審決取消請求事件 » 平成23年(行ケ)10299号「エンジン監視システム」事件

名称:「エンジン監視システム」事件
拒絶審決取消請求事件
知的財産高等裁判所:平成 23 年(行ケ)10299 号 判決日:平成 24 年 6 月 26 日
判決:請求棄却
旧特許法17条の2第4項(現5項)、同29条2項
キーワード:補正却下、周知技術

[概要]
原告が、審決において拒絶査定不服審判の請求と同時にした明細書についての補正が旧特
許法17条の2第4項の規定に違反するとして却下されたのは違法であり(取消事由1)、本
願発明と引用文献との一致点・相違点、及び容易想到性の判断には誤りがある(取消事由2、
3)として審決の取消しを求めた事案。

[本願発明]
【請求項1】
航空機のエンジンのパフォーマンスの記録を提供するためのシステムであって:
前記航空機エンジンの動作に関係する航空機エンジンデータを収集するために前記航空機
エンジンに取り付けられ、さらに無線通信信号を介して前記エンジンデータを送信するため
の送信機を有するエンジン監視モジュールであって前記航空機エンジンを追跡するための前
記航空機エンジンのシリアル番号に結びつけられたデータアドレスを割り当てられているエ
ンジン監視モジュールと、
前記送信されたエンジンデータを受信するための受信機、
とを有することを特徴とするシステム。

[補正内容]
【0011】
本発明のいま一つの側面では、エンジンデータを収集するためにFADEC/ECUが航
空機エンジンとともに動作する。当該エンジン監視モジュールはエンジンデータを集めるた
めに電気的にFADEC/EDUに接続される。好ましくは当該エンジン監視モジュールに
データアドレスが割り当てられ、該データアドレスは当該航空機エンジンを追跡する(tr
ack)ためのエンジンシリアル番号と結び付けられている。このデータアドレスは好まし
くはインターネットアドレスを含んでいる。当該エンジン監視モジュールはまた、トランシ
ーバの一部として、エンジン監視のために使われるさまざまなアルゴリズムを含むデータを
機上処理のためにアップロードするための受信機をも含むことができる。
※拒絶査定不服審判時には特許請求の範囲は補正せず。

[引用文献に記載された発明との一致点・相違点]
[一致点]
航空機エンジンのパフォーマンスの記録を提供するためのシステムであって:
前記航空機エンジンの動作に関係する航空機エンジンデータを収集するために前記航空機
エンジンに取り付けられ、さらに無線通信信号を介して前記エンジンデータを送信するため
の送信機を有するエンジン監視モジュールであって前記エンジン監視モジュールと、
前記送信されたエンジンデータを受信するための受信機、
とを有するシステム。

[相違点]
エンジン監視モジュールに関して、
本願発明(本願補正発明)においては航空機『エンジン』に取付けられ、『航空機エンジン
を追跡するための前記航空機エンジンのシリアル番号に結びつけられたデータアドレスを割
り当てられている』のに対して、
引用文献に記載された発明においては、本願発明(本願補正発明)における『エンジン監
視モジュール』に相当する『GDLセグメント101』が航空機エンジンに取り付けられて
いるかどうか不明であって、『航空機エンジンを追跡するための前記航空機エンジンのシリア
ル番号に結びつけられたデータアドレスを割り当てられている』かどうか不明な点。

[取消事由1について]
[被告の主張]
本件補正は、本願発明の「追跡する」との用語の意味を明確化するためにした補正であり、
実質的に特許請求の範囲についてする補正である。また、本件補正は、不明りょうな記載の
釈明を目的とする補正であるとしても、拒絶理由通知に係る拒絶の理由に示す事項について
するものではない。さらに、本件補正は、請求項の削除、特許請求の範囲の減縮、誤記の訂
正のいずれを目的とするものでもない。
したがって、旧特許法17の2第4項の規定に違反するとして、本件補正を却下した審決
の判断に誤りはない。
[裁判所の判断]
旧特許法17条の2第4項は、特許請求の範囲についてする補正に係る規定であるところ、
本件補正は、明細書の段落【0011】の「追跡する」の後に、英語で追跡を意味する語で
ある「track」を付け加えるものであって、特許請求の範囲についてする補正に当たら
ない。これに対し、被告は、上記主張をするが、明細書の記載に係る補正に同条同項の適用
があると解することはできず、主張自体失当である。
したがって、審決の本件補正却下の判断には誤りがある。

[取消事由3について(取消事由2は省略)]
[裁判所の判断]
引用文献に記載された発明のGDLセグメントは、複数種類の情報を総合的に処理する装
置であるが、一つの装置で各種の情報を総合的に処理するか、情報の種類ごとに個別に処理
するかは、適宜選択できる技術的事項であるといえ、GDLセグメントにおけるエンジンの
監視機能のみに着目し、その手段を各エンジンに取り付けることは、容易に想到できたとい
える。
さらに、引用文献に記載された発明においては、ネットワーク全体はTCP/IPプロト
コルを基盤として、GDLユニットがIPアドレスを保持し、飛行機のテール番号と結びつ
けられているところ、エンジンをシリアル番号で追跡管理することや、物品を管理するため
シリアル番号に結びつけられたデータアドレスを割り当てることは周知であることからすれ
ば、引用文献に記載された発明において、IPアドレスをエンジンのシリアル番号と結びつ
けることも、容易に想到できたといえる。
なお、本願補正発明の効果についてみても、引用文献に記載された発明や周知技術から予
測し得る範囲内のものであり、格別顕著なものとはいえない。
以上によれば、本願補正発明は、引用文献に記載された発明に周知技術を適用することに
より容易に想到することができたといえる。
(中略)
原告は、甲2、3には、本願補正発明のような航空機エンジンのデータを収集するための
エンジン監視モジュールが航空機エンジンに取り付けられていることは記載されていない、
また、甲4、5に記載された技術は、いずれも航空機とは無関係の技術分野に属するもので
あり、これらをもって、航空機エンジンに取り付けられ、航空機エンジンを追跡するための、
航空機エンジンのシリアル番号に結びつけられたデータアドレスを割り当てられているエン
ジン監視モジュールが周知であったとはいえないと主張する。
しかし、原告の上記主張は失当である。(中略)甲4、5、乙3、4に記載されるように、
物品を管理するためシリアル番号に結びつけられたデータアドレスを割り当てることは広く
知られた技術であり、航空機エンジンの技術分野においても参考とされるべきものといえる。
(中略)
審決が本件補正を却下した点には誤りがあるが、本願補正発明は引用文献に記載された発
明及び周知技術に基づき容易に想到できたと判断した点に誤りはなく、本件補正却下の判断
の誤りは審決の結論に影響を及ぼすものではないから、審決にはこれを取り消すべき違法は
認められない。

[コメント]
1.取消事由1について
旧特許法17条の2第4項(現5項)は、条文上、「特許請求の範囲についてする補正」に
ついての規定であるので、その点では明細書についての補正を特許庁が却下したのは違法と
する裁判所の判断は妥当である。
なお、今回の補正は、実質的に特許請求の範囲に影響を及ぼすものではないことから、前
置審査に継続させることを目的としたものであると考えられる。

2.取消事由3について
平成23年(行ケ)10316号(「半導体装置の製造方法および半導体装置」事件)では、
技術分野が近い周知技術について「本願発明における硬化性シリコーン組成物が当業者に周
知な組成物であると認められるとしても、引用発明の樹脂にこの硬化性シリコーン組成物を
使用することが容易になし得ると認めることはできない。」と判示し、発明の進歩性を認めた。
これに対し、本事案では、引用発明と周知技術とから本願発明に想到することは容易と判
断された。
本事案において、周知技術が記載された文献は本件発明と技術分野が異なるものであるが、
物品を管理するためにシリアル番号に結びつけられたデータアドレスを割り当てることは物
品を管理する手法として技術分野を問わず広く周知であり、また、発明の効果も予想される
範囲のものであることから、今回の結論になったものと考えられる。