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平成24年(行ケ)第10265号「半導体装置」事件

名称:「半導体装置」事件
審決取消請求事件
知的財産高等裁判所:平成24年(行ケ)第10265号
判決日:平成25年3月5日
判決:請求棄却
特許法29条2項,159条1項,53条1項
キーワード:動機付け,作用効果
全文:http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20130327094719.pdf
[概要]
原告は,発明の名称を「半導体装置」とする特許出願(特願2010-126112号)
の拒絶査定に対し,拒絶査定不服審判(不服2011-15413号)を請求したが,拒絶
審決を受けたため,この審決の取消しを求めた事案である。
[争点]
1.取消事由1(一致点及び相違点認定の誤り,相違点に係る構成の容易想到性判断の誤り)
2.取消事由2(手続違背)
[原告の主張]
1.取消事由1について
(1) 引用発明の半導体発光素子では,活性層7とp型電子ブロック層11との間に,①p
側光導波層としてのアンドープInGaN光導波層8,②p側クラッド層としてのアンド
ープAlGaNクラッド層9,③アンドープInGaN層10…の3層から成るアンドー
プ層を設け(る)。かかる構造のアンドープ層を設けた目的にかんがみれば,引用発明のア
ンドープ層は3層で一体を成すものとして取り扱わなければならない。しかるに,審決は,
引用発明の3層構造のアンドープ層からことさらにアンドープInGaN層10のみを抜
き出して,補正発明との一致点,相違点を認定しておりかかる認定には誤りがある。
(2) 補正発明の不純物拡散防止層8は,不純物拡散防止効果からしても,同層と活性層5
との間に他の層を設けることを必須としていない。
(3) 引用発明の半導体発光素子において異なる組成を有する3層構造のアンドープ層を厚
く積層しているのは,活性層7とp型電子ブロック層11の間の距離(間隔)を大きく離
すとともに,バンドギャップないし格子定数が相異なる層を組み合わせるか,原子組成比
が異なる超格子構造を生じさせることによって,Mg拡散抑制効果を奏しようとするもの
であるが,補正発明の半導体装置のIn y2 Ga 1-y2 N層ではかかるメカニズムでMg拡散
抑制効果を奏することが予定されておらず,両発明は技術的思想が異なる。補正発明は,
In y2 Ga 1-y2 N層のMg取込み,蓄積機能によって,活性層へのMg拡散の防止効果を
奏するとともに,Mgを含有しながら膜厚を小さくする(薄膜化)ことによって,キャリ
ア密度を高く,素子の動作電圧を小さくする作用効果を奏する。
補正発明と引用発明とではMg拡散抑制作用のメカニズムが異なり,当業者において引
用発明とメカニズムも作用効果も異なる補正発明の構成に想到することは容易でない。
(4) 引用発明のアンドープInGaN層10は,そもそも不純物がドーピングされていな
いものであるが(アンドープ),p型電子ブロック層11からMgが拡散してくるために,
層内のMgの存在を推測できるだけであり,引用刊行物では,補正発明のアンドープIn

2 Ga 1-y2 N層のように,もともとMgをドープした層がMgの拡散を抑制する作用を
奏することは開示されていない。このとおり,引用発明では,アンドープInGaN層1
0にMgを積極的に導入することは予定されておらず,技術的思想の方向性が反対である。
(5) 補正発明は,InGaNがGaNやGaAlNよりもMgの取込み・蓄積の程度が非
常に高いことに着目してされたもので…,Mgを1×10 17 cm -3 ないし1×10 19 cm -3
含んでいてもかかる作用を奏するから…,補正発明のIn y2 Ga 1-y2 N層のMg含有濃度
の数値範囲は格別なものである。
2.取消事由2について
引用発明のアンドープInGaN層10が1×10 17 cm -3 ないし1×10 19 cm -3 のM
gを含有するとして差し支えない旨の審決の認定は,補正発明の進歩性を判断するに当たり
重要な事実に係るものである…。そうすると,特許法159条2項にいう拒絶「査定の理由
と異なる拒絶の理由を発見した場合」に当たるものであって,特許法が要請する手続保障の
見地からも,審判長は上記重要事実に関して拒絶理由通知を行い,出願人たる原告に意見を
述べる機会を付与しなければならない。
[裁判所の判断]
1.取消事由1について
(1) 審決は,In含有p型AlGaN電子ブロック層11等のp型層と活性層との間に配
置され,上記①ないし③の3層構造を成す部分のうち,最もp型層寄りに位置するアンド
ープInGaN層10に着目して,補正発明との対比を行ったものであるが,補正発明の
特許請求の範囲では,In y2 Ga 1-y2 N層につき,バンドギャップ,格子定数やIn(イ
ンジウム)の組成比の大小関係,y2の数値範囲が特定されているほか,「前記第1半導体
層と前記活性層との間に配置され,」との特定がされているにすぎず,このほかに上記In
y2 Ga 1-y2 N層の構造を特定する記載は存しない。そうすると,補正発明においては,活
性層と上記In y2 Ga 1-y2 N層との間に他の層が介在する構成が排除されていないとい
うべきであ(る)。
原告は,引用発明のアンドープ層は3層で一体のものとして取り扱わなければならない
と主張するが,上記のとおりの補正発明の特許請求の範囲の記載に照らせば,かかる原告
の主張は採用できない。
(2) 審決が説示するとおり,引用発明のアンドープInGaN層10は,アンドープIn
GaN光導波層8,アンドープAlGaNクラッド層9と同様に,p型層にドーピングさ
れたp型不純物であるMg(マグネシウム)が同層から活性層7に向かって拡散するのを,
当該アンドープ層中に押しとどめて活性層7に拡散しないようにする機能(効果)を有す
るものである。他方,補正発明のIn y2 Ga 1-y2 N層も,Mgがp型層から活性層に向か
って拡散するのを抑制する機能を有し,果たすべき機能が共通する。
(3) …p型層にドーピングされたMgはp型層から活性層に向かって拡散するから,p型
層,アンドープ層,活性層の順にMgの含有濃度が小さくなっていくこと…が明らかであ
(り)…,引用発明の半導体発光素子においても,アンドープInGaN層10のMg含
有濃度が,…例えば1×10 17 cm -3 ないし1×10 19 cm -3 となることがあるとしても差
し支えな…い。
補正発明のIn y2 Ga 1-y2 N層のMg含有濃度を1×10 17 cm -3 ないし1×10 19
cm -3 特定することについては,本願明細書(甲2)の発明の詳細な説明に「不純物拡散
防止層は,Mgが1×10 17 cm -3 度以上1×10 19 cm -3 程度以下ドープされていても
良い。」…との記載があるのみで,本願明細書中の他の部分には上記特定事項に係る作用効
果に関する記載はない。上記段落の記載の体裁に照らせば,…Mg含有濃度の数値範囲は,
原告が適宜選択したものにすぎず,臨界的意義を有しないものと認定できる…。
(4) 原告は,引用発明の3層構造のアンドープ層の構成から補正発明のIn y2 Ga 1-y2 N
層の構成に改める動機付けがないとか,アンドープ層の厚さが異なるなどと主張する。し
かしながら,…補正発明の半導体発光素子は,アンドープ層が1層のみの構成に限定され
るものではなく,複数の層から成るアンドープ層の構成が包含され得る。また,引用発明
の半導体発光素子のアンドープGaN層10の厚さが補正発明の数値範囲に含まれ…る。
そうすると,原告の上記主張は前提を欠き,理由がないし,引用発明のアンドープInG
aN層10の構成を補正発明のIn y2 Ga 1-y2 N層の構成に改める動機付けに欠けるも
のではない。
(5) 原告は,補正発明のIn y2 Ga 1-y2 N層と引用発明のアンドープInGaN層10と
ではMg拡散抑制作用のメカニズムが異なるとか,引用発明ではMgを積極的に導入する
ことは予定されていないなどと主張する。しかしながら,本願明細書には,不純物拡散防
止層のInGaNの格子定数(正確にはc軸方向の格子定数)がGaNやGaAlNの格
子定数よりも大きく,MgがInGaN膜中に取り込まれやすい旨の記載があるほか…,
In…の組成比やMgの濃度とバンドギャップ…の大小,不純物拡散防止効果の関係等に
ついて言及されているにとどまり…,意図的ないし予めMgをドーピングしたIn y2 Ga
1-y2 N層(不純物拡散防止層)がさらにMgを取り込み,層内に蓄積して,活性層へMg
が拡散しないようにする機能(作用)のメカニズムが記載されているわけではない…。
前記のとおり,本願明細書…には,1×10 17 cm -3 程度以上1×10 19 cm -3 程度以下
のMgの含有を許容し得る旨が記載されているのみで,本願明細書には,上記含有濃度の
Mgを意図的ないし予め含有(あるいはドーピング)させると,従前の不純物拡散防止層
に比して活性層へのMg拡散抑制効果(機能)がより大きくなる旨の記載は存しない。
…In y2 Ga 1-y2 N層のMg取込み,蓄積機能によって,活性層へのMg拡散の防止効
果を奏するとともに,Mgを含有しながら膜厚を小さくする(薄膜化)ことによって,キ
ャリア密度を高く,素子の動作電圧を小さくするという,原告主張に係る補正発明の作用
効果は,本願明細書に記載がない。
2.取消事由2について
引用発明のアンドープInGaN層10が1×10 17 cm -3 ないし1×10 19 cm -3 のM
gを含有するとして差し支えない旨の審決の認定は,その構成が補正事項に係るものであっ
ても,引用発明に基づく補正発明の進歩性の有無の判断の前提となる一事実にすぎず,その
一事実のみを新たに拒絶理由として通知することを要するものではない。
本件補正の却下に際し,新たな拒絶理由通知は法律上必要とされていないところ,In y
2 Ga 1-y2 N層のMgの含有濃度を本件補正によって発明特定事項の一つとする以上,原告
において,必要に応じ,補正発明の進歩性ないし新規性を有するに至ったことを意見書にお
いて明らかにするために,引用発明のアンドープInGaN層10のMgの含有濃度との関
係を,出願人の立場で自ら主張することの必要性を見極めなければならないものである。
[コメント]
明細書に記載のない効果を主張することで,引用文献との差異を主張しているが,受け入
れられなかった事案である。
また,原告は,不服審判請求時の補正でIn y2 Ga 1-y2 N層のMgドープ量に関する数値
限定を行う補正のみを行なっているが,訴訟において,例えば引用発明と補正発明のInG
aN不純物拡散防止層の膜厚の相違について主張している。しかし,判決では,活性層と不
純物拡散防止層の間に他の層が介在することが排除されていないとして,この膜厚に関する
主張が受け入れられていない。本件構成によって,引用発明よりも薄膜で同等の効果が実現
できるという主張をするのであれば,例えば,「A層とB層の間に,X1nm~X2nmの膜
厚のC層を有する」という請求項ではなく,「A層の直上層に形成されたX1nm~X2nm
の膜厚のC層と,C層の直上層に形成されたB層を有する」等の表現で補正しておけば,権
利範囲の広狭は別として,少なくとも薄膜化ができていることでの引用発明との差別化が図
れた可能性がある。
出願時においてはどのような引用文献が挙げられるかが分からないので,あらゆる可能性
を考慮して,あらゆる角度から発明の効果の主張ができるように,出願段階で明細書に多様
な実施形態と多面的に効果の記載をしておくことが肝要であると考える。

平成24年(行ケ)第10265号「半導体装置」事件

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