IP case studies判例研究

平成28年(ワ)第15181号等「螺旋状コイルインサートの製造方法」事件

名称:「螺旋状コイルインサートの製造方法」事件
特許権侵害差止等請求事件(本訴)、損害賠償請求事件(反訴)
東京地方裁判所:平成27年(ワ)第31774号(本訴)、平成28年(ワ)第15181号(反訴) 判決日:平成30年3月2日
判決:本訴請求棄却、反訴請求一部認容
特許法123条1項6号、民法709条
キーワード:冒認出願、訴訟提起の違法性
判決文:http://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/565/087565_hanrei.pdf
[概要]
原告が被告に対して特許権に基づく差止等請求訴訟を提起したが、原告特許の出願が冒認出願であるため、原告の本訴請求が棄却され、一方、原告が、特許出願が冒認出願であることを知りながら、又は通常人であれば容易にそのことを知り得たのにあえて訴えを提起したことは、裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠くものであり、被告に対する違法行為というべきとして、不法行為に基づき、被告の反訴請求(損害賠償請求)が認容された事例。
[事件の経緯]
原告は、特許第4018844号の特許権者である。原告が、被告の螺旋状コイルインサートの製造方法は、本件発明(請求項1に係る発明)の技術的範囲に属するとして被告に対して特許法第100条第1項及び第2項に基づき、上記製造方法の差止め、及び上記製造方法により製造された螺旋状コイルインサートの廃棄を求めた。
被告は、本件発明に係る特許が冒認出願によるもの又は被告が先使用権を有するものであり、原告はこのことを知りながら又は通常人であれば容易にそのことを知り得たのにあえて本訴を提起したものであり、これにより被告は損害を生じたため、不法行為に基づく損害賠償を求めた。
東京地裁は、原告の本訴請求を棄却し、被告の反訴請求の一部を認容した。
[本件発明]
【請求項1】
(a)螺旋状コイルインサートを製造するための線材であって、
線材の軸線方向に沿って所定長さ間隔にてコイル自由端成形部が複数形成され、
前記コイル自由端成形部は、互いに離間する方へと線材の軸線に沿って線材の外形へと至る第1及び第2先細形状部と、前記第1及び第2先細形状部にそれぞれ隣接して形成された第1及び第2凹部とを有する螺旋状コイルインサート用線材を、前記コイル自由端成形部がコイル巻き加工時に内周側に位置するようにして連続してコイル製造機へと供給して1個の螺旋状コイルインサートのための所定巻数のコイル巻きを行い、所定巻数のコイル巻きが終了した後、前記コイル自由端成形部における前記第1先細形状部と前記第2先細形状部の連結位置にて切断分離し、
(b)引き続いて、前記螺旋状コイルインサート用線材をコイル製造機へと供給して前記(a)工程を行い、次の螺旋状コイルインサートを製造することを特徴とする螺旋状コイルインサートの製造方法。
[争点]
1.原告代表者の発明者性
2.本訴提起の違法性
他は省略する。
[裁判所の判断]
1.争点1に対して
『(1) 特許法123条1項6号所定の冒認出願において、特許出願がその特許にかかる発明の発明者自身又は発明者から特許を受ける権利を承継した者によりされたことについての主張立証責任は、特許権者が負担すると解するのが相当であり、特許法104条の3第1項所定の抗弁においても同様に解すべきである。』
『(5) 以上によれば、本件発明をしたとの原告代表者の供述は採用することができず、他に原告代表者が本件発明の発明者であることを裏付けるに足りる客観的証拠も見当たらない。そして、被告の従業員らが本件発明をし、福島工場においてこれを実施していたとのH及びEの証言自体に不自然な点はなく、これに沿う客観的証拠も存在すること、原告代表者が被告の福島工場以外の場所において本件発明を知得したことをうかがわせる事情もないことなどを総合考慮すれば、本件特許の出願前の時点で、被告の福島工場において既に本件発明が実施されており、原告代表者はこれを知得した上で本件特許を出願したものというべきである。
したがって、本件においては、原告代表者が本件発明の発明者であることは認めるに足りないのであって、原告が本件発明の発明者から特許を受ける権利を承継したものということはできない。』
2.争点2に対して
『(1) 本訴提起の違法性
訴えの提起が相手方に対する違法な行為といえるのは、当該訴訟において提訴者の主張した権利又は法律関係が事実的、法律的根拠を欠くものである上、提訴者が、そのことを知りながら、又は通常人であれば容易にそのことを知り得たといえるのにあえて訴えを提起したなど、訴えの提起が裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠くと認められるときに限られるものと解するのが相当である(最高裁昭和60年(オ)第122号同63年1月26日第三小法廷判決・民集42巻1号1頁、最高裁平成7年(オ)第160号同11年4月22日第一小法廷判決・裁判集民事193号85頁参照)。
本件においてこれをみるに、原告の本訴請求は理由がないところ、前記2(5)に説示したとおり、原告代表者は福島工場において本件発明を知得した上、本件特許を出願したものといわざるを得ないのであって、原告による本件特許の出願は冒認出願であったというべきである。』
『加えて、原告が本訴提起前に被告から本件特許の出願が冒認出願であるとの指摘を受けながらあえて本訴提起に及んだと認められることは、前記2(2)シ(イ)及び(ウ)記載のとおりである。
そうすると、本訴請求において原告の主張した権利又は法律関係が事実的、法律的根拠を欠くものであることはもちろん、原告が、そのことを知りながら、又は通常人であれば容易にそのことを知り得たといえるのにあえて訴えを提起したというべきであるから、本訴の提起は裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠くものと認められるといわざるを得ない。
したがって、その余の点について判断するまでもなく、原告による本訴の提起は被告に対する違法な行為というべきである。』
[コメント]
冒認出願の立証責任について、特許権者が、特許出願がその特許にかかる発明の発明者自身又は発明者から特許を受ける権利を承継した者によりされたことについての主張立証責任を負うことを確認している。この判断は、過去に知財高裁平成17年(行ケ)第10193号、平成27年(行ケ)第10230号においても判示されており、これを踏襲したものと考えられる。
また、本裁判と同様に、原告特許の出願が冒認出願であり、当該特許が無効理由を有するため、当該特許権に基づく権利行使ができないと判断された裁判例として、平成27年(ネ)第10075号などがある。
次に、裁判所は、冒認出願にかかる特許権の行使に対し、上記の最高裁の規範を引用して不当訴訟の成否について検討した。
なお、最高裁昭和60年(オ)第122号においては、以下のように判示されている。
『法的紛争の当事者が当該紛争の終局的解決を裁判所に求めうることは、法治国家の根幹にかかわる重要な事柄であるから、裁判を受ける権利は最大限尊重されなければならず、不法行為の成否を判断するにあたつては、いやしくも裁判制度の利用を不当に制限する結果とならないよう慎重な配慮が必要とされることは当然のことである。したがつて、法的紛争の解決を求めて訴えを提起することは、原則として正当な行為であり、提訴者が敗訴の確定判決を受けたことのみによつて、直ちに当該訴えの提起をもつて違法ということはできないというべきである。』
『一方、訴えを提起された者にとつては、応訴を強いられ、そのために、弁護士に訴訟追行を委任しその費用を支払うなど、経済的、精神的負担を余儀なくされるのであるから、応訴者に不当な負担を強いる結果を招くような訴えの提起は、違法とされることのあるのもやむをえないところである。』
『以上の観点からすると、民事訴訟を提起した者が敗訴の確定判決を受けた場合において、右訴えの提起が相手方に対する違法な行為といえるのは、当該訴訟において提訴者の主張した権利又は法律関係(以下「権利等」という。)が事実的、法律的根拠を欠くものであるうえ、提訴者が、そのことを知りながら又は通常人であれば容易にそのことを知りえたといえるのにあえて訴えを提起したなど、訴えの提起が裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠くと認められるときに限られるものと解するのが相当である。けだし、訴えを提起する際に、提訴者において、自己の主張しようとする権利等の事実的、法律的根拠につき、高度の調査、検討が要請されるものと解するならば、裁判制度の自由な利用が著しく阻害される結果となり妥当でないからである。』
本件事例は、上記最高裁によって判示された2つの要素、すなわち、①提訴者の主張した権利又は法律関係が事実的、法律的根拠を欠くものであること、及び、②提訴者が、そのことを知りながら又は通常人であれば容易にそのことを知りえたといえるのにあえて訴えを提起したこと、を満たすため、「裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠く」として、原告の本訴は被告に対する違法な行為というべきである、と判示されたものである。
以上
(担当弁理士:佐伯 直人)

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