審決取消請求事件 » 平成24年(行ケ)10126号「エンジン用潤滑システム審決取消請求」事件

名称:「エンジン用潤滑システム審決取消請求」事件
審決取消請求事件
知的財産高等裁判所 平成24年(行ケ)10126号
判決日:平成25年1月31日
判決:請求認容(拒絶不服請求棄却審決取消)
特許法29条2項
キーワード:想到容易性,周知技術の認定,阻害要因
全文:http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20130204155442.pdf

[概要]
補正後の「シリンダ潤滑システムを備えるディーゼルエンジン」に係る本件発明について、
『引用例に記載された発明並びに周知例1ないし7に記載された周知技術に基づいて,当業
者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条2項の規定により,特許
を受けることができない』とした本件審決の判断が否認され、当該判断の誤りを主張した審
決取消の請求が認容された事例。

[特許請求の範囲](補正後:下線部)
〔請求項1〕
シリンダ潤滑システムを備えるディーゼルエンジンであって,
シリンダの上端部から間隔を空けて位置するシリンダ壁(5)のリング領域に配置された多
数のオイル噴射ノズル(3,4)に対し,加圧された潤滑オイルを供給する手段(1)と,
前記シリンダのピストンが上方向に移動する行程時に,前記ノズルを通してオイルを噴射す
る制御手段とを備え,
前記噴射ノズル(3,4)は,霧化ノズルとして構成され,前記オイル供給手段(1)は,
50-100バールの高い圧力で潤滑オイルを供給し,噴射オイルをオイルミスト(3)と
して調整するようにし,且つ前記制御手段(1)は,ピストンリング手段が前記シリンダの
前記リング領域を通過する直前の段階で,オイルミスト噴射を起動させるように作動可能で
あり,前記霧化ノズルは,前記ノズルが取付けられるリング領域において,近接して位置す
るシリンダ壁領域のノズルよりも高い位置に衝突するようにオイルミストを各ノズルが噴射
するように構成され取付けられており,さらに,前記霧化ノズルは,圧力制御弁を備え,前
記圧力制御弁の開弁は,前記ノズルがオイルの供給と同時に霧化するに十分なレベルまで高
められたオイル供給管内の圧力に依存することを特徴とするディーゼルエンジン

[取消事由]
本件補正を却下した判断の誤り
(取消事由1)相違点1(ノズル,圧力制御弁,ポンプ等の構成・機能)に係る判断の誤り
(取消事由2)相違点2(オイルミストの噴射時期)に係る判断の誤り
(取消事由3)相違点3(小形ノズルの構成・取付け位置)に係る判断の誤り
(取消事由4)作用効果に係る判断の誤り

[裁判所の判断]
特許庁が不服2010-25042号事件について平成23年11月14日にした審決を
取り消す。本件補正発明は,本件審決が引用した引用例及び周知例に基づいてこれを容易に
想到することができたということはできない。本件補正を却下した本件審決は取り消される
べきものである。その理由は,以下のとおりである。

(a)取消事由2(相違点2に係る判断の誤り)について
相違点2に係る周知技術2として認定された周知例3,4に対して

(a-1)周知例3について
シリンダ油を噴射する時期については,ピストンリング手段がシリンダの噴射ノズルが取り
付けられるリング領域を通過する直前の段階で潤滑油を噴射する構成が含まれているものの,
その構成のみが独立して周知例3記載の技術の持つ課題を解決するものではないから,上記
構成をまとまりのある1個の技術として周知であると認定することはできない。したがって,
周知例3によって,周知技術2を認定することはできない。

(a-2)周知例4について
潤滑を効果的に行うため,通過し終わるまでの間にタイミングをも合わせて注油を行うこと
が記載されているが,これは周知技術2の一部をなすにすぎず,その構成のみが独立して当
該技術の持つ課題を解決するものではないから,上記構成をまとまりのある1個の技術とし
て周知であると認定することはできない。したがって,周知例4によって,周知技術2を認
定することはできない。

(a-3)相違点2の容易想到性
周知例3及び4によって周知技術2を認定することはできないから,引用発明に周知技術2
を適用することにより,相違点2に係る本件補正発明を想到することが容易であるとした本
件審決の判断は,誤りである。

(b)取消事由3(相違点3に係る判断の誤り)について
相違点3に係る周知技術3として認定された周知例5~7に対して

(b-1)周知例5について
周知例5は,本件審決がいうような近接して位置するノズルよりも高い位置にシリンダ油を
噴射することまでをも意図したものではないから,周知例5によって,周知技術3を認定す
ることはできない。

(b-2)周知例6について
周知例6には,近接して位置するノズルよりも高い位置にシリンダ油を噴射することまでは
記載されていない。そして,周知例6における注油装置は,前記周知例5に記載された注油
装置と同じであり,注油孔の構成も,周知例5記載の技術における注油孔と同様のものと認
められるので,その注油孔の作用も,周知例5と同様のものであると解される。そうすると,
周知例6は,周知例5と同様に,これにより周知技術3を認定することはできない。

(b-3)周知例7について
周知例7は,注油噴霧を行うことも,スワールによるシリンダ油の運搬が行えるように燃焼
室にシリンダ油を供給することを意図したものでもない。周知例7により周知技術3の存在
が認められたとしても,相違点3に係る構成を示唆するものではないから,これを引用発明
に適用する動機付けがない。しかも,引用発明において,注油噴霧をスワールにのって円周
方向に移動するために,ピストンリング上ではなく,シリンダ内のスワール中に噴霧するこ
とは,引用発明が本来意図している直接潤滑を困難ならしめ,解決しようとする課題の解決
をも期することができなくなるものであって,引用発明において近接して位置するノズルよ
りも高い位置に潤滑油を噴射することには,阻害要因がある。

(b-4)小括
引用発明に周知技術3を適用して相違点3に係る本件補正発明の構成を想到することが容易
であるとした本件審決の判断は,誤りである。

[コメント]
審査(審判)において、先行技術との相違点について周知技術として認定された発明(周
知例)を基に、容易想到であるとして進歩性なしと判断される場合は多い。本判決では、こ
うした周知例が当該周知技術の一部を構成しても、その構成のみでは解決課題手段とならな
い場合には、周知技術であると認定することができないことが判示された。実務的に、拒絶
理由に対する反論・反証において、有利な判断を得るために参考となる事案である。