審決取消請求事件 » 平成23年(行ケ)10146 号、10147号「予防・治療用医薬」事件

名称:「予防・治療用医薬」事件
審決取消請求事件
知的財産高等裁判所:平成 23 年(行ケ)10146 号、10147 号 判決日:平成 24 年 4 月 11 日
判決 : 請求認容
特許法36条4項、36条6項1号、29条2項
キーワード:実施可能要件、サポート要件、進歩性

[概要]
本件発明1~6についての特許は,特許法第36条第4項及び同法第36条第6項第1号
違反により無効とされ、本件発明7~9についての特許は,無効とされなかった審決に対し
て、原告が請求を不成立とした部分の取消しを求めた事案(第10147号事件)と,被告
が無効とした部分の取消しを求めた事案(第10146号事件)とが併合された事件である。
[特許請求の範囲](請求項1、請求項7のみ転記)
【請求項1】ピオグリタゾンまたはその薬理学的に許容しうる塩と,ビグアナイド剤とを組
み合わせてなる,糖尿病または糖尿病性合併症の予防・治療用医薬
【請求項7】0.05~5mg/kg 体重の用量のピオグリタゾンまたはその薬理学的に許容し
うる塩と,グリメピリドとを組み合わせてなる,糖尿病または糖尿病性合併症の予防・治療
用医薬

[争点]
(1) 原告主張の取消事由
本件発明7-9に係る実施可能要件及びサポート要件についての判断の誤り(取消事由1)
本件発明7-9の容易想到性に係る判断の誤り(取消事由2)
(2) 被告主張の取消事由
本件発明1-6に係る実施可能要件及びサポート要件についての判断の誤り(取消事由3)

[裁判所の判断]
取消事由1及び3について
(1) 実施可能要件について
法36条4項には,「発明の詳細な説明は,…その発明の属する技術の分野における通常の
知識を有する者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に,記載しなければなら
ない。」と規定している。
特許制度は,発明を公開する代償として,一定期間発明者に当該発明の実施につき独占的
な権利を付与するものであるから,明細書には,当該発明の技術的内容を一般に開示する内
容を記載しなければならない。法36条4項が上記のとおり規定する趣旨は,明細書の発明
の詳細な説明に,当業者が容易にその実施をすることができる程度に発明の構成等が記載さ
れていない場合には,発明が公開されていないことに帰し,発明者に対して特許法の規定す
る独占的権利を付与する前提を欠くことになるからであると解される。
そして,物の発明における発明の実施とは,その物を生産,使用等をすることをいうから
(特許法2条3項1号),物の発明については,明細書にその物を製造する方法についての具
体的な記載が必要であるが,そのような記載がなくても明細書及び図面の記載並びに出願当
時の技術常識に基づき当業者がその物を製造することができるのであれば,上記の実施可能
要件を満たすということができる。
本件明細書には,ピオグリタゾン,ビグアナイド剤及びグリメピリドの製造方法について
は記載がないものの,NIDDMに対する薬剤としてピオグリタゾン,ビグアナイド剤及び
グリメピリドが存在し,かつ,ビグアナイド剤にはフェンホルミン,メトホルミン又はブホ
ルミンが存在することは,本件出願日当時の当業者の技術常識であったから,これらの各薬
剤や,ピオグリタゾンの薬理学的に許容し得る塩は,いずれもその当時,NIDDMに対す
る薬剤として既に製造可能となっていたことが明らかである。
したがって,本件明細書は,本件発明1,2,3及び7について,実施可能要件を満たすも
のであることが明らかである。

(2) サポート要件について
ア 本件各発明に適用されるサポート要件について
法36条6項1号には,特許請求の範囲の記載は,「特許を受けようとする発明が発明の詳
細な説明に記載したものであること」でなければならない旨が規定されている(サポート要
件)。特許制度は,発明を公開させることを前提に,当該発明に特許を付与して,一定期間そ
の発明を業として独占的,排他的に実施することを保障し,もって,発明を奨励し,産業の
発達に寄与することを趣旨とするものである。そして,ある発明について特許を受けようと
する者が願書に添付すべき明細書は,本来,当該発明の技術内容を一般に開示するとともに,
特許権として成立した後にその効力の及ぶ範囲(特許発明の技術的範囲)を明らかにすると
いう役割を有するものであるから,特許請求の範囲に発明として記載して特許を受けるため
には,明細書の発明の詳細な説明に,当該発明の課題が解決できることを当業者において認
識できるように記載しなければならないというべきである。法36条6項1号の規定する明
細書のサポート要件が,特許請求の範囲の記載を上記規定のように限定したのは,発明の詳
細な説明に記載していない発明を特許請求の範囲に記載すると,公開されていない発明につ
いて独占的,排他的な権利が発生することになり,一般公衆からその自由利用の利益を奪い,
ひいては産業の発達を阻害するおそれを生じ,上記の特許制度の趣旨に反することになるか
らである。
そして,特許請求の範囲の記載が,明細書のサポート要件に適合するか否かは,特許請求
の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し,特許請求の範囲に記載された発明が,
発明の詳細な説明に記載された発明で,発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の
課題を解決できると認識できる範囲内のものであるか否か,また,その記載や示唆がなくと
も当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のもの
であるか否かを検討して判断すべきものである。

イ 本件発明1ないし6について
(ア)本件明細書は,ピオグリタゾンと併用すべきビグアナイド剤としてフェンホルミン,メト
ホルミン又はブホルミンを明記しているものの,ピオグリタゾンとビグアナイド剤との併用
実験に関する記載はなく,その記載のみからは,直ちに本件発明1ないし3が本件各発明の
前記課題を解決できると認識できるとは限らない。
(イ) しかしながら,インスリン受容体の機能を元に戻して末梢のインスリン抵抗性を改善す
るインスリン感受性増強剤と,嫌気性解糖促進作用等を有するビグアナイド剤とでは,血糖
値の降下に関する作用機序が異なることは,本件出願日当時の当業者の技術常識であったも
のと認められる。
そして,作用機序が異なる薬剤を併用する場合,通常は,薬剤同士が拮抗するとは考えに
くいから,併用する薬剤がそれぞれの機序によって作用し,それぞれの効果が個々に発揮さ
れると考えられるところ,糖尿病患者に対してインスリン感受性増強剤とビグアナイド剤と
を併用投与した場合に限って両者が拮抗し,あるいは血糖値の降下が発生しなくなる場合が
あることを示す証拠は見当たらない。むしろ,乙17(甲22)には,SU剤又はビグアナ
イド剤の単独投与を受けていた糖尿病患者に対してインスリン感受性増強剤であるトログリ
タゾンを併用投与した場合の試験結果が記載されているから,糖尿病患者に対するインスリ
ン感受性増強剤とビグアナイド剤との併用投与という技術的思想は,それ自体,本件出願日
当時の当業者に公知であったと認められるばかりか,臨床試験中のインスリン感受性増強剤
としてピオグリタゾンが存在することや,ビグアナイド剤としてフェンホルミン,メトホル
ミン及びブホルミンが存在することは,同じく当時の当業者の技術常識であったものと認め
られる。
以上によれば,ピオグリタゾンとは別個の作用機序で,やはり血糖値の降下を発生させる
ことができ,もって本件各発明の課題である糖尿病に対する効果が得られることを当然想定
できるものというべきである。
(ウ) したがって,本件明細書の記載は,本件出願日当時の技術常識に照らすと当業者が本件
各発明の前記課題を解決できると認識できる範囲内のものであるから,本件発明1ないし3
は,本件明細書に記載されたものであるということができる。

ウ 本件発明7ないし9について
(本件発明1ないし6と同様であるので省略)

取消事由2(本件発明7ないし9の容易想到性に係る判断の誤り)について
(1) 引用発明及び相違点1の認定について
ア 引用例3の図3に記載の発明の構成について
引用例3の図3に接した当業者は,本件優先権主張日当時の技術常識に基づき,当該図3
にいう前記「併用」との文言がNIDDM患者に対するピオグリタゾンとグリメピリドとの
併用投与という構成を示すものであって,当該「併用」との書込みのある長方形から1本の
矢印が「血糖良好」との書込みのある長円形に向かって伸びていることを,これらの薬剤が
それぞれ有する別個の作用機序により血糖値の降下という作用効果が発現することを示すも
のであると認識したものと認められる。
イ 引用例3の図3に記載の発明及び本件発明7ないし9の作用効果について
(ア)当業者は,・・・作用機序が異なる糖尿病治療薬の併用投与により,いわゆる相乗的効果
の発生を予測することはできないものの,少なくともいわゆる相加的効果が得られるであろ
うことまでは当然に想定するものと認めることができる。
よって,当業者は,ピオグリタゾンとグリメピリドの作用機序が異なる以上,両者の併用
という引用例3の図3に記載の構成を有する発明の作用効果として,両者のいわゆる相加的
効果が得られるであろうことを想定するものといわなければならない。
(イ) 他方,本件発明7ないし9は,本件明細書には,その作用効果に関する具体的な記載が
ない。
また,本件明細書に記載のある,グリメピリドと同じSU剤であるグリベンクラミドと塩
酸ピオグリタゾンとの併用投与の実験の結果をみると,・・・両者の薬剤の併用投与に関して
当業者が想定するであろういわゆる相加的効果の発現を裏付けているとはいえるものの,そ
れ以上に,両者の薬剤の併用投与に関して当業者の予測を超える格別顕著な作用効果(いわ
ゆる相乗的効果)を立証するには足りないものというほかない。
(ウ) したがって,引用例3の図3に記載の発明及び本件発明7ないし9の各作用効果は,い
ずれもピオグリタゾン又はその薬理学に許容し得る塩とグリメピリドとを併用投与した場合
に想定されるいわゆる相加的効果である点で共通するものと認められる。

(2) 本件発明7ないし9の容易想到性について
ア 本件審決が認定した本件発明7との相違点1は存在しないものというべきである。
イ そこで,相違点2に係る容易想到性についてみると,・・・引用例3には,・・・これは,
本件発明6で特定されている用量(0.05~5mg/kg)と重複するものである。したがっ
て,引用例3に接した当業者は,本件発明7の相違点2に係る上記構成を容易に想到するこ
とができたものといえる。