侵害差止等請求事件 » 平成29年(ネ)10090号「医薬」事件

名称:「医薬」事件
特許権侵害差止請求控訴事件
知的財産高等裁判所:平成29年(ネ)10090号  判決日:平成30年4月4日
判決:請求棄却
条文:特許法100条1項、2項、79条
キーワード:先使用による通常実施権
判決文:http://www.ip.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/649/087649_hanrei.pdf

[事案の概要]
治験に用いたサンプル薬に具現された技術的思想が本件発明と同じ内容の発明であるということはできないとして、控訴人の主張する先使用権が認められなかった事例。

[事件の経緯]
被控訴人(原審原告)は、特許第5190159号の特許権者である。
被控訴人は、控訴人(原審被告)の行為が当該特許権を侵害すると主張して、被控訴人の行為の差止めと製品の廃棄を求めた(東京地裁平成27年(ワ)第30872号)ところ、東京地裁が、被控訴人の請求を認める判決をしたため、控訴人は、原判決を不服として、控訴を提起した。
知財高裁は、控訴人の控訴を棄却した。

[請求項1]
次の成分(A)及び(B):
(A)ピタバスタチン又はその塩;
(B)カルメロース及びその塩、クロスポビドン並びに結晶セルロースよりなる群から選ばれる1種以上;
を含有し、かつ、水分含量が2.9質量%以下である固形製剤が、気密包装体に収容してなる医薬品。
[請求項2]
固形製剤の水分含量が1.5~2.9質量%である、請求項1記載の医薬品。

[争点]
控訴人は先使用権を有するか

[裁判所の判断](筆者にて適宜抜粋、下線。)
『2 争点1(控訴人は先使用権を有するか)について
(1)控訴人は、本件出願日までに、本件2mg錠剤について、サンプル薬を製造し、長期保存試験を除く治験を終了しており、本件4mg錠剤について、サンプル薬を製造し、その治験を開始していた(乙1の1~10、3の4~8、4の1~12、6の4~6、18)。
そして、控訴人は、本件出願日までに、本件2mg錠剤及び本件4mg錠剤のサンプル薬を製造し、治験を実施していたことをもって、控訴人は発明の実施である事業の準備をしている者に当たり、本件発明2に係る特許権について先使用権を有する旨主張する。・・・(略)・・・控訴人が先使用権を有するといえるためには、サンプル薬に具現された技術的思想が本件発明2と同じ内容の発明でなければならない。
(2) サンプル薬の水分含量
ア サンプル薬に具現された技術的思想が本件発明2と同じ内容の発明であるといえるためには、まず、本件2mg錠剤のサンプル薬又は本件4mg錠剤のサンプル薬の水分含量が1.5~2.9質量%の範囲内にある必要があるから、この点について検討する。
イ サンプル薬の測定時の水分含量
(ア)控訴人は、サンプル薬の水分含量を測定しているところ、その測定時期、測定方法及び水分含量の測定結果は、次のとおりである(乙32、51)。
・・・(略)・・・(*筆者注:水分含量は、すべて請求項2の範囲内)
(イ)しかし、201サンプル薬、202サンプル薬及び203サンプル薬が製造されたのは・・・(略)・・・サンプル薬の製造時から測定時まで4年以上もの期間が経過している。
また、これらのサンプル薬には、本件発明2と同様に極めて吸湿性の高い崩壊剤が含まれるものであって、201サンプル薬、202サンプル薬、203サンプル薬及び303サンプル薬には、実際に吸湿性の高い添加剤(クロスポビドン、トウモロコシデンプン、メタケイ酸アルミン酸マグネシウム)が含まれているから(甲2、乙1の1~11、4の9~12)、サンプル薬の水分含量は容易に増加し得るものである。
さらに、これらのサンプル薬は、PTP包装及びアルミピロー包装がされているところ、実際に用いられていたアルミピロー包材(乙37、38)は、その構成からは透湿性のない適切な包材ということはできる(乙39の1・2、48)。・・・(略)・・・実際に用いられたアルミピロー包材が気密性を有していたと確定することはできない。そうすると、サンプル薬が、長期間にわたって、アルミピロー包装下で保管されている間に、湿気の影響を受けて水分含量が増加した可能性も、十分にあり得るものである。
なお、サンプル薬の測定時の水分含量と、実生産品の水分含量(後記ウ(ア))や、203サンプル薬を再製造したとされる錠剤の水分含量(2.18~2.26質量%。乙54~56)は、ほぼ同じである。しかし、そもそも、サンプル薬と、実生産品や203サンプル薬の再製造品が同一工程により製造されたものとは認められないから、この事実をもって、サンプル薬の測定時の水分含量が、製造時の水分含量とほぼ同じであったということはできない。
(ウ)したがって、サンプル薬の測定時の水分含量が本件発明2の範囲内であるからといって、4年以上も前の製造時の水分含量も本件発明2の範囲内であったと推認できるものではない。
ウ 実生産品の水分含量
(ア)控訴人は、実生産品の水分含量を測定しているところ、その測定方法及び水分含量の測定結果は、次のとおりである(乙16)。
・・・(略)・・・(*筆者注:水分含量は、すべて請求項2の範囲内)
(イ)もっとも、前記のとおり、サンプル薬と実生産品との間で、B顆粒の水分含量の管理範囲が●●●●●●●●から●●●●●●●へと変更されている。また、A顆粒及びB顆粒以外の添加剤の水分含量、打錠時の周囲の湿度、気密包装がされるまでの管理湿度などの点において、サンプル薬と実生産品との製造工程が同一であることを示す証拠はない。
(ウ)したがって、サンプル薬と実生産品が同一工程により製造されたものということはできないから、実生産品の水分含量が本件発明2の範囲内であるからといって、サンプル薬の水分含量も同様に本件発明2の範囲内であったということはできない。
エ サンプル薬の顆粒の水分含量
(ア)控訴人は、A顆粒とB顆粒の水分含量を測定しているところ、その測定方法及び各顆粒の水分含量の測定結果から算出した錠剤の水分含量の推計値は、次のとおりである(乙23の1・2、25の1・2、41の1~4)。・・・(略)・・・
(イ)乾燥減量法もカールフィッシャー法も日本薬局方において採用されている水分含量の測定方法であって(甲20)、087実生産品及び023実生産品の水分含量は、乾燥減量法とカールフィッシャー法のいずれの測定方法を採用しても、ほぼ同一の測定値を採るとの測定結果もある(甲13)。控訴人によるA顆粒とB顆粒の水分含量の上記測定は、設定温度80度における乾燥減量法で測定されているところ、乾燥減量法における乾燥温度は医薬品各条に委ねられるものであって(乙40)、控訴人は測定時に、追加乾燥も実施している。そうすると、控訴人が採用した乾燥減量法により顆粒の水分含量を測定した上で、錠剤の水分含量を推計することも許容され得るものである。そして、上記のとおり、201サンプル薬、202サンプル薬、203サンプル薬、303サンプル薬のA顆粒とB顆粒の水分含量を基に算出した錠剤の水分含量の推計値は、本件発明2の範囲内のものではない。
(ウ)このように、サンプル薬の顆粒の水分含量を基に算出すれば、サンプル薬の水分含量は本件発明2の範囲内にはない可能性を否定できない。
オ 以上のとおり、サンプル薬を製造から4年以上後に測定した時点の水分含量が本件発明2の範囲内であるからといって、サンプル薬の製造時の水分含量も同様に本件発明2の範囲内であったということはできない。また、実生産品の水分含量が本件発明2の範囲内であるからといって、サンプル薬の水分含量も同様に本件発明2の範囲内であったということはできない。かえって、サンプル薬の顆粒の水分含量を基に算出すれば、サンプル薬の水分含量は本件発明2の範囲内にはなかった可能性を否定できない。その他、サンプル薬の水分含量が本件発明2の範囲内にあったことを認めるに足りる証拠はない。
そうすると、控訴人が、本件出願日までに製造し、治験を実施していた本件2mg錠剤のサンプル薬及び本件4mg錠剤のサンプル薬の水分含量は、いずれも本件発明2の範囲内(1.5~2.9質量%の範囲内)にあったということはできない。
(3) サンプル薬に具現された技術的思想
ア 仮に、本件2mg錠剤のサンプル薬又は本件4mg錠剤のサンプル薬の水分含量が1.5~2.9質量%の範囲内にあったとしても、以下のとおり、サンプル薬に具現された技術的思想が本件発明2と同じ内容の発明であるということはできない。
イ 本件発明2の技術的思想
前記1のとおり、本件発明2は、ピタバスタチン又はその塩の固形製剤の水分含量に着目し、これを2.9質量%以下にすることによってラクトン体の生成を抑制し、これを1.5質量%以上にすることによって5-ケト体の生成を抑制し、さらに、固形製剤を気密包装体に収容することにより、水分の侵入を防ぐという技術的思想を有するものである。
ウ サンプル薬に具現された技術的思想
(ア)控訴人が、本件出願日前に、サンプル薬の最終的な水分含量を測定したとの事実は認められない。
(イ)また、203サンプル薬及び303サンプル薬の製造工程では、A顆粒及びB顆粒の水分含量を乾燥減量法による測定において●●●●●●●●にする旨定められているものの(乙23の1・2、25の1・2)、A顆粒及びB顆粒以外の添加剤の水分含量は不明である。また、サンプル薬には吸湿性の高い崩壊剤や添加剤が含まれているにもかかわらず、打錠時の周囲の湿度、気密包装がされるまでの管理湿度などは不明である。
そうすると、サンプル薬に含有されるA顆粒及びB顆粒の水分含量について、●●●●●にする旨定められているからといって、控訴人が、サンプル薬の水分含量が一定の範囲内になるよう管理していたということはできない。
(ウ)さらに、012実生産品及び062実生産品の製造工程では、B顆粒の水分含量を乾燥減量法による測定において●●●●●●●にすると定められており(乙24、26の1・2)、サンプル薬と実生産品との間で、B顆粒の水分含量の管理範囲が●●●●●●●●から●●●●●●●●へと変更されている。控訴人は、サンプル薬の水分含量には着目していなかったというほかない。
(エ)したがって、控訴人は、本件出願日前に本件2mg錠剤のサンプル薬及び本件4mg錠剤のサンプル薬を製造するに当たり、サンプル薬の水分含量を1.5~2.9質量%の範囲内又はこれに包含される範囲内となるように管理していたとも、1.5~2.9質量%の範囲内における一定の数値となるように管理していたとも認めることはできない。
エ 以上のとおり、本件発明2は、ピタバスタチン又はその塩の固形製剤の水分含量を1.5~2.9質量%の範囲内にするという技術的思想を有するものであるのに対し、サンプル薬においては、錠剤の水分含量を1.5~2.9質量%の範囲内又はこれに包含される範囲内に収めるという技術的思想はなく、また、錠剤の水分含量を1.5~2.9質量%の範囲内における一定の数値とする技術的思想も存在しない。
そうすると、サンプル薬に具現された技術的思想が、本件発明2と同じ内容の発明であるということはできない。
オ 控訴人の主張について
(ア)控訴人は、水分含量によってピタバスタチン製剤のラクトン体が生成することは技術常識であったから、控訴人は、本件2mg錠剤及び本件4mg錠剤の治験薬製造前から、錠剤中の水分含量を管理する必要性を認識していたと主張する。
しかし、・・・(略)・・・錠剤としての水分含量を一定の範囲内となるように管理することを控訴人が認識していたといえるものではない。
したがって、本件出願日前の技術常識をもって、控訴人がサンプル薬の水分含量を管理する必要性を認識していたということはできない。
(イ)控訴人は、サンプル薬について、水分含量を調整することにより、水分による影響を受ける類縁物質が生成しない、長期安定な薬剤を製造する点は、確定していた旨主張する。しかし、控訴人が、サンプル薬について、ラクトン体及び5-ケト体の生成の程度について測定し、安定な製剤であることを確認していたとしても、前記のとおり、控訴人が、サンプル薬を製造するに当たり、その水分含量を1.5~2.9質量%の範囲内又はこれに包含される範囲内となるように管理していたとも、1.5~2.9質量%の範囲内における一定の数値となるように管理していたとも認めることはできない。サンプル薬において、5-ケト体の生成を抑制できていたとしても、これをもって、控訴人が、サンプル薬の水分含量を1.5質量%以上に管理していたと推認できるものではなく、また、これが、控訴人がサンプル薬の水分含量を1.5質量%以上に管理するという技術的思想を有していた結果として生じたものと評価できるものでもない。
したがって、サンプル薬について、何らかの方法を採用することにより、水分による影響を受ける類縁物質が生成しない、長期安定な薬剤を製造する点が確定されていたとしても、これをもって、サンプル薬に具現された技術的思想が、本件発明2と同じ内容の発明であるということはできない。
(4) 小括
以上のとおり、控訴人が、本件出願日までに製造し、治験を実施していた本件2mg錠剤のサンプル薬及び本件4mg錠剤のサンプル薬に具現された技術的思想は、いずれも本件発明2と同じ内容の発明であるということはできない。したがって、控訴人は、発明の実施である事業の準備をしている者には当たらないから、本件発明2に係る特許権について先使用権を有するとは認められない。

[コメント]
治験に用いられるサンプル薬と先使用権の関係については、治験の過程のすべてを了していることを要するものではないが、少なくとも医薬品の内容が一義的に確定している必要があるべきとされている(東京地裁判決平成17年2月10日)。本判決の原審では、この医薬品の内容の一義的な確定の有無も判断され、先使用権が否定されているが、一方、本判決では、その前提となる発明の完成が否定されている。本件は有効成分や添加剤ですらない水分含量を規定しているという特殊な事情があり、一般化はできないが、製造当時のサンプル薬を所持し、必要に応じて、事後的に請求項記載の構成要件の規定に関係する成分を測定し、範囲内に含まれることを主張するだけでは発明の完成すら証明できない場合があることは留意すべきである。本判決からすれば、未だ出願もされていない内容と同じ発想で、サンプル薬を製造した時点で成分等を測定することや、数値範囲内に管理することが必要であることになり、先使用権の立証は非常に難しいと考えられる。  以上
(担当弁理士:高山 周子)