IP case studies判例研究

平成29年(ワ)第35663号「エクオール含有大豆胚軸発酵物」事件

名称:「エクオール含有大豆胚軸発酵物」事件
特許権侵害差止請求事件
東京地裁:平成29年(ワ)第35663号 判決日:平成31年1月24日
判決:請求棄却
特許法68条、70条
キーワード:構成要件充足性、用語の解釈、分割出願
判決文:http://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/389/088389_hanrei.pdf
[概要]
分割出願に係る本件発明の構成要件1-C等の「大豆胚軸発酵物」は、明細書の背景技術の記載、及び、親出願の出願経過から「大豆胚軸自体の発酵物」をいい、「大豆胚軸抽出物の発酵物」を含まないと解釈されるため、被告製品は構成要件非充足により、特許権を侵害しないとされた事例。
[事件の経緯]
原告は、特許第5946489号の特許権者である。
原告は、被告の行為が当該特許権を侵害すると主張して、被告の行為の差止め等を求めた。
東京地裁は、原告の請求を棄却した。
[本件発明]
【請求項1】
1-A オルニチン及び
1-B エクオールを含有する
1-C 大豆胚軸発酵物。
【請求項3】
3-A 請求項1又は2に記載の大豆胚軸発酵物を配合した
3-B 食品、特定保健用食品、栄養補助食品、機能性食品、病者用食品、化粧品、又は医薬品。
[主な争点]
被告製品は構成要件1-C及び3-Aを充足するか(争点1)
[被告製品]
被告補助参加人が被告に供給する「EQ-5」を原材料とし、これに「ビール酵母」、「ラクトビオン酸含有乳糖発酵物」などを配合したものをカプセルに封入したサプリメントである。「EQ-5」は、大豆胚軸から抽出された大豆胚軸抽出物であるイソフラボン(原料イソフラボン)を発酵させて得られたものである。
[裁判所の判断](筆者にて適宜抜粋、下線)
『1 被告製品は構成要件1-C及び3-Aを充足するか(争点1)について
当裁判所は、構成要件1-C及び3-Aにおける「大豆胚軸発酵物」とは、大豆胚軸自体の発酵物をいい、大豆胚軸抽出物の発酵物を含まないと解すべきところ、被告製品は、大豆胚軸自体の発酵物を含有しないから、上記各構成要件を充足しないと判断する。以下、詳述する。
・・・(略)・・・
(2)本件明細書の記載に基づく構成要件1-C及び3-Aの解釈
ア 上記記載によれば、①本件各発明の課題として、大豆胚軸抽出物は、それ自体コストが高いなどの理由から、エクオールを工業的に製造する上で、原料として使用できないのが現状であったこと、一方、大豆胚軸自体については、特有の苦味があるため、それ自体をそのまま利用することは敬遠される傾向があり、大豆の胚軸の多くは廃棄されているのが現状であったなどのため、大豆胚軸を有効利用するには、大豆胚軸自体の有用性を高めることが重要であったことが挙げられており、また、②本件各発明の効果としては、本件各発明の大豆胚軸発酵物は、エクオールと共に、エクオール以外のイソフラボンやサポニン等の大豆胚軸に由来する有用成分をも含有しているので、食品、医薬品、化粧料等の分野で有用であること、本件各発明の大豆胚軸発酵物は、大豆の食品加工時に廃棄されていた大豆胚軸を原料としており、資源の有効利用という点でも産業上の利用価値が高いこと等が挙げられている。
イ このように、本件明細書の記載によれば、本件各発明は、従来利用されずに廃棄されていた大豆胚軸自体を有効利用できるようにし、大豆胚軸に由来する有用成分を含有して食品等に有用な大豆胚軸発酵物に係るものであることが明らかであるから、そうである以上、本件各発明の構成要件1-C及び3-Aにおける「大豆胚軸発酵物」とは、大豆胚軸自体の発酵物をいい、大豆胚軸抽出物の発酵物を含まないと解すべきである。
・・・(略)・・・
(3)本件特許の親出願の出願経過について
上記の解釈は、本件特許の親出願の出願経過からも裏付けられる。
ア 親出願の審査の過程で、特許庁は、国際公開2005/000042号(丙3の2)を引用文献1として、平成23年11月9日を起案日とする拒絶理由通知をした(丙3の3)。そこには、以下の記載がある。「引用文献1の請求項9には、ダイゼイン類およびダイゼイン類含有物質からなる群から選ばれる少なくとも1種に、ダイゼイン類を資化してエクオールを産生する能力を有するラクトコッカス属に属する乳酸菌を作用させることにより、エクオールを製造することが記載され、請求項10には、乳酸菌がラクトコッカス・ガルビエであることが記載されている。また、第9頁37~41行には、ダイゼイン類含有物質として大豆胚軸が記載されている。
してみれば、引用文献1の記載に基づいて、ダイゼイン類含有物質である大豆胚軸に上記ラクトコッカス・ガルビエを作用させることにより、エクオール含量を高めた大豆胚軸発酵物を製造することは、当業者が容易になしうることである。」
イ これに対し、出願人は平成23年11月29日付意見書(丙3の4)において、以下のとおり主張した。  ・・・(略)・・・
ウ 要するに、親出願の出願経過における原告(出願人)の上記主張は、ダイゼイン類含有物質としては、大豆胚軸以外にも、大豆イソフラボンなどが存在するところ、「大豆胚軸にはダイゼイン類だけでなく、ゲニスチン、マロニルゲニスチン、アセチルゲニスチン、ゲニステイン、ジハイドロゲニステイン等のゲニステイン類、グリシチン、マロニルグリシチン、アセチルグリシチン、グリシテイン、ジハイドログリシテイン等のグリシテイン類等の多くのイソフラボンやサポニンが含まれています。そして、これら大豆胚軸に含まれる成分には、微生物の生育や微生物を用いた発酵(ダイゼインのエクオールへの変換)を阻害する作用があることが本願の優先日前から知られています。」として、「エクオール産生能を有するラクトコッカス・ガルビエを用いたエクオールの製造において、その発酵原料として大豆胚軸を選択することには阻害要因が存在します。」とするものであり、ここでは、原告は、明らかに、「大豆胚軸」を「大豆胚軸の抽出物(イソフラボン等)」と異なる「発酵を阻害する成分が含まれる大豆胚軸自体」であると主張していると認められる。
本件特許は親出願の分割出願に係るものであるから、本件発明における「大豆胚軸」も親出願と同様に理解されるべきところ、親出願の出願経過における原告の上記主張の内容は、上記(2)の説示と同内容であり、これを裏付けるものということができる。
エ これに対し、原告は、親出願の出願経過における上記主張は、(ダイゼイン類以外の)イソフラボンや、サポニンの存在を、大豆胚軸を選択する阻害要因として主張したのであって、大豆イソフラボンと大豆胚軸を殊更に区別して、後者のみに阻害要因があると主張したのではないことは明らかであり、まして、大豆胚軸の抽出物を発酵させた場合が「大豆胚軸発酵物」から除外されるということはどこにも述べられていないと主張する。しかし、上記説示のとおり、親出願の出願経過における原告の意見書における前記主張は、明らかに、「大豆胚軸」を「大豆胚軸の抽出物(イソフラボン等)」と異なる「発酵を阻害する成分が含まれる大豆胚軸自体」であるとするものであるから、これに反する原告の上記主張は採用できない。
(4) 被告製品について
ア 証拠(甲3、丙5)によれば、被告製品は、補助参加人が被告に供給する「EQ-5」に「ビール酵母」、「ラクトビオン酸含有乳糖発酵物」などを配合したものをカプセルに封入したサプリメントであること、上記の「EQ-5」は、大豆胚軸から抽出された大豆胚軸抽出物である高い純度の原料イソフラボン(その90%以上がダイジンなどの大豆イソフラボンである。)を、さらに発酵させて得られたものであることが認められる。
そうすると、被告製品に含まれる「EQ-5」は、大豆胚軸抽出物の発酵物であって、大豆胚軸自体の発酵物ではないから、「EQ-5」ひいては被告製品も、本件発明の構成要件1-C及び3-Aを充足せず、本件発明の技術的範囲に属さないものというべきである。
・・・(略)・・・
(5) 小括
以上のとおり、被告製品は本件発明の構成要件1-C及び3-Aを充足しない。これに対し、原告はるる主張するが、いずれも採用できない。』
[コメント]
本件各発明の構成要件1-C及び3-Aにおいて、特許請求の範囲の記載上は、「大豆胚軸発酵物」を「大豆胚軸自体の発酵物」に限定する旨の構成はない。この「大豆胚軸発酵物」の解釈について、裁判所は、本件明細書のうち、特に「背景技術」の記載に基づいて「大豆胚軸自体の発酵物」に限定されると判断した。
「背景技術」の項目では、「大豆胚軸抽出物は、それ自体コストが高いという欠点がある。また、大豆胚軸抽出物は、エクオールの製造原料とする場合には、エクオール産生菌による発酵のために別途栄養素の添加が必要になるという問題点がある。このような理由から、大豆胚軸抽出物は、エクオールを工業的に製造する上で、原料として使用できないのが現状である。一方、大豆胚軸自体については、特有の苦味があるため、それ自体をそのまま利用することは敬遠される傾向があり、大豆の胚軸の多くは廃棄されているのが現状である。」との記載があり(段落0007、段落0008)、大豆胚軸抽出物を発酵原料とすることを除外するかのような記載が問題となった。
しかしながら、明細書の他の記載を考慮すると、「発酵原料としては大豆胚軸が用いられる。・・・(略)・・・本発明に使用される大豆胚軸は、含有されているダイゼイン類が失われていないことを限度として、大豆の産地や加工の有無については制限されない。」との記載もあり(段落0019)、明細書の記載は、大豆胚軸抽出物を発酵原料とすることを権利範囲から明確に除外しているとも言い切れないとも考えられる。本件が控訴され、知財高裁において、当該「背景技術」の記載からは、直ちに特許請求の範囲の文言の意味内容に影響を与えるものではない等の判断がなされれば、地裁における限定解釈が誤りであるとの結論となる可能性はある。
なお、親出願においても、請求項において「大豆胚軸発酵物」との同じ用語が用いられていることから、親出願の出願経過における原告意見書に基づき、裁判所は、「大豆胚軸発酵物」が「大豆胚軸自体の発酵物」であると限定解釈している。「分割出願で特許出願された発明は、本来、内容を異にするものであり、分割出願された発明の「・・・特許請求の範囲」に記載された文言の解釈が、原出願の手続における文言の解釈と必ずしも一致する必要はないというべき・・・」と判示した裁判例もあり(東京地裁 平成19年(ワ)第27187号)、本件が控訴された場合の知財高裁の判断に注目したい。 以上(担当弁理士:春名 真徳)

平成29年(ワ)第35663号「エクオール含有大豆胚軸発酵物」事件

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