審決取消請求事件 » 平成 25年(行ケ)第10191号 「重合被覆金属管」事件

名称 : 「重合被覆金属管」事件
無効審決取消請求事件
知的財産高等裁判所:平成 25 年(行ケ)第 10191 号 判決日:平成 26 年 4 月 16 日
判決:請求棄却(特許維持)
特許法29条1項3号、29条2項
キーワード:相違点の認定,阻害要因

[概要]
原告の主張が退けられ,無効不成立の審決が維持された事例。

[特許請求の範囲](下線は争点:筆者付記)
金属管の外周面に施された表面処理層及びプライマー層に対して密着力を有する押出成形
により設けられたポリアミド系樹脂,ポリプロピレン又はポリエチレンからなる第1層と,
前記第1層の外周面に押出成形により設けられた耐チッピング性を有するポリオレフィン系
樹脂又はポリアミド系樹脂からなる第2層,とを重合被覆してなる重合被覆金属管であって,
・前記第1層と第2層の間の剥離強度が75gf/cm以下であり,且つ,
・前記第2層のみが前記重合被覆金属管の前記第1層から剥離される,
ことを特徴とする重合被覆金属管

[争点箇所](下線は筆者付記)
1.審決が認定した相違点1
本件発明が金属管の外周面に施された表面処理層及びプライマー層を有するのに対し,引
用発明は一重巻ステンレス鋼管の外周面にプライマー層であるエポキシ樹脂系接着層及びフ
ッ素樹脂層を形成したものであり,表面処理層を有していない点。

2.原告の主張(一部のみを抜粋)
(1) 本件審決は,…引用発明のステンレス鋼により形成された「一重巻ステンレス鋼管」は,
本件発明の「金属管」に相当するとした上で,相違点1を認定した。しかし,本件発明は,
金属管の外側に形成されている重合被覆層の構成により「耐チッピング性や耐スプラッシュ
性を損なうことなく優れた耐食性を有し且つ容易に製造でき,更に剥離強度が弱いため剥取
り作業が簡単に行い得,端末加工部の耐食性の劣化がない」(…)ことを本質とするものであ
る。これに対し,引用発明の「一重巻ステンレス鋼管」の素材であるステンレス鋼は,防食
性素材であることは自明である。防食性の観点からみれば,引用発明の「一重巻ステンレス
鋼管」は,それ自身が防食性の高い材質の金属管(すなわちステンレス)を用いることによ
り,当業者が求める所要の防食性を有する金属管を得ているのに対し,本件発明は,それ自
身は錆びやすい金属管(すなわち普通の鋼管)にメッキなどの表面処理を施すことによって
所要の防食性を得ているのである。したがって,引用発明の「一重巻ステンレス鋼管」は,
本件発明の外周面に表面処理層が施された金属管に相当するものであり,本件審決の相違点
1の認定は,その前提において誤りである。

(2) 本件審決は,本件発明の「表面処理層」について,外周面にZn,Al等のめっき膜を
形成し,そのめっき膜の表面にクロム酸塩による化成処理であるクロメート処理を施して形
成したものであると定義した上で,引用発明におけるステンレス鋼の表面の緻密なクロム酸
化物は,本件発明の「表面処理層」に相当するものとはいえず,甲1には「表面処理層」に
ついて記載も示唆もないと判断した。しかし,本件発明の特許請求の範囲では,「表面処理層」
について何らの限定も加えられていない。…したがって,本件審決における「表面処理層」
の定義は,特許請求の範囲の記載や本件明細書の記載に根拠を有しないものであり,引用発
明におけるステンレス鋼の表面の緻密なクロム酸化物がかかる定義に当てはまらないからと
いって,本件発明の「表面処理層」に該当しないということにはならない。そして,引用発
明におけるステンレス鋼の表面の緻密なクロム酸化物は,表面に存在し,酸化の処理がなさ
れている層であり,本件明細書の発明の実施の形態において,「表面処理層」の例として記載
されているものと同様に耐食性を有するのである。したがって,引用発明におけるステンレ
ス鋼の表面の緻密なクロム酸化物は,本件発明にいう「表面処理層」に該当するものである。
(3) 本件出願当時,通常の鋼管は錆びやすく耐食性に欠けることや,耐食性のある鋼管には,
鋼管の外周面にZn,Al等のめっき膜を形成し,そのめっき膜の表面にクロム酸塩による
化成処理であるクロメート処理を施した鋼管やステンレス鋼管等があることは,良く知られ
ていた(…)。そして,ステンレス鋼管は,表面処理層を有する金属管に比較して,一般に耐
食性はより強いが,価格が高く,加工性が悪いという特徴を有しているから,当業者におい
ては,要求される耐食性,経済性,加工性に基づき金属管を選択していたものである。した
がって,甲1に接した当業者において,甲1に記載されたステンレス鋼管をそのまま使用す
るか,表面処理層を有する金属管に変更するかは,適宜選択すべき設計事項である。また,
ステンレス管は鋼管より高価な金属管であり,コストダウンが強く求められる自動車部品業
界にあっては,ステンレス鋼管に換えて,表面処理層を有する金属管を採用しようとする積
極的な動機付けすら認められるというべきである。

[裁判所の判断](筆者により適宜カッコ書きにて数字を振り,一部のみを抜粋した。)
(1) 本件発明と引用発明とは,本件発明が金属管の外周面に施された表面処理層及びプライ
マー層を有するのに対し,引用発明は一重巻ステンレス鋼管の外周面にプライマー層である
エポキシ樹脂系接着層及びフッ素樹脂層を形成してはいるものの,表面処理層を有していな
い点で相違することは明らかである。よって,本件審決の相違点1の認定に誤りはない。

(2) <原告の主張の上記 (1) に対して> 所要の防食性という同じ効果を奏するからといっ
て,当然にその手段,構成が同一であるということになるものではない。引用発明の「一重
巻ステンレス鋼管」と本件発明の外周面に表面処理層が施された金属管は,原告が主張する
ように,それぞれ防食性の機能を有しているとしても,引用発明の「一重巻ステンレス鋼管」
は,それ自身が防食性の高い材質の金属管であるのに対し,本件発明の金属管は,金属管の
表面にメッキなどの表面処理を施すことによって防食性を得るというものであって,引用発
明の「一重巻ステンレス鋼管」の構成と本件発明の外周面に表面処理層が施された金属管の
構成とが異なるものであることは明らかである。したがって,原告の上記主張は,採用する
ことができない。

(3) <原告の主張の上記 (2) に対して> 本件発明にいう「表面処理層」は,「金属管の外周
面に施された」ものであって,このような特許請求の範囲の記載からすると,「表面処理層」
には,何らかの人為的な形成工程が予定されているというべきである。また,本件明細書の
発明の詳細な説明の記載を参酌しても,本件明細書には「その外周面に電気または溶融めっ
き法などにより表面処理を施した金属管の該外周面に,2層の樹脂層を押出成形する」との
記載(【0007】)があるほか,実施例1ないし4でもいずれもめっき膜を形成し,その表
面にクロメート処理が施されることが記載されている(【0021】【0024】【0027】
【0030】)。そうすると,本件発明の「表面処理層」は,電気又は溶融めっき法などによ
る人為的な表面処理が施されたものというべきである。

これに対し,引用発明で用いられているステンレス鋼管は,鉄を主成分にクロムなどの特
定の元素を加えた鉄合金であるところ(乙1),ステンレス鋼管の表面に形成される緻密なク
ロム酸化物は,空気に触れることで鋼管表面に自生的に生じた酸化物であり,そこに傷が生
じても空気との接触により自己修復する鋼管自体の一部分であって,何らかの表面処理工程
を施されてできた層ではない(乙1,2)。そうすると,引用発明におけるステンレス鋼管の
表面の緻密なクロム酸化物は,本件発明の「表面処理層」には該当しないものというべきで
ある。したがって,原告の上記主張は,採用することができない。

(4) <原告の主張の上記 (3) に対して> 引用発明は,優れた耐食性及び耐飛石性という目的
を実現するためにステンレス鋼管という金属管上に直接樹脂層を形成して,金属管と樹脂層
との密着性を高めたというものである。このことは,甲1に記載された,ステンレス鋼管上
に直接樹脂層を形成した実施例1ないし7(甲1【0017】ないし【0023】)と,ステ
ンレス鋼管と樹脂層との間に表面処理層を設けた比較例(甲1【0024】)との対比(別表
参照)からも明らかである。そうすると,引用発明について,ステンレス鋼管と樹脂層の間
に本件発明にいう表面処理層のような他の層を形成し,ステンレス鋼管という金属管上に樹
脂層を直接形成する構成としないようにすると,樹脂層と金属管とは直接接しないことにな
り,引用発明の目的とする金属管と樹脂層との密着性を高めることを否定することになるか
ら,このような構成とすることには,阻害要因があるというべきである。

仮に,表面処理を施した金属管が,ステンレス鋼管と耐食性や耐飛石性において同等の機
能を有し,また,ステンレス鋼管よりも安価であるとしても,優れた耐食性及び耐飛石性と
いう目的を実現するためにステンレス鋼管という金属管上に直接樹脂層を形成して密着性を
高めたという引用発明において,ステンレス鋼管に代えて,表面処理により表面処理層が形
成された金属管を用いることの動機付けがあるとはいえず,甲1に記載されたステンレス鋼
管をそのまま使用するか,表面処理層を有する金属管に変更するかが,当業者において適宜
選択すべき設計事項であるということはできない。したがって,原告の上記主張は,採用す
ることができない。

[コメント]
本件発明において,「表面処理層」自体には発明の本質的な特徴はないと考えられる。他方,
引用発明は,密着性を高めるべく,表面処理層を介することなく樹脂層と金属管とを直接(
又はプライマー層を介して)接触させた点が特徴である。

想像の域を出ないが,本件明細書において「配管の材料としてステンレス鋼管を用いても
構わない」旨の記載をしていた場合,「ステンレス鋼管を使用するか,表面処理層を有する金
属管に変更するかは,適宜選択すべき設計事項である」との原告の主張は認められた可能性
もあったのではないかと思われる。

実務上,権利範囲を広げるべく明細書内に「…でも構わない」との記述を行うのが通例で
はあるが,出願前段階において,近い技術分野の案件をすでに出願していないか,公開され
ていないか,という点につき,その内容を含めて十分に確認した上で明細書を作成すること
の重要性を再認識させられた事例である。