審決取消請求事件 » 平成23年(行ケ)10235号「有機発光デバイスの発光層用組成物」事件

名称:「有機発光デバイスの発光層用組成物」事件
無効審決取消請求事件
知的財産高等裁判所:平成 23 年(行ケ)10235 号 判決日:平成 24 年 11 月 7 日
判決 : 請求認容
特許法36条6項第1号、特許法123条1項4号
キーワード:サポート要件

[概要]
特許法第36条6項第1号に規定する要件を満たしていないとの審決に対して、取消しを
求めた事案である。

[争点]
サポート要件に係る判断の誤り

[原告らの主張]
本件審決は,いわゆるパラメータ特許事件判決(知財高裁平成17年(行ケ)第1004
2号同年11月11日判決)を引用した上で,本件発明1の解決課題を「高い量子効率で燐
光発光できる発光デバイスの発光層に使用するための組成物の提供」・・・と認定し,本件明
細書の発明の詳細な説明の記載に基づき,当該構成によってそのような高い量子効率を得る
ことが一般的にできるであろうと当業者が認識することができるとまではいえず,このこと
は技術常識に照らしても同様であるなどとして,本件発明1が発明の詳細な説明に記載した
ものでは・・・ないとする。

しかしながら,法36条6項1号は,・・・「特許請求の範囲に記載された発明が,発明の
詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであ
ること」までは要求していない。しかも,明細書の記載様式は,発明の解決すべき課題(発
明の課題)に関する項目を設けていない。

したがって,いわゆるフリバンセリン事件判決(知財高裁平成21年(行ケ)第1003
3号同22年1月28日判決)と同様に,同号の解釈に当たっては,特許請求の範囲の記載
が,発明の詳細な説明の記載を超えているか否かを合目的的な解釈手法で判断すれば足り,
その際の解釈手法は,特許請求の範囲が複数のパラメータを用いた数式を用いて記載された
場合のような特段の事情がない限り,発明の詳細な説明に記載された技術的事項(特に,発
明の構成についての技術的事項)を理解した上で,これが特許請求の範囲の記載を超えてい
るかどうかを検討すれば足りるというべきである。

これを本件発明1と本件明細書の発明の詳細な説明についてみると・・・(中略)・・・本
件明細書の発明な詳細な説明には,L 2 MX錯体を発光層に含む,有機発光デバイスの発光層
として用いるための組成物についての技術的事項が開示されているといえるから,・・・法3
6条6項1号のサポート要件に適合するものといえる。

[被告の主張]
本件は,広範な化合物を含む本件発明1に対して,発明の詳細な説明においては特定のイ
リジウム錯体であるBTIrのみの効果が確認されている事案であって,その効果がBTI
rのみならず,L 2 MX錯体全体にも拡張できるか否かが問題となっている事案である。
いわゆるパラメータ特許事件判決が示したサポート要件に関する判断基準は,法36条6
項1号の趣旨に基づくものであって,パラメータ発明に限って判示されたものではない。そ
して,発明の課題が明細書に一義的に明確に記載されていない事案であっても,明細書及び
図面の記載から発明の課題を認定することになる。

[裁判所の判断]
特許請求の範囲の記載が,明細書のサポート要件に適合するか否かは,特許請求の範囲の
記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し,特許請求の範囲に記載された発明が,発明の詳
細な説明に記載された発明で,発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解
決できると認識できる範囲内のものであるか否か,また,その記載や示唆がなくとも当業者
が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲内のものである
か否かを検討して判断すべきものである(パラメータ大合議判決を引用)。

本件出願日当時における技術水準は,理論上,燐光を発する有機金属化合物を発光材料と
して発光層に使用することにより,有機発光デバイスの発光効率を改善することができるに
もかかわらず,極めて多数にわたる有機金属化合物のうち当該発光材料として発光層に使用
できるものがごく限られた特定のものしか知られていないというものであり,これらの有機
金属化合物のうちの1例を除いてごく低いEL効率を示すにとどまっていた以上,当該1例
(Ir(ppy) 3 )が8%というEL効率を示していたとしても,有機発光デバイスの発光
層に使用した場合に燐光を発する新たな有機金属化合物を得ることは,本件出願日当時にお
いて,それ自体,解決すべき技術的課題として成立し得るものであったと認められる。

そして,本件明細書には,本件発明の課題が必ずしも明確に記載されていないが,本件明
細書は,上記技術水準を前提として,本件発明について,有機発光デバイスの発光層として
用いることができる組成物であって,本件出願日当時に知られていた有機金属化合物とは異
なるものとして説明しているものであるから,本件発明の課題は,「有機発光デバイスの発光
層に使用した場合に燐光を発する新たな有機金属化合物を得ること」であると認めるのが相
当である。

本件明細書の発明の詳細な説明には,本件出願日前に燐光を発することが知られていなか
った特定の有機イリジウム錯体が,その製造方法及び本件発明の他の構成とともに具体的に
記載されているばかりか,当該有機イリジウム錯体を有機発光デバイスの発光層に使用した
場合に燐光を発することが,その作用機序とともに具体的に記載されているといえる。

したがって,本件発明として特許請求の範囲に記載された発明は,本件明細書の発明の詳細
な説明に記載された発明で,発明の詳細な説明の記載により当業者が本件発明の課題を解決
できると認識できる範囲内のものであるというべきであって,本件発明の特許請求の範囲の
記載は,法36条6項1号にいう「特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明に記載し
たものである」ということができる。

[コメント]
36条6項1号のサポート要件について、パラメータ特許事件判決か、フリバンセリン事
件判決かいずれの規範を採用するかについて、本件では、パラメータ特許事件判決の規範が
採用された。パラメータ特許事件判決の規範を採用した理由や、フリバンセリン事件判決の
規範を採用しなかった理由については述べられていない。本判決ではいずれを採用しても結
論として変わらなかったため、言及しなかったのかもしれない。

フリバンセリン事件判決では、射程範囲を下記のように述べている。
~平成21年(行ケ)第10033号 審決取消請求事件判決文の抜粋~
知財高裁大合議部判決の判示は,①「特許請求の範囲」が,複数のパラメータで特定され
た記載であり,その解釈が争点となっていること,②「特許請求の範囲」の記載が「発明の
詳細な説明」の記載による開示内容と対比し,「発明の詳細な説明」に記載,開示された技術
内容を超えているかどうかが争点とされた事案においてされたものである。

これに対し,本件は,①「特許請求の範囲」が特異な形式で記載されたがために,その技
術的範囲についての解釈に疑義があると審決において判断された事案ではなく,また,②「特
許請求の範囲」の記載と「発明の詳細な説明」の記載とを対比して,前者の範囲が後者の範
囲を超えていると審決において判断された事案でもない。知財高裁大合議部判決と本件とは,
上記各点において,その前提を異にする(25 ページ 15 行目-25 行目)。