IP case studies判例研究

平成30年(ネ)第10044号「光学情報読取装置」事件

名称:「光学情報読取装置」事件
特許権侵害差止等請求控訴事件
知的財産高等裁判所:平成30年(ネ)第10044号 判決日:平成30年9月26日
判決:控訴棄却
特許法29条2項、民事訴訟法第157条1項、同法297条
キーワード:公然実施発明、訂正の再抗弁、時機に後れた攻撃防御方法
判決文:http://www.ip.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/010/088010_hanrei.pdf
[概要]
公然実施発明を主引用例とし、相違点については周知課題に周知事項を適用することにより容易想到であるとの進歩性欠如の無効理由に基づいて、無効の抗弁が認められた事例。
控訴審における訂正の再抗弁の主張が、時機に後れた攻撃防御方法に当たるものとして却下された事例。
[事件の経緯]
控訴人(原審原告)は、特許第3823487号の特許権者である。
控訴人が、被控訴人(原審被告)の行為が当該特許権を侵害するものと主張して、被控訴人の行為の差止め等を求めた(東京地裁平成28年(ワ)第27057号)ところ、東京地裁が、控訴人の請求を棄却する判決をしたため、控訴人は、原判決を不服として、控訴を提起した(但し、差止め請求に係る訴えについては、原審の口頭弁論終結前に取下げられている)。
知財高裁は、控訴人の控訴を棄却した。
[本件発明]
【請求項1】
複数のレンズで構成され、読み取り対象からの反射光を所定の読取位置に結像させる結像レンズと、前記読み取り対象の画像を受光するために前記読取位置に配置され、その受光した光の強さに応じた電気信号を出力する複数の受光素子が2次元的に配列されると共に、当該受光素子毎に集光レンズが設けられた光学的センサと、該光学的センサへの前記反射光の通過を制限する絞りと、前記光学的センサからの出力信号を増幅して、閾値に基づいて2値化し、2値化された信号の中から所定の周波数分析比を検出し、検出結果を出力するカメラ部制御装置と、を備える光学情報読取装置において、前記読み取り対象からの反射光が前記絞りを通過した後で前記結像レンズに入射するよう、前記絞りを配置することによって、前記光学的センサから射出瞳位置までの距離を相対的に長く設定し、前記光学的センサの中心部に位置する受光素子からの出力に対する前記光学的センサの周辺部に位置する受光素子からの出力の比が所定値以上となるように、前記射出瞳位置を設定して、露光時間などの調整で、中心部においても周辺部においても読取が可能となるようにしたことを特徴とする光学情報読取装置。
[原判決](原審の抜粋)
『ウェルチアレン社は平成9年6月にはIT4400を米国内で販売しており、アイニックス社は同年7月にはウェルチアレン社から被告購入製品と同機種(IT4400HD)を日本に輸入し、顧客に販売していたとの事実を認めることができる。これによれば、IT4400は、本件特許出願日(平成9年10月27日)前に日本国内で販売されており、IT4400により実施された発明(公知発明)は、本件特許出願日前に公然実施されていたものと認められる。そして、IT4400の購入者が同製品を分解するなどして、その内部構造等を知ることは困難ではなかったということができる。
・・・(略)・・・以上によれば、IT4400により実施された発明(公知発明)は、本件特許出願日前に日本国内において公然実施されていたものと認められる。』
『相違点1及び2は、公知発明に本件特許出願当時の周知技術を組み合わせることにより、当業者が容易に想到し得たということができる。
・・・(略)・・・以上のとおり、本件特許は進歩性を欠き、特許無効審判により無効にされるべきものと認められる。』
[裁判所の判断](筆者にて適宜抜粋)
争点2-2(2次元コードリーダー(IT4400)を主引用例とする進歩性欠如の有無)について
『(2)IT4400に係る発明の公然実施の有無
・・・(略)・・・
控訴人は、被告購入製品は、米国から輸入されたものであり、そもそも米国でいつ販売されたのか不明である上、アイニックス社が本件特許出願前に日本国内で実際に販売していたIT4400は現存していないため、本件特許出願前に日本国内で販売されていたIT4400と被告購入製品との同一性を検証することができないから、IT4400に係る発明が本件特許出願前に公然実施されていたものと認めることはできない旨主張する。
しかしながら、アイニックス社が本件特許出願前に日本国内で実際に販売していたIT4400が現存していないことは、被告購入製品が本件特許出願前に日本国内で販売されていたIT4400と同一構造の製品であるとの上記認定を左右するものではないから、控訴人の上記主張は採用することができない。』
『(4)相違点1の容易想到性について
・・・(略)・・・
控訴人は、乙10ないし12は、いずれも2次元コードリーダでの採用を念頭に置いていないビデオカメラでの技術を開示しているにすぎないから、前記(イ)①及び②に係る技術は、2次元コードリーダに関するものではない旨主張する。
しかしながら、・・・(略)・・・これらの文献には2次元コードリーダに関する直接の記載はないが、これらの文献から、受光素子ごとにマイクロレンズ(集光レンズ)が設けられた固体撮像素子(光学的センサ)の周辺部における受光素子の相対的な光量不足は、光学的センサの構成に起因して必然的に生じる事象であって、光学的センサの撮像対象の相違によって異なるものではないことを理解することができる。
したがって、このような周辺部における受光素子の相対的な光量不足は、ビデオカメラやスチルビデオカメラに用いた場合のみに生じる特有の事象ではなく、受光素子ごとにマイクロレンズ(集光レンズ)が設けられた固体撮像素子(光学的センサ)を備えた2次元コードリーダにおいても生じ得る事象であるといえるから、控訴人の上記主張は採用することができない。』
『・・・(略)・・・控訴人がいう2次元コードリーダにおける課題は、受光素子ごとにマイクロレンズ(集光レンズ)が設けられた固体撮像素子(光学的センサ)の周辺部における受光素子の相対的な光量不足により、周辺部の読取性能が落ち、コードの読取りに影響が生じることをいうものであるが、このような周辺部における受光素子の相対的な光量不足の問題は、本件特許出願当時周知であったことは前記(イ)①のとおりであるから、「新規な課題」であるということはできない。
また、控訴人がいうようにビデオカメラ等の技術と2次元コードリーダの技術分野とでは、画像認識の仕組み、光学系の設計思想、CCDが画像認識をした後の画像データの処理の点で異なるとしても、そのことは、ビデオカメラ等で生じる上記周辺部における受光素子の相対的な光量不足の問題が2次元コードリーダでは問題とならないことを裏付けるものではない。』
『(7)控訴人による訂正の再抗弁の主張について
・・・(略)・・・
(エ)別件無効審判における経緯
・・・(略)・・・
①控訴人は、原審において、平成29年7月25日の原審弁論準備手続期日において被控訴人から本件無効の抗弁が主張され、別件侵害訴訟及び別件無効審判においても、本件無効の抗弁と同じ無効の抗弁又は無効理由が主張され、さらに、平成30年1月30日に別件侵害訴訟において上記無効の抗弁を容れた請求棄却判決の言渡しがされたが、同年2月14日の原審口頭弁論終結時までに本件無効の抗弁に対する訂正の再抗弁を主張しなかったこと、②その後、同年4月13日に本件無効の抗弁を容れた原判決がされたが、控訴人は、控訴理由書提出期限の同年6月8日に提出した控訴理由書においては本件無効の抗弁に対する訂正の再抗弁を主張せず、その後同年7月26日に被控訴人から控訴理由書に対する反論の準備書面が提出された後、当審第1回口頭弁論期日(同年8月8日)の4日前の同月4日になって初めて、本件訂正の再抗弁の主張を記載した準備書面(準備書面(1))を提出したことが認められる。
一方で、控訴人において、当審第1回口頭弁論期日の4日前になるまで、本件無効の抗弁に対する訂正の再抗弁を主張しなかったことについて、やむを得ないといえるだけの特段の事情はうかがわれない。
もっとも、控訴人は、別件無効審判において、平成29年11月3日に本件無効の抗弁と同じ無効理由を含むハネウェル社主張の無効理由に対する答弁書を提出した後、平成30年7月9日付けの別件審決の予告を受けるまでは、特許法126条2項、134条の2第1項の規定により、本件無効の抗弁と同じ無効理由を解消するための訂正審判の請求又は別件無効審判における訂正の請求をすることが法律上できなかったものである。しかしながら、このような事情の下では、本件無効の抗弁に対する訂正の再抗弁を主張するために、現にこれらの請求をしている必要はないというべきであるから(最高裁平成28年(受)第632号平成29年7月10日第二小法廷判決・民集71巻6号861頁参照)、当該事情は、特段の事情に該当しないというべきである。
そして、無効の抗弁に対する訂正の再抗弁の主張は、本来、原審において適時に行うべきものであり、しかも、控訴人は、当審において、遅くとも控訴理由書の提出期限までに訂正の再抗弁の主張をすることができたにもかかわらず、これを行わず、第1回口頭弁論期日の4日前になって初めて、本件訂正の再抗弁の主張を記載した準備書面を提出したのであるから、本件訂正の再抗弁の主張は、控訴人の少なくとも重大な過失により時機に後れて提出された攻撃防御方法であるものというべきである。
また、当審において、控訴人に本件訂正の再抗弁を主張することを許すことは、被控訴人に対し、訂正の再抗弁に対する更なる反論の機会を与える必要が生じ、これに対する控訴人の再反論等も想定し得ることから、これにより訴訟の完結を遅延させることとなることは明らかである。
そこで、控訴人の本件訂正の再抗弁の主張は、民事訴訟法297条において準用する157条1項に基づき、これを却下したものである。』
[コメント]
公然実施発明を主引用例とする進歩性欠如の無効理由に基づいて、無効の抗弁が認められた。主引用例に組み合わせられる周知技術はカメラに関するものであったが、光量不足の問題は出願時において周知の課題であると認定され、2次元コードリーダで問題にならないとはいえないとして、動機付けが認められた。
また、控訴審では、控訴人による訂正の再抗弁の主張が時機に後れた攻撃防御方法に当たるものとして却下された。適切な時期に主張を行うことの重要性について、痛感させられる。訂正の再抗弁を主張するための要件のうち、「特許庁に対し適法な訂正審判の請求または訂正の請求を行っていること」については、上記の最高裁判決(「シートカッター事件」)で示されている通り、一定の例外が認められるものと解されるため、この点は念頭に置く必要がある。
以上
(担当弁理士:椚田 泰司)

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