審決取消請求事件 » 平成24年(行ケ)第10233号「抗菌性ガラス」事件

名称:「抗菌性ガラス」事件
知的財産高等裁判所第1部:平成24年(行ケ)第10233号
判決日:平成25年1月30日
判決:請求認容
特許法第29条2項
キーワード:引用発明の認定の誤り、一致点の認定の誤り

[概要]
引例明細書の一般的記載では択一的に記載されている場合であっても、請求項1および実施例
では一方の技術に限定している以上、他方の技術に関する発明が示されていると認定することは
できないとして、進歩性が認められた事例。

[特許請求の範囲](本願補正発明)
直接的に水と接触して、銀イオンを放出し、抗菌効果を発揮するための平板状または粒状の抗
菌性ガラスであって、
平板状の抗菌性ガラスの場合、その厚さを0.1~10mmの範囲内の値とするとともに、そ
の最大径(t1)を8~30mmの範囲内の値とし、
粒状の抗菌性ガラスの場合、その最大径(t1)を3~25mmの範囲内の値とし、
それぞれ銀イオンの溶出量を0.5~100mg/(g・24Hrs)の範囲内の値とし、
かつ、原材料として、B 2 O 3 と、SiO 2 と、Ag 2 Oと、アルカリ金属酸化物と、を含むとと
もに、全体量に対して、B 2 O 3 の添加量を30~60重量%、SiO 2 の添加量を30~60重
量%、Ag 2 Oの添加量を2~5重量%、およびアルカリ金属酸化物の添加量を5~10重量%の
範囲内の値とすることを特徴とする抗菌性ガラス。

[争点]
引用例1発明の認定の誤り(取消事由2)
[審決が認定した引用例1発明の内容](筆者にて下線)
20mm×20mm×5mmの硝子平板であって、水中で抗菌成分である金属イオンAg + を溶
出して水を抗菌性とする硼珪酸塩系の溶解性硝子からなる硝子水処理材。

[裁判所の判断](筆者にて適宜要約、適宜下線)
引用例1には、溶解性ガラスが全て溶けるまで、水処理材としての効果を大幅に変化させずに
持続させることを解決課題とした、Ag + を溶出する溶解性ガラスからなる硝子水処理材を提供す
る技術が開示されており、特許請求の範囲の請求項1及び実施例の記載によれば、溶解性ガラス
として「P 2 O 5 を含む燐酸塩系ガラス」のみが記載され、他の溶解性ガラスの記載はない。請求
項1には、溶解性ガラスは、形状、最長径、金属イオンの含有量などと共に、P 2 O 5 の含有量が
特定されており、発明の詳細な説明には、溶解性ガラスの形状及び組成を厳選した旨の記載があ
る(段落【0012】)。

以上によると、引用例1の請求項1及び実施例1において、溶解性ガラスとして硼珪酸塩系ガ
ラスを含んだ技術に関する開示はない。したがって、請求項1及び実施例1に基づいて、引用例
1発明について「硼珪酸塩系の溶解性硝子からなる硝子水処理材」であるとした審決の認定には
誤りがある。

被告は、引用例1の発明の詳細な説明中に「本発明で使用する溶解性ガラスは、硼珪酸塩系及
び燐酸塩系の内、少なくとも1種類である」(段落【0006】)との記載があることを根拠とし
て、引用例1に硼珪酸塩系ガラスが開示されていると主張する。

しかし、被告の上記主張は、以下のとおり、採用できない。
前記のとおり、引用例1の請求項1では、溶解性ガラスを燐酸塩系ガラスに限定している以上、
上記記載から、硼珪酸塩系ガラスが示されていると認定することはできない(請求項2では「硝
子物」の組成は限定されておらず、上記記載は、請求項2における「硝子物」に関する記載であ
ると解することができる。)。

次に、被告は、引用例1の発明の詳細な説明によると、引用例1発明の溶解性ガラスは、従来
技術である乙1文献に記載された溶解性ガラスを前提とする発明であり、乙1文献には、実施例
として、硼珪酸塩系ガラスと燐酸塩系ガラスが記載されているのであって、引用例1の実施例1
の結果を踏まえれば、乙1文献に記載されている硼珪酸塩系ガラスにおいても、最大径を10m
m以上とすることにより、銀イオンの溶出量を維持する効果が得られると理解することができる
と主張する。

しかし、以下のとおり、被告の上記主張も失当である。
引用例1には、引用例1に先立つ従来技術として、乙1文献が挙げられており(段落【000
3】)、同文献には、水溶性ガラスとして、硼珪酸塩系ガラスと燐酸塩系ガラスの両者が記載され
ているが、そのような文脈を根拠として、溶解性ガラスを燐酸塩系ガラスに限定した引用例1発
明の「溶解性ガラス」について、硼珪酸塩系ガラスと燐酸塩系ガラスの両者を共に含むと理解す
ることは無理があり、採用できない。

[コメント]
実務上拒絶理由において、引例の実施例に詳細な記載がなくとも、引例明細書の一般的記載を
根拠に、引用発明が認定されることがある。
一般に、物の発明について引用発明を認定する場合、当業者がその物を実施できる程度に引例
に記載されていることを要する。

結晶性アジスロマイシン2水和物事件(平成19年(行ケ)10378号)においては、引用
発明の認定に関し、『上記「刊行物」に「物の発明」が記載されているというためには、・・・当
該物の発明の構成が開示されていることに止まらず、当該「刊行物」に接した当業者が、特別の
思考を経ることなく、容易にその技術的思想を実施し得る程度に、当該発明の技術的思想が開示
されていることを要するものというべきである』と判示している。

今回取り上げた事例について、本判例研究会では、硼酸塩系の記載が引用例1の実施例になく
とも、引用例1に記載の発明が組成物に関するものであるため、燐酸塩系を硼酸塩系に置き換え
て実施することは比較的容易に行うことができるのではないか、との意見があった。
また、判例研究会では、引用例1の請求項2においては、硼酸塩系を用いることが許容されて
おり、請求項1および実施例の記載から硼酸塩系を完全に除外する引用例ではないのではないか、
との意見もあった。

今回取り上げた事例では、引用例1において、燐酸塩系に代えて硼酸塩系を用いたとしても、
一致点における平板上の抗菌性ガラスの厚さや最大径の数値範囲を満たすことができるかどうか、
というところまで掘り下げて議論はされていない。この点を特許庁が立証できていた場合は、一
致点の認定に誤りはなく、結論が変わっていた可能性がある。

拒絶対応の実務においては、一致点の認定に誤りがあることを主張立証できれば、新規性・進
歩性の論理を元から覆すことができるため、このような視点からも引用例に記載の発明を正確に
捉えることが肝要である。