審決取消請求事件 » 平成24年(行ケ)10020号「発光装置」事件

名称:「発光装置」事件
無効審決取消請求事件
知的財産高等裁判所:平成 24 年(行ケ)10020 号 判決日:平成 25 年 1 月 31 日
判決 : 請求認容
特許法36条4項第1号
キーワード:実施可能要件

[概要]
実施可能要件を満たしていないとの審決に対して、取消しを求めた事案である。

[争点]
実施可能要件に係る判断の誤り

[特許請求の範囲]
(括弧内は筆者が付記、また、下線も筆者が付記したものであり、争点となった箇所を示す)
【請求項1】
蛍光体を含む蛍光体層と発光素子とを備え,前記発光素子は,360nm以上500nm
未満の波長領域に発光ピークを有し,前記蛍光体は,前記発光素子が放つ光によって励起さ
れて発光し,前記蛍光体が放つ発光成分を出力光として少なくとも含む発光装置であって,
前記蛍光体は,
Eu2+で付活され,かつ,600nm以上660nm未満の波長領域に発光ピークを有
する窒化物蛍光体又は酸窒化物蛍光体(以下、「赤色蛍光体」ともいう)と,
Eu2+で付活され,かつ,500nm以上600nm未満の波長領域に発光ピークを有
するアルカリ土類金属オルト珪酸塩蛍光体と(以下、(緑蛍光体」ともいう)を含み,
前記発光素子が放つ光励起下において,前記蛍光体の内部量子効率が80%以上であるこ
とを特徴とする発光装置。

[審決の概要]
特許法第36条第4項第1号に規定する要件について
本件発明の要件「前記発光素子が放つ光励起下において、前記蛍光体の内部量子効率が8
0%以上である」における「前記蛍光体の内部量子効率」は、赤色蛍光体及び緑蛍光体の蛍
光体のそれぞれの内部量子効率が80%以上であると解するのが相当である。しかるに、本
件特許明細書及び図面に記載の赤色蛍光体は、いずれも内部量子効率が80%未満のもので
あって(【0013】ないし【0015】及び図12ないし図14参照。)、その内部量子効率
が80%以上のものは示されてはいない。
また、本件特許明細書全体を通じてみても、赤色蛍光体及び緑蛍光体の蛍光体のそれぞれ
の内部量子効率が80%以上である,と異なる意味に解すべき根拠となる記載は見当たらな
い。
したがって、本件特許明細書の発明の詳細な説明は、当業者が本件発明1を実施すること
ができる程度に明確かつ十分に記載したものであるとはいえない。

[裁判所の判断]
「前記蛍光体の内部量子効率」に係る解釈の誤りについて
・特許請求の範囲の記載について
「前記蛍光体の内部量子効率が80%以上」の当該「蛍光体」が,「窒化物蛍光体又は酸窒
化物蛍光体」(赤色蛍光体)及び「アルカリ土類金属オルト珪酸塩蛍光体」(緑色蛍光体)を
含むものであり,これら赤色蛍光体及び緑色蛍光体を含む当該「蛍光体」において,内部量
子効率が80%以上のものであると特定されていることは,請求項1の記載から,文言上,
明らかであるというべきである。

・本件明細書の記載について
本件明細書には,・・・具体的数値としては,緑色蛍光体の内部量子効率は80%以上であ
るのに対して,赤色蛍光体の内部量子効率は80%未満であることが記載されているもので
あって,本件審決のように,・・・個々の蛍光体の内部量子効率がいずれも80%以上である
ことを必要とすると解すると,本件明細書の記載と矛盾することになる。・・・複数種類の蛍
光体を含む蛍光体全体の内部量子効率は,・・・赤色蛍光体の内部量子効率が80%未満であ
ったとしても,内部量子効率の高い緑色蛍光体の混合割合を高くすることにより,蛍光体全
体の内部量子効率を80%以上とすることができることは明らかである。

もっとも,・・・色バランスとの兼ね合いから,・・・発光装置を構成する蛍光体の中に,
内部量子効率の低い蛍光体が1つでもあれば,出力光の強度も低くなり,高光束の白色系光
を得ることはできないことが記載されているから,・・・内部量子効率が低い蛍光体が存在す
ることにより,直ちに高光束の白色系光を得ることができないのであれば,内部量子効率が,
個々の蛍光体の内部量子効率を意味するものと解する余地はある。

しかしながら,・・・本件明細書の記載によれば,高光束の白色系光を得るためには,内部
量子効率が最も低い蛍光体の内部量子効率がある程度以上の高い値である必要があることは
理解できるものの,具体的数値については不明である。

この点に関し,本件明細書には・・・最も内部量子効率が低い蛍光体の内部量子効率は8
0%以上とすることが好ましい(【0068】)と記載されているが,当該記載は,文言上,
80%以上とすることが必要であることを意味するものではない。前記のとおり,本件明細
書には,赤色蛍光体及び緑色蛍光体は,360nm以上500nm未満の波長領域に発光ピ
ークを有する発光素子の励起光下における内部量子効率が高いものであることが明記されて
いる(【0013】【0058】【0059】【図12】~【図17】)から,赤色蛍光体の内部
量子効率が80%未満であっても,緑色蛍光体と組み合わせて用いることによって80%以
上の内部量子効率を実現し,一定程度以上の高光束の白色系光を得ることができるものとい
うべきである。

以上によると,「前記蛍光体の内部量子効率が80%以上である」について,赤色蛍光体及
び緑色蛍光体を含む,蛍光体全体としての内部量子効率が80%以上であることを意味する
ものと解することは,本件明細書の記載と矛盾するものではない。

よって,「前記蛍光体の内部量子効率」とは,蛍光体層中にある赤色蛍光体及び緑色蛍光体
を含む,蛍光体全体としての内部量子効率を意味するというべきである。

内部量子効率80%以上の赤色蛍光体を実施不能とした判断の誤りについて
本件審決は,「前記蛍光体の内部量子効率が80%以上である」について,個々の蛍光体の
内部量子効率がそれぞれ80%以上であることを要するとした上で,詳細な説明には,内部
量子効率が80%以上の赤色蛍光体が開示されていないとする。確かに・・・本件明細書に
は,内部量子効率が80%以上の緑色蛍光体については記載されているが,内部量子効率が
80%以上の赤色蛍光体については,直接記載されていないというほかない。

しかしながら,本件明細書には,赤色蛍光体及び緑色蛍光体の製造方法について,その原料,
反応促進剤の有無,焼成条件(温度,時間)なども含めて具体的に記載されているのみなら
ず,赤色蛍光体の製造方法については,本件出願時には製造条件が未だ最適化されていない
ため,内部量子効率が低いものしか得られていないが,製造条件の最適化により改善される
ことまで記載されているものである。そうすると,研究段階においても,赤色蛍光体につい
て60ないし70%の内部量子効率が実現されているのであるから,今後,製造条件が十分
最適化されることにより,内部量子効率が高いものを得ることができることが記載されてい
る以上,当業者は,今後,製造条件が十分最適化されることにより,内部量子効率が80%
以上の高い赤色蛍光体が得られると理解するものというべきである。

[コメント]
本件明細書の「80%以上とすることが好ましい」との記載を根拠にして、内部量子効率
が80%以上であることが本件発明の構成に必須の構成とした審決は、誤りと言わざるを得
ず、これを誤りとした判決は妥当である。仮に明細書に「80%以上である」と記載されて
いたならば、結論は変わっていたかもしれない。その意味で、明細書作成時は、必須の構成
以外は、必ず、「好ましい」と記載することを心がけたい。

また、「内部量子効率が80%以上」の実施例が存在せず、60ないし70%の内部量子効
率が実現されている実施例しか存在しない場合において、本件出願時には製造条件が未だ最
適化されていない旨を明細書に記載しておけば、今後、製造条件が十分最適化されることに
より、内部量子効率が高いものを得ることができるとして、「内部量子効率が80%以上」の
実施可能要件を満たすと判断した点は、目新しい。明細書に製造条件が未だ最適化されてい
ない旨を記載すれば、実施例で示されていなくとも、ある程度の数値範囲の水増しも可能と
なるかもしれない。逆に、このような文献が引例となった場合、実施例で示されていない範
囲の数値範囲であっても、引例として使用されることになるかもしれない。