審決取消請求事件 » 平成25年(行ケ)第10079号「窒化物半導体発光ダイオードの製造方法」事件

名称 : 「窒化物半導体発光ダイオードの製造方法」事件
無効審決取消請求事件
知的財産高等裁判所:平成 25 年(行ケ)第 10079 号 判決日:平成 26 年 3 月 26 日
判決:請求棄却(特許維持)
特許法29条2項
キーワード:動機付け,阻害要因

[概要]
原告の主張が退けられ,無効不成立の審決が維持された事例。
[特許請求の範囲](下線は争点:筆者付記)

【請求項1】
【A-1】C面を主面とするサファイア基板上に凸部を繰り返しパターンに形成する工程と,
【A-2】前記基板上に前記凸部の上面と前記凸部の形成されていない平坦面とからGaN
系半導体を成長させて前記凸部を埋める工程と,
【A-3】前記GaN系半導体上にオーミック電極を形成する工程と,を有し,
【A-4】上方の前記GaN系半導体又は下方の前記サファイア基板から光を取り出す窒化
物半導体ダイオードの製造方法であって,
【B】前記凸部が,基板上面から見て多角形又は角が丸みを帯びた多角形であり,かつ,前
記GaN系半導体層の積層方向に対して傾斜することで120°より大きく,140°以下
のテーパ角を持つ側面を有し,
【C】前記多角形が大略正三角形又は正六角形であり,
【D-1】前記GaN系半導体層のA軸を構成辺とする正六角形を想定したときに前記多角
形の構成辺が上記A軸を構成辺とする正六角形の中心と頂点を結ぶ線分に直交する形状であ
ることにより,
【D-2】前記凸部の上面と前記凸部の形成されていない平坦面とから成長したGaN系半
導体が前記凸部側面付近で出会い,前記凸部を平坦に埋める
【E】ことを特徴とする窒化物半導体ダイオードの製造方法。

[争点箇所]
(審決での判断) (筆者により適宜カッコ書きにて数字を振り,一部のみを抜粋した。)
(1) 上記B,Cに関連する甲1発明の「凹凸部」は, [1] 島状の点在型の凸部,ストライ
プ型の凸条からなる凸部,格子状の凸部,これらを形成する線が曲線である凸部など凹凸形
状であれば特に制限はなく各種の形状を採用することができるものであって, [2] 基板に凹凸
加工した凸部の立上り斜面と基板平面とが成す角度が60°以上である。

(2) 本件発明1の構成要件Bは,光の散乱又は回折による出力向上の観点から定められ
たものである。

一方,甲1発明における「凸部」は,基板に凹凸面を具備させることで結晶成長当初から
ファセット面が形成可能な素地面をあらかじめ提供し,この結果,基板からC軸方向に伸び
る転位線が,ファセット面で横方向に曲げられ上方に伝播しなくなることで,表面近傍に基
板からの転位の伝播がない低転位密度領域を形成することを目的とするものと認められる。
したがって,甲1発明の「凸部」が,光を散乱又は回折させるものであるとは想定し難い。

また,上記目的の下に設けられた甲1発明の「凸部」は,基板に凹凸加工した凸部11の
立上り斜面と基板平面が成す角度が60°以上(本件発明1の表現に即していえば120°
以下)とすることが好ましく,可及的に直角に近いことが特に望ましいとしたものと認めら
れ,かかる角度について,120°超140°以下とする理由は見当たらないし,かかる構
成とすることが,当業者にとって容易に想到し得ると認めるに足る根拠は見いだせない。

(原告の主張) (筆者により適宜カッコ書きにて数字を振り,一部のみを抜粋した。)
(1) 本件発明1の「凸部」が「GaN系半導体層で発生した光を散乱又は回折させる凸
部」であることは特許請求の範囲には記載がなく,「GaN系半導体層で発生した光を散乱又
は回折させる」かどうかは,本件発明1の容易想到性を判断するうえで全く関係がない。

(2) 審決は,甲1発明の凸部は,光を散乱又は回折させるものであるとは認められない,
と判断した。しかしながら,発光ダイオードの光は,半導体層(発光層)から全方位に向か
って放射されるため,光は基板の凹凸部にも到達する。そして,半導体層とサファイア基板
とでは屈折率が異なるから,サファイア基板の凹凸部に到達した光が散乱又は回折すること
は自明である。・・・したがって,甲1発明の凸部が,光を散乱又は回折させることは,甲1
公報に明示的には記載されていないとしても,甲1公報に記載されているに等しい事項であ
る。

(3) 甲1発明の凸部側面の立ち上がり角を「60°以上とすることが好ましく」と記載
されているにすぎず,60°未満(本件発明1の表現に即していえば,凹部側面のテーパ角
が120°超)とすることを禁止していないことは明らかである。このことは,甲1公報の
請求項7に係る発明が,「上記基板に凹凸加工した凸部の立上り斜面と基板平面とが成す角度
が60°以上であることを特徴とする請求項1記載の半導体基材。」とされ,その前提として,
甲1公報の請求項1に係るの発明には,凸部側面の立ち上がり角が60°未満のものを含ん
でいることからみても明らかである。

(4) 甲1公報の段落【0032】に記載されたのは,凸部11の立上がり斜面と基板平
面とがなす角度であり,これは,甲1公報の【図6】のとおり,垂直に近い(90°に近い)
角度とはなっているが,本件発明1の凸部側面のテーパ角に相応する凸部上面と凸部側面と
がなす角度は,甲1公報の【図6】に基づき測定すれば,おおむね130°である。

[裁判所の判断](筆者により適宜カッコ書きにて数字を振り,一部のみを抜粋した。)
(1) <原告の主張の(3)に対する判断>
本件明細書等の記載・・・によれば,本件発明1の凸部側面のテーパ角は,サファイア基
板上に形成したGaN系半導体発光ダイオードにおいて,半導体層の結晶性を維持しつつ光
の散乱又は回折による出力を向上させることを考慮して,120°超140°以下にしたも
のと理解される。

甲1公報の請求項1では,凸部の立ち上がり傾斜と基板平面とがなす角度について特定さ
れておらず,請求項7において,「・・・角度が60°以上であることを特徴とする請求項1
記載の半導体基材。」との記載があるから,請求項1に係る発明にはそのような限定がされて
いない態様のものを含むことになる。甲1公報には,凸部立ち上がり角が60°未満のもの
(本件明細書等の・・・凹部の底面と側面のなす角度が120°以上であるものに相応する。)
を,必ずしも形式的・論理的な文言上からは排除していないと解される。

しかしながら,甲1公報には「・・・また基板に凹凸加工した凸部11の立上り斜面と基
板平面が成す角度は,60°以上とすることが好ましく,可及的に直角に近いことが特に望
ましい。角度が60°よりも小さい場合,凸部斜面から成長が始まりファッセット成長進行
後の平坦化が良好に行えない問題が発生した。本発明者らの検討の結果,60°以上の角度
を形成する事で,とりわけ直角に近い立上り斜面にすると,ファセット形成及びその後の平
坦化が実質的に阻害されないことを見出した。なお可能であれば,90°を超える斜面角度
とするのも好ましい。」と記載されているから,当業者は,甲1発明の凸部側面の立ち上がり
角を60°未満とすると甲1発明の効果が阻害されると理解し,たとえ甲1公報の請求項1
の記載に接したとしても,凸部側面の立ち上がり角として60°未満のものも開示されてい
るとは考えない。

また,・・・甲1発明の凸部は,結晶成長当初からファセット面が形成可能な素地面をあら
かじめ提供し,基板からC軸方向に伸びる転位線が,ファセット面で横方向に曲げられ上方
に伝播しなくなることで,成長面の表面近傍に基板からの転位の伝播がない低転位密度領域
を形成するために設けたものであって(・・・),光を散乱又は回折させるために設けたもの
ではなく,また,甲1公報には,半導体層の結晶性を維持しつつ光の散乱又は回折による出
力を向上させることを考慮して凸部側面の立ち上がり角を決定することは,記載も示唆もさ
れていない。

そうであれば,甲1公報に,半導体層の結晶性を維持しつつ光の散乱又は回折による出力
を向上させることを考慮して,基板表面に形成した凸部側面のテーパ角を120°超14
0°以下とするという特定の構成は開示されていないというべきである。

(2) <原告の主張の(4)に対する判断>
原告は,甲1公報の【図6】(断面写真)によれば,甲1発明の凸部側面と凸部上面がなす
角度を図上で測定すれば,その角度は,本件発明1の測定方法に即して,おおむね130°
であるとも主張している。

本件発明1の凸部側面のテーパ角を凸部上面と側面とがなす角をいうものと解するとして
も,甲1公報には,凸部上面と凸部側面とがなす角度についての具体的な記載はなく,かつ,
凸部の立上り傾斜面と基板平面とがなす角度と同傾斜面と凸部上面とがなす角度を変えるこ
とについての記載もないのであるから,・・・上記 ( ア ) に摘示した段落【0032】の記載にし
か接していない当業者であれば,甲1公報の【図6】(断面写真)は,工業技術上の制約から
凸部の肩が丸くなっているにすぎないと理解するといえる。

そうすると,甲1公報において,甲1発明の凸部上面と側面とがなす角度が,本件発明1
の凸部側面のテーパ角として特定された範囲内にあることが開示されているとはいえない。

(3) <原告の主張の(1),(2)に対する判断>
相違点判断に際しては,構成の相違だけではなくその構成に至るまでの過程が容易である
か否かが問題となっているのであるから,明細書等の記載を踏まえて相違点に係る構成の技
術的意義を参酌することは当然のことであり,これが許されないとすべき理由はない。

審決の「甲1発明における『凸部』を,『GaN系半導体層で発生した光を散乱又は回折さ
せる凸部』とすることが,当業者にとって容易に想到できたとすることはできない。」(35
頁4~6行目)とした説示も,「GaN系半導体層で発生した光を散乱又は回折させる構成」
に至らないと説示したものではなく,甲1発明の凸部の構成を本件発明1の凸部の構成に変
える前提となる動機付けが欠けているとしたものと理解できないものではない。

確かに,光が達するところに凹凸があれば,それが光を散乱又は回折させ得ることは自然
原理上自明なことであるが,そうであるからといって,当業者が,光を散乱又は回折させる
ために基板に凹凸を設けようとすることは当然の試みとはいえないし,その凹凸として適切
な形状等を選択することは,上記原理を知っていても,なお一段の創意を要することといえ
る。・・・甲1発明の凸部は,・・・成長面の表面近傍に基板からの転位の伝播がない低転位
密度領域を形成するために設けたものであって・・・光を散乱又は回折させるために設けた
ものではないことは明らかである。また,本件発明1は,半導体層の結晶性を維持しつつ光
の散乱又は回折による出力を向上させることを考慮して凸部側面のテーパ角を120°超1
40°以下としたものであるが,このようなことが甲1公報に実質的に開示又は示唆されて
いるものとはいえない。