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平成29年(ネ)第10027号「金融商品取引管理システム」事件

名称:「金融商品取引管理システム」事件
特許権侵害差止請求控訴事件
知的財産高等裁判所:平成29年(ネ)第10027号 判決日:平成29年12月21日
(原審・東京地方裁判所:平成27年(ワ)第4461号)
判決:請求認容
特許法70条
キーワード:差止請求、文言侵害
判決文:http://www.ip.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/350/087350_hanrei.pdf
[概要]
原審では、被告サービス1は、本件発明1の構成要件1B、1C、1E、1F、1G及び1Hを充足せず、均等侵害も成立しないと判断されたところ、本判決では、本件発明1の技術的範囲に属するとして、差し止め請求が認められた事例。
[事件の経緯]
控訴人(原審原告)は、発明の名称を「金融商品取引管理システム」とする発明に係る特許権(特許第5525082号、以下、「本件特許権1」)の特許権者である。
控訴人(原審原告)は、被控訴人(原審被告)が提供するFX取引の管理方法である被告サービス1が本件特許権1の請求項1発明を侵害したとして、差止請求を求めた。東京地裁は、原告の本件特許権1の本件発明1に関する請求を棄却した。本判決では、本件発明1の技術的範囲に属するとして差止請求を認めた。
(※本件発明1以外の他の請求に関しては省略する。)
[本件発明1](※[]括弧内は対応すると思われる図面の符号を示す)
1A 相場価格が変動する金融商品の売買取引を管理する金融商品取引管理システムにおける金融商品取引管理方法であって、
1B 売買を希望する前記金融商品の種類を選択するための情報[図4の411~5]と、
前記金融商品の売買注文における、注文価格ごとの注文金額を示す情報[図5(a)の44b、44h]と、
前記金融商品の販売注文価格又は購入注文価格としての一の注文価格を示す情報[図5(a)の44a]と、
一の前記注文価格の前記金融商品を前記一の注文価格で販売した後に他の価格で購入した場合の利幅又は一の前記注文価格の前記金融商品を前記一の注文価格で購入した後に他の注文価格で販売した場合の利幅を示す情報[図5(a)の44e]と、前記注文が複数存在する場合における該注文同士の値幅を示す情報[図5(a)の44c]と、のそれぞれを、前記金融商品の売買注文を行うための売買注文申込情報として受信して受け付ける注文入力受付手順と、
1C 該注文入力受付手順によって受け付けられた前記売買注文申込情報に基づいて、選択された前記種類の前記金融商品の注文情報を生成する注文情報生成手順と、
1D 前記金融商品の前記相場価格の情報を取得する価格情報受信手順と、
1E 前記売買注文申込情報における前記注文価格と前記利幅とに基づいて、前記他の注文価格を算出するための第二注文価格算出手順とを有し、
1F 前記注文情報生成手順においては、前記売買注文申込情報に基づいて、前記注文情報として、同一種類の前記金融商品について、前記一の注文価格を一の最高価格として設定し、該一の最高価格より安値側に、それぞれの値幅が前記売買注文申込情報に含まれる前記値幅となるようにそれぞれの前記注文価格を設定し、設定されたそれぞれの前記注文価格としての第一注文価格について買いもしくは売りの指値注文を行う第一注文情報[図6(a)の51a~51e]、
前記第二注文価格算出手順において算出された前記他の価格を他の最高価格として設定し、該他の最高価格より安値側に、それぞれの前記第一注文に対し、購入又は販売が行われた前記第一注文に基づいて販売又は購入が行われたときの前記利幅が前記売買注文申込情報における前記利幅となるようにそれぞれの前記注文価格を設定し、該設定されたそれぞれの前記注文価格としての第二注文価格について前記買いの第一注文に対しては売りの、前記売りの第一注文に対しては買いの指値注文を行う第二注文情報[図6(b)の61a~61e]
からなる注文情報群を複数生成し、
1G 生成された前記注文情報群を注文情報記録手段に記録し、
1H 一の前記売買注文申込情報に基づいて生成されたそれぞれの前記注文情報群について、有効な注文である前記第一注文の前記第一注文価格と前記金融商品の相場価格とが一致し、次いで有効な注文である前記第二注文の前記第二注文価格と前記相場価格とが一致することで前記第一注文と前記第二注文とが約定した場合、次の前記注文情報群の前記第一注文情報を有効とし、約定した前記第一注文と同じ前記第一注文価格における前記第一注文の約定と、約定した前記第二注文と同じ前記第二注文価格における前記第二注文の約定とを繰り返し行わせるように設定することを特徴とする、
1I 金融商品取引管理システムにおける金融商品取引管理方法。
[争点](ここで紹介する項目のみ記載)
(1)被告サービス1が本件発明1の技術的範囲に属するか
ア 構成要件1Bの「値幅を示す情報」の充足性
イ 構成要件1Bの「利幅を示す情報」の充足性
ウ 構成要件1C、1E、1F、1G及び1Hの充足性
[原審における裁判所の判断]
・構成要件1Bの「値幅を示す情報」の充足性
『被告サービス1では、「注文情報群」を算出するに当たり、対象の通貨を所定の価格で買(売)った後、相場が予想に反して変動した場合に、追加で対象の通貨を買う(売る)場合の値幅情報を売買注文申込情報として入力する欄はないと認められるのであって、それゆえ、値幅情報を売買注文申込情報として受信して受け付けてはいないというべきである。
・・・(略)・・・
原告は、被告サーバにおいて④「想定変動幅」及び⑥「対象資産(円)」の数値から値幅を決定していることを指摘するが、仮にそうであるとしても、④「想定変動幅」及び⑥「対象資産(円)」の数値を見ただけで直ちに値幅が分かるということにはならないのであって、この点をもって④「想定変動幅」及び⑥「対象資産(円)」の数値自体が「値幅を示す情報」に該当するというのは困難である。』(原審P93-94)
・構成要件1Bの「利幅を示す情報」の充足性
『被告サービス1では、「注文情報群」を算出するにあたり、対象の通貨を所定の価格で買(売)った後に他の価格で売る(買う)場合の「利幅」情報を売買注文申込情報として入力する欄がなく、それゆえ、「利幅」を売買注文申込情報として受信して受け付けていない。
・・・(略)・・・
しかし、前記2(2)で述べたところと同様に、④「想定変動幅」とは「通貨ペア」の為替レートの変動幅の予測値を表示・入力する欄にすぎず、⑥「対象資産(円)」とは取引に使用する資産(日本円)を入力する欄にすぎないのであって、いずれもこれらの数値から直ちに利幅を理解したり、これらの数値が利幅を表示ないし意味したりするということはできない。』(原審P95-96)
・構成要件1F、1Hについては1Bを充足しないので、充足せず
[控訴審における裁判所の判断](筆者にて適宜抜粋)
・「値幅を示す情報」及び「利幅を示す情報」の充足性
『上記認定によると、顧客は、画面2において、複数の注文同士の「値幅」を認識し、新規指定レートと利食いレートとの差から「利幅」を認識し、必要に応じて変更を加えた上で、「戻る」ボタンや「キャンセル」ボタンをクリックして注文しないことを選択できるにもかかわらず、「注文」ボタンをクリックして画面2において示された値幅及び利幅による注文情報群の注文をすることができるのであるから、顧客が「値幅を示す情報」及び「利幅を示す情報」を売買注文申込情報として入力し、被告サービス1はこれを受信して受け付けているものと認めるのが相当である。』(判決文P26-27)
・構成要件1Bの充足性
『「画面2」において示され「注文」ボタンをクリックすることによって送られる情報のうち、「通貨ペア」、「数量」、及び「新規指定レートのうち一番先頭の価格」が、それぞれ、構成要件1Bにおける、「売買を希望する前記金融商品の種類を選択するための情報」、「前記金融商品の売買注文における、注文価格ごとの注文金額を示す情報」、及び「前記金融商品の販売注文価格又は購入注文価格としての一の注文価格を示す情報」に相当するといえ、これらの情報はいずれも売買注文に用いられるから、「金融商品の売買注文を行うための売買注文申込情報」であるといえる。』(判決文P27)
・構成要件1C
『被告サービス1における取引は、「画面2」に表示された、新規指定レート及び利食いレートを持つ複数の注文情報群を、顧客が確認した上で、「注文」ボタンをクリックすることで開始されることから、実際の注文に用いられる注文情報は、「画面2」において顧客によって「注文」ボタンをクリックした後、すなわち、構成要件1Bに係る手順の後に、「注文」ボタンのクリックによって受信して受け付けられた売買注文申込情報に基づいて生成されるものと解される。
以上より、被告サービス1は、本件発明1の構成要件1Cを充足する。』(判決文P30)
・構成要件1E
『被告サービス1においては、取引は、「画面2」に表示された、新規指定レート及び利食いレートを持つ複数の注文情報群を、顧客が確認した上で、「注文」ボタンをクリックすることで開始される。この場合の「利食いレート」のうち一番先頭の価格と、「新規指定レート」のうち一番先頭の価格とは、それらによる売買注文を行うことでその差に相当する利益が得られる関係にあって、そのような差が利幅に相当するといえるから、当該「利食いレート」のうち一番先頭の価格が構成要件1Eの「注文価格と利幅とに基づいて算出される第二注文価格」に相当する。したがって、被告サービス1は上記「第二注文価格」に相当する価格を算出する手順を有するといえる。
以上より、被告サービス1は、本件発明1の構成要件1Eを充足する。』(判決文P30)
・構成要件1F
『被告サービス1においては、取引は、「画面2」に表示された、新規指定レート及び利食いレートを持つ複数の注文情報群を、顧客が確認した上で、「注文」ボタンをクリックすることで開始される。この「新規指定レート及び利食いレートを持つ複数の注文情報群」は、前記「新規指定レートのうち一番先頭の価格」を最高価格としてより安値側に、それぞれの値幅が売買注文申込情報に含まれる値幅となるようにした複数の「新規指定レート」と、当該複数の各「新規指定レート」に対し、利幅が売買注文申込情報における利幅となるようにした複数の「利食いレート」であって、これら、複数の「新規指定レート」と複数の「利食いレート」とは互いに売りと買いの関係にあり、かつ上記複数の「利食いレート」は前記「利食いレート」のうち一番先頭の価格より安値側になるから、上記1Fの「第一注文情報」及び「第二注文情報」に相当する。したがって、被告サービス1は、上記「第一注文情報」及び「第二注文情報」からなる注文情報群を複数生成する手順を有するといえる。
以上より、被告サービス1は、本件発明1の構成要件1Fを充足する。
なお、被告サービス1においては、上記の複数の注文情報群及び上記イの第二注文価格は、売買注文申込情報を受信して受け付ける(構成1B)際には売買注文申込情報に含まれているのであり、それが直ちに注文情報となる(構成1C)のであるが、構成1E及び1Fがこのような場合を除外する趣旨であるとは解されない。』(判決文P31)
・構成要件1G
『被告サービス1においては、顧客の「画面2」の「注文」ボタンのクリックにより発生した、新規指定レート及び利食いレートを持つ複数の注文情報群は、取引のために金融商品取引管理システムに一旦格納されることから、上記注文情報群を金融商品取引管理システムの記録手段に記録するものであるといえる。』(判決文P31)
・構成要件1H
『被告サービス1は、あらかじめ指定した変動幅の中で、複数のイフダン注文を一度に同時発注し、決済成立後、あらかじめ指定した変動幅の範囲で成立した決済注文と同条件のイフダン新規注文をシステムが自動的に繰り返し発注する連続注文機能である。上記「あらかじめ指定した変動幅の範囲で成立した決済注文と同条件のイフダン新規注文」とは、「約定した前記第一注文と同じ前記第一注文価格における前記第一注文」と、「約定した前記第二注文と同じ前記第二注文価格における前記第二注文」からなるイフダン新規注文に相当するといえるから、当該「あらかじめ指定した変動幅の範囲で成立した決済注文と同条件のイフダン新規注文」を自動的に繰り返し発注する被告サービス1のサイクル注文の機能は、構成1Hの構成に相当するといえる。』(判決文P32)
[コメント]
請求項の文言は、主体がシステムであり、「・・・情報を受信して受け付ける」と記載されているだけである。決して顧客が入力するという記載はない。筆者のシステム開発の経験でいえば、システムが情報を受け付けるタイミングは、このような複数画面遷移を有するユーザインターフェイスであれば、複数回存在するため、特許において請求項に限定がない限り、それらのいずれかのタイミングにおいて、請求項の構成を充足していれば足りると考える。
ところが、原審での控訴人(原告)の主張は、本件発明1の実施例に影響を受けたせいか、被告サービス1の画面1をターゲットにしている。画面1では、利幅及び値幅を直接的又は間接的に示す情報が存在すると主張するのは無理があると考える。画面1を争点とすれば、裁判官も画面に入力されるか否かという点に視野が拘束され、そのために原告が不利になったと考える。
一方、控訴審では、主張を変え、被告サービス1の画面2をターゲットにしている。請求項1の構成要件1A~1Iが、被告サービス1の画面2の注文ボタンが押された後の処理であると当てはめることができ、妥当であろう。特許権者としては、実施例が画面遷移を伴っており、そのためか、構成要件1Eが、画面1から画面2に遷移する際に画面2に表示する情報を生成する構成であると、実施例に即した主張を展開限定して考えてしまうことも無理がない。
また、「値幅を示す情報」という文言について、値幅を示す情報であればよいという意味に解釈され、例えば0.1という値自体がなくても、109.90と109.80があれば、値幅0.1を示すとして請求項の文言に該当すると認められている。この件は、クレームドラフティングにおいて参考になると思われる。
以上
(担当弁理士:坪内 哲也)

平成29年(ネ)第10027号「金融商品取引管理システム」事件

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