IP case studies判例研究

平成29年(ネ)第10086号「美肌ローラ」事件

名称:「美肌ローラ」事件
損害賠償請求控訴事件
知的財産高等裁判所:平成29年(ネ)第10086号 判決日:平成30年12月18日
判決:原判決取消
特許法167条、104条の3、民事訴訟法2条
キーワード:同一の事実及び同一の証拠、特許無効の抗弁、信義則、権利の濫用
判決文:http://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/211/088211_hanrei.pdf
[概要]
侵害訴訟の被告が無効審判請求を行い、審決取消訴訟を提起せずに無効不成立の審決を確定させた場合には、同一当事者間の侵害訴訟において同一の事実及び同一の証拠に基づく無効理由を特許法104条の3第1項による特許無効の抗弁として主張することは、特段の事情がない限り、訴訟上の信義則に反するものであり、民事訴訟法2条の趣旨に照らし許されないとされた事例。
[事件の経緯]
控訴人(原審原告)は、特許第5230864号の特許権者である。
控訴人が、被控訴人(原審被告)の行為が当該特許権を侵害すると主張して、被控訴人に対し、不法行為に基づく損害賠償金及び遅延損害金の支払いを求めた(大阪地裁平成28年(ワ)第4167号)ところ、大阪地裁が、控訴人の請求を棄却する判決をしたため、控訴人は、原判決を不服として、控訴を提起した。
知財高裁は、控訴人の控訴を認容し、原判決を取り消した。
[本件発明]
【請求項1】
柄と、
前記柄の一端に導体によって形成された一対のローラと、
生成された電力が前記ローラに通電される太陽電池と、を備え、
前記ローラの回転軸が、前記柄の長軸方向の中心線とそれぞれ鋭角に設けられ、
前記一対のローラの回転軸のなす角が鈍角に設けられた、
美肌ローラ。
[原判決]
本件発明1は、乙24発明に、乙25公報ないし乙27公報に記載された周知技術、乙29発明の構成を適用することによって容易に発明をすることができたから、進歩性を欠く無効理由を有する、と判断された。
そして、本件特許は特許無効審判により無効にされるべきものであるとして、原告の請求は、棄却された。
[主な争点]
無効理由(乙24発明を主引例とする進歩性欠如)の存否及び本件において特許無効を主張することの可否(争点2)
[被控訴人の主張]
本件審決の確定により被控訴人が改めて無効理由1に基づく無効審判請求をすることはできないとしても、被控訴人以外の第三者は無効理由1による無効審判請求をすることが可能である。
そして、このような場合も「当該特許が特許無効審判により・・・(略)・・・無効にされるべきものと認められるとき」(特許法104条の3第1項)に当たると解すべきであるから、被控訴人が無効理由1を主張することは許される。
特許法104条の3第1項の適用がないとしても、本件特許は無効理由1により無効にされるべきものであるから、本件特許権の行使は、無効な特許を実施する者に不当な不利益を与えるもので衡平の理念に反する。いわゆるキルビー判決は、特許権を対世的に無効にする手続から当事者を解放した上で衡平の理念を実現するというものであり、その理念は本件にも妥当するから、控訴人が被控訴人に対し、本件特許権を行使することは権利の濫用として許されない。
[裁判所の判断](筆者にて適宜抜粋)
『(2) 無効理由1について
ア 無効理由1は、本件無効審判請求と同じく、乙24公報に記載の主引例と乙25~31の1公報に記載の副引例ないし周知技術に基づいて進歩性欠如の主張をしたものであるから、無効理由1は本件無効審判請求と「同一の事実及び同一の証拠」に基づくものといえる。そして、本件審決は確定したから、被控訴人は無効理由1に基づいて本件特許の特許無効審判を請求することができない(特許法167条)。
特許法167条が同一当事者間における同一の事実及び同一の証拠に基づく再度の無効審判請求を許さないものとした趣旨は、同一の当事者間では紛争の一回的解決を実現させる点にあるものと解されるところ、その趣旨は、無効審判請求手続の内部においてのみ適用されるものではない。そうすると、侵害訴訟の被告が無効審判請求を行い、審決取消訴訟を提起せずに無効不成立の審決を確定させた場合には、同一当事者間の侵害訴訟において同一の事実及び同一の証拠に基づく無効理由を同法104条の3第1項による特許無効の抗弁として主張することは、特段の事情がない限り、訴訟上の信義則に反するものであり、民事訴訟法2条の趣旨に照らし許されないものと解すべきである。
そして、本件において上記特段の事情があることはうかがわれないから、被控訴人が本件訴訟において特許無効の抗弁として無効理由1を主張することは許されない。
イ 被控訴人は、特許法104条の3第1項の適用がないとしても、本件特許は無効理由1により無効にされるべきものであるから、本件特許権の行使は衡平の理念に反するし、いわゆるキルビー判決は、特許権を対世的に無効にする手続から当事者を解放した上で衡平の理念を実現するというものであるから、控訴人が被控訴人に対し、本件特許権を行使することは権利の濫用として許されないと主張する。
しかし、被控訴人は、本件訴訟と同一の当事者間において特許権を対世的に無効にすべく無効理由1に基づく無効審判請求を行い、それに対する判断としての本件審決が当事者間で確定し、上記アのとおり、無効理由1に基づいて特許法104条の3第1項による特許無効の抗弁を主張することが許されないのであるから、本件において、控訴人が被控訴人に対して本件特許権を行使することが衡平の理念に反するとはいえず、権利の濫用であると解する余地はない。
(3) 無効理由2について
無効理由2は、無効理由1と主引例が共通であり、本件審決にいう相違点1A及び相違点2Aについて、「生体に印加する直流電源に太陽電池を用いること」が周知技術である、あるいは、副引例として適用できることを補充するために、新たな証拠(乙44公報及び乙45公報)を追加したものといえる。
本件審決は、相違点1B及び相違点2Bに係る構成の容易想到性を否定し、相違点1A及び相違点2Aについては判断していないのであるから、被控訴人が相違点1A及び相違点2Aに関する新たな証拠を追加したとしても、相違点1B及び相違点2Bに関する判断に影響するものではない。そうすると、無効理由2は、新たな証拠(乙44公報及び乙45公報)が追加されたものであるものの、相違点1B及び相違点2Bの容易想到性に関する被控訴人の主張を排斥した本件審決の判断に対し、その判断を蒸し返す趣旨のものにほかならず、実質的に「同一の事実及び同一の証拠」に基づく無効主張であるというべきである。したがって、本件審決が確定した以上、被控訴人は無効理由2に基づく特許無効審判を請求することができない。
そうすると、無効理由2についても上記(2)アにおいて説示したところが妥当するから、被控訴人が本件訴訟において無効理由2に基づき特許無効の抗弁を主張することは許されないものというべきである。』
[コメント]
被控訴人(原審被告)は、本件特許に対し特許無効審判を請求し、請求不成立とする審決を受けた。被控訴人は、当該審決に対し審決取消訴訟を提起せず、当該審決が確定した。
一方、侵害訴訟において、原審では、特許無効審判請求と同一の事実及び同一の証拠に基づく無効理由によって、本件特許は無効にされるべきものと判断され、控訴人(原審原告)の請求が認められなかった。
そして、本事例においては、特許法167条の「一事不再理効」の趣旨は、無効審判請求手続きの内部においてのみ適用されるものではない(侵害訴訟手続きにおいても適用される)として、被控訴人が侵害訴訟の控訴審において特許無効審判請求と同一の事実及び同一の証拠に基づく無効理由を特許無効の抗弁として主張することは、訴訟上の信義則に反するとして認められない、と判断された。
本事例によれば、特許無効審判を請求し、請求不成立とする審決がなされた場合、侵害訴訟の進行状況によっては、審決取消訴訟を提起することが必須になると言える。本事例のように、審決取消訴訟を提起することなく、請求不成立とする審決が確定してしまった場合、確定後の侵害訴訟手続きにおいて、特許無効審判請求と同一の事実及び同一の証拠に基づく無効理由を特許無効の抗弁として主張することができなくなるためである。
以上
(担当弁理士:小島 香奈子)

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