侵害差止等請求事件 » 平成28年(ネ)第10083号「治療用マーカー」事件

名称:「治療用マーカー」事件
特許権侵害差止請求控訴事件
知的財産高等裁判所:平成28年(ネ)第10083号 判決日:平成29年5月18日
判決:原判決取消
特許法29条2項、104条の3第1項、123条1項2号
キーワード:進歩性、周知技術
判決文:http://www.ip.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/819/086819_hanrei.pdf

[概要]
原審において主引用発明に副引用発明を組み合わせたとしても本件発明の構成を容易に想到できないとして進歩性が認められたが、控訴審において新たに提出した副引用発明との組み合わせにより再度進歩性欠如を主張したところ、その主張が認められ、本件特許権は無効理由があるとして、差止請求を認容した原判決が取り消された事例。

[事件の経緯]
被控訴人(原審原告)は、特許第3609289号の特許権者である。
被控訴人が、控訴人(原審被告)の行為が当該特許権を侵害すると主張して、控訴人の行為の差止め等を求めた(東京地裁平成26年(ワ)第21436号)ところ、東京地裁が、被控訴人の請求を認める判決をしたため、控訴人は、原判決を不服として、控訴を提起した。
知財高裁は、控訴人の控訴を認容し、原判決を取り消した。

[本件発明1]
【請求項1】
A 表面に治療用の目印となるマークが印刷されている基台紙と、
B 該基台紙の裏面に剥離可能に積層されている透明な保護シート層と、
C 該保護シート層の裏面に積層され、前記基台紙に印刷されたマークと同一のマークを形成するインク層と、
D 該インク層の裏面に積層されている接着層と、
E 該接着層の裏面に剥離可能に積層されている保護紙とによって構成され、
F 前記保護紙を剥がして、前記基台紙に水分を含ませると共に、前記接着層を皮膚に押し当てることにより、前記接着層、インク層及び保護シート層を皮膚側に転写して、各種の治療の際の目印となり、前記保護シート層、インク層及び接着層が皮膚に対して柔軟性に富み、かつ摩擦に強いものである治療用マーカー。

[主な争点]
(2)当審における新たな主張
(控訴人の主張)
イ 無効理由5(乙1発明及び乙9発明に基づく進歩性欠如)

[裁判所の判断](筆者にて適宜抜粋)
イ 無効理由5(乙1発明及び乙9発明に基づく進歩性欠如)について
『(2)乙1発明の認定
・・・(略)・・・
ウ したがって、乙1発明は、以下のとおりに認定される。
「A’剥離性シートと
B’該剥離性シートの裏面に剥離可能に積層されている透明弾性層と、
C’該透明弾性層の裏面に積層された着色印刷インキ層と、
D’該着色印刷インキ層の裏面に積層されている粘着剤層と、
E’該粘着剤層の裏面に剥離可能に積層されているセパレーターとによって構成され、
F’前記セパレーターを剥がして、前記粘着剤層を皮膚に押し当てることにより、前記粘着剤層、着色印刷インキ層及び透明弾性層を皮膚側に転写して、前記透明弾性層、着色印刷インキ層及び粘着剤層が皮膚に対して柔軟性に富み、かつ摩擦に強いものである転写シール。」
(3) 本件発明と乙1発明との対比
・・・(略)・・・
(相違点1)
本件発明では、基台紙の表面に治療用の目印となるマークが印刷されているのに対し、乙1発明にはそのような開示はない点
(相違点2)
本件発明では、インク層のマークが基台紙のマークと同一であるのに対し、乙1発明にはそのような開示はない点
(相違点3)
本件発明では、転写する際に基台紙に水分を含ませているのに対し、乙1発明では、水分を含ませるかどうか必ずしも明らかではない点
(相違点4)
本件発明が、治療用マーカーであるのに対し、乙1発明では皮膚用の入れ墨転写シールを含めた各種用途の転写シールである点
(4) 乙9発明の認定
・・・(略)・・・
ウ したがって、乙9発明は、以下のとおりと認定される。
「皮膚表面に放射線治療用のマーキングを付ける装置であって、第1面と第2面を有する台紙と、前記台紙の前記第2面に配置された接着層と、前記接着層に配置された第1インク層であって、前記皮膚表面に接着して置かれたときに前記皮膚表面上に転写可能なパターンを形成する、該第1インク層と、前記接着層と前記インク層を剥離可能に覆う支持ライナーと、を備え、前記パターンを形成する第2インク層が前記台紙の第1面に更に配置される装置。」
(5) 乙2文献には、原判決「事実及び理由」欄の第4、3(3)ウ(ア)記載のとおりの事項が記載されていると認められる。
(6) 特許第2891256号公報(乙3。乙3公報)記載事項の認定
乙3公報には、次の記載がある。
・・・(略)・・・
(7) 相違点についての判断
ア 相違点1、2及び4について
乙1発明は、皮膚用の入れ墨転写シールを含む各種転写シールであり、乙9発明は、皮膚表面に放射線治療用のマーキングを施すシールであって、皮膚に線などの図柄を描く技術であるという点で共通する。
また、前記(5)で引用した原判決「事実及び理由」欄の第4、3(3)ウ(ア)のとおり、乙2文献には、基台紙、インク層、接着層、保護紙からなる転写シールについて、インク層に形成されたマークの貼り付け位置を正確にするために、基台紙を透明又は半透明とした上で、位置決め用のラインを印刷しておくことが記載されている。
一方、乙9発明は、支持ライナーを剥離して台紙の第2面(皮膚に対向する面)に配置された接着層と第1インク層を皮膚に接着する際に、台紙の第1面(外側から見える面)に配置された第2インク層によって放射線治療導入域が画定されるように、位置決めをするものであり、台紙が皮膚に接着された状態では、第2インク層によって放射線治療導入域が画定される一方、台紙が皮膚から剥がれた場合でも、第1インク層を皮膚表面上に転写可能とし、第1インク層のパターンを第2インク層と同一とすることにより、同一形状の放射線治療導入域を皮膚表面上に転写した第1インク層によって画定できるようにしたものであるから、第2インク層が、台紙が皮膚に接着された状態では、それ自体で放射線治療導入領域を画定することに加え、台紙が皮膚から剥がれた場合には、第1インク層の位置決めを正確にするための指標としても機能することが予定されていたと認められる。これらのことからすると、本件特許の出願当時、転写シールをマーキングに用いることは知られており、さらに、そもそも転写シールにおいてマークをする際にその位置決めをしなければならないことは、マーキングという事柄の性質上、自明のことであるということができる。
そうすると、乙1発明に接した当業者が、これに乙9発明を組み合わせて、治療用マーカーとして用い、位置決めのための着色印刷インキ層に形成されるマークと同一のマークを表面に印刷すること、すなわち、①乙9発明では、台紙の第1面に第1インク層の位置決めを正確にするための指標としての第2インク層が配置されているから、乙1発明の剥離性シートの表面に治療用の目印となるマークの位置決めのためのマークを印刷する構成を採用し(相違点1)、②乙9発明では、第2インク層のパターンは第1インク層と同一であるから、乙1発明の剥離性シートの表面に印刷するマークを着色印刷インキ層に形成されるマークと同一にする構成を採用し(相違点2)、③乙9発明は、皮膚表面に放射線治療用のマーキングを付ける装置であるから、乙1発明の転写シールを治療用マーカーとして用いること(相違点4)を容易に想到することができたというべきである。
イ 相違点3について
入れ墨転写シールを含む各種の転写シールには、従来から、水転写タイプ、有機溶剤転写タイプ、粘着転写タイプ等のものが知られているから(乙1公報【0002】、乙3公報【0002】~【0004】)、皮膚用の転写シールを水転写タイプとすることは、周知技術であると認められる。また、乙1発明の転写シールには、透明弾性層、着色印刷インキ層、粘着剤層に、1以上の空気孔を設けてもよいのであるから(乙1公報【請求項3】【0018】)、粘着剤層の粘着剤を溶解して基台紙を剥離するために水転写の方法を採用することも技術的に可能であり、これを妨げる特段の事情も認められない。
したがって、乙1発明に相違点3に係る構成を採用することは容易想到であると認められる。
(8) 以上より、乙1発明に乙9発明及び周知技術を適用して、本件発明とすることは、容易想到である。したがって、本件特許権は、特許無効審判により無効にされるべきものと認められる。』
『3 よって、その余の点を判断するまでもなく、被控訴人らの請求には理由がないから、原判決を取り消し、被控訴人らの請求をいずれも棄却することとして、主文のとおり判決する。』

[コメント]
控訴人(原審被告)は、原審において日本語文献を基に進歩性欠如を主張したが認められなかったため、控訴審において文献の調査範囲を外国語文献にまで広げた結果、有用な外国語文献を発見した。進歩性欠如を主張する際には、まず日本語文献を調査するのが一般的であるが、もし有用な日本語文献が見つからなかった場合でも諦めずに、調査範囲を外国語文献(例えば、調査が比較的容易な米国特許文献やヨーロッパ特許文献)にまで広げるべきである。
また、控訴人は、控訴審において新たな乙9文献を副引例として提出して新たな進歩性欠如の無効理由を主張している。民事訴訟法157条1項では、当事者が故意又は重大な過失により時機に後れて提出した攻撃又は防御の方法については、これにより訴訟の完結をさせることとなると認めたときは、裁判所は申立てにより又は職権で、却下の決定をすることができると定められている。当該新たな証拠の提出及び無効理由の主張は「時機に後れた防御方法」であるとして被控訴人(原審原告)が却下を求めたかどうか不明であるが、乙9文献は外国特許文献であり、また裁判所にその訳文を提出する必要があることから(民事訴訟法規則138条)、知財高裁は、調査及び翻訳に相当の時間がかかったことを考慮して当該新たな証拠の提出及び無効理由の主張は「時機に後れた防御方法」ではないと判断したと思われる。
なお、本事件のような侵害訴訟における「抗弁」と異なり、審決取消訴訟においては、訴訟物は、審決の違法性と解されているため、知財高裁で、審決とは審理対象が変わるような新たな文献を主引例又は副引例(周知等除く)として提出して新たな無効理由を主張することはできない(参考:メリヤス編機事件最高裁判決)。
以上
(担当弁理士:福井 賢一)