侵害差止等請求事件 » 平成30年(ネ)第10031号「下肢用衣料」事件

名称:「下肢用衣料」事件
特許権侵害差止等請求控訴事件
知的財産高等裁判所:平成30年(ネ)第10031号 判決日:平成30年11月20日
判決:請求棄却
条文:特許法102条2項、3項、特許法73条2項
キーワード:共有に係る特許権、逸失利益、損害賠償請求権
決文:http://www.ip.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/234/088234_hanrei.pdf

[概要]
特許法102条2項の損害額の推定を受けるに当たり、特許権者が当該特許発明を実施していることは要件とはならず、特許権者に、侵害者による特許権侵害行為がなかったならば利益が得られたであろうという事情が存在する場合には、特許法102条2項の適用が認められると解するべき、と判断された事例。
特許法102条2項による損害額の推定に基づき侵害者に対し特許権の共有者の一部が損害賠償請求権を行使するに当たっては、同項に基づく損害額の推定は、不実施に係る他の共有者の持分割合による同条3項に基づく実施料相当額の限度で一部覆滅されるとするのが合理的である、と判断された事例。

[事件の経緯]
控訴人兼被控訴人であるトラタニ株式会社(以下、「1審原告」)は、特許第4213194号の特許権者である。
1審原告が、被控訴人兼控訴人である株式会社タカギ(以下、「1審被告タカギ」)及び株式会社名古屋タカギ(以下、「1審被告名古屋タカギ」)の行為が当該特許権を侵害するものと主張して、1審被告らの行為の差止め等を求めた(大阪地裁平成26年(ワ)第7604号)ところ、大阪地裁が、1審原告の請求のうち、被告製品の製造販売等の差止め及び廃棄並びに損害賠償請求の一部を認容する判決をしたため、1審原告及び1審被告らは、それぞれ、これを不服として控訴し、その敗訴部分につき、1審原告は原判決の変更を求め、1審被告らは、1審原告の請求の全部棄却を求めた。知財高裁は、1審原告及び1審被告らの各控訴をいずれも棄却した。

[主な争点]
6 特許法102条2項の適用の可否(争点6)
7 原告が行使可能な損害賠償請求権の範囲(争点7)

[裁判所の判断](筆者にて適宜抜粋、下線)
『9 特許法102条2項の適用の可否(争点6)、1審原告が行使可能な損害賠償請求権の範囲(争点7)、1審被告らが得た利益額(102条2項)(争点8)、推定覆滅事由の存否(争点9)及び1審原告に生じた損害額(争点10)について
(1) 原判決の引用
特許法102条2項の適用の可否(争点6)、1審原告が行使可能な損害賠償請求権の範囲(争点7)、1審被告らが得た利益額(102条2項)(争点8)、推定覆滅事由の存否(争点9)及び1審原告に生じた損害額(争点10)については、後記ア~ウのとおり訂正するとともに、当審における当事者の主張について後記(2)とおり付加するほかは、いずれも原判決「事実及び理由」の第3の10~14(原判決91頁26行目~113頁7行目)に記載のとおりであるから、これを引用する。』

<<以下、原判決の引用>>
10 争点6(特許法102条2項の適用の可否)について
(1) 特許法102条2項は、「特許権者・・・が故意又は過失により自己の特許権・・・を侵害した者に対しその侵害により自己が受けた損害の賠償を請求する場合において、その者がその侵害の行為により利益を受けているときは、その利益の額は、特許権者・・・が受けた損害の額と推定する。」と規定する。
特許法102条2項は、民法の原則の下では、特許権侵害によって特許権者が被った損害の賠償を求めるためには、特許権者において、損害の発生及び額、これと特許権侵害行為との間の因果関係を主張、立証しなければならないところ、その立証等には困難が伴い、その結果、妥当な損害の填補がされないという不都合が生じ得ることに照らして、侵害者が侵害行為によって利益を受けているときは、その利益額を特許権者の損害額と推定するとして、立証の困難性の軽減を図った規定である。このように、特許法102条2項は、損害額の立証の困難性を軽減する趣旨で設けられた規定であって、その効果も推定にすぎないことからすれば、同項を適用するための要件を、殊更厳格なものとする合理的な理由はないというべきである。
そして、特許法102条2項には、特許権者が当該特許発明の実施をしていることを要する旨の文言は存在しないことも総合すれば、特許権者が当該特許発明を実施していることは、同項を適用するための要件とはいえない。
したがって、特許権者に、侵害者による特許権侵害行為がなかったならば利益が得られたであろうという事情が存在する場合には、特許法102条2項の適用が認められると解するべきであるが、同項によって推定される特許権者の損害は、推定の前提事実たる侵害者の利益との同質性の観点から、特許権者の販売利益の減少による逸失利益であると解されるから、上記の事情が認められるためには、特許権者が自社製品を販売する等して侵害者の製品と市場で競合していることが必要であると解するべきである。他方、特許権者が競合品を販売している場合には、侵害者による特許権侵害行為がなかったならば何らかの追加的な販売利益が得られるのが通常であるから、それにもかかわらず特許権者が利益を得られなかったことを基礎付けるための事情は、特許法102条2項の推定の覆滅事由として考慮されるべきものと解するのが相当である。
(2) 原告製品は被告製品と競合するものであるか
・・・(略)・・・
原告製品、被告製品ともに、本件発明の作用効果に係る、①脚口部分が前方に突出するように構成され、②脚口部分及びお尻の部分がずり上がらないという特徴を備え、それを広告宣伝するものであることから、これらは市場において競合するものというべきである。
(3) 市場における競合が生じた期間
・・・(略)・・・
(4) 以上のとおり、損害賠償請求期間である平成22年1月から平成28年6月までを通じて、原告は被告製品と競合する製品を継続して販売しており、被告らによる特許権侵害行為がなかったならば原告が利益を得られたであろうという事情が存在したというべきであるから、特許法102条2項の適用が認められると解するのが相当である。
被告らが主張する上記以外の要素(需要者の購入動機、販売形態の差異、両製品の価格差、他の競合品の存在)については、特許法102条2項の推定を覆滅する事由として考慮されるべきものであり、本件において特許法102条2項を適用すべきとする上記判断を左右するものではない。
また、被告らは、被告製品の販売にもかかわらず、実際の原告製品の売上げは減少しておらず、むしろ増加しているなどとして、特許法102条2項の適用を否定する主張をするが、そのような事情があっても、被告製品の販売がなかった場合に、より多くの原告製品の売上げが得られた可能性が否定されるものではない以上、被告らによる特許権侵害行為がなかったならば原告が利益を得られたであろうという事情の存在を否定することはできないし、そのような事情自体が推定覆滅事由を構成するともいえない。
11 争点7(原告が行使可能な損害賠償請求権の範囲)について
原告は、本件特許をゴールドウインテクニカルセンターと共有しているところ、ゴールドウインテクニカルセンターが本件発明の実施をしておらず、また、被告製品の競合品の販売もしていないことにつき当事者間に争いはない。
本件特許の共有特許権者である原告は、持分権に基づいて本件発明の全部を実施することができる(特許法73条2項)ところ、共有者の一部のみが実施品又は競合品の販売をしている場合には、侵害行為による販売利益の減少という損害は当該特許権者のみに生じるから、本件において原告に生じた損害の額についても特許法102条2項が適用されると解される。しかし、その原告も本件発明の価値全体を単独で支配し得るものではなく、被告らが本件特許権の侵害行為によって得た利益は、原告の持分権だけでなく、共有特許権者であるゴールドウインテクニカルセンターの持分権を侵害することによっても得られたものであり、ゴールドウインテクニカルセンターは、被告らに対して、特許法102条3項による損害の賠償をその持分割合の限度で請求することができるものである。
そうすると、特許法102条2項による原告の損害額の推定は、ゴールドウインテクニカルセンターに生じた損害額(実施料相当額の逸失利益)の限度で一部覆滅されると解するのが相当であるから、原告の損害額は、特許法102条2項によって推定される損害額から、同条3項によりゴールドウインテクニカルセンターに生じたと認められる損害額を控除して算定することとするのが相当である。そして、本件において原告は、原告固有の損害賠償請求権のみを行使し、ゴールドウインテクニカルセンターから譲り受けた損害賠償請求権(甲24及び25)を行使するものではないから、原告が被告らに対して行使可能な損害賠償請求権の範囲も、特許法102条2項の推定額からゴールドウインテクニカルセンターに生じた損害額を控除して得られる額にとどまるというべきである。
この点について、原告は、ゴールドウインテクニカルセンターから、その有する被告に対する本件特許権侵害に基づく損害賠償請求権の譲渡を受けたことを理由に、原告が有する固有の損害賠償請求権に基づき、特許法102条2項の推定額の全額を請求することができると主張する。しかし、上記のとおり、そもそも原告の固有の損害賠償請求権は、特許法102条2項の推定額からゴールドウインテクニカルセンターに生じた損害額を控除して得られる額についてしか発生していないと解されるから、ゴールドウインテクニカルセンターからその固有の損害賠償請求権の譲渡を受けたからといって、自己固有の損害賠償請求権が拡張される理由にはならず、原告の上記主張は採用できない。
<<以上、原判決の引用>>

『(2) 当審における当事者の主張について
ア 特許法102条2項の適用の可否(争点6)について
(ア) 1審被告らは、特許法102条2項の適用に当たり、権利者は特許発明を自ら実施していることを要するなどと主張する。
しかし、侵害者が侵害行為によって利益を得ているときは、その利益額を特許権者の損害額と推定するとして、特許権者の受けた損害額の立証の困難性を軽減するという特許法102条2項の趣旨に鑑みると、特許権者に、侵害者による特許権侵害行為がなかったならば利益が得られたであろうという事情が存在する場合には、同項の適用が認められ、特許権者が当該特許発明を実施していることは同項を適用するための要件とはいえない。また、上記の事情が存在する場合であるにもかかわらず特許権者が利益を得られなかったことを基礎付ける事情は、推定された損害額を覆滅する事情として考慮されると解するのが相当である。
(イ) 1審被告らは、「ショーツ」自体国内で大量に販売され、市場に流通する物品であることなどから、1審被告らが被告製品を販売していなくても、1審原告が原告製品の販売により利益を得られない蓋然性が高いなどと主張する。
しかし、上記のとおり、このような事情は特許法102条2項の適用の有無に関わる事情ではなく、同項により推定された損害額を覆滅する事情として考慮され得るにとどまる。
(ウ) したがって、この点に関する1審被告らの主張は採用できない。
イ 1審原告が行使可能な損害賠償請求権の範囲(争点7)について
1審原告は、特許法102条2項に基づく推定額から共有に係る特許権者である訴外会社に生じた損害額を控除することはできない旨を、1審被告らは、侵害者の得た利益の額を共有者の持分権の割合によって按分した額を当該共有者の受けた損害額と推定すべき旨を、それぞれ主張する。
民法の原則の下では、特許権侵害による特許権者の損害の賠償を求めるためには、特許権者において損害の発生及び額等につき主張立証しなければならないところ、前記のとおり、特許法102条2項は、損害額の立証の困難性を軽減する趣旨で設けられたものであり、加害行為がなかった場合に想定される利益状態と加害行為によって現実に発生した不利益状態とを金銭的に評価した場合の差額を「損害」として把握し、その填補賠償を目的とするという点で、民法上の不法行為による損害賠償制度の枠内にあるものであることに違いはない。特許権の共有は、それぞれ、原則として他の共有者の同意を得ないでその特許発明の実施をすることができるものの(特許法73条2項)、その価値の全てを独占するものではないことに鑑みると、特許法102条2項に基づく損害額の推定を受けるに当たり、共有者は、原則としてその実施の程度に応じてその逸失利益額を推定されると解するのが相当であり、共有者各自の逸失利益額と相関関係にない持分権の割合を基準とすることは合理的でない。なお、本件では、引用に係る原判決指摘のとおり、原告製品は本件発明の実施品と認めるに足りる証拠はないものの、原告製品と被告製品とは市場において競合関係にあるものといえる。このため、前記のとおり特許法102条2項の適用が認められることから、本件においても上記と同様に解するのが相当である。
もっとも、特許発明の実施品(又は侵害品と競合する特許権者の製品)の販売利益の減少等による特許権者の逸失利益と、侵害者から得べかりし実施料の喪失による逸失利益とは、類型的にその性質を異にするものである。また、共有者の一部が当該特許発明を実施しなかったとしても(又は侵害品と競合する製品の製造等を行っていなかったとしても)、共有に係る特許権の侵害による侵害者の利益は、特許権の共有者の一方の持分権の侵害のみならず他方の持分権の侵害にもよるものである以上、実施料相当額の逸失利益を観念することは可能であり、特許法102条3項もこのことを前提とするものと理解される。そうである以上、同条2項による損害額の推定に基づき侵害者に対し特許権の共有者の一部が損害賠償請求権を行使するに当たっては、同条2項に基づく損害額の推定は、不実施に係る他の共有者の持分割合による同条3項に基づく実施料相当額の限度で一部覆滅されるとするのが合理的である。
また、1審原告は、本件における特別の事情として、訴外会社の1審被告らに対する損害賠償請求権が1審原告に債権譲渡されていることを指摘する。
しかし、当該請求権は本件における1審原告固有の損害賠償請求権とその発生原因を異にし、訴外会社の1審被告らに対する債権譲渡の結果、1審原告の下に両立していると考えられること、1審原告が、債権譲渡を受けた損害賠償請求権を行使しないで、固有の損害賠償請求権のみの行使を主張する旨明言していることなどに鑑みると、本件においては、結果として同一人に帰属しているからといって、結論を異にすべき事情ということはできない。
その他1審原告ないし1審被告らがるる指摘する事情を考慮しても、この点についてのそれぞれの主張はいずれも採用できない。』

[コメント]
特許法102条2項の適用における「特許権者の特許発明実施の必要性」については、平成24年(ネ)第10015号「ゴミ貯蔵機器」事件の大合議判決によって、「特許法102条2項の適用に当たり、特許権者において、当該特許発明を実施していることを要件とするものではないというべきである」、「特許権者に、侵害者による特許権侵害行為がなかったならば利益が得られたであろうという事情が存在する場合には、特許法102条2項の適用が認められると解すべき」と判断されている。「ゴミ貯蔵機器」事件では、特許権者が外国法人であって、日本国内に実施権者がおり、その実施権者が日本国内で代理店として販売していたという事情があり、本件とは事情が異なるものではあるが、特許権者による特許発明の実施は要件とするものではなく、逸失利益の存在を立証できれば足りるとした点、前記大合議判決を踏襲したものになっていると思われる。
また、行使可能な損害賠償請求権の範囲について、平成21年(ネ)第10028号「鉄骨柱の建入れ直し装置」事件では、「特許権の共有者は、持分権にかかわらず特許発明全部を実施できるものであるから、特許権の侵害行為による損害額も特許権の共有持分に比例するものではなく、実施の程度の比に応じて算定されるべきものである。そして、このことは、損害額の推定規定である特許法102条2項による場合も同様であるということができる。」と判断しているものの、不実施の共有者が損害賠償請求権を控訴人に譲渡し、その旨の対抗要件が具備されており、不実施の共有者から被控訴人に対して本件特許権侵害による損害賠償請求が行われることはもはやあり得ない、との事情に鑑みて、「控訴人が、本件訴訟において、本件特許権侵害によって請求し得る損害額は、被控訴人が被控訴人製品を賃貸したことによって得た利益の全額ということになる」と判断されており、本件の判断とは異なるものであった。今後同様のケースでどのような判断が下されるか注目したい。

以 上
(担当弁理士:千葉 美奈子)