侵害差止等請求事件 » 平成28年(ネ)10093号「分散組成物及びスキンケア用化粧料並びに分散組成物の製造方法」事件

名称:「分散組成物及びスキンケア用化粧料並びに分散組成物の製造方法」事件
特許権侵害差止等請求控訴事件
知的財産高等裁判所:平成28年(ネ)10093号  判決日:平成29年10月25日
判決:請求棄却
条文:特許法100条1項、2項、104条の3第1項、29条2項
キーワード:特許無効の抗弁、進歩性、インターネット上での公開
判決文:http://www.ip.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/249/087249_hanrei.pdf

[事案の概要]
被控訴人製品は本件特許発明の技術的範囲に属すると認定されたものの、被控訴人が主張する特許無効の抗弁(出願日前に公開されていたウェブページに基づく容易想到性)により、被控訴人製品の生産等の差止め、損害賠償請求が認められなかった事例。

[事件の経緯]
控訴人(原審原告)は、特許第5046756号の特許権者である。
控訴人は、被控訴人(原審被告)の行為が当該特許権を侵害すると主張して、被控訴人の行為の差止め、損害賠償等を求めた(東京地裁平成27年(ワ)第23129号)ところ、東京地裁が、控訴人の請求を棄却する判決をしたため、控訴人は、原判決を不服として、控訴を提起した。
知財高裁は、控訴人の控訴を棄却した。

[請求項1]
1-A (a)アスタキサンチン、ポリグリセリン脂肪酸エステル、及びリン脂質又はその誘導体を含むエマルジョン粒子;
1-B (b)リン酸アスコルビルマグネシウム、及びリン酸アスコルビルナトリウムから選ばれる少なくとも1種のアスコルビン酸誘導体;並びに
1-C (c)pH調整剤
1-D を含有する、pHが5.0~7.5のスキンケア用化粧料。

[争点]
無効の抗弁の成否(乙34、乙35に基づく進歩性の判断)

[裁判所の判断](筆者にて適宜抜粋)
『3 争点(2)エ(乙34発明に基づく進歩性欠如)について
(1)乙34発明の認定
ア 乙34ウェブページの記載事項
乙34ウェブページには、以下の事項が記載されている。
「えふくん応援します ~お試しコスメ日記~
美肌を目指して、お試ししたコスメやサプリなどのこと、お得な情報、などなどご紹介しますネ。・・・(略)・・・2007.01.17 (Wed)1/15から新発売になった、エフ スクエア アイインフィルトレート セラム リンクル エッセンス・・・(中略)・・・(全成分表示も載せましたよ!)・・・
【More・・・】
アスタキサンチン配合 真浸透美容液
エフ スクエア アイ インフィルトレート セラム リンクル エッセンス 30ml 8、400円(税込み)・・・成分(全成分表示)は...水、グリセリン、BG、ペンチレングリコール、クエン酸、リン酸アスコルビルMg、・・・(略)・・・トリ(カプリル酸/カプリン酸)グリセリル、オレイン酸ポリグリセリル-10、ヘマトコッカスプルビアリス油、ステアリン酸スクロース、トコフェロール、レシチン、エチドロン酸4Na、・・・(略)・・・
プロフィール Author:よっこ」
イ 乙35ウェブページの記載事項
乙35ウェブページには、以下の事項が記載されている。
「エフ スクエア アイ インフィルトレート セラム リンクル エッセンス ・・・クチコミ・・・
*Ihasa*さん 21歳|脂性肌|クチコミ投稿205件・・・
評価しない 2007/1/27 00:27:47
・・・(略)・・・
全成分:
・水・グリセリン・BG・ペンチレングリコール・クエン酸・リン酸アスコルビルMg・・・(略)・・・トリ(カプリル酸/カプリン酸)グリセリル・オレイン酸ポリグリセリル-10・ヘマトコッカスプルビアリス油・ステアリン酸スクロース・トコフェロール・レシチン・エチドロン酸4Na・・・(略)・・・」
ウ 乙34発明について
乙34ウェブページには、控訴人旧製品のpHに関する記載はないから、乙34発明は、以下のとおりであると認められる(乙35発明も同様である。)。
「水、グリセリン、クエン酸(本件発明の「pH調整剤」に相当する。)、リン酸アスコルビルマグネシウム、オレイン酸ポリグリセリル-10(同「ポリグリセリン脂肪酸エステル」に相当する。)、ヘマトコッカスプルビアリス油(同「アスタキサンチン」に相当する。)、トコフェロール、レシチン(同「リン脂質」に相当する。)等の35の成分を含む美容液(同「スキンケア用化粧料」に相当する。)であって、このうちオレイン酸ポリグリセリル-10、ヘマトコッカスプルビアリス油及びレシチンはエマルジョン粒子となっているもの」
エ 控訴人の主張について
控訴人は、乙34及び乙35の各ウェブページは、それぞれ「よっこ」及び「*Ihasa*さん」と称する匿名者による記事にすぎず、それらの正確性、信頼性に何らの裏付けもなく、また、公開日に関しては、乙34ウェブページのブログ記事も乙35ウェブページのクチコミ記事も過去の投稿内容をいつでも容易に編集することが可能なのであって(甲79、80)、それらに記載された内容が、それぞれ、実際に平成19年1月17日及び同年1月27日の時点で、公衆に利用可能になっていたことは疑わしいから、乙34ウェブページは証拠として採用されるに値しないと主張する。
しかしながら、本件特許の出願前において、化粧品の全成分表示が義務付けられていたところ(乙36)、控訴人は、乙34ウェブページにおける控訴人旧製品の全成分の記載内容の正確性について争っておらず、また、本件特許の出願前の平成19年1月15日に発売された控訴人旧製品の全成分リストを、乙34ウェブページの作成者が参照することができなかったなどというような具体的な主張もしていない。
さらに、乙34ウェブページと乙35ウェブページとは、異なるウェブページであり、その作成者のペンネームも異なることから、・・・(略)・・・控訴人旧製品の全成分の記載内容については、各成分の名称も表記順序も一致していることなどを考慮すると、両ウェブページを記載した者は、いずれも控訴人旧製品の容器等に記載された全成分表示を参照したものと考えるのが自然かつ合理的であるといえる。・・・(略)・・・乙34ウェブページは、その内容を書き換えられる可能性が皆無ではないとしても、平成19年1月15日の控訴人旧製品の発売日より後の平成19年1月17日(乙34)に記載されたものであると推認することができる(乙35ウェブページについても、平成19年1月27日(乙35)に記載されたものと推認することができる。)。・・・(略)・・・したがって、控訴人の上記主張は採用することができない。』
『(2) 本件発明と乙34発明との対比
本件発明と乙34発明とでは、本件発明のpHの値が5.0~7.5の範囲であるのに対し、乙34発明のpH値が特定されていない点で相違し、その余の点で一致する。
(3) 相違点の容易想到性について
ア 証拠(乙8の1~6、乙22)及び弁論の全趣旨によれば、皮膚に直接塗布する化粧品のpHは、皮膚への安全性を考慮して、弱酸性(約pH4以上)~弱アルカリ性(約pH9以下)の範囲で調整されること、実際に市販されている化粧品については、そのpHが人体の皮膚表面のpHと同じ弱酸性の範囲(pH5.5~6.5程度)に設定されているものも多いことが認められる。
そうすると、本件特許の出願前に、化粧品のpHを弱酸性~弱アルカリ性の範囲に設定することは技術常識であったと認められるから、pHが特定されていない化粧品である乙34発明のpHを、弱酸性~弱アルカリ性のものとすることは、当業者が適宜設定し得る事項というべきものである。そして、皮膚表面と同じ弱酸性とされることも多いという化粧品の特性に照らすと、化粧品である乙34発明のpHを、弱酸性~弱アルカリ性の範囲に含まれる「5.0~7.5」の範囲内のいずれかの値に設定することも、格別困難であるとはいえず、当業者が適宜なし得る程度のことといえる。
・・・(略)・・・そうすると、pHが特定されていない化粧品である乙34発明に接した当業者において、乙34発明のpHを弱酸性~弱アルカリ性の範囲にするとともに、併せて、pH調整剤を含め化粧料に対する様々な安定化の手段を採用して安定化を図るということも、当然に試みるものと解される。』
『イ 控訴人は、本件発明は、pHを5.0~7.5の範囲とすることによって、乙34発明と比較してアスタキサンチンの安定性の大幅な向上という顕著な効果を奏するものである(本件明細書【表4】、【表5】)と主張する。そこで、控訴人の上記主張を前提に、本件発明が、乙34発明において上記相違点に係る本件発明の構成を採用した場合に予測可能な効果と比べて、顕著な効果を奏するものであるか否かについて検討するに、・・・(中略)・・・乙34ウェブページの記載に接した当業者であれば、乙34発明において、そのpHを調整することを含めた化粧料に対する様々な安定化の手段を採用して、安定化を図ることを期待し、これを予測することができるものといい得る。
また、本件明細書の記載によれば、スキンケア用化粧料である本件発明のpHを「5.0~7.5」の範囲内とすることによる効果は、具体的には、28日間にわたる「25℃空気バブル経時」における吸光度残存率(段落【0080】、【0081】)が高いということのみであると認められる。そして、pHが本件発明の技術的範囲に含まれる5.0のもの(【表4】のA-2、【表5】のB-2及び【表6】のC-2)と、本件発明の技術的範囲外である4.5のもの(同A-1、B-1及びC-1)とでは、前者が「△」と評価されているのに対し、後者が「×」と評価されているものの、本件明細書の段落【0081】の記載によれば、「△」は吸光度残存率が70%以上85%未満であることを、また、「×」は吸光度残存率が70%未満であることを意味しているから、上記の「△」と評価された「A-2」等と、「×」と評価された「A-1」等との間の吸光度残存率に大きな差があると理解することはできない。そうすると、本件明細書の記載をみても、本件発明のpHとして、弱酸性側の下限値を5.0と設定したことが、それを下回るpHである場合と比較して臨界的意義を有するものではないから、本件発明の上記効果が顕著なものであると認めることはできない(本件発明のpHの範囲である5.0~7.5の全範囲にわたって、本件発明が顕著な効果を奏するとまではいえない。)。・・・(略)・・・
以上によれば、上記のとおり、本件発明の実施例について吸光度残存率の高さや性状変化の少なさといった経時安定性の測定結果が良好であったとしても(本件明細書の【表4】~【表6】)、乙34発明から予測し得る範囲を超えた顕著な効果を奏するとは認められない。』
『(4) 控訴人の主張について
ア 控訴人は、乙34ウェブページには控訴人旧製品に係る全成分のリストが掲載されている以上、乙34ウェブページに接した当業者は乙34ウェブページに記載されているものは控訴人旧製品という具体的かつ特定の製品であると認識するから、乙34発明は、乙34ウェブページに掲載されている全ての成分を含み、そのpHは控訴人旧製品のpH(7.9~8.3)を有するものと認定されるべきであると主張する。
しかしながら、乙34ウェブページには、控訴人旧製品という具体的製品のpH値は記載されておらず、また、各成分の含有量も記載されていないから、本件特許の出願当時の技術常識を考慮したとしても、乙34ウェブページの記載内容から、特定のpH値を有する美容液であることを把握することはできないというべきである。・・・(略)・・・技術常識を踏まえても、乙34ウェブページに掲載されている内容自体から、そのスキンケア化粧料のpHが7.9~8.3であると導くことができるとは認められない。
したがって、乙34発明においてpHの値は特定されていないと解するのが相当であるから、控訴人の上記主張は採用することができない。・・・(略)・・・
(6) 以上によれば、本件特許には、進歩性欠如の無効理由があり、特許無効審判により無効にされるべきものと認められるから、控訴人は、被控訴人に対し、特許法104条の3第1項の規定により、本件特許権を行使することができない。』

[コメント]
本判決では、匿名者によるウェブページ上のブログ記事(乙34又は乙35)に基づき本件特許発明は容易想到であるとする無効の抗弁が認められた。本判決と同日に、本件特許の無効審判に対する審決取消訴訟(平成28年(行ケ)10092号)の判決も出されたが、当該審決取消訴訟では、本判決とは異なる引例に基づく無効理由の存在が否定され、進歩性を肯定した審決が維持されている。
本判決と上記審決取消訴訟で、結論が相違しているのは、本判決では、ブログ記事が控訴人旧製品の発売日後、本件特許の出願日前に記載されたものと推認されたのに対し、審決取消訴訟においては、ウェブページ(上記乙34又は35とは別)が、本件出願日前に利用可能となったものとは認められないとされたことによる。
また、pHについては、製品情報を載せた記事に直接記載がされていないことから、特定のpHを有する美容液であることを把握することはできない、とされている点は、公知物の製品情報を進歩性欠如の根拠とする際に、どのように考えるべきかの参考になる。
以上
(担当弁理士:高山 周子)