審決取消請求事件 » 平成23年(行ケ)10178号「セルロースアシレート」事件

名称:「セルロースアシレート」事件
審決取消請求事件
知的財産高等裁判所:平成23年行(ケ)10178号 判決日:平成24年2月22日
判決:控訴棄却
特許法第17条の2第4項、第29条2項
キーワード:特許請求の範囲の限定的減縮
[概要]
本件補正は、法17条の2第4項の規定に違反するものであるとして、これを却下すべきものであると
した本件審決の判断に誤りはなく、かつ引用例に具体的に記載された実施例を含まない範囲を単
に選択して特定する補正前の本願発明は、当業者にとって容易なことであるとして審決を維持した
事件。
[本願発明]
本件補正前の請求項2の記載された発明(独立形式に直したものを「本願発明」という)。
「2位、3位のアシル置換度の合計が1.70以上1.90以下であり、かつ6位のアシル置換度が0.88
以上であるセルロースアシレートであって、アシル基がアセチル基であるセルロースアシレート」
[本件補正発明]
本件補正後の請求項1に記載された発明
「ソルベントキャスト法によりセルロースアシレートフイルムを製造するためのセルロースアシレートで
あって、2位、3位のアシル置換度の合計が1.70以上1.90以下であり、かつ6位のアシル置換度
が0.88以上であるセルロースアシレート」
[原告の主張]
取消事由1(本件補正を却下した判断の誤り)について
補正却下の対象となった補正要件(法17条の2第4項2号)の趣旨は、補正できる範囲を、先行技
術文献調査の結果等を有効利用できる範囲内に制限することである。言い換えると、補正の適否の
審査では、審査迅速化の観点から、補正前後の発明が減縮に該当するか否かが問われるのである。
このように、補正の適否の基準は、おのずから、発明との同一性を判断する新規性の審査とは性質
が大きく異なる。よって、補正要件の審査の基準に、新規性の審査基準を適用することはできない。
なお、特許請求の範囲の減縮に関する特許庁の審査基準によれば、特許請求の範囲の減縮に該
当する具体例として、①択一的記載の要素の削除、②発明特定事項の直列的付加、③上位概念か
ら下位概念への変更が記載されているところ、本件補正事項は、上記②又は③に該当する。
さらに、本願発明は、フイルムの製造という用途と密接に関係した化合物「セルロースアシレート」の
発明(用途限定の発明)であり、フイルムの製造という用途を記載したとしても、引用文献の調査も必
要とせず、審査のやり直しとなることもない。このような観点からも、本件補正事項は限定的減縮の趣
旨に沿った補正である。
取消事由2(本願発明の進歩性に係る判断の誤り)について
引用例には、2位及び3位のアシル置換度の合計を1.70ないし1.90に調整することは記載され
ておらず、6位のアシル置換度を0.88以上に調整することも記載されていない。特に、引用例には、
2位、3位及び6位のアセチル置換度の合計と2位及び3位のアセチル置換度の合計とを調整するこ
とが記載されていたとしても、引用例からは2位及び3位アシル置換度と6位アシル置換度との関係
を導き出せず、2位及び3位のアセチル置換度の合計を容易に予測できない。
そして、本願発明では引用発明からは予測もできない顕著な又は異質の効果が得られる。
よって、本願発明は、引用発明から容易に想到することはできない。

[裁判所の判断]
取消事由1(本件補正を却下した判断の誤り)について
法17条の2第4項に基づく補正は、法36条5項の規定により請求項に記載した発明を特定するた
めに必要な事項を限定するものであって、その補正前の当該請求項に記載された発明とその補正
後の当該請求項に記載される発明の産業上の利用分野及び解決しようとする課題が同一であるも
のに限られる(法17条の2第4項2号)。すなわち、補正前の請求項に記載した発明を特定するため
に必要な事項を限定するものであることが必要である。
本件補正事項に係る「ソルベントキャスト法によりセルロースアシレートフイルムを製造するためのセ
ルロースアシレート」とは、セルロースアシレートがフイルムという物品を製造するための原料であり、
そのフイルムの製造方法がソルベントキャスト法であることを特定するものであるが、補正前の請求項
1には、セルロースアシレートが何らかの物品を製造するための原料であることや、その物品の製造
方法に関して何ら特定する事項がない。よって、本件補正事項は、補正前の請求項1に記載した発
明を特定するために必要な事項を限定するものには該当しない。
そうすると、本件補正事項を含む本件補正は、法17条の2第4項の規定に違反するものであるとし
て、これを却下すべきものであるとした本件審決の判断に誤りはない。
取消事由2(本願発明の進歩性に係る判断の誤り)について
本願明細書において確認されているのは、特定の条件で製造されたドープや当該ドープから製造
されたフイルムの性能のみである。本願明細書には、本願発明の範囲に含まれるセルロースアシレ
ートという化学物質を特定したことによって、当業者が予測できない効果を奏することに関しては明ら
かにされていない。また、本願発明のように、引用例の請求項1に開示される範囲に含まれるもので
あって、引用例に具体的に記載された実施例を含まない範囲を単に選択して特定することは、当業
者にとって容易なことであるといわざるを得ない。
[コメント]
取消事由1に関して、原告は本件補正発明が特許請求の範囲の「減縮」に該当すると主張してい
るが、17条の2第5項第2号(旧17条の2第4項第2号)では、補正発明が「限定的減縮」であるべきと
規定しており、主張ポイントにズレを感じる。弁理士として、審査基準を十分に理解することは重要で
あり、補正を行う際、必要であれば事前に審査官に確認するなどして、補正が却下されることは避け
るよう努力したい。