審決取消請求事件 » 平成25年(行ケ)10206号「回転角検出装置」事件

名称:「回転角検出装置」事件
審決取消請求事件
知的財産高等裁判所:平成 25 年(行ケ)10206 号 判決日:平成 26 年 2 月 26 日
判決:請求認容(審決取消)
特許法134条の2第9項、126条第5項
キーワード:新規事項の追加、新たな技術的事項の導入

[概要]
原告は、発明の名称を「回転角検出装置」とする被告の特許について無効審判を請求した
ところ、被告が特許請求の範囲を訂正し、特許庁が、訂正を認めた上で、原告主張の無効事
由には理由がないとして不成立審決をしたことから、その取消しを求めた。

[訂正前の請求項1(本件発明1)]
・・・前記本体ハウジングの開口部を覆う樹脂製のカバー側に固定された磁気検出素子と
を備え・・・

[訂正後の請求項1(訂正発明1)]
・・・前記本体ハウジングの開口部を覆い前記本体ハウジングとは熱膨張率が異なる樹脂
製で縦長形状のカバーと、
このカバー側に固定された磁気検出素子とを備え・・・

[審決の理由の要点]
本件訂正後の訂正明細書等の記載全体を総合して検討すると、熱膨張率に関して、カバー
の熱膨張率が、本体ハウジングの熱膨張率より大きい場合のみが記載されており、小さい場
合は記載されているとはいえないから、訂正後の「前記本体ハウジングとは熱膨張率が異な
る樹脂製のカバー」との事項は、実質的には、「前記本体ハウジングより熱膨張率が大きい樹
脂製のカバー」との事項にほかならない。

そして、本件訂正前の本件明細書等には、カバーの熱膨張率が本体ハウジングの熱膨張率
より大きい場合が記載されていたのであるから、本件訂正により、「熱膨張率」に関して、請
求項1に実質的に追加されることになる上記「前記本体ハウジングより熱膨張率が大きい樹
脂製のカバー」との事項は、本件訂正前の本件明細書等に記載されていたものである。
したがって、本件訂正は、「熱膨張率」に関し、本件訂正前の本件明細書等のすべての記載
を総合することにより導かれる技術的事項との関係において、新たな技術的事項を導入しな
いものである。

[原告主張の審決取消事由]
「熱膨張率が異なる」の記載からは、「カバーの熱膨張率が本体ハウジングの熱膨張率と同
じではなく、大きい場合と小さい場合の両方が含まれる」という技術的意義を一義的に明確
に理解できるものであり、他の解釈を差し挟む余地はないにもかかわらず、このような認定
をすることは、最高裁昭和62年(行ツ)第3号平成3年3月8日第2小法廷判決・民集4
5巻3号123頁(リパーゼ事件最高裁判決)にも反するものであって、誤りである。そし
て、審決も認めているとおり、本件明細書等の発明の詳細な説明には、カバーの熱膨張率が
本体ハウジングの熱膨張率よりも大きい場合のみが記載されており、小さい場合は記載され
ておらず、さらに、カバーの熱膨張率が本体ハウジングの熱膨張率よりも小さい場合を示唆
する記載もない。

本件訂正により、本件明細書等の記載になかった、「カバーの熱膨張率が本体ハウジングの
熱膨張率よりも小さい場合」という技術的事項を含むことになり、これは新規事項の追加に
当たる。

[被告の反論]
訂正前の特許請求の範囲には、「熱膨張率」の限定がなかったのであるから、「カバーの熱
膨張率が本体ハウジングの熱膨張率よりも小さい」が含まれるとすれば、それは訂正によっ
て新たに含まれることになったのではなく、訂正前から含まれていた事項であるといえる。
また、審決は、「『前記本体ハウジングとは熱膨張率が異なる樹脂製のカバー』との記載は、
熱膨張率に関して『本体ハウジングより熱膨張率が大きい樹脂製のカバー』ということを意
味する記載であるといえる。」と判断しているが、樹脂製カバーの熱膨張率が本体ハウジング
の熱膨張率より大きい例は、熱変形が生じる典型的な事例であって、本件の実施例もこの典
型的な事例を記載しているにすぎない。熱変形に伴う不具合を抑えるという訂正発明の課題
に鑑みれば、訂正発明の技術思想は、必ずしもこの一実施例に限定されなければならないも
のではなく、熱変形による位置ずれの抑制に関しては、樹脂製カバーの熱膨張率が本体ハウ
ジングの熱膨張率より小さい例も、殊更に除外すべき技術的必然性はない。

したがって、訂正前の特許請求の範囲に「カバーの熱膨張率が本体ハウジングの熱膨張率
より小さい」場合を内在していたといえるから、カバーの熱膨張率が本体ハウジングの熱膨
張率より小さい場合、大きい場合のいずれも本件明細書等に含まれていたといえ、本件訂正
は、新規事項の追加に当たるものではない。

[裁判所の判断]
本件明細書等には・・・(中略)・・・との記載があり、樹脂製のカバーが金属製のスロットル
ボディーに比べて「熱膨張率が大きい」ことは明確に記載されていると認められる。一方、
樹脂製のカバーが(金属製の)スロットルボディーに比べて「熱膨張率が小さい」ことは明
示的に記載されておらず、これを示唆する記載もない。

また、本件発明は、従来の回転角検出装置においては、ホールICを固定するステータコ
アをモールド成形した樹脂製のカバーは、これを取り付ける金属製のスロットルボディーに
比べて熱膨張率が大きく・・・(中略)・・・という欠点があったことから、カバーの熱変形によ
る磁気検出素子の出力変動を小さく抑えて、回転角の検出精度を向上することを目的として
いる。すなわち、本件発明は、樹脂製のカバーが金属製のスロットルボディー(本体ハウジ
ング)に比べて熱膨張率が大きいことを前提とする課題を解決しようとするものであって、
樹脂製のカバーがスロットルボディー(本体ハウジング)に比べて熱膨張率が小さいことは
想定していない。

そうすると、樹脂製のカバーの熱膨張率が本体ハウジングの熱膨張率よりも小さいことは、
出願の当初から想定されていたものということはできず、本件訂正により導かれる技術的事
項が本件明細書等の記載を総合することにより導かれる技術的事項であると認めることはで
きない。

本件訂正によって、訂正発明1の「前記本体ハウジングとは熱膨張率が異なる樹脂製のカ
バー」とすることは、新たな技術的事項を導入するものであり、本件明細書等に記載された
技術範囲を逸脱するものである。

[コメント]
特許請求の範囲を減縮する訂正であっても、その訂正により導かれる技術的事項が、明細
書等のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において、新たな技
術的事項を導入するものといえる場合には、新規事項の追加に該当し、特許法126条第5
項に規定する要件を満たさない。本事例では、本件明細書等における明示的な記載や示唆の
有無、発明が前提とする解決課題などに照らして、本件訂正が新たな技術的事項の導入する
ものと判断されており、参考になる。