侵害差止等請求事件 » 平成29(ワ)第393号「衣服の汚れ防止シート」事件

名称:「衣服の汚れ防止シート」事件
損害賠償請求事件
東京地方裁判所:平成29(ワ)第393号 判決日:平成29年11月30日
判決:請求棄却
特許法65条第1項、同法102条第2項、民法709条
キーワード:技術的範囲の属否

[概要]
原告が提出した試験結果から被告製品には本件発明の構成成分(吸着・乾燥剤:シリカ)は検出されたが、当該成分が本件発明の構成として採用されているか否かは特定できないため、被告製品が特許発明の技術的範囲に属さないとして、補償金請求、損害賠償請求が棄却された事例。

[事件の経緯]
平成19年8月29日「衣服の汚れ防止シート」に係る特許出願(特願2007-221918号)をし、その公開後に、被告に対する警告を行った。
平成26年1月10日に特許登録(第5450943号)された後、特許権を侵害すると主張して、被告に対し、①特許法65条1項に基づき補償金563万1080円、②民法709条、特許法102条2項に基づく損害賠償金の一部2436万8920円及び上記各金員に対する①につき請求の日であり②につき不法行為の日の後である平成29年2月6日(訴状送達の日)から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた。
東京地裁は、原告の請求を棄却した。

[本件発明]
【請求項1】(便宜上A~Dの構成要件で分説した。)
A:不織布シートに10~100個/cm2という多数の微小孔を形成してメッシュ状に成形すると共に、その表面に吸着・乾燥剤を付着させた保護シートと、
B:この保護シートの裏面に形成した粘着剤層と、
C:この粘着剤層に付着させた剥離シートと、
D:から構成される衣服の汚れ防止シート。

[被告製品]「熱中対策 エリもとひんやりシート」
a:表面にエンボス加工された不織布があり、
b:その裏面にPETフィルム層及びアクリル系粘着剤層が形成されており、
c:上記粘着剤層の裏面に剥離紙が貼付されている。

[争点](裁判所の判断は争点1のみである)
争点1:被告製品の構成要件充足性
争点2:効果不奏功の抗弁の成否
争点3:本件特許の無効理由(サポート要件違反、実施可能要件違反)の有無
争点4:補償金及び損害の額

[原告の主張]
1.構成要件A「表面に吸着・乾燥剤を付着させた」の充足性
被告製品は、不織布の表面上に乾燥剤として用いられているシリカが付着している。また、不織布又はこれを加工したものに何らかの物を添加しなければ、被告製品の包装紙の表面に表示されている「汗を素早く吸収」、「サラサラ快適に」との効果は奏し得ない。したがって、被告製品は構成要件Aの「表面に吸着・乾燥剤を付着させた」を充足する。

[被告の主張]
1.構成要件A「表面に吸着・乾燥剤を付着させた」の充足性
被告製品の製造工程には不織布の「表面に吸着・乾燥剤を付着させ」る工程はないし、被告製品の不織布層表面に観察された物体はインク顔料を含んだ剥離紙の一部であり、吸着・乾燥剤に該当し得る物体は全く観察されなかった。シリカが含まれるとする原告の分析結果(甲5、6)は、不織布以外の部分も試料にしたものであるし、仮に一定量(1.1μg/cm2)のシリカが検出されたとしても、それが吸着・乾燥剤として機能する構造を有するものとは限らないし、上記の量では吸着・乾燥剤といえない。したがって、被告製品は構成要件Aの「表面に吸着・乾燥剤を付着させた」を充足しない。原告は、被告製品の包装紙の表面の表示を指摘するが、不織布には吸水性があり、これに基づく作用効果を記載したにすぎない。

[裁判所の判断](筆者にて適宜抜粋)
1.構成要件A「表面に吸着・乾燥剤を付着させた」の充足性について
『(2)本件発明の特許請求の範囲にはいかなる物が「吸着・乾燥剤」に当たるかは記載されていないが、本件明細書(甲2)には、「吸着・乾燥剤としては、二酸化珪素(SiO2)等の吸水性、吸着性を有する無機粉体を採用するのが好ましい。」と記載されている(段落【0020】)から、吸水性、吸着性を有するシリカ(SiO2。証拠(乙11)及び弁論の全趣旨によれば、「シリカ」は二酸化ケイ素の通称であると認められる。)の無機粉体は「吸着・乾燥剤」に当たり得ると解される。
(3)ア 後掲の証拠及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。
(ア)被告製品の剥離紙をはがしたシートを分析試料とし、約3gを計量後に硫酸30mlを加えて加熱分解し、硝酸を滴下し、再度加熱して硫酸白煙を発生させ、放冷後にイオン交換水、塩酸を順次加えて撹拌しながら加熱して可溶性塩類を溶解し、放冷後に濾紙を用いて濾過するなどして得たものを計量して試料中の二酸化ケイ素又はケイ素含有量を算出したところ、1cm四方中に1.1μg/cm2、相対比率0.019%のシリカが検出された(甲5、6)。
(イ)被告製品の剥離紙をはぎ取り、エチルアルコールに漬けて粘着剤及び粘着剤のついたフィルムを除去し、乾燥してから試料として計量したところ、試験結果は「0.010%未満」とされた。この点について、エチルアルコール処理により不織布からシリカが脱落したことも考えられるとの上記計量試験実施者による考察が付された。(甲7)
(ウ)被告製品を顕微鏡で観察したところ、不織布の表面に粒状の物が付着していることが確認された。当該物等を赤外分光光度計により分析してスペクトルを得たところ、当該物と被告製品中の上質紙に印刷されているインクとでスペクトルがほぼ一致した。(乙8)
イ 上記アの認定事実によれば、剥離紙を除く被告製品に一定量のシリカが含まれているということができる。
しかし、前記前提事実(3)のとおり、剥離紙を除く被告製品には不織布以外の層があるところ、上記アの計量においては、剥離紙を除く被告製品全体を試料としているから、不織布の表面以外の部分に含まれるシリカが検出された可能性を否定することができない。加えて、同(イ)の試験においては、被告製品から剥離紙、粘着剤及び粘着剤のついたフィルムを除いた試料からシリカが検出されることはなかったこと、同(ウ)のとおり被告製品の不織布層の表面において乾燥剤に該当し得ない物体以外のものが検出されなかったことにも鑑みると、被告製品の不織布の表面にシリカが付着していると認めることはできない。また、被告製品に一定量のシリカ(SiO2)が含まれているとしても、それが吸収性、吸着性を有するものとして被告製品に存在することを認めるに足りる証拠もない。
(4)原告は、不織布のみでは汗の吸収等の効果を奏し得ないことを前提に、被告製品の包装の表示(「汗を素早く吸収」、「サラサラ快適に」)に照らせば、被告製品に何らかの吸着・乾燥剤が含まれていると主張する。しかし、不織布のみでは汗の吸収等の効果を奏しないことを認めるに足りる証拠はない。むしろ、本件明細書(甲2)によれば、多数の微小孔を形成してメッシュ状に成形した不織布シート及び吸着・乾燥剤はいずれもが表面に付着したほこり、汗等を吸収、吸着するものとされていること(段落【0017】、【0018】、【0020】)からすれば、上記の不織布シートのみでも一定程度の汗の吸収、吸着等の効果を奏することがうかがわれ、上記の包装の表示から被告製品の不織布層の表面に何らかの吸着・乾燥剤が含まれていると認めることはできない。また、原告は、前記(3)アの結果について、同試験のエチルアルコール処理により不織布からシリカが脱落した旨主張するが、仮に脱落の可能性があるとしても、同試験において脱落した事実を認めるに足りる証拠はない。』

[コメント]
原告は、被告製品に係る不織布シート表面からシリカを検出するための実験を行ったが、実験結果は不織布シート表面からシリカが確実に検出されたことを証明するものではなかった。そのため、構成要件充足性を満足せず、侵害行為が否定された。侵害立証目的で特許法105条規定の文書提出命令の申立てを行うことも可能であるが、その申立てが認められるケースは極めて少ないことが「知財訴訟における文書提出命令に関する調査・研究及び提言」(平成27年2月17日)」に示されている。また、産業構造審議会知的財産分科会特許制度小委員会の報告において、「裁判所が書類提出の必要性を申立書の主張のみから判断しづらい場合、当事者に書類をいったん提示させて裁判所がインカメラ手続で実際に書類を見て必要性を判断できるように」し、「その結果、間口が広がり書類が裁判所の目に触れやすくなることで、裁判所が書類提出命令の要否を判断しやすい環境が整い、審理に対する当事者の納得感も向上」させることが提言されている。今後の法改正の動向に注意したい。
以上
(担当弁理士:丹野 寿典)