審決取消請求事件 » 平成24年(行ケ)10040号「フィルムの製造方法」事件

名称:「フィルムの製造方法」事件
拒絶審決取消請求事件
知的財産高等裁判所:平成 24 年(行ケ)10040 号 判決日:平成 24 年 10 月 15 日
判決:請求認容
特許法 36 条 6 項 2 号
キーワード:明確性、技術常識

[概要]
特許請求の範囲に記載されている語句の意味を、明細書に記載された当該語句の定義では
なく、明細書の記載全体及び技術常識に基づいて判断した事案。

[裁判所の判断]
3 発明の詳細な説明を理解するに際しては、特定の段落の表現のみにこだわるべきではな
く、全体を通読して吟味する必要がある。「反らされている」との請求項の文言において、こ
れが技術的意味においてどのような限定をしているのかを特定するに際しても、同様である。
上記2で分析したところによれば、請求項5における「ロール(110)が反らされてい
る」について、特許請求の範囲の記載のみでは、具体的にどのように反らされているのか明
らかでないものの、発明の詳細な説明の記載及び技術常識を考慮すれば、その意味は明確で
あるというべきである。発明の詳細な説明に記載された「“反り”の定義」が誤りであるとし
ても、当業者は、上記「“反り”の定義」が誤りであることを理解し、その上で、本願発明5
における「ロール(110)が反らされている」の意味を正しく理解すると解することがで
きるというべきである。上記「“反り”の定義」が誤りであるからといって、請求項5が明確
でないということはできない。

4 被告は、本願明細書の段落【0036】では、ロールが反らされているとの事項に関し、
一般的な形状ではなく特殊なものであることが強調され、それに続く段落【0040】に、
わざわざ「”反り”の定義」として、「中心に対するロール縁部の放物線状直径増大」という
定義が記載されているから、通常の技術常識をもって「中心に対するロール縁部の放物線状
直径増大」という定義を解釈することはできないし、しかも、中心とはロールのどの部分を
いうのかわからないなどと主張する。

しかし、「特殊に反らされ」と記載されているとしても、ロールの形状が、必ずしも、技術
常識にも反するような特殊なものであるとまではいえない。その記載もない。また、本願明
細書における「反り」の定義が誤りであることは、前記のとおり、技術常識に照らせば、当
業者にとって容易に理解できることである。また、ロールは、通常、円柱状であるから、そ
の直径はロールの軸方向のいずれの箇所でも一定の値となることは自明であるが、その直径
が放物線状に増大するというのであるから、その増大(変化)の方向がロールの軸方向であ
り、「中心」がロールの軸方向の中心であり、「縁部」がロールの軸方向の端を意味すること
は、当業者にとって明らかというべきである。また、被告は、本願明細書には、ロールに湾
曲(たわみ)が生じることに関する言及は一切なく、当該事項が予測されることを確認する
ことができる証拠は一切提示されていないと主張するが、上記のとおり、ロールに湾曲が生
じることは、当業者であれば容易に予測しうることである。

5(3)上記の経緯によれば、原告は、平成21年7月9日付け手続補正書(甲11)及び平成
21年7月9日付け手続補正書(甲10)により補正された審判請求書においてようやく、
「ロールが反らされている」の意味は、実際には、放物線状のロールがロール縁部からロー
ル中心部に向かって放物線上の直径が増大していることを意味する旨を主張するに至ったも
のである。それまでにおいて、原告は、「ロールが反らされている」の意味を平成20年6月
3日付け意見書(甲6)において、「ロールが反らされている」(ドイツ語で『Walze bombiert
ist.』)とは、「ロールの縁が丸くなっている」ことを意味すると主張していたなど、その主張
は一貫していなかった。

(4)このような出願代理人の対応の稚拙さが審査官、審判官の判断を正しい方向に導かず、
審決の判断を誤ったものと理解される。平成21年7月9日付けの補正(甲11)に至って
段落【0040】の記載を「“反り”の定義 ロール縁部から中心に向かっての放物線上直径
の増大」とすることによって、明細書の記載が文言上においても矛盾のないものとなったも
のである。このように出願代理人の対応の稚拙さはあるにしても、請求項5における「ロー
ル(110)が反らされている」の技術的意味については上記2のとおりに解釈すべきであ
って、上記補正の前にあっても不明確な点はないというべきである。

被告は、原文に基づいて誤訳を訂正するには特許法17条の2第2項の誤訳訂正書によら
なければならないと主張するが、明細書における発明の詳細な説明を通読して理解される技
術的内容が前記3のとおりである以上、誤訳訂正がなくとも、請求項5における「ロール1
0が反らされている」についての解釈が上記のとおりとなることに変わりはない。被告の上
記主張は理由がない。

[コメント]
判示事項である『発明の詳細な説明を理解するに際しては、特定の段落の表現のみにこだ
わるべきではなく、全体を通読して吟味する必要がある。』はもっともだと思う。
しかし、現実には本件明細書の記載から上記内容を読み取るのは困難であり、特許権の権
利範囲も不明確になりかねない。
上記判示内容は、36条6項2号の趣旨よりも出願人(及び代理人)の救済が優先された
感がある。

[参考]
・特許法36条6項2号の趣旨(工業所有権法(産業財産権法)逐条解説〔第 19 版〕)
『特許請求の範囲の記載は、特許権の権利範囲がこれによって確定されるという点において
重要な意義を有するものであるから、その記載は正確でなければならず、一の請求項から必
ず発明が把握されることが必要である。
従来は、こうした機能は、「発明の構成に欠くことができない事項のみ」を記載させること
により担保していたが、平成六年の一部改正においては、五項前段に加え本項に二号及び三
号の規定を設けることにより引き続き担保し、併せて制度の国際的調和を図ることとした。
二号は、こうした従来からの特許請求の範囲の機能を担保する上で重要となる規定であり、
特許を受けようとする発明が明確でなければならない旨を規定したものである。この規定に
より、特許権の権利範囲を確定する際の前提となる特許請求の範囲の記載の明確性が担保さ
れることになる。』