侵害差止等請求事件 » 平成28年(ワ)第44244号「ウォームギヤの転造加工方法」事件

名称:「ウォームギヤの転造加工方法」事件
特許権侵害差止等請求事件
東京地方裁判所:平成28年(ワ)第44244号 判決日:平成30年4月11日
判決:請求棄却
特許法100条
キーワード:特許権侵害行為差止
判決文:http://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/729/087729_hanrei.pdf

[概要]
被告方法は、二つのダイスの一方は移動するが他方は移動しないものであるから、二つのダイスそれぞれが移動する本件発明の構成要件D、F、Iを充足せず、さらに、ダイスの後退時にダイスと素材との接触は維持されているから、ダイスと素材とが接触しない状態になる本件発明の構成要件Iを充足しないとして、原告の特許権を侵害しないとされた事例。

[事件の経緯]
原告は、特許第3873056号の特許権者である。
原告は、被告の行為が当該特許権を侵害すると主張して、被告の行為の差止め等を求めた。
東京地裁は、原告の請求を棄却した。

[本件発明]
A 円筒状の素材を中心に配置して転造加工するための円筒状の複数のダイスと、
B 前記ダイスの各々を回転駆動するためのサーボモータであるダイス回転駆動手段と、
C 前記素材を回転自在に支持するための素材支持手段と、
D 前記ダイスを互いに接近させて押し込むための押込み手段と
E を備えたCNC装置で制御されるCNC転造機によるウォームギヤ転造加工方法において、
F 前記ダイスを同一方向に同期回転させながら前記素材に向かって互いに押込み送りをして転造加工する第1ステップ、及び
G 前記第1ステップの終了後、前記ダイスの回転方向を逆回転させて、前記素材を転造加工する第2ステップと
H を交互に繰り返してウォームギヤを転造により加工し、
I 前記ダイスを前記押込み送り方向と逆方向に後退させて待避させた後、再度押し込み前記第2ステップを行う
J ことを特徴とするウォームギヤ転造加工方法。

[争点](争点3~5は判断されていない)
(1)被告方法は、文言上、本件発明の技術的範囲に属するか(争点1)
ア 被告方法は構成要件D、F、Iを充足するか(具体的には、構成要件D、F、Iに、二つのダイスの一方は移動するが他方は移動しない構成が含まれるかが争われている。争点1-1)
イ 被告方法は構成要件I(後退させて待避)を充足するか(具体的には、構成要件Iに、ダイスの後退時にダイスと素材の接触が維持される構成が含まれるかが争われている。争点1-2)
(2)被告方法は、本件発明と均等なものとして、その技術的範囲に属するか(争点2)
(3)本件発明についての特許は特許無効審判により無効とされるべきものと認められるか(争点3)
(4)被告製品の製造譲渡等の差止めは認められるか(争点4)
(5)原告が受けた損害の額(争点5)

[裁判所の判断](筆者にて適宜抜粋)
『2 争点1(被告方法は、文言上、本件発明の技術的範囲に属するか)
(1) 争点1-1(被告方法は構成要件D、F、Iを充足するか)
ア 構成要件Dは「前記ダイスを互いに接近させて押し込むための押込み手段と」、構成要件Fは「前記ダイスを同一方向に同期回転させながら前記素材に向かって互いに押込み送りをして転造加工する第1ステップ、及び」、構成要件Iは「前記ダイスを前記押込み送り方向と逆方向に後退させて待避させた後、再度押し込み前記第2ステップを行う」というものであり、構成要件D、F、Iに、二つのダイスの一方は移動するが他方は移動しない構成(片送り)が含まれるかが争われている。
イ そこで検討すると、構成要件D、F、Iの「前記ダイス」が「複数のダイス」(構成要件A)を指すことは本件特許請求の範囲の文言から明らかであるところ、「互いに」に「双方が同じことをするさま。また、同じ状態にあるさま。」(広辞苑第六版〔乙1〕)という意味があることにも照らすと、少なくとも、構成要件Fの「前記ダイスを…前記素材に向かって互いに押込み送りをして」は、その文言上、複数のダイスをいずれも素材に向かって移動(押込み送り)させることを意味するものと解さざるを得ず、そうすると、構成要件Dの「前記ダイスを互いに接近させて押し込むための押込み手段」は、複数のダイスをいずれも移動させて接近させる押込み手段を意味するものと解され、また、構成要件Iの「前記ダイスを前記押込み送り方向と逆方向に後退させて」も、複数のダイスをいずれも押込み送り方向と逆方向に移動(後退)させることを意味すると解するのが相当である。
加えて、本件明細書の発明の詳細な説明にも、・・・(略)・・・、二つのダイスそれぞれが移動し、接近・押し込みを行う実施例が開示されており、上記の構成要件D、F、Iの解釈と整合するということができる。
したがって、構成要件D、F、Iは、二つのダイスそれぞれが移動し、接近・押し込みを行う構成(両送り)を意味するものと解すべきであり、そこには、二つのダイスの一方は移動するが他方は移動しない構成(片送り)は含まれないと解するのが相当である。
ウ これに対して、原告は、二つのダイスの相互間の距離が近づきさえすれば、二つのダイスは素材に押し込まれ、素材は二つのダイスに挟まれて転造加工されることは技術常識であるから、構成要件Dの「押込み手段」が、二つのダイスの相互間の距離を近づければよいものであることは明らかであり、また、構成要件F、Iについても、二つのダイスの相互間の距離を近づけたり、遠ざけたりすることを意味するなどとして、構成要件D、F、Iには片送りの構成が含まれる旨主張する。
しかしながら、原告の主張は、本件特許請求の範囲の文言の解釈として説得的なものであるとはいい難く、いずれも採用することができない。むしろ、証拠(甲22)及び弁論の全趣旨によると、本件特許の出願前の時点で、ローラーダイスを用いる転造装置について、二つのダイスの一方を移動させるもの(片送り)と双方を移動させるもの(両送り)のいずれの構成についても当業者に知られていたと認められ、そのような中で、上記のとおりの本件特許請求の範囲の文言が選択されたことからすると、構成要件D、F、Iは、二つのダイスの双方を移動させるもの(両送り)として規定されていると見るのが自然である。
エ 前記認定事実(3)のとおり、被告方法は、二つのダイスの一方(右主軸ロールダイス)は移動するが他方(左主軸ロールダイス)は移動しないもの(片送り)であるから(構成d、f、i)、構成要件D、F、Iを充足しない。
(2) 争点1-2(被告方法は構成要件I〔後退させて待避〕を充足するか)
ア また、構成要件Iの「後退させて待避」については、ダイスの後退時にダイスと素材の接触が維持される構成が含まれるかが争われている。
イ そこで検討すると、確かに、構成要件Iは、「前記ダイスを前記押込み送り方向と逆方向に後退させて待避させた後、再度押し込み前記第2ステップを行う」というものであり、ダイスと素材が非接触の状態になることを端的に規定するものではないものの、第1ステップ及び第2ステップの過程では、ダイスはいずれも素材に押し込まれ素材と接触した状態にあると考えられるところ、「待避」に「わきにさけて事の過ぎるのを待つこと」(広辞苑第六版〔乙3〕)という意味があること、単なる「後退」ではなく「後退させて待避」と規定されており、「待避」はダイスを後退させた結果として生じる状態を意味すると理解できることからすると、構成要件Iの「後退させて待避」という文言を、ダイスをいずれも後退させ、素材から引き離して非接触の状態になることを意味するものと解釈することは可能であるといえる。
・・・(略)・・・
そうすると、本件明細書の記載によれば、構成要件Iの「後退」は、転造の押し付け圧力を除くものであり、それは素材及び機械系の弾性変形を解放してダイスと素材とを接触させないための動作であると理解することができる。また、上記のとおり、「待避」は、ダイスを後退させた結果として生じる状態を意味すると理解できるから、ダイスの後退によって転造の押し付け圧力を除き、素材及び機械系の弾性変形を解放した結果、ダイスと素材とが接触しない状態を意味すると解するのが相当である。
したがって、構成要件Iの「後退させて待避」は、ダイスの後退時にダイスと素材とが接触しない状態になることを意味すると解すべきであり、ダイスと素材の接触が維持される構成は含まれないものと解するのが相当である。
ウ これに対し、原告は、構成要件Iの「後退させて待避」は、ダイスの後退時にダイスと素材の接触が維持される構成を排するものではない旨主張し、その理由として、①本件明細書の段落【0070】に記載されているような「0.2mm程度の後退」ではダイスと素材が非接触に至らないこと、また、同段落に記載されているとおり、「後退」の技術的意義は「転造の押付け圧力が除かれる」ようにすることにあること、②本件発明の発明者に、「非接触」が構成要件になるという認識はなく、「非接触」はウォームギヤの転造を実現する上で技術的なポイントでないこと、③原告は、本件訂正審判請求に係る面接時に、特許庁審判官から、ダイスと素材が完全に隙間を持って待避するように(発明を)限定すれば乙10明細書に記載された転造加工方法とは異なると思うと言われており、このことは、同審判官が(本件審決による訂正前の)「前記ダイスを前記押込み送り方向と逆方向に待避させた後」との記載に「非接触」の意が含まれていないと理解していたことを示していること、④原告は、発明を「非接触」に限定することが不本意であったため、上記審判官の発言に応じず、ダイスと素材が完全に隙間を持って待避するように(ダイスを素材と非接触となるまで後退させて待避するように)発明を限定しなかったこと、⑤訂正拒絶理由通知書(甲30)には、「後退により素材と接触しなくなることも、請求項2には一切特定されていない」と明記されていたほか、本件明細書の段落【0071】の上記記載が「実施例として」記載されているにすぎないことが明示されていたことなどを挙げる。
しかしながら、原告の主張は採用できるものではない。その理由は次のとおりである。
(ア)①について
・・・(略)・・・
そうすると、CNC転造機を用いて、素材に転造圧をかけた状態からダイスを後退させて荷重変化を測定したところ、ダイス軸間距離を0.2mmまで拡げてもダイスと素材の接触は維持されていたとする原告の実験結果(甲31)があることを踏まえても、本件明細書の発明の詳細な説明の記載、とりわけ、上記の段落【0070】、【0071】の記載に照らすと、「後退」が、二つのダイスと素材とを接触させないための動作であるとの上記認定、判断を覆すに足りない。
(イ)②について
原告の主張は、本件特許請求の範囲の解釈に関する発明者の主観的な認識をいうにとどまっており、本件特許の出願当時の技術常識に基づき、ダイス後退時に素材と非接触になることがウォームギヤの転造を実現する上で技術的なポイントでないことを主張立証するものでもないから、「後退させて待避」の解釈を基礎付ける事情として採用することはできない。
(ウ)③ないし⑤について
原告の主張の趣旨は必ずしも明確でないが、「後退させて待避」に関する特許庁審判官の解釈については、前記認定事実(2)ウのとおり、最終的に、本件審決において、ダイスと素材とが非接触状態となることであると説示されており、原告が、それまでの手続における審判官の発言等の趣旨を忖度して、ダイスと素材とが非接触となることを明示するように特許請求の範囲の記載を訂正しなかったというだけでは、「後退させて待避」に関する解釈を基礎付けるに十分なものとはいえない。
なお、原告は、訂正拒絶理由通知書(甲30)において、上記の段落【0071】の記載が「実施例」として記載されているにすぎないと記載されていることをも主張するが、本件明細書の発明の詳細な説明において、「後退」の技術的意義に関するものと考えられるような記載は上記の段落【0070】、【0071】の記載以外に見当たらないことは上記のとおりであるから、「後退させて待避」の意味内容を解釈するに当たって、それらの記載が考慮されるのは当然である。
エ 前記認定事実(3)のとおり、被告方法は、右主軸ロールダイスを押込み送り方向と逆方向に移動させるとともに、これに追随して素材を支持するセンター台も同方向に移動させるものの、その間、左主軸ロールダイス及び右主軸ロールダイスと素材との接触は維持されていているから(構成i)、構成要件Iの「後退させて待避」を充足しない。』

『3 争点2(被告方法は、本件発明と均等なものとして、その技術的範囲に属するか)
・・・(略)・・・
そうすると、本件明細書の発明の詳細な説明の記載に照らすと、本件特許請求の範囲の記載のうち、少なくとも、ダイスを押込み送り方向と逆方向に後退させて待避させる構成、すなわち、ダイスを押込み送り方向と逆方向に後退させて素材と接触しない状態にする構成は、従来技術に見られない特有の技術的思想を構成する本件発明の特徴的部分であるといえる。
・・・(略)・・・
エ 前記認定事実(3)のとおり、被告方法は、右主軸ロールダイスを押込み送り方向と逆方向に移動させ、これに追随して素材を支持するセンター台も同方向に移動させるものの、その間、右主軸ロールダイス及び左主軸ロールダイスと素材の接触が維持される構成(構成i)を有している点において、構成要件Iの「後退させて待避」の文言を充足しないから、本件発明とはその本質的部分において相違し、均等の第1要件を充足しない。』

[コメント]
裁判所は、構成要件D、F、Iは、二つのダイスの一方は移動するが他方は移動しない構成(片送り)は含まれないと解するのが相当である、と認定した。また、裁判所は、構成要件Iの「後退させて待避」は、ダイスと素材の接触が維持される構成は含まれないものと解するのが相当である、と認定した。これらの認定は、特許請求の範囲、発明の詳細な説明の記載によれば妥当であろう。
ただし、構成要件Iの「後退させて待避」について、出願当初の請求項1には「待避」の文言がなかった点、原告が訂正審判において「非接触」に限定しなかった点、被告方法では非接触状態にしていない点等を見ると、もしかすると技術的には「非接触」とせずとも本件発明の効果を奏することができるのかも知れない。この場合、「非接触」の形態に限定されないような明細書の記載が求められる。
以上
(担当弁理士:吉田 秀幸)