侵害差止等請求事件 » 平成30年(ネ)第10007号「固体麹の製造方法」事件

「固体麹の製造方法」事件
特許権侵害差止等請求控訴事件
知的財産高等裁判所:平成30年(ネ)第10007号 判決日:平成30年7月3日
判決:控訴棄却
特許法29条2項、104条の3
キーワード:引用発明の認定、進歩性判断、無効理由による権利行使の制限
判決文:http://www.ip.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/899/087899_hanrei.pdf

[概要]
控訴人の特許は、特許法第29条2項(進歩性なし)の無効理由を有するから、控訴人は被控訴人に対し本件特許権に基づく権利行使をすることができないと判断されて原審を維持した事例。

[事件の経緯]
控訴人(原審原告)は、特許第4801443号の特許権者である。
控訴人が、被控訴人(原審被告)の行為が当該特許権を侵害する(間接侵害に該当する)と主張して、被控訴人の行為の差止め等を求めた(大阪地裁平成28年(ワ)第1453号)ところ、大阪地裁が、控訴人の請求を棄却する判決をしたため、控訴人は、原判決を不服として、控訴を提起した。
知財高裁は、控訴人の控訴を棄却した。

[本件発明]
【請求項3】(文中の「\」は改行部分を示す。)
少なくとも製麹工程において、回転ドラムが用いられ、撒水又は浸漬、蒸煮、放冷等の原料処理工程を経て製麹可能となされた製麹原料に種麹を接種することにより固体麹を製造する方法において、\前記回転ドラムは、駆動装置により回転される回転ドラム本体と、この回転ドラム本体の内部に装着された品温センサを、少なくとも備え、\種麹の接種後、製麹原料の品温が上昇するまで製麹原料を静置すると共に、\前記回転ドラムが設置された室内の温度及び前記回転ドラム本体内の温度を、共に製麹開始温度となるように調節し、\製麹原料の品温上昇後に製麹原料を常にあるいは少なくとも1~10分間隔で間欠的に攪拌し、\前記製麹原料の攪拌が、前記回転ドラム本体の回転により生じる原料層の傾斜面からの落下により行われ、\前記回転ドラム本体の回転速度は、1回転/30~90秒に設定されていると共に、\前記品温センサが前記品温の上昇を感知すると、前記回転ドラム本体内に送風して断続的に冷却を行い、温度及び湿度が任意に調整された前記回転ドラム本体内で前記製麹原料が前記傾斜面から順次落下する時に、前記回転ドラム本体内の空気に触れることにより熱交換が行われ、\前記攪拌により前記製麹原料表面や原料外空中での菌糸の生育を抑制して前記製麹原料への菌糸の破精込みを活発にし、\製麹を完了することを特徴とする固体麹の製造方法。

[原審](筆者にて、適宜、抜粋)
本件発明は、乙14発明に基づいて、これに周知技術を適用すること等により当業者が容易に発明をすることができたものであるといえるから、本件特許には、無効理由があり、特許無効審判により無効とされるべきものと認められるので、原告の被告に対する本件特許権に基づく権利行使は、許されない。

『 ア 相違点Ⅰ(構成要件D関連)について
(ア) 本件発明では、回転ドラムが設置された室内の温度及び回転ドラム本体内の温度を共に製麹開始温度になるように調節しているが、乙14発明では、その点が明らかではない。
・・・(略)・・・
すなわち、乙14発明は、ドラム内の温度を調節するために、製麹機が設置されている空間の温度が調節されることが前提とされていると解する余地もあり、その解釈によれば、乙14発明は、回転ドラム内に供給される空気の温度(室温)を適宜調節すべきこと、すなわち回転ドラムが設置された室内の温度及び回転ドラム本体内の温度を共に製麹開始温度になるように調節すべきことが開示されていると認められることになるから、相違点Ⅰは、実質的な相違点ではないというべきことになる。
(ウ) また、上記解釈が採用できないとしても、「新規製麹機の実用試験」と題する信州味噌研究所研究報告第36号(平成7年)に掲載されている論文(乙16)には、温度センサを有する回転ドラムを備えた製麹機をプレハブ式製麹室内に設置し、製麹室の温度を調節することにより麹の温度管理を行うことが記載されている(20頁右欄7行目ないし21頁左欄17行目)。
・・・(略)・・・
以上によれば、製麹工程において、温度は、製麹に影響を及ぼす要素の一つであり、室内に回転ドラム式製麹機を設置した場合、室温及び回転ドラム内の温度はいずれも製麹に影響するから、両者を共に適宜調整することは、周知技術であるといえるところ、回転ドラム内の外壁に近接した部分の温度が製麹機を設置した環境温度の影響を受けることは自明であるから、回転ドラム内を適正な温度に維持するためには、回転ドラムを断熱構造にしない限り、室温を適宜調整することは不可欠といえる。したがって、回転ドラムが断熱機構を備えているか明らかではない乙14発明において、回転ドラム内の温度を管理するために、上記周知技術を採用するのは、当業者が適宜なし得る範囲内のことであるといえる。』

[裁判所の判断](筆者にて、適宜、抜粋)
『当裁判所も、本件特許は特許無効審判により無効にされるべきものと認められることから、控訴人の被控訴人に対する本件特許権に基づく権利行使は、特許法104条の3により許されないと判断する。
・・・(略)・・・
(イ) 相違点1
本件発明では、回転ドラムの内部に装着した品温センサを備えるのに対して、乙14発明では、品温センサについて明示がない点。
(ウ) 相違点2
本件発明では、回転ドラムが設置された室内及び回転ドラム本体内の温度を共に製麹開始温度に調節しているのに対して、乙14発明では明らかでない点。
(エ) 相違点4’
本件発明では、製麹原料の攪拌が、前記回転ドラム本体の回転により生じる原料層の傾斜面からの落下により行われ、前記回転ドラム本体内で前記製麹原料が前記傾斜面から順次落下する時に、前記回転ドラム本体内の空気に触れることにより熱交換が行われるのに対して、乙14発明ではその点について言及がない点。
(オ) 相違点5
本件発明では、「前記攪拌により前記製麹原料表面や原料外空中での菌糸の生育を抑制して前記製麹原料への菌糸の破精込みを活発にし」ているのに対して、乙14発明では、「前記攪拌より、塊全体に菌の成長が行き渡り、静置して製造するよりも糖化力を明らかに強く」している点。』

『(4) 相違点についての判断
ア 相違点1について
(ア) 乙14明細書には、「品温センサ」という語は明示的には記載されていないものの、特定の品温を感知すると塊を冷却するための送風を停止すること(訳文2頁12行目~13行目)、塊の温度を35℃ないし38℃付近に維持することが好ましいこと(同頁25行目~27行目)が記載されている。これらの記載は、乙14明細書の回転ドラム内部に製麹原料(塊)の温度(品温)を計測するための装置、すなわち「品温センサ」(構成要件B)が設置されていることを前提とするものと理解される。
そうすると、品温センサの設置については、乙14発明に開示されているものといってよいから、この点は本件発明と乙14発明との実質的な相違点とはならない。』

『イ 相違点2について
(ア) 相違点2については、原判決61頁3行目の「相違点Ⅰ」を「相違点2」に、同62頁9行目の「20頁右欄7行目」を「20頁左欄8行目」に、同頁19行目の「2頁右欄8行目」を「2頁右欄6行目」に、それぞれ改めるほかは、原判決「事実及び理由」の第3の1(4)ア(原判決61頁3行目~63頁2行目)に記載のとおりであるから、これを引用する。』

『ウ 相違点4’について
(ア) 乙14明細書には、「私の発明を実施する際、塊が連続的に攪拌されるようにし、これにより、塊の粒子は、空気に接近させるために、連続的に表面に導かれる。」(訳文1頁32行目~33行目)、「私は、攪拌に採用する機械に限定していると理解されることを所望するわけではない。しかしながら、成長に必要な空気を供給し、ガスが発生するのと同じ速さでガスを除去するために、湿った空気の流れを塊に当てながら、好ましくは1分間当たり1回ないし2回の回転により塊を転回させる空気式麦芽製造ドラムを採用することが好ましい。」(同2頁3行目~7行目)、「40時間ないし50時間の間、ドラムの回転及び空気の流れにさらされると、塊全体に菌の成長が行き渡り、…」(同27行目~29行目)との記載がある。
これらの記載によれば、乙14発明においては、ドラムの回転により、塊の粒子の一つ一つが、代わる代わる空気に接触し得る表面に導かれること、具体的には、ドラムが回転することにより製麹原料の塊がドラム内で傾斜面を形成し、その傾斜面から塊の粒子が落下し、表面にある塊の粒子とそれ以外の粒子とが順次入れ替わることが開示されているということができる。また、ドラム本体内で塊の粒子が落下する際にその粒子が空気に触れること、冷却のために供給される空気が製麹原料の温度より低いことはいずれも明らかであるから、乙14発明においては、ドラム本体内で製麹原料が傾斜面から順次落下する際に、ドラム本体内の空気に触れることにより熱交換が行われることも開示されているというべきである。
したがって、相違点4’は、本件発明と乙14発明との実質的な相違点とはならない。』

『エ 相違点5について
乙14発明における「糖化力」とは、でんぷんなどを分解して糖を生成することをいい(乙13、38)、「糖化力が強い」とは、糖化に寄与する酵素であるグルコアミラーゼ、α-アミラーゼ等の活性が高い状態を表しているものと解される(乙38、39)。
また、乙28によれば、(米粒の中心部に菌糸が生育していく)破精込みが活発である正常な麹(総破精麹、突き破精麹)では、糖化力やタンパク分解力が「ともに強く」ないし「ともにかなり強い」ことを理解し得る。
さらに、甲55には、「α-アミラーゼ活性が高いほどでんぷんを主体とする蒸米内部組織の崩壊がより早く進み、その結果麹菌糸が蒸米内部に伸長しやすくなり、破精込みの程度が大きくなったと考えられた。」(725頁左欄8行目~11行目)、「酵素活性の高い麹ほど破精込みがよくなった。」(同頁右欄15行目~16行目)との記載があり、さらに、タンパク質分解酵素である酸性プロテアーゼについて、「酸性プロテアーゼ活性の高低が破精歩合に影響しなかったのも、酸性プロテアーゼが蒸米内部の組織変化にあまり関与しないためであると推察される。」(同頁右欄5行目~8行目)と記載されている。これらの記載によれば、酸化プロテアーゼ等のタンパク質分解酵素よりも、米の組織(でんぷん)を分解する酵素の方が、破精込みに対する影響が大きいと解される。
これらを踏まえると、菌糸の破精込みが活発であること、でんぷんを分解する力を示す糖化力が強いこと、及び糖化に寄与するグルコアミラーゼ、α-アミラーゼ等の酵素の活性が高いことは、技術的に相関が高く、これらは、客観的には同じ現象を異なる指標で表現したにすぎないものというべきである。
そうすると、糖化力が強い麹の製造方法に関して記載された乙14明細書は、明示的に破精込みに触れる記載はないものの、客観的には、破精込みが活発な麹の製造方法を開示しているものと変わりがないということができ、相違点5は実質的な相違点とはいえない。これに反する控訴人の主張は採用し得ない。』

『(5) 小括
以上のとおり、本件発明は、乙14発明に周知技術を適用すること等により当業者が容易に発明をすることができたものであるから、本件特許は、特許法29条2項の無効理由があり、同法123条1項2号に基づき特許無効審判により無効にされるべきものと認められる。そうすると、控訴人の被控訴人に対する本件特許権に基づく権利行使は、同法104条の3により許されない。』

[コメント]
本判決では、本件発明と乙14発明との4つの相違点のうち、少なくとも3つの相違点は、乙14明細書の記載から、実質的な相違点とはならないとしたうえで、本件発明は、乙14発明に周知技術を適用すること等により当業者が容易に発明をすることができたものであるから、本件特許は無効理由があるため、本件特許権に基づく権利行使は許されないとされた。
背景として、本原審以前に、本件の被控訴人(原審被告)は無効審判請求を請求した結果、本件特許に対して無効審決がなされたが、控訴人(原審原告)がその取り消しを求めたところ、本件特許の有効性が認められたため(平成26年(行ケ)第10103号)、該無効審判請求が不成立とされている。すなわち、本差止等請求事件は、控訴人(原審原告)の被控訴人(原審被告)に対する対抗措置であると客観的にみてとれる。
上記の無効審判で引用された発明と、本事件で引用された発明(乙14発明)は違うため、本件特許の有効性の判断が異なる結果となっているが、いずれの引用発明ともに90年以上前の米国特許(同発明者)である点が驚くところである。
なお、審査過程では、本件特許にかかる特許の有効性を否定する引用文献は一切挙げられていないことも考慮すると、乙14発明と差別化できるような発明特定事項(例えば、より詳細な回転ドラムの構造や製麹条件、固体麹の活性値の範囲等)があれば(予め明細書に記載されていれば)、本件特許の進歩性が肯定される可能性があったかもしれない。

以上
(担当弁理士:片岡 慎吾)