侵害差止等請求事件 » 平成29年(ワ)第41474号「タンパク質を抽出する混合液」事件

名称:「タンパク質を抽出する混合液」事件
特許権に基づく損害賠償請求事件
東京地方裁判所:平成29年(ワ)第41474号 判決日:令和元年7月30日
判決:請求棄却
特許法70条
キーワード:技術的範囲の解釈、限定解釈
判決文:http://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/907/088907_hanrei.pdf

[概要]
争いとなった請求項3の「タンパク質を抽出する」との文言が、明細書の記載と出願経過を参酌して限定解釈されることで、本件特許発明の技術的範囲に属さない(非侵害)と判断された事例。

[事件の経緯]
原告は、分割出願に係る特許第5388259号の特許権者である。
被告は、クレンジングオイルを製造販売等していた。
原告は、被告の行為が請求項3に係る特許権を侵害すると主張して、損害賠償請求を求めた。
東京地裁は、原告の請求を棄却した。

[本件発明](請求項3)
A 請求項1又は2に記載の前記第1の高級アルコールとは異なる、炭素数20の高級アルコールである第2の高級アルコールと、炭化水素と、を少なくとも含み、
B タンパク質、水性溶媒、炭素数15~18の高級アルコール、及び炭素骨格中に1つの不飽和結合を有する脂肪酸又は飽和脂肪酸を含む、炭素数18の脂肪酸を含む抽出対象液からタンパク質を抽出する
C 混合液。

[争点]
(1) 被告製品に係る、本件発明の構成要件充足性(争点1)
ア 構成要件Aの充足性(争点1-1)
イ 構成要件Bの充足性(争点1-2)
ウ 構成要件Cの充足性(争点1-3)
(2) 本件特許は特許無効審判により無効にされるべきものか否か(争点2)
(3) 損害の発生及びその額(争点3)

[裁判所の判断](筆者にて適宜抜粋、下線)
1 争点1(被告製品に係る、本件発明の構成要件充足性)について
『本件事案に鑑み、まず、争点1-2(構成要件Bの充足性)について判断する。
(1) 本件特許請求の範囲は、・・・(中略)・・・を含む抽出対象液からタンパク質を抽出する」混合液という文言の記載であるところ、そのタンパク質抽出の態様について具体的にみるに、本件特許の特許出願の願書に添付した明細書(以下「本件明細書」という。)には、発明の詳細な説明として、次の記載がある(甲1)。』
『(2) 構成要件Bの「タンパク質を抽出する」混合液の解釈
ア 判断
特許発明の技術的範囲は、特許請求の範囲の記載に基づいて定められるものであり(特許法70条1項)、特許請求の範囲の記載の解釈は、明細書の発明の詳細な説明の記載等を考慮して行うべきものである(同条2項)。
しかして、本件発明の構成要件Bにおける「タンパク質を抽出する」混合液との文言について解釈し、そのタンパク質抽出の態様を明らかにすべく、本件明細書の発明の詳細な説明の記載をみると、①従来、界面活性剤の使用を前提とする方法により溶液中の対象物質(タンパク質等)を分離(抽出)していたところ、界面活性剤を使用すると、分離(抽出)された対象物質から界面活性剤を除去する工程が必要となり、煩雑さが生じていたため、溶液中から対象物質を簡便に分離(抽出)するための混合液が求められていたこと、②そこで、上記課題を解決するため、界面活性剤を必要的には含まず、所定の高級アルコール(第1の高級アルコール)と脂肪酸を含む混合液によって、タンパク質と水性溶媒とを含む抽出対象液からタンパク質を簡便に分離(抽出)するという構成を採用したものが請求項1発明であり、本件発明は、かかる請求項1発明を前提としつつ、第1の高級アルコールとは異なる高級アルコールと炭化水素を含む混合液によって、タンパク質と水性溶媒と第1の高級アルコールと脂肪酸とを含む抽出対象液からタンパク質を夾雑物の含有量が従来より少ない状態で抽出するものであること、③これによって、タンパク質と水性溶媒とを含む抽出対象液からタンパク質を簡便に分離(抽出)できる混合液、及び、タンパク質の抽出方法が提供されることとなったこと、④本件発明に係るタンパク質抽出剤には、従来使用されてきた対象物質の分離(抽出)のためのエマルション等に含まれる界面活性剤よりも少ない量(例えば、タンパク質抽出剤全体に対して0~4質量%)の界面活性剤が含まれていてもよいこと、本件発明の目的を害さない限り、公知の添加剤(界面活性剤、炭素数18未満の高級アルコール等)を添加してもよいことが記載されている旨が認められる。』
『これらによれば、本件発明に係る、「タンパク質を抽出する」混合液とは、タンパク質と水性溶媒に加え所定の高級アルコールと脂肪酸を含む抽出対象液から、上記とは別の高級アルコールと炭化水素を含むことによって、タンパク質を夾雑物の含有量がより少ない状態で分離(抽出)できる混合液であり、界面活性剤の含有の有無を問わないが、従来のエマルション等に含まれる界面活性剤よりも少ない量の界面活性剤の含有を、従来必要とされていた除去工程を不要にする限度において許容することによって、上記の分離(抽出)を簡便に行うことができる混合液という技術思想に係るものであるというべきである。そうすると、上記「タンパク質を抽出する」混合液において、その含有される界面活性剤の程度は、分離等された対象物質から界面活性剤を除去する工程が不要である程度を限度とするものであり、そのような態様によってタンパク質を抽出するものと解するのが相当であり、分離(抽出)されたタンパク質から界面活性剤を除去する工程が必要となるものは、上記「タンパク質を抽出する」混合液には当たらないというべきである。』
『なお、この解釈は、本件特許の特許出願の経過(「早期審査に関する事情説明書」(乙2)、「意見書」(乙3))において、原告自身が、先行技術においては、タンパク質の抽出につき界面活性剤を使用することが必要的であったところ、本件原出願の実施形態は、界面活性剤を必要的に用いることはせず、高級アルコールを必要的に用いるものであり、この構成の差により、界面活性剤を抽出結果物から除去する工程を不要とすることが可能となり、また、タンパク質への界面活性剤の悪影響を回避することが可能となるという効果を奏し(乙2)、さらに、界面活性剤を含まなくとも、抽出対象液からタンパク質を簡便に分離できるという、従来技術からは予測し得ない異質な効果を奏する(乙3)旨述べていることにも沿うものであり、何ら矛盾するものではない。』
『イ 原告の主張について
・・・(中略)・・・、本件明細書の具体的記載を精査しても、原告が主張するような、界面活性剤の分量が多すぎるために抽出対象液の全部が乳化して二層に分離せず、結果として界面が生じない場合などの極めて例外的な場面を除いて広く界面活性剤の添加を許容することが読み取れるような記載は見当たらない。したがって、原告の上記主張は、本件明細書の具体的記載から離れた独自の主張というほかなく、採用することができない。』
『(3) 被告製品と構成要件Bとの対比
ア 証拠(乙18、28ないし31)によれば、被告製品は界面活性剤を「●(省略)●」質量%含むこと、従来、タンパク質の分離等のために使用されてきた界面活性剤の量は抽出剤と対象液とを合わせた全体量に対して0ないし2質量%であったことが認められる。
そして、上記のとおり被告製品に含まれる界面活性剤の量からすれば、「従来使用されてきた対象物質の分離等のためのエマルション等に含まれる界面活性剤よりも少ない量(例えば、タンパク質抽出剤全体に対して0~4質量%)の界面活性剤が含まれていてもよい。」(段落【0041】)という本件明細書の記載との関係で見ても、また、上記のとおり従来使用されてきた界面活性剤の量との関係で見ても、被告製品における界面活性剤の含有量が、従来のエマルション等に含まれる界面活性剤よりも少ない量であるものとは認められず、その含有される界面活性剤の程度が、分離(抽出)された対象物質から界面活性剤を除去する工程が不要である程度であるとは認めるに足りない。
そうすると、このような被告製品は、そのタンパク質抽出の態様の観点からして、構成要件Bの「タンパク質を抽出する」混合液という文言を充足しないというほかない。』

[コメント]
まず、営業秘密との関係で、被告製品における界面活性剤の含有量が判決文で開示されていないが、被告は「構成要件Aは、全体に対して4質量%を超える界面活性剤を含まないものと解釈されるべきである。」と主張しているため、界面活性剤の含有量が4質量%を超えていると理解すべきである。
一方、請求項3は、オープンクレームであり、界面活性剤の含有量が特定されていないため、文言通り解釈すると、被告製品は文言を充足することになる。このため被告は、「タンパク質を抽出する」との記載が機能を限定するものであり、本件明細書の記載等からその機能を発揮する構成を特定して解釈する必要があると主張した。
裁判所は、「タンパク質を抽出する」が「機能」の限定であるか否かについて特に判断せず、「タンパク質抽出の態様を明らかにすべく」とだけ述べて、通常の属否判断のプロセスに従い、明細書の記載を参酌することで、文言解釈を行なった上で、審査経過においても、当該解釈に沿った主張がされている点を確認している。
本件発明の構成要件B「・・・タンパク質を抽出する」との特定は、抽出対象液についても特定しているため、用途の特定であるとも解釈できるが、用途と機能の何れの特定ともとれる表現となっている。機能的クレームの方が限定解釈の余地が大きいため、本件のような発明では、用途の限定であることが明確な表現とすべきであったと考える。
以上
(担当弁理士:梶崎 弘一)