の2違反を理由とする拒絶審決の取消しを求める事案である。

[請求項1]
酸の作用によりアルカリ溶解性が変化し得る高分子化合物であって,少なくとも下記一般式
(2)
【化1】

(式中,R 1 はアダマンタン骨格を有する炭素数20以下の脂肪族環式基(但し,カルボニル
基を有する基を除く。)であり,nは0または1~5の整数を表し,R 2 は水素原子,又は炭
素数20以下の低級アルキル基を表す。)
で示される化合物から誘導される構成単位(a1)を含有することを特徴とする高分子化合物。

[主な争点]
先願発明の認定の誤り(取消事由)

[特許庁の判断(審決)]
審決は,先願明細書には,「式(B)で表される化合物」において,「R a 」が水素原子又は
メチル基であり,「R d 」がアダマンタン環(アダマンチル基)又はアダマンチルエチル基で
ある化合物が記載されているに等しい,と認定した。

そして,審決は,先願明細書には,式(B)で表される化合物が,フォトレジスト用の高
分子化合物の単量体として有用であり,式(B)で表される化合物から誘導される繰り返し
単位は高分子化合物において酸脱離性機能を有することが記載されている,と認定した。

さらに,審決は,先願明細書には,式(B)で表される化合物の合成・製造方法について
十分に具体的に記載されている,と判断した。

[裁判所の判断(本判決)]
裁判所は,次のように判示して,審決を維持した。

1.特許法29条の2第1項の当該特許出願の日前の他の特許出願に係る発明の意義
「特許出願に係る発明が特許法29条の2第1項により特許を受けることができないとさ
れるためには,同項の当該特許出願の日前の他の特許出願に係る発明は,完成した発明とし
て開示されていること,すなわち,当該発明に係る明細書において,当該発明が当業者が反
復実施して所定の効果を挙げる程度にまで具体的・客観的なものとして記載されていること
が必要である。

そして,いわゆる化学物質発明が上記の程度にまで具体的・客観的なものとして記載され
ているというためには,化学物質そのものが確認され,製造でき,有用性があることが明細
書に開示されていることが必要であり,化学物質の用途や分野によって,当業者がその製造
可能性や有用性が推認できる程度が異なるとしても,少なくとも当業者がその製造可能性及
び有用性を認識できる程度の開示が必要であることに変わりはないというべきである。」

2.「ここに,「式(1)で表される不飽和カルボン酸ヘミアセタールエステルの例」とは,
式(1)単量体①及び②を含む26の単量体を指すから,先願明細書の記載に接した当業者
としては,式(1)単量体①及び②に対応する式(B)で表される化合物として,先願単量
体①及び②があることを,容易に認識することができ,したがって,先願明細書には,先願
単量体①及び②が,化学物質名によって示されているに等しいということができる。

さらに,先願明細書には,式(B)で表される化合物に対応する繰り返し単位は,高分子
化合物において,酸脱離性機能や親水性機能を発揮すると記載されているから,先願単量体
①又は②から誘導され,酸脱離性機能を有する繰り返し単位を含有する高分子化合物につい
ても,化学物質名ないしは化学構造式により示されているに等しいということができる。」

「そして,式(B)で表される化合物に関し,…先願明細書中の式(1)で表される化合
物の重合についての記載や,実施例における重合方法についての記載を参照して,先願単量
体①又は②を重合することにより,酸脱離性機能を有する繰り返し単位を含有する高分子化
合物を製造することができるということができる。」

「さらに,先願明細書には,…先願単量体①及び②については,実施例の記載はないもの
の,その構造上,式(1)で表される化合物と相当程度類似しており,先願明細書にも,式
(1)においてR b 及びR c がいずれも水素原子である化合物,すなわち式(B)で表される
化合物が,「フォトレジスト用の高分子化合物の単量体として有用である。この化合物に対応
する繰り返し単位は,高分子化合物において,酸脱離性機能や親水性機能を発揮する。」と記
載されていることからすれば,先願単量体①及び②について,酸脱離性機能を発揮すること
によりフォトレジスト用高分子化合物の単量体として使用できることを認識することができ
る。」

3.「しかるに,原告が提出する,1-(アダマンタン-2-イルオキシ)エチル(メタ)ア
クリレートを用いて合成した高分子化合物において,上記単量体由来の繰り返し単位の4
0%近くが分解されてメタクリル酸から誘導される構成単位となってしまったとの実験結果
(甲17)については,先願単量体①及び②はもとより,式(1)単量体①及び②とも異な
る化合物の単量体を用いた上で,特定の条件を採用した場合の結果にすぎず,先願明細書に
おける実施例1及び2,並びにこれらの実施例で得られた高分子化合物についての評価試験
の正確な追試ではない。そして,ヘミアセタール構造の熱安定性が悪いことを当業者が予測
したとしても,重合時やベーク処理等の温度により,該構造が分解しフォトレジスト用高分
子化合物として使用できないと当業者が認識するほど,ヘミアセタール構造が熱安定性に乏
しいとの技術常識が存在するわけではないことからすれば,上記の実験結果から直ちに,先
願明細書の実施例において合成された高分子化合物の有用性が疑われるとはいえない。」

[コメント]
原告主張のように、ヘミアセタールの化学的不安定性は周知技術である。
また、用途の開示では「構造上…相当程度類似」として認識可能とする反面、当該用途に
実用困難の立証のための追試結果に対しては、より構造類似性が看取しうるのに「異なる化
合物」と否定しており、判断過程の整合性に疑念がもたれる。