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平成27年(ワ)第23087号「抗ウイルス剤」事件

名称:「抗ウイルス剤」事件
特許権侵害差止等請求事件
東京地方裁判所:平成27年(ワ)第23087号 判決日:平成29年12月6日
判決:請求棄却
特許法36条4項1号、36条6項1号、104条の3
キーワード:実施可能要件、サポート要件
判決文:http://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/291/087291_hanrei.pdf
[概要]
医薬の用途発明において実施可能要件を満たすものといえるためには、明細書の発明の詳細な説明が、その医薬を製造することができるだけでなく、出願時の技術常識に照らし、医薬としての有用性を当業者が理解できるように記載されている必要があると判断されて、本件発明は無効理由を有することから、差止請求等が棄却された事例。
[事件の経緯]
原告は、特許第5207392号の特許権者である。
原告は、被告の行為が当該特許権を侵害すると主張して、被告の行為の差止め等を求めた。
東京地裁は、原告の特許権が特許無効審判により無効にされるべきものと判断し、原告の請求を棄却した。
[本件発明1]
式(I):
【化1】
(式中、
RAは式:
【化3】
(式中、Z1及びZ3はそれぞれ独立して単結合又は炭素数1~6の直鎖状若しくは分枝状のアルキレン;Z2は単結合、-S-、-SO-、-NHSO2-、-O-又は-NHCO-;R1は置換されていてもよいフェニル、置換されていてもよい5~8員の芳香族複素環式基、置換されていてもよい炭素数3~6のシクロアルキル又は置換されていてもよいヘテロサイクル(「置換されていてもよい」の各置換基は、それぞれ独立して、アルキル、ハロアルキル、ハロゲンおよびアルコキシから選択される))で示される基;
Yはヒドロキシ;
Zは酸素原子;
RC及びRDは一緒になって隣接する炭素原子と共に5員又は6員のヘテロ原子を含んでいてもよい環を形成し、該環はベンゼン環との縮合環であってもよい;
RC及びRDが形成する環は、式:-Z1-Z2-Z3-R1(式中、Z1、Z2、Z3及びR1は前記と同意義である)で示される基で置換されていてもよく;
さらに、RC及びRDが形成する環は、式:-Z1-Z2-Z3-R1(式中、Z1、Z2、Z3及びR1は前記と同意義である)で示される基で置換されている以外の位置で、アルキル、アルコキシ、アルコキシアルキル、ヒドロキシアルキル及びアルケニルからなる群から選択される置換基により置換されていてもよい。)
で示される化合物、その製薬上許容される塩又はそれらの溶媒和物を有効成分として含有する、インテグラーゼ阻害剤である医薬組成物。
[争点]
・原告の特許権が実施可能要件違反の無効理由を有するか否か
・原告の特許権がサポート要件違反の無効理由を有するか否か
[裁判所の判断](筆者にて適宜抜粋)
2 争点(1)イ(ア)(実施可能要件違反)について
『(1) 医薬の発明における実施可能要件
特許法36条4項1号は、明細書の発明の詳細な説明の記載は「その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したもの」でなければならないと定めるところ、この規定にいう「実施」とは、物の発明においては、当該発明にかかる物の生産、使用等をいうものであるから、実施可能要件を満たすためには、明細書の発明の詳細な説明の記載は、当業者が当該発明に係る物を生産し、使用することができる程度のものでなければならない。
そして、医薬の用途発明においては、一般に、物質名、化学構造等が示されることのみによっては、当該用途の有用性及びそのための当該医薬の有効量を予測することは困難であり、当該医薬を当該用途に使用することができないから、医薬の用途発明において実施可能要件を満たすためには、明細書の発明の詳細な説明は、その医薬を製造することができるだけでなく、出願時の技術常識に照らして、医薬としての有用性を当業者が理解できるように記載される必要がある。』
『本件についてこれをみるに、本件発明1では、式(I)のRAが-NHCO-(アミド結合)を有する構成(構成要件B)を有するものであるところ、そのようなRAを有する化合物で本件明細書に記載されているものは、「化合物C-71」(本件明細書214頁)のみである。そして、本件発明1はインテグラーゼ阻害剤(構成要件H)としてインテグラーゼ阻害活性を有するものとされているところ、「化合物C-71」がインテグラーゼ阻害活性を有することを示す具体的な薬理データ等は本件明細書に存在しないことについては、当事者間に争いがない。
したがって、本件明細書の記載は、医薬としての有用性を当業者が理解できるように記載されたものではなく、その実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載されたものではないというべきであり、以下に判示するとおり、本件出願(平成14年(2002年)8月8日。なお、特許法41条2項は同法36条を引用していない。)当時の技術常識及び本件明細書の記載を参酌しても、本件特許化合物がインテグラーゼ阻害活性を有したと当業者が理解し得たということもできない。』
(3) 原告の主張に対する判断
『原告は、本件特許化合物として本件明細書に記載されているのが「化合物C-71」のみであり、その薬理データ等が記載されていないとしても、本件優先日当時の技術常識及び本件明細書の記載を参酌すれば、当業者は、本件特許化合物がインテグラーゼ阻害活性を有すると理解できたと主張する。』
『(イ) しかし、原告が「インテグラーゼ阻害剤としてキレータータイプが有望であった」との技術常識(上記②)を裏付けるものとして提出する文献をみるに、これらは、ヒドロキシル化された芳香族化合物についてキレート化が提唱されていたこと(甲4の6。ただし「仮説」とされている。)、平面配座の2-ヒドロキシフェニル部分、α-ケト部分、ヒドラジン部分から構成される部位がインテグラーゼの活性中心の金属とのキレート化によりHIV-1インテグラーゼと相互作用できることが提案されていたこと(甲4の7)、ヒドロキシル化芳香族化合物に関する一つの可能性のある作用メカニズムとしてキレート化が提案されていたこと(甲26、27)を示唆するものにすぎない。
すなわち、上記各文献からうかがわれる本件優先日当時の技術常識としては、ある種の化合物(ヒドロキシル化芳香族化合物等)がインテグラーゼ阻害活性を示すのは、同化合物がキレーター構造を有していることが理由となっている可能性があるという程度の認識にとどまり、具体的にどのようなキレーター構造を備えた化合物がインテグラーゼ阻害活性を有するのか、また当該化合物がどのように作用してインテグラーゼ活性が阻害されるのかについての技術常識が存在したと認めるに足りる証拠はない。』
『イ 本件特許化合物以外の本件発明化合物の薬理データについて
次に、原告は、本件明細書には本件特許化合物の薬理データの記載はないものの、本件特許化合物以外の本件発明化合物の薬理データは豊富に記載されており、特に「化合物C-71」の化学構造の一部が異なるにすぎない「化合物C-26」(本件明細書200頁)のデータが存在することを指摘する。
しかし、一般に、化合物の化学構造の類似性が非常に高い化合物であっても、特定の性質や物性が全く類似していない場合があり、この点はインテグラーゼ阻害剤の技術分野においても同様と解されるのであって(甲10、乙17の1ないし3、乙18の1ないし3参照)、このことは本件出願当時の当業者にとっても技術常識であったというべきである。この点、原告は、「化合物C-71」と「化合物C-26」の構造は非常に類似しており、両者の差異は、「化合物C-71」のRAがアミド型置換基であるのに対し、「化合物C-26」のRAが非置換の窒素原子を含む芳香族複素環である点のみである上、「化合物C-71」のアミドと「化合物C-26」の芳香族複素環(具体的には、1,3,4-オキサジアゾール)は、いずれも配位子として機能することが知られ、また、アミドと1,3,4-オキサジアゾールは、バイオアイソスターとして相互に置換可能であることも本件優先日当時の技術常識であったのであるから、当業者であれば、「化合物C-71」は「化合物C-26」と同様のインテグラーゼ阻害活性を有すると理解すると主張する。
しかし、「化合物C-71」のアミドと「化合物C-26」の芳香族複素環がいずれも配位子として機能することが知られ、また、一般的にアミドと1,3,4-オキサジアゾールは、バイオアイソスターとして相互に置換可能であるとしても、インテグラーゼ阻害剤において、RAのアミドと1,3,4-オキサジアゾールが配位子として機能し、それらが相互に置換可能であることが本件出願当時の技術常識であったと認めるに足りる証拠はない。かえって、前記のとおり、インテグラーゼ阻害活性を有する化合物の化学構造の類似性が非常に高い場合であっても、特定の性質や物性が全く類似していないことがあることや、本件出願当時は、末端に環構造を有する置換基の役割やインテグラーゼ阻害活性を示す置換基についての一般的な化学構造に関する技術常識が存在したとは認められないこと、本件特許化合物が有するアミド中の-NH-の部分は、水素結合可能な基であることなどを考慮すると、「化合物C-71」が「化合物C-26」と同様のインテグラーゼ阻害活性を有すると当業者が理解するためには、「化合物C-71」の薬理データが必要であるというべきである。
ウ 出願審査段階における薬理試験結果について
原告は、本件特許化合物に含まれる4個の化合物については本件特許の出願審査の段階において薬理試験結果が提出され(甲12)、また、12個の化合物については実際にインテグラーゼ阻害作用が確認されているとして(甲13)、本件発明1が実施可能要件を有することは裏付けられていると主張する。
しかし、一般に明細書に薬理試験結果等が記載されており、その補充等のために出願後に意見書や薬理試験結果等を提出することが許される場合はあるとしても、当該明細書に薬理試験結果等の客観的な裏付けとなる記載が全くないような場合にまで、出願後に提出した薬理試験結果等を考慮することは、特許発明の内容を公開したことの代償として独占権を付与するという特許制度の趣旨に反するものであり、許されないというべきである(知的財産高等裁判所平成27年(行ケ)第10052号・同28年3月31日判決参照)。
したがって、原告の上記主張は採用することができない。』
(4) 小括
『 したがって、・・・(略)・・・本件発明1に係る特許は特許法123条1項4号に基づき特許無効審判により無効にされるべきものである。』
[コメント]
医薬の用途発明における実施可能要件の判示事項は「脂質含有組成物およびその使用方法」事件(平成28年(行ケ)第10216号)において判示された内容と同旨である。
本件明細書に記載されている化合物で特許発明の範囲に含まれる化合物はC-71のみだが当該化合物C-71がインテグラーゼ阻害活性を有することを示す具体的な薬理データ等は記載がない。C-71と類似構造の化合物(本件特許発明の範囲外)のインテグラーゼ阻害剤の有用性のデータを本件特許発明の実施可能要件の根拠にするのは、本件のような用途発明では特に難しいと考えられる。
なお、本件特許権の出願は特願2003-521202(特許第4338192号)の分割出願に当たる。特許発明の有効性を示すデータ等は明細書に記載しておくのが望ましいが、本件の場合は何らかの理由(例えば、式(I)のRAの部分がNHCO基であるものがインタグラーゼ阻害剤として有効であることが出願後に判明した等)で、有用性を直接示すデータの記載が無いのは承知の上であえて分割したと考えることもできる。
以上
(担当弁理士:赤間 賢一郎)

平成27年(ワ)第23087号「抗ウイルス剤」事件

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