侵害差止等請求事件 » 平成30年(ネ)第10041号「二酸化炭素経皮・経粘膜吸収用組成物」事件

名称:「二酸化炭素経皮・経粘膜吸収用組成物」事件
補償金請求控訴事件
知的財産高等裁判所:平成30年(ネ)第10041号 判決日:平成31年2月20日
判決:原判決変更
特許法65条1項
キーワード:補償金請求権、遅延損害金の起算日
判決文:http://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/515/088515_hanrei.pdf

[概要]
一審被告製品は本件発明の技術的範囲に属し、本件特許は特許無効審判により無効にされるべきものとは認められず、実施料率の低下要因に関する一審被告の主張はいずれも理由がないとし、特許法65条1項に基づき、警告から本件特許権の設定登録日までの補償金及びこれに対する訴状送達日の翌日から支払済みまでの遅延損害金を限度に理由があるとされた事例。

[事件の経緯]
一審原告は、特許第5643872号の特許権者である。
一審原告は、一審被告において製造、販売等する炭酸パックが本件発明の技術的範囲に属すると主張して、一審被告に対し、特許法65条1項に基づき、平成25年10月11日から平成26年11月7日(本件特許権の設定登録日)までの補償金3000万円及びこれに対する前記設定登録日の翌日である同月8日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた。
大阪地裁は、1507万8405円及びこれに対する平成27年9月5日(訴状送達日の翌日)から支払済みまで年5分の割合による金員の支払を求める限度で一審原告の請求を認容した。
一審被告及び一審原告の双方が自己の敗訴部分を不服として控訴し、一審被告は一審原告の請求の全部棄却を求め、一審原告は前記控訴の趣旨記載の範囲での原判決の変更を求めた。
知財高裁は、一審被告の控訴は理由がなく、一審原告の控訴は2154万0578円及びこれに対する平成27年9月5日(訴状送達日の翌日)から支払済みまで年5分の割合による金員の支払を求める限度で理由があるものと判断し、原判決を変更した。

[本件発明](請求項1に係る発明)
A 気泡状の二酸化炭素を含有する二酸化炭素経皮・経粘膜吸収用組成物からなるパック化粧料を得るためのキットであって、
B 水及び増粘剤を含む粘性組成物と、
C 炭酸塩及び酸を含む、複合顆粒剤、複合細粒剤、または複合粉末剤と、を含み、
D 前記二酸化炭素経皮・経粘膜吸収用組成物が、前記粘性組成物と、前記複合顆粒剤、複合細粒剤、または複合粉末剤とを混合することにより得られ、
E 前記二酸化炭素経皮・経粘膜吸収用組成物中の前記増粘剤の含有量が1~15質量%である、キット。

[主な争点]
(1)被告製品は本件発明の技術的範囲に属するか(構成要件Aの充足性)(争点1)
(2)被告製品は本件発明の作用効果を奏するか(作用効果不奏功の抗弁)(争点2)
(4)補償金の額(争点4)

[裁判所の判断](筆者にて適宜抜粋)
『1本件発明の技術的特徴について
・・・(略)・・・
本件発明の技術的特徴は、二酸化炭素経皮吸収用組成物からなるパック化粧料を得るためのキットにおいて、得られるパック化粧料が、含水粘性組成物の粘性を利用して、二酸化炭素を組成物中に保持し、持続的に経皮吸収させることができる点にあると認められる。』

『2 技術的範囲の属否-構成要件Aの充足性(争点1)について
(1) 本件特許の出願時において、二酸化炭素が血行促進作用を有すること、皮膚に二酸化炭素を含有する組成物を適用すると二酸化炭素が経皮吸収されることは、当業者に周知の事項であったと認められるところ、本件特許の請求項1において、組成物中の二酸化炭素の含有量を特定する記載はなく、「気泡状の二酸化炭素を含有する二酸化炭素経皮・経粘膜吸収用組成物からなるパック化粧料を得るためのキット」との記載があるのみなのであるから、パック化粧料が、気泡状の二酸化炭素を含有する組成物からなるものとして得られるキットであれば、構成要件Aを充足する。
しかるところ、一審被告は、被告製品から得られる組成物について気泡状の二酸化炭素の量を問題としているだけで、組成物が気泡状の二酸化炭素を含有していること自体は何ら争っていないのであるから、被告製品は構成要件Aを充足すると認めるのが相当である。
(2)これに対し、一審被告は、構成要件Aの充足性の判断においては、二酸化炭素の経皮吸収の向上を媒介として各種疾患の予防及び美容上の問題の改善等の本件明細書記載の各種の効果が奏する程度に「気泡状の二酸化炭素が保持」されていなければならない(当審における主張)とか、出願経過における主張と異なる主張をすることは信義則違反に当たる(原審における主張)、などと主張する。
しかしながら、前記1に認定したとおり、本件発明の技術的特徴は、含水粘性組成物の粘性を利用して、二酸化炭素を組成物中に保持し、持続的に経皮吸収させることができる点それ自体に認められるのであって、効果との関係でその量や程度を問題とするものではない。また、本件発明はその構成自体について特許性を認められたものであることからすると、作用効果の点をもって構成要件を限定的に解釈すべき理由はないし、原判決認定の出願経過・・・(略)・・・に照らしても、一審原告の主張が信義則に反するとすべき事情があるとはうかがわれない。
したがって、一審被告の主張はいずれも理由がない。
(3) 以上によれば、被告製品は、構成要件Aの「気泡状の二酸化炭素を含有する」という部分及び構成要件DないしHのうちこれに係る部分を充足すると認められる。
・・・(略)・・・
したがって、被告製品は本件発明の技術的範囲に属する。』

『3 作用効果不奏功の抗弁(争点2)について
一審被告は、被告製品は、本件明細書に記載された各種疾患等の予防及び治療効果、美肌作用、部分肥満解消作用等の効果が生じる程度に発泡性、持続性の認められる気泡状二酸化炭素が皮下組織に持続的に十分供給される程度の気泡状の二酸化炭素を含有する構成ではない(原審における主張)、あるいは、被告製品の通常の使用想定時間は30分であるが、乙26の実験結果によれば、攪拌操作終了後30分を基準とする限り、被告製品(事前調製型)と用時調製
型との間に有意な差異がないものと推認される(当審における主張)から、被告製品は本件発明特有の作用効果を奏さないと主張する。
その主張は、要するに、本件発明は、二酸化炭素の経皮吸収の向上を媒介として各種疾患の予防及び美容上の問題の改善等本件明細書記載の各種効果を奏する程度に「気泡状の二酸化炭素が保持」されていなければならない(用時調製型との間に有意な差が認められなければならない)とする自らの主張を前提に、被告製品はそのような作用効果を奏するものではないから、本件発明の技術的範囲に属しないと主張するものと解される。
しかしながら、仮に作用効果不奏功の抗弁なるものが成り立ち得るとしても、一審被告の原審における主張は、実質的に構成要件Aの充足、非充足に関する議論の蒸し返しにすぎないというべきであって、その主張が採用できないことは既に説示したとおりであるし、一審被告の当審における主張についても、そもそも本件発明は特定の時間内に作用効果が現れることを特徴とするものではないのであるから、被告製品の通常の使用想定時間なるものに技術的範囲の属否が左右される理由は全くないというべきである。
したがって、この点に関する一審被告の主張は理由がない。』

『5 補償金の額(争点4)について
・・・(略)・・・
イ 次に、一審原告は、乙26の実験結果は信用性に欠けるものであり(甲30)、ブチレングリコールの配合の有無によらず、事前調製型と用時調製型とでは、撹拌終了後30分経過時までの二酸化炭素の経皮吸収量に有意な差が認められるから(甲15)、「ブチレングリコールが5%配合されている場合の混合後30分経過時までの二酸化炭素吸収量は、事前調製型と用時調製型とで有意な差異が認められない」として本件発明を実施したことの寄与は限定的であるとした原判決は妥当でない、と主張する。
この点、被告製品は炭酸水素ナトリウム、クエン酸を含有するパウダー剤と、水、セルロースガム、キサンタンガム等を含有するジェル剤を混合するパック用化粧料のキットであって、正に本件発明の構成を有するものであるから、含水粘性組成物の粘性を利用して、二酸化炭素を組成物中に保持し、持続的に経皮吸収させることができるという本件発明の特徴を備えることは明らかである。そして、そうである以上、本件発明は、被告製品に全面的に寄与しているというべきなのであって、仮に本件発明とは構成が異なるが効果は異ならない製品が存在し得たとしても、そのことによって本件発明の寄与が限定的なものになるわけではない。
また、仮にこの点を措くとしても、乙26の実験は、被告製品を用いた対比実験ではなく、実施例44とその改変キット(粘性組成物中の水を酸成分に添加しておくことにより、実施例44のキットを一審被告主張の「用時調製型」のキットに改変したもの)という、被告製品とは構成が異なるキットを用いて対比実験を行ったものにすぎない・・・(略)・・・のであるから、その一例をもって直ちに被告製品において・・・(略)・・・本件発明の構成を採用したこと(本件発明を実施したこと)の寄与が限定的であるということはできないし、ほかに被告製品における本件発明の寄与が限定的であるとみるべき具体的事情はない。
したがって、いずれにせよ原判決が乙26の実験結果に基づいて被告製品において本件発明を実施したことの寄与が限定的であると認定したのは相当でないというべきであり、一審原告の主張は、乙26の実験結果の信用性について論じるまでもなく、かかる点を指摘する限度で理由がある。
ウ 他方、一審被告は、①一審被告が採用するMLMの販売手法は資本を投下して形成された特別な人的ネットワークに基づくものであって、通常よりも営業コストが高いと推認できること、②一審原告は特許権の行使を主たる事業とする会社であり、平均的な実施料率を判断の基礎とすること自体に疑問がある上、仮に判断の基礎とするにしても、競争促進の観点から実施料率は通常の特許侵害訴訟の場合に比較して低減されるべきであることなどを理由に、本件における実施料率が●●●●●●ことはないと主張する。
しかしながら、前記①の点については、MLMという販売手法を採用しているからといって、直ちにそれが通常よりも実施料率を低減させるべき事情になるとはいえないし、前記②の点についても、一審原告の特許権行使が実施料率の面で差別的扱いを受けなければならないほどに競争促進の観点から問題のあるものと認めるに足りる証拠はないから、その主張は理由がない。
また、一審被告が原審において主張したその他の事情についても、いずれも通常より実施料率を低減させるべき要因として特に取り上げるべきといえるほどの事情であるとは認められない。
以上によれば、実施料率の低下要因に関する一審被告の主張はいずれも理由がない。
(3)以上の認定判断を踏まえ、被告製品の販売に関する相当な実施料率を検討するに、・・・(略)・・・被告製品における本件発明の寄与が特に限定的であるとは認められないこと等の諸事情を勘案すれば、一審被告が本件発明の実施に対し受けるべき補償金の額を算定するに当たっての実施料率は●●●●●●●●●相当である。
そうすると、一審被告が一審原告に対し支払うべき補償金の額は、次のとおり、2154万0578万円と認められる。
(計算式)●●●●●●●●●●●●●●●●=2154万0578円
(1円未満四捨五入)
(4)以上によれば、一審原告の一審被告に対する請求は、2154万0578円及びこれに対する平成27年9月5日(訴状送達日の翌日)から支払済みまで年5分の割合による金員の支払を求める限度で理由があるが、その余は理由がないことに帰する。』

[コメント]
裁判所は、構成要件Aの解釈について、本件特許の明細書や出願経過を参酌した上で、「本件発明の技術的特徴は、含水粘性組成物の粘性を利用して、二酸化炭素を組成物中に保持し、持続的に経皮吸収させることができる点それ自体に認められるのであって、効果との関係でその量や程度を問題とするものではない」と判断し、請求項の文言に則った自然な解釈を行った。本件発明が組成物中に気泡状の二酸化炭素を保持し、持続的に放出することを技術的特徴とする以上、妥当な判断であるといえる。
作用効果不奏功の抗弁については、実質的に構成要件Aの充足、非充足に関する議論の蒸し返しにすぎないとして斥けられている。本件発明の作用効果を組成物中における二酸化炭素の含有量の向上という一審被告が自ら設定した内容としたことによるところが大きいであろう。当該抗弁を採るにあたっては、本件発明の作用効果の的確な把握が求められる。
補償金の額の算定にあたっての実施料率の低下要因として、原判決が被告製品とは構成が異なるキットを用いて対比実験を行った乙26の実験結果に基づいて被告製品において本件発明を実施したことの寄与が限定的であると認定したのは相当でないとして、乙26の実験結果は実施料率の低下要因として認められず、原判決からの補償金の額の増額という結果となった。この点は、一審原告及び原審も看過しており、相手方の提出する証拠の精査は常に必要となる。
なお、原審において、補償金支払債務の履行期に関し、「特許法65条1項に基づく補償金支払債務は、法律の規定に基づき発生する債務であり、法律により特に履行期が定められていないから、履行の請求を受けた時から遅滞に陥るものと解される(民法412条3項)。そして、本件で原告が被告に対して補償金の支払を請求したことが認められるのは訴状の送達日である平成27年9月4日である(弁論の全趣旨)から、その日までの遅延損害金の支払請求には理由がないこととなる。」としている。
以上
(担当弁理士:藤井 康輔)